2017.12 師走 (しわす)


2017.12.31:たかがGR100、されどGR100… (5) - VW Aircooled編

20171231 VW Air Cooled

 VWの空冷エンジンはwikiによれば1936年に遡るようです。当初は20馬力程度のエンジンだったようです。1936年から2003年まで製造された空冷ビートル (Volkswagen Beetle) は、1,100cc〜1,600ccのエンジンを搭載し、全世界で何と2152万9464台だったそうです。

 これだけの数が全世界至るところで人々の生活を支援して役にたってきたのは驚異的なクルマあるいはエンジンです。正に大衆のための大衆車のマシンです。エンジンの設計者は技術者冥利に尽きることと推測するものです。

 そしてこれまた排気量アップは容易なショートストロークです。今では2,800cc程度まで可能です。

さらに重要なことは、今持って進化を続けていることです。基本的なレイアウトは同じものの、現代のエンジンのように環境問題をも克服しているようです。すべての部品が新たに製造されたものを入手可能です。それも世界中には星の数のように存在することです。排気量、トルク、馬力、吸気&排気系、すべて望むものが調達可能です。

 我がコンテツには望めないものすべてがあります。技術的な参照&参考には最高に豊富なネタが揃っています!下記の参考情報を見ると “垂涎の的” ばかりであります。

(続く)

【参照情報】

【シリーズ履歴】

2017.12.29:キャンバー角を実測する。

20171229 Alighment Huslky

 ここのところ、コンテッサ1300のスイングアクスル (Swing Axle) と日野自動車のその設計について興味をもって勉強中です。

 様々な文献やソーシャルネットのディスカッションルームなど調査、そして同様なスイングアクスル構造を持つベレットなどの友人にも意見をお聞きしております。これらは別途、記述したいと思います。

 自車の改善を求むべきその第一歩として前後左右のキャンバー角を調べてみました。ツールは昔から使用している画像のものです。スチールのアングル板 (14ホイール用にカット) 、そしてHusky社の水準器を利用したました。

 すると現状、下記の様でした (カッコ内は期待していた数値) :

  •  FR -0.1 (+0.5)
  •  FL +1.0 (+0.5)
  •  RR -1.6 (-1.0)
  •  RL -0.8 (-1.0)

 多少の誤差はあるでしょうがおおよそ間違いない測定値と考えます。

 期待値と異なるもののまあ、こんなものと思います。この先は特にフロントがなぜ期待値と違うのかジャッキアップして目視したいと思います。そして、2018年仕様の目標を決め、それに変えることを進める所存です。あくまで、時間と金のかからない半日仕事程度の調整を目標にします。

2017.12.28:ガソリンタンクの中のガソリンの腐りに泣く!

20171228 W202 Fuel Pump

 W202 (C220) のあずかりものの車検時の時期となり、いつもの調布の整備工場に出すべくエンジンを始動しました。しかし、スタータは回るものの一向にエンジンにまったく火がはいりません。何回か試みました。これは?と思い、ガソリンタンクの付近をチェック、フューエルリレーは動作するもののどうもフェーエルポンプの音が聞こえません。そこで何回かカツを入れました (すなわち叩く) がダメでした。結果的にローダーで引き取りに来ていただきました。

 その後、整備工場によれば、やはり燃料ポンプとのことで、もろもろ周辺のホースやフィルターなど含めて発注して早速作業に取り掛かり完了しました。しかし、エンジンに火は入るものの、エンジンが吹けない、止まるなどの症状だったそうです。そこでタンクの中を見るとガソリンがドロドロで悪臭を放っていたそうです。すなわちガソリンが腐ったということです。非常に面倒で手の掛かる内部の洗浄を得てことなきを得ました。

 その腐りの原因は年間走行j距離が数百の場合のある極端な少なさです。当サイトオーナーに任される時期以前から長い間そうであり、あづかってからは少なくとも年間で完全にガソリンが入れ替わる程度には最低限維持してました。おそらくあずかる以前からガソリンの腐りがあったのではないかと分析します。その根拠は、今回、車検が終わり引き取り、柱したらとんでもなく驚嘆するほどのパワーとレスポンスであり、歓喜のごとく意のままにドライブができ、MBの雄叫びを伴い、実に楽しくアクセルワークができることです。

 あずかった際にw202 (C220) はこんなものかと、箱根のターンパイクも実にドンなもので、それは大いなる失望でもあり友人 (W202オーナー) に話すとW202はそんなもんと言われ変な納得をしてました。しかし、今回のリフレッシュした後の走りを見ると考えを改める必要を感じました。もう一度、ターンパーク詣でを敢行したいものです。ジムカーナも面白そう、なんて感じです。

 このw202のエアコン再始動困難キャビンフィルター問題などでも書いたように、おそらく以前から専門ガレージ (MB) に大枚を叩く整備費をお任せで長年続けてきました。どうでしょう、ちゃんと行われていたのか再度の疑問を感じた次第です。

2017.12.27:師走の日野オートプラザ

20171227 Hino Auto Plaza

 師走の渋滞、時間的に決して近距離でないものの、コンテッサの聖地、日野オートプラザ  (20世紀センター) に所用で伺いました。

 ここの2階のジオラマの一つが楽しみです。そこには我が親父がミニチュアになって立っています。何年か前の新装の際、案内をいただいたご担当の方に、「ここに江澤さんのお父さんがいますよ」と、現物を拝ませていただき確かにそうかなと、その理由は親父は戦前、千葉県庁か何かの仕事でガス電 (日野の前身) 開発・製造の散水車のドライバーをしてました。その当時の写真があり、そのガス電の車両の傍らに立つ明治生まれの戦前ドライバーをモチーフにしたようです。

 この日野オートプラザを訪問する理由は多くの技術的な歴史遺産のような展示物を見ることも興味ありますが、このジオラマは個人的な思いをもって見させていただいております。末長くコンテッサの聖地、日野オートプラザ詣でをしたいと思います。

正面エントランス前で、2013年型コンテツと新型日野レンジャー&プロファイアのスリーショット、メッキだけが目立つ仕上げだが例えばピート・ブロックさんがアレンジをしたらもっと格好いいトラックになりそう!

2017.12.24:41年前のX’masシーズン

197512 Boston Pos Fidler

 先のコルベアの教則本、「HOW TO HOTROD CORVAIR ENGINES」を考えていたら当時、米国で目に焼きついたコルベアを思い出し、写真を検索していたら、右の画像がありました。

 これはクルマと直接関係ないことです。場所は米国まマサチューセッツ州ボストン市の市内のボストンシンフォニーの前の路上です。当時、一技術者としてボストンの郊外に長期出張で滞在しました。

 ボストンシンフォニーと言えば、中学生のころから聞き覚えたアーサー・フィドラー指揮のボストンポップスとかシャルル・ミンシュ指揮の幻想交響国など独特のそのシンフォニーホールの明るいサウンドで今でもDNAになるほど聞きかじっておりました。

 X’masコンサートがあるということは聞いておりましたが、現地でその場に出向くことはまさに想像出来ませんでした。切符を事前に購入して、当日、シンフォニーホールに行くと、ボストンシンフォニーのマークがある濃紺の米車が横付けになりました。何とそこからアーサー・フィドラーさん (右の派手なコート姿) が降り、クルマから降りシンフォニーホールへと入って行きました。その際のショットです。自分にとっては夢のようでした。ただそれだけです。しかし、自分はラッキーだったと今でも思っております。

2017.12.24:ルーチンの下回りチェック&クリーンアップ

20171224 Routine Chassis

 昨日に終わる予定でしたが、ダラダラとしてキャブ周りやステアリングハンドルの対応で終わってしました。本日、前後、ジャックアップしてした周りをチェックしました。

 後部のエンジン周り&リヤシャシーは不具合もなく、綺麗な状態でした。今回は雨もないし、たった3本しか走ってないので当然といえば当然です。フェンダー裏もきれいで特に汚れもありませんでした。

 フロントも同様な状態でした。ただ、一箇所、普段と異なる状況がありました。それが右の画像です。今回、明らかにウイッシュボーンの下側のバンプラバーがストッパーに接触してました。左右共にです。

 その原因は前輪の2.25cmの車高ダウンと分析します。これだけでバンプラバーが接触、初めてのことです。両輪ともあるということは、おそらくブレーキングの際だと推測します。コーナリングではないと考えます。

 この接触をどう考えるかは良い課題と考えます。今晩から夜も眠れなくなるかもしれません、フロントの車高は街乗りのために元に戻しました。

2017.12.23:たかがGR100、されどGR100… (4) - KENT編

20171223 Build Your Own Car

 右の画像は、HaynesBuild your own Sports Car,..and Race it!!、自分のスポーツカーは自分で作れ!それでレースをする、とでも解釈すればよい誠にファンスティックは書籍です。2000年に発売され、すぐに手にしました。

 その内容は2013年型コンテツを製作 (リファービッシュ) する際に多く参考&確認のために参照させていただきました。

 自分でシャシーなど鉄骨から作れますが、エンジンはそう簡単には行きません。そこで登場するのが市販のクルマ、すなわちドナーカー、あるいはコンプリートなエンジンを調達することになります。その参考情報の一つが、FordのKent Engineです。

 先のCosworth YB同様に1960年近くの100万台以上生産された大衆車のFord Angliaのベースにしたものです。ブロックなどの基本設計が優れていたということでしょう。また、このエンジンもショートストロークであり、参照情報によると80.963mm x 48.412mmという超ショートストロークから発展、すなわちストロークを伸ばして排気量を増やすという製作設備のコストを抑える当時の手法でもあったようです。

 このエンジンはいまではケーターハイム7などのクロスフロー (画像:グーグル検索) やBDR (画像:グーグル検索) などへと発展し、今日でのジムカーナなどでモダーンカーをも圧倒する最強のパワーをドライバーの技量をもって誇示していると考えます。つまり、今持って、これらのエンジンは進化を続けており、それを支援する市場がしっかりとしていることです。

(続く)

【参照情報】

【シリーズ履歴】

2017.12.20:最近のHemmings Dailyより

20171220 from Hemmings

 毎日配信されるHemmings Dailyの12月18日 (月) に右の画像とともに ”FIVA: “Mint” condition restorations equivalent to customization, should be rejected” 、すなわち、カスタマイズに相当する “ミントコンディション” のレストアは拒否されるべき、とタイトルされてまます。

 画像 (FIVA提供) は何年か前に話題を呼んだ1961年のAlfa Romeo Giulietta SZ Coda Tronca prototype です。日本のメディアでも紹介されたと記憶すます。

 この記事の趣旨はタイトルのように、歴史的な重要な個体が、コンクールデレガンスというもので失われており、迷惑、見苦しい、そして年齢の痕跡を消してしまう莫大な努力がなされ、結果的に歴史的なものが骨の髄まで失われていると、まことも現代の風潮を手厳しく一刀両断にしています。クルマ文化をどう考えるかの基本的なものです。

 これは当サイトオーナーも日頃感じていることで、日本の旧車界でも歴史的なものを無視して、単に新品部品、メッキ、板金塗装で着飾った、すなわち整形美容&厚化粧をした個体を善とすることに抵抗を感じております (ご参考:素顔の伯爵夫人、JCCA New Year Meeting 2009) 。まさにそこには自動車文化を無視したような、あるいはみてくれだけで再販価値を高めるだけのような行為にもみえます。

 この記事の原点になったのが “Charter of Turin Handbook (トリノ憲章) ” のようです。日本の旧車界をリードしている皆さん、および旧車&自動車メディアの皆さんは “Mint” condition restorations equivalent to customization, should be rejected” をお読みになり、さらに “Charter-of-Turin-2017” を熟読し、目先のことだけではなく、高いレベルで日本の旧車をどうすべきかを考えることを推めるものです。

20171219:テクニカルディスカッション@ビ筑

20171219 Covair Engines

 先のビ筑のフォエスティバルの場で、ステアリングのローックツーロックについて、コンテッサ1300のおよそ4回転をどうするかと議論がありました。ハンドルをもっと小さく、これは邪道です。年間表彰式でのKP61さんのKPは3回転でそこが良いところと話してました。

 かなり前、オーストラリアのモーリスさんはルノーR10との比較でコンテッサに比べてR10の良いところはステアリングがクイックとありました。

 数年前、eBayでルノーのステアリングギアボックスのアッシーが出てました。今、思えば落札できなかったことを悔やむものです。

 そこで考えてきたのがステアリングのナックルを改造れば良いのではということです。ギアボックスに手をつけずにクイックにすることが可能だろうと考えてました。

 本棚に数多くあるバイブルの一つ、「HOW TO HOTROD CORVAIR ENGINES」、1977年に購入したと記憶、コルベアのエンジン&シャシーすべてについて現実的な改善方法が書かれているので、あらためて眠りに着く前に眺めてみました。そこにはステアリングナックルが純正部品としてクィックなものが出ていました。そうなにか、自分のアイデアは間違ってないと思いました。ぜひ、実験してみたいと考えるものです。

2017.12.17:本日のデリバリー - スパルコのシートレール

20171217 Sparco Seatrail

 先に日野純正のバケットシートの不具合、リノベーションを書きました。ただすぐに終わるものではありません。

 そこでその間、代替策として一般市販のシートをテンプラリーユースあるいは焦点を絞った目的に使用してみようと考えました。そのためにスパルコのシートレールを購入しました。新品は高いし、中古は見てくれやガタが心配です。新品に近いと信じて画像のモノをヤフーで購入しました。

 手にしてマアマアかなと思います。ステーを切り捨て、コンテツに取り付ける算段を考えることになります。

 よく考えてみれば日野の50年もののレールは結構ガタはあるので、最終的にこの現代のシートレールに日野純正を取り付けてしまえば良いとこのシートレールをみて思いつきました。その方が使い勝手がよっぽど良いでしょう。もっともリノベーションがうまく行っての話です。

2017.12.16:2017 ビギナーズジムカーナ in 筑波 フェスティバル

20171216 BITSUKU Feastival

 昨年から参加して、まる2年を経過しました。今年も11月にシリーズも終わり、今日はビ筑の忘年会、フェスティバル&年間表彰式で朝7時前から丸12時間あまりの超長いクルマのイベントです。連日の寒さも薄れ温かめの1日は体にもよい天候でした。

 午前中は、お手軽コース (車種関係なし) 、コテコテコースでの軽自動車、普通車などのクラスで練習1本、本番2本と、午後は定例化しつつあるチーム戦でのツインスラローム (俗にバトジジムカーナ) での勝ち抜き戦と盛り沢山のゲーム (?) でした。

 当然、お手軽コースでのエントリーです。ことしは13人、約半数の皆さんがなぜか、いつもはコテコテコースの上位のクラスの方がこちらにエントリーされてました。結果は上位の多くはそれらのみなさんで、400馬力近くで0-100km/h加速は4.7秒と言われるアウディやそれに近い性能のZ32など且つそれなり腕もありと、とんでもない速さであり、温情ある10秒のハンディでも雲の上のような差でありました。追いつけ、追越せ、追越せない永遠のライバル、RプレイのRAひらさん、そして雲の上の存在になりつつあるコペン緑色のトヨさん、ありがとうございまいた。

 今回、ReplayXDを使用しました。2本目の走行、1本目より集中力が欠けたと思ったのががこの映像で見るとその通りです。70%の走り&時間が無駄をしてるようでまだ走り続けるならばその辺をメンタル含め練習が必要です。

 午後のスラロームは経験不足&不得意とするものです。おなるべく内側を狙ったのですが途中でリヤがガタン、すなわちパイロンの端を後輪が乗り上げ、人生二回目のスラロームはあえなく戦意喪失となりました。どこかでスラロームだけの練習会があればでたいなという気持ちになりました。しかし、コンテツのロックツーロック4回転ものハンドル操作と3回転あまりで超扁平タイヤの現代車とでは当然のことながら異なったドライビング技術が必要かもしれません。

 夕方は筑波サーキットホールでの年間表彰式に参加させていただきました。普段は雲の上のような皆さんとフランクにお話しできたことはこの上ない喜びでした。中でもいつもすばらしいドライビングのKP61改さんとのお話では当サイトのアドバンHF-Rの一件を読んでいただいようで当方の意見に大賛成と感謝感謝です。そのKP車はATRの165サイズで足に負担を掛けない方法で年ワンセットを消耗するとかで、やはりサイズの問題でアドバンも考えたがあの値段では使えないと共通の意見でした。そんなこんだで和気藹々の年間表彰式の場でありました。

 今回は来年向けの2018年仕様を試す意味でフロントを約20ミリあまり下げてみました。すなわちブレーキング時の荷重を少しでもフロントに振り向けたいと考えた訳です。結果はリヤがより緩やかに流れやすく且つコントロールが楽になったかと思う、しかしそれはプラシーボ効果かもしれません。

 これで丸2年、このイベントに参加して何がよかったかと、人、それが一番です。皆様が温かくしてくださいましたこと御礼申し上げます。昨年はクルマの不調に悩み (一般道では問題なし)、それが解決し、さらにエンジン調整を進め、ミッションも2回の交換と、ここに来て、ようやくスタートラインについた感があります。そんなのが効果あったベネフィットと感じております。

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2017.12.14:CG誌、1972年 (昭和47年) 2月号

20171214 CG 197202Ducenberg

 毎晩、眠りに入る前にベットの中でちらりと見る書籍、ここのところ旧いCG誌をフォーチャーしてます。これで何回り目か判りません。

 しかし、記憶にないあるいは目にしてない記事に遭遇します。実に新鮮です。

 その一つが、1971年 (昭和46年) の10月に日野の乗用車の新車登録、一台がデータにあったのです。これは今まで感知してなかったことです。

 二つ目がS..K (小林彰太郎) さんの “OLD CAR” のコラムに、1ページ割いて福沢駒吉さんの1929製位デューセンバーグ (Dusenberg) 書かれていたことです。戦後は複数のオーナーに渡り、記事は昭和30年頃の米軍人が所有されていたことが書かれていました。

 福沢駒吉さんはボデーなしで輸入されたようで日本人の手でボデーと造ったようですが、米軍人が出来が悪いということ取り去って、そのまま米国に持ち帰ったようです。その後は、ヨーロッパでボデーを架装したようでが今はどうなっているのでしょうか?

 実は、本サイトの「日野の夢(ロマン):コンテッサに託して、2.1 原点、星子イズム」に日野自動車との関連を記述しました。旧くはオールドタイマー誌の1993年10月号 (No.12) に執筆したものです。日野の昔のストーリーを思い出し、懐かしくなりました。また、新ためて勉強になった次第です。

 ご参考:トヨタ博物館 - 「華麗なるオーナーたち 4 その後のデューセンバーグ社 (まとめにかえて)」
 ==> https://www.toyota.co.jp/Museum/data/magazine67/magazine67_7.pdf
 この資料を見る限り、確かに米国人が日本製のボデーを捨て去ったのを理解できます。

2017.12.10:何かがおかしい? 日野純正レーシングシート!

20171210 Hino Seat

 数日前に気がついたことです。日野純正のバケットシートです。画像で分かるようにバックが右側に曲がっております。

 このタイプのシートはコンテッサ900時代にデザイン&制作され、その後はコンテッサ1300でも競技用途に使われてきました。また、軽量ボデーのクーペ “L” は最初から純正として装着されており、運輸省の新車登録やFIAのホモロゲーションもこのシートで登録されています。

 左右共に一度、張替えはしております。しかし、50年以上のデザインのシートです。問題は人間工学的にいいのかということです。ルノーなどの業界でも随一の出来の良いシートとは比べてはいけませんが、今日ではバケットシートというのは名ばかりであり、なんとか実用的なアップグレードが出来ないかと頭によぎっております。

 理由は単純且つ深刻で、11月のビ筑の練習会の1本目にギックリ腰ではありませんが椎間板のあたりがグニュっと肉体的にとても嫌な感じ、そして精神的に脳裏に焼付く恐怖感を覚えました。大事に至らなかったものの、そんなことで対策を進めようと考えています。

 目標はあくまで見てくれ重視の日野純正であり、それを腰など痛めないように、さらにクルマの挙動をもっと感じられるようにしたいなとアップグレードの誇大妄想の始まりです。

2017.12.9:車載カメラのマウント製作

20171209 Replay XD Mount

 先般記述のReplay XD、その後、ロールバーに取付ける車載マウントの製作を進めてました。

 Simple is the Bestのコンセプトであります。1号機は剛性がなく、すぐのボツとしました。画像にあるものが2号機です。基本的にはUクランプの使用は1号機と同じです、

 画像の右下にあるのが先週の週末来、製作した実に単純なアルミのLアングルを加工したものです。

 Replay XDの固定は、右上のクランプ (航空機用のクッションループクランプ) をディンプルノブで締め上げるものです。

 いずれもどこにである材料を利用、加工したものです。実際・取付けて結果が良ければ幸いです。

2017.12.9:たかがGR100、されどGR100… (3) - Cosworth編

20171209 Cosworth YB

 先にミニのロングストロークエンジンはGR100のスープアップに参照すべきものとしてます。しかし、もっと回るエンジンは何かとなると一時期真剣に考えたのが画像にあるコスワース (COSWORTH) であり、90年始めだったでしょうかCOSWORTH ENGINEERING (現、Cosworth) から資料を取り寄せました。

 このYBシリーズは乾燥重量、118kg (260Lbs) とGR100の128kgよりも10kgも軽い2,000ccエンジンです。まさにアバルト (Abarth) のFiat OT2000にようなものが可能になるものです。しかもGR100と同様に右にキャブ、左にエキパイと見栄えも同じ、さらにディスビューが同じような場所、そして日野同様に赤のブロックということが何よりも気に入りました。

 このYBシリーズは当時、数千ドル (中ほどの) でコンプリートなものが購入できたと記憶してます。では購入かと、でもそれはまさに誇大妄想の域を出ませんした。

 この妄想の中で、プラクティスとして学んだことはよくある手法でベースのエンジン、すなわち腰下は大衆車のフォードのピント (Ford Pinto Engine) のものだったいうことです。そしてそれはロングストロークでない、ショートストローク (Short Stroke) だったのです。これはおそらく高回転型に向く仕様だったのでしょう。そして最も重要なことは、このエンジンは今だ進化を続け、メンテナンスキットも豊富にあることです。

(続く)

【参照情報】

【シリーズ履歴】

2017.12.3:たかがGR100、されどGR100… (2) ミニ編

20171203 autocar mini 19550 med

 日野自動車のGR100エンジンはたったの3年余りの余りの市場ライフサイクルでした。基本設計の初期不良の対処はあったものの明らかな進歩はありませんでした。

 他社の一般的エンジンがどうであったです。右の画像はオースチン・ミニ (Mini - Wiki) は新発売された際の英Autocar誌 (1959年8月28日) です。New AUSTIN SEVENは、B.M.C BABYとて詳細な特集となってます。たまた70年代後半に滞在中のロス郊外の古本屋で手にしました。今でも他のミニ関係の整備書諸々とともにGR100エンジン改善のために大切にしています。

 ミニに搭載のBMC -A Seriesエンジンは、諸説あるようですが、1959年当時、ボア 62.9mm、ストローク 68.26mm、848c.c.、33hp、最終的に1275cc (ボア 70.6mm、ストローク 81.286mm、1275c.c.) 、ストックで56hpであり、パワーでは低速トルクや燃費重視のGR100と同じロングストローク (Long Stroke) です。2000年までミニは530万台の販売だっとか、エンジンはミニ以外にも多く搭載されてますのでその数はもっと数が増えます。

 この数字だけをとってみれば日野コンテッサのGR100の100数十倍の生産量でそれに比例してライフサイクル含めても品質は比べようがありません。さらに羨む魅力なのが今もって多くの保守部品の流通、パワーアップなどがなされていることです (A-Series engine: a hard act to follow) 。また、1,400ccエンジン (Strocker Engine) なども当時からありましたが、今持って市場で入手可能なことです。残念がら日野コンテッサのGR100には望むべくものではありません。

(続く)

【参照情報】

【シリーズ履歴】

2017.12.2:自動車OEMの技報に感謝!

20121202 Mazda Giho

 日野自動車含め、日本の自動車OEM各社は伝統的に自社の新技術&開発など論文形式で発刊されています。

 各社、年一回あるいは二回独自に編纂され小冊子として発行されています。多くが有料で発売されています。あるいは自工会の資料室で可能ながり閲覧できます。また、必要であればコピー可能です (有料) 。

 それらは最新技術ではありますが、クルマづくりと言う意味で、我ら60年代のクルマを進化させる意志があるならば、とても参考になる内容ばかりです。また、無償で公開しているマツダ社とホンダ社には大いなる感謝です。自社の技術に自信があってこそできるものと考えます。

 最新号をダウンロードすると、マツダは “ロードスターRF”や “新型CX-5を特集” 、ホンダは、”流体シミュレーションを用いたボンネビルレース車両の空力開発” などがフェーチャーされてます。

2017.12.1:たかがGR100、されどGR100…

20050828 GR Block

 コンテッサ乗りの何%か悩んでいるか見えませんが、あるいは何%が満足しているのか?と、思うことが多々あり、ここにいくばくか綴ってみます。

 それは日野の赤いエンジン、GR100エンジンのパワーと信頼性です。技術的は当時、エンジン単体で新技術などいろいろ話題にはなりましたが、所詮、走るとなるとパワーウェイトレシオ、940kgに対して65馬力ですから14.5kg/PSであり、当時としても到底スポーツカーの範疇ではありませんでした。平均的なファミリーカーだったのです。

 さらに、問題はGR100は日野自動車初めての小型ガソリンエンジンの設計であり、加えて3年にも満たないで製造中止、エンジンの製造台数もたったの5〜6万と少ないのです。今日となってもっとも恨めしいのは、その後の進展・発展が完全に閉ざされてしまったことです。部品供給もしかりです。

 他社のエンジンと言えば、日産もトヨタも継続的にエンジンは時代の要求に合わせてパワーアップして、さらに経験を積んで信頼性も向上しました。後発のホンダは、正にエンジンカンパニーで、エンジンありき、そしてクルマなんでものと分析します。しかも、各社は世界中に販売しており、今持ってそれなりに補修部品あるいはアップグレード部品が入手可能です。

 しかし、GR100エンジンを持つオーナーはそんなことは望むべくなく、ただただ50年前の状態で我慢、我慢です。そう思うのは当サイトオーナーだけでしょうか

(続く)


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