8. 終結:悲劇の伯爵夫人 - 美人薄命ごとく実に短命だった日野コンテッサ


 悲劇の序章の如く起こった第4回日本グランプリでのサムライ事件。コンテッサ1300の運命をあたかも無言で語ったようなノンフィクション・ドラマだった。この直前の1967(昭和42)年の4月には日野自動車のコンテッサ1300の生産ラインから既にその姿は消えていた。世界にはばたくべく心血を注いで世に送り出したコンテッサ1300は、1964(昭和39)年の暑い夏の盛りに1号車がラインオフしてから、わずか2年と7カ月とその運命は美人薄命の如くあまりにも短命だった。

20180629 Hino Design Models

歴史の証人、無言のコンテッサ・クレイモデル群:
デザイン室の皆さんがこのために保管庫から出し、
奇麗にクリーナアップしてくれた。長い時を経ているがコンデションは素晴しい。
これが機会となり、デザイン部の受け付けカウンターに
コンテッサクーペが展示されるようになったそうだ。




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