The Life with my Hino (日野コンテッサのブログ)


2017.6 水無月 (みなづき)


2017.6.25:下回りの清掃で懐かしく思い出す

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 昨日、進めた下回りの清掃、時間があったのでついつい昔を思い出してしまいました。画像はフロントのブレーキの背後で、この半径15cm程度の中に如何に多くの苦労を背負ったかが判るもので、以下はそれぞれについてです:

1 - 当時に住友ダンロップのキャリバーを固定するボルト。6ミリではるが “English Metric” であり、その辺の店にはないもので、米国の航空機部品屋 (Aircraft Sprucee & Speciality Co.) から購入。
2 - Solo Bleeders 10mm x 1.0 x 27mm Thread、この住友ダンロップのキャリバーがたまたまそのサイズだった。ソロブリーダーは使ってみると便利はもの。
3 - 
ブレーキパイプナット 10mm x 1mm ロング&オス、当時の日産の住友系のディスクもこのサイズだったようた。
4 - 強度区分 10.9 M10-1.25 L=30 キャップボルト、今では6角ですぐに入手できるが、10年前はこの選択しかなかった。しかも、小箱単位だった。おかげでこのキャップボルトは多用した。穴あけは自作である。
5 - 1/4インチ ブレーキ用コッパーパイプブレーキ専用コッパーパイプと言われる強度の高い銅パイプ。
6 - 8mm X 1.25mm 7ボルト。本当は10.9にしたかったが7の半ボルト&それ用ナット加工で妥協。10.9も加工を試みたものの適切な半ネジ加工に手持ちのダイスは歯が立たなかった。
7 - 10mm x 1.0 ブレーキアダプター、汎用AN3ブレーキホースとのインターフェース
8 - 当時の日野のものより若干厚めのいすゞのエルフのものを解体屋から調達。クロームメッキを施した。日野のものは薄いのでクロームメッキで強度が落ちて割れたりするものがあった。
9 - ブレーキパイブ固定のブラケット。これもクロームメッキを施した。
10 - 
ブレーキアダプター 10mm x 1.0 AN3。汎用品である。AN3の汎用ブレーキホースに対応。
11 - AN3の汎用ブレーキホース。Earl's Performance Speed-Flex Brake Lines 63010112ERL
12 - ボールジョントのブーツ。汎用品を使用。
13 - 念のために教則本 (
Caroll Smith's NUTS, BOLTS, FASTERS and PLUMBING Handbook) に沿ってセフィティワイヤ (例:Safety Wire) でロックを施した。
14 - これは余談であるが、この出っぱっており部分は当時のホンダのS800にもこの住友ダンプップは使用された証し (グ
ーグル、画像検索) 、すなわちこの部分にホースが接続された。

 以上、懐かしく当時の部品の入手の過程を思い出しました。いずれもフォーム・フィット・ファンクションの考えで汎用品の利用です。誰でも、何処でも、何時でも入手可能なものです。日本国内では難しいことではありますが、ホンの少しの努力で可能と考えます。尚、上記の参照のサイトは参考であり、当サイトオーナーが当時したものでないものもあります。

2017.6.24:ミッション&ステアリング プロジェクト

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 昨年の2016年12月に開始した私的プロジェクトです。“2017年シーズン仕様” と目標を立て、ミッションを富士用から鈴鹿用に変更、ステアリングギアボックスにセンタリング機構を入れる、そしてブレーキパッドの変更を重点におきました。途中、紆余曲折もありましたが、この日、ここ1ヶ月、馬台 (リジッドラック) に載っていた我がコンテツも大地に足を戻しました。

 この際ですから、ボデー下回りを久しぶりに清掃、ごみ取り、ワックス掛け、そして防錆とおよそ4時間あまりを要しました。

 ステアリングとミッションの具合を確かめるためにガレージ内で例によって前後1メーター程度を試走 (!?) 、そして自宅の周辺で数キロ走りました。

 ミッションは全体がほぼ新品になり、ベアリングも新しいこともあり、確かに以前のようなノイズは感じることはなくまさに劇的な変化であり、シンクロも新しいので入りも実に確かな手応えを感じることができました。目的の2/3速のローギアド化ですが、まあまあそれなりと実力の確認は今後となります。

 完全OHを施したステアリングギアボックスは本来の味付けに戻したことになります。カートのような以前のものか良いかセンタリング機構が入ったこの方が良いか、運転の仕方もまったく異なります。これでどうなるかはミッション同様、もう少し走って味わい、楽しみたいと、そのための一歩をまず踏み出すことができました。

2017.6.21:アディティブマニファチャリングでのエンジンブロック

20170621 AM V8 Block

 東京ビッグサイトでの開催の年中行事の設計製造ソリューション展に参加しました。

 今年は昨年も増して、アディティブマニファチャリング、所謂、3Dプリンティングのソリューションが大幅に増えていました。

 大手、老舗、ベンチャーと多くのプロバイダーが競うように展示してました。その中の一社は画像のようにエンジンブロックのカットモデルを展示、これはV8のプロトタイプ向けのようです。もちろん、アディティブマニファチャリングとは5軸NCでのハイブリットとなるのは常識です。

 新しいテクノロジーがだんだん身近になることは嬉しいものです。思うところは我がコンテッサのGR100のビジュアルを保ちつつ、中身を強靭な現代のエンジンに助けをいただくなんて、決して不純な考えではないと考える次第です。

2017.6.17:ステアリングギアボックス取付

20170617 Steering geabox

 昨日、ステアリングのタイロッドを外しておきましt。今日は一気に現行のステアリングギアボックを取り出しました (画像の上、下は今回入れるモノ) 。

 カプリングやギアボック本体を固定したボルト&ナットへのアクセスがやっかなと最初は思いました、順番に取り外して行くと手が入らないと思われる部分にも素直に手や指先が入って行くものです。その昔、日野自動車の設計者が何とか手や指先が入るようにどうやってうまく設計したものかと疑問と関心を感ずるものです。

 これで時間と金をかけたオーバーホールしたステアリングギアボックも新しい強化型のカプラー (参考:SOCAL Imports、また画像の使用過程のノーマル品 (赤/黒あり) は、Summit Racingなど) と共に取り付けることが出来ました。後は、アンダーボデー&シャシー周辺をクリーンアップして車体を地面に降ろし、トーイン/アウトの調整のみとなりました。

2017.6.11:ミッションプロジェクト - オイル

20170611 Mission Oil

 今日は貴重な日曜ですので、やや作業量を軽微なものにして安息日としました。

 昨日に引き続き、今日もミッション交換に伴う足回りのラジアスアーム関連のボルト&ナットの締め付けを進めました。

 ミッションのオイルも入れました。最近は高性能なものもあるようですが、オーソドックスな80w-90、ブランドはカストロです。面倒のないモノタロウからの購入です。すなわちコストパフォーマンス重視です。

 毎回よく解らないことですが、規定の2.8リッター程度を入れたつもりでも、ゲージで計るとこころなしかMAXまで達してません。今回も残りをとっておくのも面倒なので3リッター、すなわち3缶全部入れていまいました。

2017.6.10:ミッション組付け

20170610 Mission PJ

 今日は、ミッションがようやく車体のしかるべく場所に取り付けることが出来ました。その後は、取り外した諸々の部品をひたすら元に戻すという地道な作業です。

 その一つが画像のエンジンスタータです。画像のように、2013年の公道復帰の際に、ケースをペイント (一応、2液のサフェーサ、色、そしてクリア) をしてます。もちろん、完全にバラして、ソレノイド、ブラシ、コイルなどに手を入れました。

 その効果は絶大であり、始動時のソレノイドの動き、モーターのパワーは大きく改善され、自分としてはやってよかったなと思う部分の一つです。

 ただ、画像のようにアルミ部分をポリッシュしたのが、取り付けてしまうと見えなくなってしまうというのはいささか残念’です。クロームメッキも施し、エンジンルームの中でもあまり見えない部分ではありますが、改善された機能共々自慢をしたい部位であります。

2017.6.9:古えのコンテッサのワンメイクレース!?

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 毎晩、眠りに前にベットの中で手にする書籍、今日はオートスポーツ誌の1966年5月号です。

 ここには1966年3月21日、船橋サーキットでの “全日本レーシング・ドライバー選手権開幕!!” を大々的に取り上げています。その冒頭の写真が右のようなものです。

 前座のスポーツマン・レース、出走10台 (30周、54km) とあり、どうもその内、7台が日野コンテッサだったようです。画像のようにどれもこれも日野コンテッサで、ブルーバードとスバルがサンドイッチされて、コンテッサのワンメークレースのようで圧巻です。こんな佳き時代もあったようです。

 #68のクーペはアルミホイールを装着とコンテッサは時代を先行してたのです。とてもカッコよく見えます。左の#44のセダンはオートスポーツ誌の1966年8月号のテストシリーズによれば、船橋用改のミッション搭載で0->400m、17秒台を記録、ノーマルミッションならば16秒台を出せるだろうとあります。ほとんどのコンテッサがナンバー付きで自走で来たようです。

 この日のメインレースの全日本ツーリングカー・レースのクラス優勝はコンテッサクーペの山西 喜三夫選手でした (JAFデータベース参照) 。

2017.6.4:ミッションのボルトに注意

20170604 Misshonn Bolt

 今日、ミッションにフレキシブルジョイント (所謂、スパイダー) を固定しようと、その場所にある8mmにボルトを締め上げる際に事件が発生しました。

 それはトルクレンチ (シグナル式) で締めようにもなかなかカチンと言う音をたてません。そこで直読式のトルクレンチで注意深く見ると、2キロ余りでグイグイと回ってしまいました。これは伸びが来てるなと、直ぐさま、抜いてみますと中間あたりが見事に伸びておりました。

 なぜ、伸びたのか、それはここに使われているのはHマークではないものでした。と、いうことは頭なごしにハイテンと決めつけた3キロ余りをかけてはならないことを悟りました (コンテッサ1300の整備マニュアルによれば、8mmの締め付けトルクは、2.5〜3.5kg、もちろんハイテン対象) 。この場所は強度を必要としない部位なので日野は通常の軟いボルトを使用していたようです。

 自分の知識の無さ、思い過ごしを反省するばかりです。また、トルクレンチ頼りも反省すべきもので、族に言う「手ルクレンチ」も意味ありと感じました。替えの純正の新品ボルトはないので、手持ちの同サイズの7ボルトを入れました (画像参照) 。

 何年か前に、ベテランの整備士の方がシグナル式のトルクレンチは使わないとその方の工具箱には年代物も直読式のトルクレンチが入っておりました。これを直ぐに思い出しました。まがりなりにも自分の工具箱にも直読式のトルクレンチがあったのは不幸中の幸いでした。確か、1977年頃、米国ボストン郊外のSearsで購入したCraftsmanであり、40年前の代物です。

2017.6.3:スタッボルトに要注意

20170603 Stud Bolt

 ミンションのベルハウジングをエンジンブロックに固定するためにエンジンブロック側に何本かのスタッドボルド (10mmX1.25) があります。

 その一つに一般のナットに比較して緩みのこないナイロンナットを入れていました。今日、そのナイロンナットを緩める際にどうも軽く回るなと思ったら見事にエンジンブロックから外れてしまいました (画像は再度取り付けにダブルのナットでトライしたもの) 。

 スタッドボルトとは言え、何らかの理由でナイロンナットの締付けよりは弱くなっていたのでしょう。おそらく昨年3月にミッションを入れ替えた際にそうなったのかと推測します。その際にちゃんとしなかったのだろうと考えます。

 今回は、緩み止めの中程度のロックタイトの緩み止め (LOCTITE® THREADLOCKER BLUE 242®) を入れて置きました。いずれにせよ、素人の不注意であることを反省しました。

2017.5 皐月 (さつき)


2017.5.28:休憩日 - 工具の清掃

20170528 Tools Cleanip

 昔のように若くはありません。昨日の作業で足腰を酷使、今日は息抜き、趣味の骨休みです。久しぶりに手持ちの工具をクリーアップしました。

 工具箱から各ピースを取り出し、ブレーキクリーンで脂分を取り除き、ウエスで綺麗にと、そして工具箱のたまったゴミを吐き出すとただそれだけの作業です。

 この工具箱には南カルフォルニアで少しづつ買い集めたCRAFTSMAN (Wiki) を中心に揃えてあります。

 工具箱もそのCRAFTSMANですが、これは近所の西友で1988年10月に購入したものです (正確にはDAIK) 。当時、日本での拡販に努力したようですが、残念ながら成功せず、その処分のセールで購入したものです。ツール類はセールでも当時の価格では手が出ませんでした。単に輸入品にとんでもない価格が付いていた時代だったのです。

 今ではこのメタル製のCRAFTSMANの工具箱はビンテージになってしまったようです。

2017.5.27:ミッションプロジェクト

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 長らく滞っておりましたミッションプロジェクトもいよいよ佳境に入ってきました。

 この日は、ボデーをジャッキアップし、下からミッションを抜ける準備を進めました

 そして作業効率を良くするためにミッションの取り外し&取り付けに干渉を起こす部位&部品を取り外しました。

 昨年の3月にも行った作業であります。昔ながらの何の工具もない、単にジャッキアップをするという原始的な方法ではありますが、30年近く前に自作したミッションジャックが頼みのツナです。

2017.5.26:自動車技術会 - 人とくるまのテクノロジー展

20170526 JSAE

 今年も例年のごとく、パシフィコ横浜で開催される自動車技術会(所謂、JSAE、米国のグローバルのSAEに相当と理解)の展示会、人とくるまのテクノロジー展に参加しました。毎度の事ですが新しいテクノロジーやビジネスモデル、また日本を中心としたOEM各社とサプライヤーの生の展示物に接してソフト&ハードの技術の進化を見るのが楽しみです。

 英国パビリオンは例年ごとく何時も楽しみにしているエリアです。今回、自身でミッションの分解・組立・調整を進めていることもあり、すぐに目についてのはギヤトレインを中心としたソフトウエアでした。画像 (Dontyne Systems) にあるように設計時点で歯当たりなどがシミュレーション出来るようです。現物で測定してフィードバックも可能な機能もあります。

 一昨年までこの場に毎年おられたCPT社は今年も見られませんでした。そして国産のスーパーチャージャーのメーカーが登場しました。先駆者が活躍の場を失うという誠に理不尽な日本市場を感ずる部分であります。

2017.5.21:ミッションプロジェクト

20170521 Misshion Project

 昨日、土曜日は一種間前に取り付けたベルハウジングを取り外しました。理由は、バッククラッシュの再度の確認、そしてボルト類に緩み止めを入れることでした。

 バッククラッシュは先週、調整したわけですが、その後、カバーをちゃんとロックしたこともあり、どうも硬い感じがあり再度、ばらして幾つかのシムを試しました。最終的には先週と同じものになりました。感覚的には日野のラインを出たままの新品ミッションと比べて若干少なめかと思うもので、ダイアルゲージでは基準より0.01〜0.02ミリ程度下回ってます。とりあえず、これで進んでまずは走ってから考えることにしました。

 ボルト類の緩み止めは、以前、ミッションを下ろした際にベルハウジングを固定してる8ミリのボルトが緩んでいることがあったためです。ここでそれぞれに中程度のロックタイトの緩み止め (LOCTITE® THREADLOCKER BLUE 242®) を入れて規定トルクで再度締め上げました。

 そして、今日、最終の下側のカバーを入れました。これで車両に取り付ける作業に “Reday to Go” となりました。

2017.5.20:千葉県立現代産業科学館より - ブランドは何処に?

20170520 Ichikawa Musuem

 千葉県立現代産業科学館から右の画像のような往復葉書が届きました。

 内容は初回から参加して来た「クラシックカー・スポーツカー in 科学館」のアンケートでした。

このようなものは参加者の思いを知るには重要なツールです。良いことと思います。

 ただ、よく考えると、このイベントの目的は何なのかと常々考えておりました (第一回第2回第3回第4回第5回、第6回は当日欠席) 。つまり、科学館は自身の立場を考えて何をしたいのかということです。これがまったく見えないイベントなのです。

 我々、参加者は何のために貴重な休日の時間を割いて、その場所に一日いるのか?おそらく多くの参加者も科学館の目的は見えてはないのでしょうか?見学者ならびの参加者双方にとって便益が見えません。

 我々はの客寄せパンダなんでしょうか?公の税金で賄われていることはもちろん、予算が零とのことですが、人件費が大きくかかっている筈であり、認識が必要なことがこの場は文化&歴史を伝える貴重な場でありと考えます。アミューズメントパークではないのです。それならなば単なる任意の寄せ集めの場ではなく、「意義」を明確にして確かなるストーリーをもって “千葉県立現代産業科学館” というブランドに相応しいイベントを開催すべきと考えます。ハガキにアンケートを募る前に自らを正すことが先決ではないかと考えます。

2017.5.19:ミュシャ展 - スラヴ叙事詩、芸術は政治より強し

20170519 New National Musuem

 先週、テレビの美術番組で六本木の国立新美術館で、一般にアールヌーボーで知られるチェコスロバキアの芸術家アルフォンス・ミュシャ (Alphonse Muchaミュシェ展が開催されていることを知りました。

 興味であるスラヴ叙事詩 (The Slave Epic) の全編が一堂に観れることは、一生で最初で最後ではないか思い、早速寄ってみました。

 同時に開催されていた草間展にも劣らぬ集客力で展示室に入るのもディズニーランドの人気アトラクションのように待たされ、中に入ってはラッシュアワーの通勤電車ような混み具合でした。

 全20編それぞれ迫力のあるもので、特に最後の一枚、“スラヴ民族の賛歌 - スラヴ民族は人類のために (The Apotheosis the Slaves - Slaaves for Mankind” は圧巻でした。勝利を得てのロシアからの真の解放でした。

 絵画で祖国への愛国とその真実を語り、民衆に奮い立たせ、国家、政治を正しい方向に変えると、フィンランドの音楽家、シベリウス (Jean Sibeliusも同様なものがあったと理解してます。20点のストーリは偉大なものでした。日本の政治にも文化・芸術の影響はないものかと思いました。

2017.5.17:おそるべき日本のメディアのアクション

20170517 IoTNEWS

 先月 (2017年4月) 、仕事上の業界のフォーラムを開催しました。その際のプレゼンテーションを今年に入って、開発・制作をしていました。その間に発見した、「とんでもないこと」です。

 今、世間、あるいはIT業界を中心に騒がしている言葉にIoT (旧車もIoT、M2M時代 - タイヤ空気圧のリアルタイムモニター) があります。簡単に言うと、何でもつないでもっと情報を活用し、且つ情報の価値を高めて、より精度の高いものに引き上げるものです。

 それを推進するための重要なことがこれも巷を流れている言葉の一つが “デジタル化” です。実はこの言葉が日本語で実に曖昧さを含んだ解釈となっています。グローバルには、すなわち英語で、Digitization (デジタイザーション) とDigitalization (デリタリゼーション) があります。前者はアナログ情報をデジタル情報に変換させること (VHSビデオをDVDに変換するような) を指し、後者はそれを活用するビジネスモデルを変革させようという全く新しいことを意味し、実は日本ではどちらの言葉も “デジタル化” で済まされています。

 問題は日本には、もう一つの “デジタル化”  を意味する単語があったのです! それは、“デジタライゼーション” です。どうもマスメディアの関係者が米国のイベントで入手したDigitalization (デリタリゼーション) という言葉を “デジタライゼーション” として解釈して、あるいは発音してテキストを起こしたようです。これはまあ許せる範囲内でしょう。

 問題は、幾つかのメディア (例、IoTNEWS:https://iotnews.jp/keywords/デジタライゼーション) は何と、 “デジタライゼーション” を丁寧にも “Digitalaization” という単語を創造していることです。この単語は英語ではありませんし、英語圏、あるいは日本を除くグローバルな世界では通用しません。もちろんグーグ検索でもひっかりません。

 世界には存在しない新しい英単語を創ってまで日本の社会に新しい言葉や文化を紹介してしまうとまさにおそるべきメディアのアクションであります。

 日本の社会は情報については今でも旧態依然とした鎖国 (wiki - sakoku) 状態なのだと感ずる部分です。我々、旧車の世界は大丈夫でしょうか?日本の常識は世界の非常識 (グーグル検索) とならないよう願うばかりです。

2017.5.13;ミッションプロジェクト、最終コーナー手前

20170513 Mission PJ

 ミッションプロジェクトも組立が最終段階に近づいて来ました。

 今日はサイドカバーのオイルシールの組込みを進め、最後のバッククラッシュの再確認、セカンダリシャフトを締め上げた後はやはり若干過大になりました。シムを交換して一応、基準値に収まりました。

 そして、ベルハウジングを取付け、これも規定トルクで締め上げました。

 残る作業はリレーズベアリング&シフトフォークの取付、そしてカバー類の装着です。いずれもクリアランスなどの要素がなく単純作業です。ただ、カバー類の6ミリの新しい平ワッシャは数が足りませんので発注することになります。

 今日も近所の頼りになるヘルバーさんがタイミングよく顔を出し、セカンダリシャフトの締め上げに大いに助けをいただきました。何時も感謝です。

2017.5.13:歴史は意図をもって塗り替えられる!

20170513 Alpine Book

 2001年に発売されたAlpine des hommes, des voitures - Tome 1 (意味的にはアルピーヌと男たち) 、ルノー・アルピーヌ関係では著名なフランスのJean-jacques MANCEL氏の手により執筆され、2001年に出版されました。

 タイトル通りにルノー・アルピーヌに関連した男たち34人が当時の姿とその後がフィーチャーされています。当然のことながら、Jean Rederel (Wiki) 氏はその筆頭であります。

 数多くの写真が掲載されています。その中に興味深いのがあります。それは当時の日野ディーゼルから出向 (出張?) されている方の写真も幾つか入っております。プラスティックボデーの車体製造の技術習得と日野スプリント1300GT関連です。

 実はこの本を購入後、今から10年数年以上昔ですが、日野自動車の広報を通じて、写真に登場する4名の方について、確認をしたいと打診しました。しかし、その返事は、日野自動車としてこのような人たちは知らないし、そのような事実は知らないと、当サイトオーナーにとっては、にべもない回答の結末となりました。

 この書籍に登場する日野ディーゼルの社員と称される人たちと一緒に写っている共に仕事をした "Alpine des hommes” の人たちは健在であり、その当時の記憶もしっかりと語っていただけます。「知らぬ存ぜぬ」とこのようなことを聞いたら何と思うでしょうか?歴史として真実を語っている本書に対して自身の歴史を否定してしまう大企業の論理とは如何なものでしょうか!

2017.5..7:ミッション周りガスケット

20170507 Gasket Pattern

 今日でゴールデンウィークも終了、明日からのノーマルな生活に戻るべく、コンテツの作業もトーンダウンとなっています。

 ミッションプロジェクトの最後の組立に向けて、まだ用意してないガスケットを切りました (参考:工作の相棒 - パッキンポンチ) 。また、この際ですから次回のミッションプロジェクトに向けてその際にすぐに切れるようパターンを用意して置きました。実際、ガスケットの製作は結構時間を喰うモノです。

 そんなことをしながら、午後の時間はあっと言う間に過ぎました。頭の中がここ数日の連休の趣味主体のモードから明日からの仕事主体モードに切替つつあります。こればかりはこの歳になってもはるか昔のサラリーマン時代のような行動パターンを変えることができません。

2017.5..7:英retro cars誌に日野コンテッサ1300

retro cars 201612 HIno

 英国の旧車専門誌、retro cars (KELSEY media) 、レストア専門ではない、クラシックカーではないものの走るレトロなクルマを専門に扱っているようです。

 直近の12月号に “MADE IN JAPAN” の特集が組まれ、“5 JAP RIDES” と題し、カローラ、サニー、ダットサンなどと共に、「1668 HINO CONTESSA」がフィーチャーされています。

 紹介されているコンテッサ1300セダンは、London  Science Museum所有のものです。誌面にはモーリスマイナー、シトロエン 2CV、フォルクスワーゲンビートルの世界中誰もが知る象徴的なクルマ (iconic shape) と共にスタックの一番下に意味不明な (willfully obscure) 日野コンテッサと紹介され、一連の背景などが日野自動車とコンテッサの歴史と共に記述されています。

 日本でもマイナーな日野コンテッサが世界で販売されているretro cars誌に5ページも紹介されたことは歓迎すべきものです。

 興味ある方は、eBayなどの通販で購入できますので手にすることを薦めます。

2017.5.6:本日&明日は、Planes of Fame エアショー

20170506 Chino Air Show

 米国カリフォルニア州の飛行機博物館のPlanes of Fameから5月6&7日のエアショーの案内が3月くらいから毎週のように来ております。今年は60周年記念のようです。

 昨年の4月は運良くエアショー前の零戦の完全解体整備 (レストレーションのようなもの) を見学することができました。

 このエアショーは何十年前から知っておりますが、残念ながらその場にはいたことは今だありません。

 毎年、今年はと、淡い、あるいは非現実的なことを思い描くだけです。エアショーは多く機体の飛行を一度に見れるでしょうが、人ごみとか駐車&渋滞を考えると、やはり普段の閑散とした現場に行って、じっくりと見学するのが良いかと考えます。

 運よければ、昨年のように零戦の整備風景を目の前にすることが出来るでしょう。



2017.5.6:ミッションプロジェクト

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 本プロジェクトもいいよいよ車載作業を除いて最終章に差し掛かっております。

 本日は、シフトリンケージ類の部品製作を午前中から進め、午後はシフトリンケージの仮組付けを行い、最終組付けへと進みました。

 シフトリンケージのカバーは仮ではありますが取付けをして、シフトローッドにて各ギアの入り具合を確かめました。最終型のミッションの特徴であるシンクロのスプリングの強力さは大きなものがあり、実際のドライブが楽しみであります。

 残る作業は、一度組み込んだデフの再取付け、各カバーの取付、デフのオイルシールを入れる、そしてベルハウジングの組付けとほとんどがルーチン作業です。

 今回、久しぶりにミッションの作業に際し、日野の整備マニュアルを頼りにしました。当時の整備屋さん向けで、素人にはデティールの物足らなさを感じました。ヘインズの整備マニュアル (Haynes Publishingなどの素人向けに編纂されており、かゆいところに手が届いている解説書に慣れてしまったこともあるのでしょう。日野コンテッサ1300のヘインズ版があればなんて感じております。

2017.5.5:トランスミッションのデフのバッククラッシュ

20170505 Mission BC

 昨日、取り付けたシムの状態で、今日は、デフを入れてチェックしてみました。

日野コンテッサ1300の整備書にデフのバッククラッシュは、0.13〜0.18ミリと書かれています。

 実際、デフと組んだ状況で0.4ミリのシムは過大だったようで遊びが出ません。そこでシムを取り除くと結構大きなバッククラッシュとなります。何度も取っ替え引っ替え組み直して、最終的に0.2ミリのシムで写真のように基準値に入りました。

 上記の組み直しの際に、その都度、光明丹であたりをみるとそれないに変化はあるのが分かります。ただ、日野のマニュアルにあるようにはゆかず、リスク承知で妥協をしました。経験の無さの根負けです。

 今回、上記の0.13〜0.18ミリの基準値はネットで調べると、現代のクルマでも同様な値が書かれていました。また当サイトオーナー、座右の書、“最新 自動車整備全書 門馬孝吉著 (昭和30年5月25日発行) ” によれば、「アメリカでは0.005〜0.007インチに調整するように指定」と、それは0.13〜0.18ミリではないか、このあたりの技術のルーツはアメリカなのかと知りました。この辺りの技術は何十年も不変なのかと感ずるとともに、新たなイノベーションはないのかと思うものです。

2017.5.4:トランスミッションのコニカルディスタンス

20170504 Mission CD

 日野コンテッサ1300のセコンダリシャフトの先端とデフのセンターの距離は、整備マニュアルによれば、53.72ミリが設計上の値、しかし個後の部品&アッシーには個体差があり、その値についてデフのクラウンギヤに電気ぺんで刻印されています。

 今、制作中のミッションのそれは53.53ミリと書かれています。この値に調整しておけば、デフを取り付けた際のあたりがベストになるのだと解釈しております。

 写真のように、30年くらいまえに制作した自作のSSTを使って、53.53ミリになるように先般、モノタロウから購入したベアリングのシム (0.05, 0.1, 0.15, 0.2ミリの4種類) を使って、0.4ミリの厚さで取り敢えず調整してみました。

 この先はは、デフと取り付けで更なる調整となります。

2017.4 卯月 (うづき)


2017.4.30:ビギナーズジムカーナ in 筑波 2017年第2戦

20170430 BICGUKU RD2

 前回の第1戦は体調の関係で出走取りやめ、それに加えてコンテツの改良を目論んでいたのですが、結果的に進んでおりません。

 今年からはヒストリッククラスが設けられ、その火を付けた背景もあるのですが、第1戦は不参加、前回&今回の参加者をみれば、少々怖気付きます。なぜならば、それら車両は90年の半ば以降のもので、実年齡は15〜25歳くらいでおそらく他のヒストリックでない多くの参加者の方が’年式が旧いと分析します。

 しかし、現場の雰囲気を鑑みれば、実年齡50歳オーバーのコンテツでありますが、次回からはヒストリックにエントリーした方が良さそうです。今回、前を走ったジネッタ、速い!技量もあるでしょうが、去年のある時の前を走ったホンダS2000よりも発進含めてとんでもなく速いと感じました。おそるべきヒストリックであります。

 この日の天気も最高であり、またこの場に来ることが出来、100%復調ではないもののつくづく健康の有り難さ、またコンテツをドライブできることを幸せに感じました。なおこの日の完熟歩行はiPhoneの万歩計で9,000歩弱でした。

2017.4.29:燃圧がゼロに!

20170429 Fuel Reg MF

 久しぶりに我がコンテツを路上に引っ張り出しました。明日はビ筑の第二戦を申し込んでいます。タイヤ空気圧のチェックに近所のシェルのSSに行きました。

 SSを後にして、息つきのような現象が発生、今までにない経験です。取り敢えず、自宅には戻りました。

 プラグがかぶったのかと思い、すぐにチェックしました。しかし、そこに異常は見られませんでした。

 再度、エンジンを掛けると、始動はするものの明らかに変です。エンジンルームの傍の燃圧計をみると何とゼロです。電磁ポンプの出力側の燃圧計は正常な5psiを指しています。

 すぐに察してこれはレギュレータしかないと、まずは叩く、これはダメ、そして調整のネジを圧力を高める方向にすると燃圧は上がってきます。そこで2.5psi (0.2k弱) に取り敢えず調整しました。

 考えてみると、およそ二週間前に2psi程度で低いなと思ったのですが、今日はさらに下がってしまいました。原因をさぐるべき、”ETROL KING” レギュレータの関連ディスカッションルームをチェック中です。

2017.4.28:ユナイテッドエアライン CEO からのメッセージ

20170428 from UAL

 今朝、メールを開けると、”Action Speak Louder than Words” と”行動をすることは言葉より勝る”とでも理解したらよいのだろうか、ユナイテッドエアライン 最高経営者 (CEO) のメッセージがありました。

 先のオーバーブッキングで乗客を引きずり出してしまった問題への今後の取るべきことを述べています。一つはオーバーブッキングを減らすこと、それが発生した際は、最大10,000ドルを自主的なボランティアに支払うとあります。

 今回の一連のアクションを見てますと、ある意味で米国の本音、膿が出たと思います。表向きはスマイルでもその裏はとんでもないルールや命令・鉄則みたいなものを時折見受けます。テレビで報道された時、即座にそれを感じました。

 この問題の発端は、すでに搭乗が終わったにもかかわらず、自社の社員を乗せるという後から来て割込みをするようなもので、その際にランダムに選ばれた乗客を摘み出したのです。自社の運航のためにパイロットを搬送するのは解りますが、席に座っている乗客に犯罪者の如く手をつけたにはまさに前代未聞です。

 米国内のトラベルではオーバーブッキングは日常茶飯事です。当サイトオーバーも何度もボランティアの打診がありました。しかし、それは何時もジェントルに対応され、両者に利益のある対処でした。

 近い将来、何時か、自分もと思わせる自社都合による恐るべきオーバーブッキングの対処方法でした。このCEOのメッセージで改善されるでしょうか?

2017.4.26:味覚とは!健康のバロメータ

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 健康な時には飲食の美味しい・不味いもそんなに気にはなるものではありません。

 それがどうでしょうか?健康を害し、疾患状態になると何を口にしても美味しく感じません。また、コーヒーやワインなどの趣向品もまったく味気が無くなってしまいます。

 時には、食事がまずい、これは食べて側の問題ではなく、作り手がおかしくなったと、連れ合いの味覚や料理の腕を疑ってしまうと何とも情けない話です。

 人間の体とはよく出来たもので、口にするすべてが美味しくないということでいろいろな異常を知らせる赤信号を出すようです。

 先の最悪のコンディションの際は、味はともかく、栄養を入れないということで趣向品は別としてエネルギーの源になるインプットだけでもと考え、とにもかくにも、まずいまずい、と言いながら口にいれることだけはストップしませんでした。担当医が言うようにまさに、あんたは食欲があるから (入院しないでも) オーケーと言っていただいた背景も実はこんなことでないかと感じています。よく言われる口からものが入らなくなったらもう終わりというのが頭に片隅あったのだろうと今、考えます。

 そんな状況も3月半ばになると徐々に食事も美味く感じるようになり、コーヒーもおぼろげながら味を楽しめるようになりました。この時期になると口にいれるものが美味しく感ずることを幸せに感ずるようになりました。

 それから約1ヶ月を経た昨日、女房と近所の美味しいピザがあるイタリアレストランでランチをとりました。オーナーとの会話の流れで結婚記念日だと言ってしまったら写真のような形状でテーブルに出て参りました。飲食を楽しめる、健康とは本当に良いと感じながら最高に美味しくワイン共々堪能しました。

2017.4.24:クラフツマン、ミニジャッキに感謝

20170423 Craftsman Mini Jack

 昨日、数時間かけても解決しなかったのがシンクロのリングの遊びでした。プライマリ&セコンダリの各ギヤの位置関係が微妙に不完全です。これはが一昨日記述の「新たな問題」でした。

 昨日、試行錯誤の過程に遊び不良の原因を探るためにオリジナルのギヤでセコンダリシャフトを縦にして各ギヤ諸々を組むとこれはちゃんとオーケーで問題なし、それでは今入れている鈴鹿用のそれで試すと、これも問題なしでした。しかし、それをミッションケースに入れて組むとダメと、そんなことを何回も繰り返し、この日曜日の作業は夕方5時に趣味の “就業時間切” となりました。

 その後、寝際にベットの中でジックリと考えると、おそらくチェックの際の重力が掛かる上方向からの縦にギヤを入れる、そして組む際の横方向からギヤを入れる差ではないかと推測をしました。

 そこで今日の昼休みの時間に、組んだギヤボックスを縦にしてみました。そうしたら見事に遊びの調整され、各ギヤは見事に一致しました。何だ、そんなことかと、妙に感心しました。おそらくこんなことをすること無しにセコンダリをボルトで締め上げた後はそうなると推測します。これまた素人作業のムダばかりの思考&プロセスの結果です。

 この縦の調整に活躍したのが、クラフツマンのミニジャッキで、普段はオフィスのディスク上のアクセサリですが、こんな時に出動するとは思いませんでした。

2017.4.23:ステアリングギアボックス

20170423 Steering GB

 最大懸案事項、ステアリングギアボックスのリニューアルもその1本目がようやく出来上がりました。実に長い道のりでした。

 数日前に一度ヘマをやらかした軽合金のボルトも2回目の注文で何とか使えそうなものが到着してました。

 先日製作したガスケット (Preparation (準備) その2) とともにクローム処理をしたカバー (たかがメッキ、されどメッキ) を取り付けてみました。

 ケースも大分前の作業開始時にほどこしたポリッシュに輝きを増すためにMothersを入れてみました。これはキリがありませんのでホドホドが必要です。

 さて何時、取り付けるかが問題です!

2017.4.22:ミッション、SST

20170422 Mission SST

 今日の午後、ミッションのセコンダリのギヤの組付けを開始しました。

 しかし、どうやっても1速のスリーブが入れても入れても、続くシンクロ、2速ギヤ、3速ギヤ、そしてシンクロと入れて行く過程で、位置がずれてしまいます。

 何回、やり直したかは思い出しませんが、数時間を経て、友人が顔を出しにきたこともあり、ひと休憩して、頭をクールダウンした様で、 SST (Special Service Tools) を作ればヨシと閃きました。

 そこでダメ元で作ったのが写真のものです。傍にあった真鍮板を切り、セコンダリシャフトにハサミ込み、スリーブを抑えて抜けないようにしようというものです。結果的にこれは大成功で、こんな簡単なものでも役にたつことが判りました。

 では、トップギヤまでギヤがちゃんと入って、クリアランスなどオーケーかというと、新たな問題が発生しました。

2017.4.21:2017 EYESONDESIGN - シド・ミード

20170421 2017 EYESONDESIGN

 Hemmings Dailyの少し前の3月16日 (木) に、“Futurist Syd Mead to receive Lifetime Achievement Award from Eyes On Design” と称した記事がトップにありました。「未来派芸術家、シド・ミード (Syd Mead) 、 Eyes On Designから特別功労賞を受賞」とでも訳しましょう。

 Eyes On Designは一種のカーショーであり、30年以上前の1986年、米国デトロイトの非営利団体の眼科研究所(Detroit Institute of Ophthalmology)の自動車デザインの祝典と募金活動をルーツに近郊のグロス・ポイント・パーク (Grosse Pointe Park) で開催され、今日至っているようです。

 特徴は、展示車はすべて定められた条件 (毎年のテーマも含め) に沿った招待車/者だけであり、単なるメカの優秀性や単なるレストアの出来栄えなど評価するのではなく、クルマとその背景を含めた文化性を基にしたもののようです。

 今年は父の日の6月18日に200-300台が展示、それらにはレースカー、コンセプトカー、一般の生産車が含まれています。また、世界中の自動車メーカーや一般企業からの支援を得ています。(Google画像検索:EYESONDESIGN, Concept)

 このカーショーは別として、シド・ミード氏 (Web Site) についてどこかで聞いたこともあり、氏の作品を何度もどこかで目にしているというものです。そんなことを思いながら、Eyes On Designの見学できる機会があればと誇大妄想であります。 

2017.4.15:なるほどヒューランドのミッション

20170415 Hewland Webster

 ミッションの組立に際して、諸々の情報を参考にしております。その中で勉強したことの一つはコンテッサ1300のミッションは、自動車産業黎明期の60年代のエンジニアリングの産物と感じるに至っております。ルノー4CVのコピーを寸法拡大したようなもので、その後のルノーR8などと比較するとコンテッサ1300のミッションは整備性もは大いに後塵を拝した設計です。

 その直後の例えば、日産の510 なんかと比べると時代感をもってかなりプリミティブな感じがします。同様にホンダ系も同じです。例えば、コンテッサはトップのギアだけにニードルベアリング (Needle Roller Bearing) が使用されています。しかし、その後の時代の車種はトップだけでな他のギヤにも使用されており、手元にある整備書によれば、ホンダのシティはギア全部にニードルベアリングが使用されています。

 これを考えただけで、コンテッサのエンジンはせいぜい6,500rpmがマックスと常々考えてますが、同様にミッションも (特に低速ギヤで) 高回転を与えてはいけないと素人なりに分析するものです。すなわちコンテッサというもの「走る機能」を全体感を持って接する必要があると感じる部分でもあります。

 そんな中、コンテッサ1300が生まれる前からHewland (ビューランド) のミッションはみればみるほど魅力的なものです。例えば、それは上記のベアリングがすべてニードルベアリングであり、しかも全ギヤとも同じ部品であり、メンテナンスが非常にし易いと考えます。しかも車体に搭載したまま、ギヤが交換可能なのです。

 当サイトオーナーの個体は米国でビューランドを搭載することを前提にした改造が成されています。なるほど、このコンテツが1967年の米国セダンレースを目論んでいた部分、すなわち日野のミッションは頑丈ではあるものの、エンジン回転、ミッションの機能性&整備性含めて、ヒューランドにするという必然性を感じる「なるほど」であります。

2017.4.14:要件・要求、てんこ盛り!

20170414 .jdllbert too much req

(左) ユーザーの要件には400の機能が含まれている。
(中) 誰もそのレベルの製品を使用できないのを解ってるのか?
(右) それは良い質問。リストに "使い易さ "を加えるのがよい。

 Dilbert (ディルバート) 、米国のScott Adams (スコット・アダム) さんの一般的な職場の出来事を主人公のディルバートと云うエンジニアの行動を諷刺っぽく表現した漫画です。英語は少々面倒でも実に興味深く見ております。

 仕事で進めているプレゼンに米国人が時折使用しており、最近、上のようものがありました。ディルバートの作成したあるシステムの要件がてんこ盛りで400もの機能があり、上司はこんなものではどうやって使うのだと、誰も使えないと、するとディルバートはその要件に、「簡単に使える」を加えれば良いと進言、何となくどこにでもある “とんでもない” やり取りであります。

 これの漫画を見て、思い浮かべたにが最近の機能てんこ盛りのクルマです。ここに至っては、自動停止やらとかと、電子、メカ、そしてソフトウェア (そしていちばん面倒な光学もか) 満載です。おそらくとんでもなく複雑なしろもののような気がします。

 だれがこれらの複雑なものの動作保証を誰がどうやってするのか大いに疑問を感じます。考えるべきことは、利用者はそのようなシステムに慣れてしまうもので、各社&各車、おそらく動作が異なるものでこれにどう対処すべきかです。でも、取説のどっかに、「使用上の事故は利用者の責任」なんて記述してあるのかなと、確認はしてませんが。。。。

2017.4.13:現物をもって語り継ぐ、すばらしきファミリー

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 4月9日 (日) にニュージーランドのコンテッサについてリニューアルをしました。その直後、偶然というものが二つ重なりました。

 その一つはFaceBookから通知にNick Websterさんの内容を見るとコンテッサ1300セダンの写真と共に、 “My family’s Contessa” がありました。この時にそうかという程度でした。

 その二つ目がその翌日でした。丁度、ミッションのクリアランスの議論をしていたオーストラリアの友人から、コンテッサの歴史的認知度を広めるニュースがあると、それはニュージーランドのキースさんのコンテッサ1300セダン (上の写真) をオークションに出したら、落札者は何と、ニュージーランドで日野コンテッサの生産 (KND) した当時のキャンベルモーター社のオーナー、ブレア・ウェブスター (Blair Webster) 氏の息子さんだったそうdす。つまり、そのファミリーのFaceBookのブログが当サイトオーナーに来た通知だったのです。何と素晴らしいストーリーです。父親が進めた日野コンテッサの事業を尊敬するがごとくの “現物をもって語り継ぐ” のファミリーのアクションでした。

 以上がきっかけとなり、懸案事項の「ニュージランドに於けるコンテッサ1300事情」の記述を始めました。

2017.4.9:ミッション、構造を考える

20170409 Conical shim

 四半期世紀以上も昔の若い時代のころは多くは、例えばミションであるが、整備マニュアウル通りバラし、再度組むなどとあまり細かな芸当はしてません。それも気合というか若気のいたりのエイヤでぶっつけ仕事のようなものでした。すなわち、バラした通りに組み直すと、オーバーホールと言ってもそれほど難しいことをした訳ではありません。

 さて、歳をとるとスピートも脳みその回転と共に鈍化するようで、結構時間がかかってしまいます。どの作業一つとっても同じです。しかし、反対にエイやではなく、一つ一つの作業を理にかなっているかを確かめながら進めるようになってきました。今回のミッションもその一つです。コンテッサのミッションは大きく分けで三世代あり、第二代に作られた鈴鹿用のギヤのみのを第三世代に組み込もうとしています。いまではそのようなことに対して、素人に参考になるような情報、すなわちデータもノウハウはどこにもありません。

 そこで50年数年前の日野の第一世代の整備マニュアルを基本にして、その他もろもろについては、他のクルマ、今回はホンタシティ (第一世代) やBMW320などの結構ちゃんと書かれている整備マニュアルを参考にして、自分用の新たなミッションをどう組むか検討するようになりました。それはミッションの整備の原理原則を学ぶようなものです。その意味ではこの作業で日野の当時のマニュアルに頼る必要がない、また本当はどうあるべきかも含んだ新しい日野コンテッサ1300用の整備マニュアルが創り出されても不思議ではないと思うものです。

2017.4.8:トランスミッション・プロジェクト

20170408 Mission

 数少なく経験しているミッションの組立を目的のために希望をもって進めております。

 しかし、およそ四半世紀前にしたことはまるで頭でも体でもちゃんとノウハウとして残ってないようですが、その前の1970年代末の調布の整備工場で勉強させていただいことは今でも記憶に残っています。

 その当時のミッションを組んでいただいた際、組み終わると、「おそらくこのミッションは100kmぐらいで軽くキーンという音が出るかもしれない」と説明がありました。所謂、デフのバッククラッシュに関係する問題です。

 果たして、どうでしょうか、結果はその通りとなりました。職人技というか本当に経験を積んだエンジニアは結果が見えるのだと、そして限られた条件 (コスト、時間、材料など) の中でも限界値までが見えるものだと、そのように感じ、今日でもそのお言葉は体に染み付いていおります。

 現在、プライマリギヤが新しいベアリングと共に入り、クリアランスの仮調整をしてみました。本組み付けの際には、モノタロウのステンレスのシムの入手を考えてます、今後、セコンダリギヤを入れて行くわけですが、その際、気になるのがコニカルディスタンスのクリアランス調整です。これもモノタロウでドンピシャの内径&外径 (要するに規格品) があることが分かりました。手持ちの日野のシム含めて組合わせれば何とかなりそうです。

 数日前は暗雲が立ち込めていたこのプロジェクトも一夜にして光明が差して来ました。妄想と現実の間を行き来してるようです。

2017.4.7:JCCA NYM & 他であった最近の会話 - 会長の役割とガバナンス (3/3)

20170404 Network Footwork copy

 とにもかくにも、(コンテッサクラブ程度の)会長であれば、会員一人一人の顔が見えるあるいはどんな方なのかを理解していることを望むものです。また会員一人一人、会長がどんな人物なのか、どんな者なのか身近に接して肌で感じることも必要であります。それは雑誌やネットを含むメディアなどを通してなどでは肌感をもって伝わりにくいものです。生で会話できることを誰しも望んでいるのが本当の状況であると考えます。それが善人が考えるガバナンスであると信じております。

 以上、旧い時代の人間のコメントです。ソーシャルネットワーキングなどネットワーが発達した昨今ではクルマのクラブなど運営や形態が大いに変化しているのも事実です。上述の遥か彼方の過去の経験は化石化しているかもしれません。ただ、ソーシャルメディアなどは目的ではなく、手段としてのツールであることも事実でしょう。しかし、ここのところな何人かの皆さんとの話しで思うことは、重要なことは顔が見えるということが肝でしょう。それは最近はデジタルな「ネットワーク」だけではなく、古典的でもあるアナログな「フットワーク」も今だ必要と感じた次第です。

 最後に、組織にも色々ありますが、例えば、企業、法人 (あるいは法人格) とも表現します。定義上、もろもろ難しい説明があるようです。つまるところ、「人」が付く訳て、そこには「人格」が存在するのだということです。すなわち、「企業は人なり」のように企業も人格の上に成り立つというものです。企業ではないものの小さな組織、愛好家のクラブにもそれなりの「人格」も感じるものです。今回の何人かの皆さんの会話を通して、このように思いました。

(終わり)

2017.4.6:JCCA NYM & 他であった最近の会話 - 会長の役割とガバナンス (2/3)

20170404 Network Footwork copy

 組織が大きくなれば、その長は全体を掌握するために、いろいろな担当や係をつくって、マネージメントする、一般企業や大組織ではそうかもしれません。しかし趣味のクラブにはどうかと感ずる部分であります。面倒臭いルールは必要ないと思います。「クラブ立ち上げ」の末尾に書いた通りです。

 では会長のガバナンス含めて、どう育むのでしょうか?

 会長自身の資質もあるでしょうが、多くは会員によっても育まられるものと考えます。すなわち会員の鏡が会長であり、またはその逆、すなわち会長の鏡が会員そのものと考えます。これは一般の企業などの文化をみれば一目瞭然です。

 会員の気持ちを小まめに汲みとらねば、すなわちそれは会話がなければ何にも判らない訳で、会員の思いは伝わらないでしょう。それは総会などイベントだけでのコミュミケーションでは機会を失うものです。総会での会長の想いは、それまで一年間、総会に来られない多くの人の想いすべてを含めて日々の蓄積を総合したものであると感じます。それは残念ながら、会長となった人しか解らず、多くの役員でも不可能と思います。

 そうする事で、すなわち会員と普段から直に接して会話をすることで会長は自然に育まられるのではないでしょうか?すなわち、会長は会員に育てられるというもの大きな部分を占めるものと信じます。それは他人 (例えば、支部長などもろもろの会則上の係) を通してでは難しく、要は直接であるべきで、それが組織の長の役目と思うものです。またそれは傀儡や単なる便宜上の象徴であるべきではありません。そのようなことができる資質が会長に必須と考えます。

 つまり、具体的には古典的ではありますが「頭と体を使え」ということです。そのようなことが希薄になってきた、あるいは過去のものになってしまったと分析しております。また、そんなすることも無く、何かが欠けたまま組織が何となく機能するようになってしまったと分析します。

(続く)

2017.4.5:JCCA NYM & 他であった最近の会話 - 会長の役割とガバナンス (1/3)

20170404 Network Footwork copy

 先の1月末のJCCAのイベントでも複数の人からこの表題について話しがありました。昨年後半からも同様な話題があり、JCCA以降も複数人から電話や直でのこの話題が偶然にもありました。なぜ、日野コンテッサクラブの方からそのような問いを当サイトオーナーに向けられるかは別にして、昔の経験で皆さんには一様に次のように答えております:

 会長はすべての会員への「よろず相談のフォーカルポイント」であり、会長にもなれば、日常、毎日のごとくとはないが、会員から日々色々な相談が持ち込まれます。問題はそれにどう対応するかです。自分で考え、そして人に相談、あるいはプロにお聞きしたりして、ベストな回答を問い合わせのあった方にご自分で回答するとか、必要であれば会報を利用する方法をその昔は採っていました。

 そのような問い合わせに対して、メンテナンスなど修理業者などに丸投げすれば、クラブとしても独立性、あるいはガバナンスを失うものです。ひいては修理屋などの商売をされている方との明らかなしがらみを作ってしまう可能性があることです。それはしてはならないと、日野自動車含めて自動車屋などのビジネスとの関係に一線を引かねばならないというのが基本原則であったのです。

 今のように会社の組織のごとくある意味で完全分業化されたごとくのクラブ運営でなかった昔の会長はどんなものだったのでしょうか?これは決して懐古趣味で語るものではありません。今でも多くのクラブやギャザリングでは、その長となっておられる方を見れば共通点を感じます。それは自ら身を切って周辺にサービスと言ってよいか、自ら頭と体を使って行動していると思います。

 例えば、イベントでは先頭に立って参加者や来場者への対応とかクルマの交通整理をしているとか、会報などでは、単なる自らの戯言を発信するよりも、会員スミズミまで気配りをして意見を吸い上げ、それは決して他人任せにはしない事です。

 おそらくこのような話を現在のクラブの中で意見したら一笑にふすかもしれません。だから (昔は) 二年も会長をやれば、そろそろ、次の人へと、これも自然にクラブ全体でガバナンスがしっかり効いてたと感じます。残念ながら、これはある時期に崩壊させてしまったと分析します。

(続く)

2017.4.2:ミッション、少し進捗ありか?

20170402 Mission

 本日はガレージの部品の出し入れとか頼まれ物を探すとかにいつものことながら結構時間を割いてしまいました。でも自分の記憶の不確かさでメッキものとか左右ドアのチャネルラバーが出てきました。そんなものが出ると何十年前の光景が蘇ってくるものです。

 さて、今日はミッションのプライマリギヤのクリアランスの調整を試みました。そして一歩進め、バックのアイドルギアを組み付けました。

 さらにセコンダリギアの組付けの準備作業を進め、作業台上でノーマルのギアを鈴鹿用のギアに置き換えました。その写真が右上のモノです。ちょっと目には以前と変わりませんが、これで次のステップ、組付けにゴーです。

 ここ数日の作業で、スポーツキットのミッションはレース使用を目的としたのか、プライマリギアなどの加工がノーマルと明らかに違っており、歯の端部が厚くなっていることを発見しました。おそらく強度を上げたものと分析します。

2017.4.1:ミッションのギアのベアリングの圧入

20170401 Bearing Insert

 諸々の事情でミッションのプロジェクトも長い道のりでやっとこのプライマリギヤの組込の段階に入りました。

 本日はベアリングの圧入、NSKのハンドブックによれば、小型のものはプレスで圧入、大型は焼きばめでと実に丁寧にその方法が詳細に説明されています (参考:今回使用したNTNのサイトでも優しく説明されてます) 。

 プレスといってもそんなものは素人のガレージにありません。そこで何十年も前に溶接の練習も兼ねて作ったコンテツ専用のエンジンのカムのギヤを圧入する専用治具をガレージの片隅から引っ張り出し、何か方法がないかと模索しました。結論は写真のようにガレージジャックと様々なソケットレンチを使いました。

 しかし、素人はいつも一発勝負です。ベアリングにダメージを与えたくありません。そこで圧入をスムーズにするために、NSKのハンドブックにある焼きばめも併用することにしました。エンジンオイルをガスコンロで80〜100度くらいの温度にして、ベアリングを加熱しました。

 結果的にジャッキで圧力を加えるとズシンドスンと胸に響くような音をたてながら徐々に圧入され無事完了となりました。

2017.3 弥生 (やよい)


2017.3.31:オートテクニック 1972年7月号 TUNING UP MANUAL

197007 auto technic July

 昨晩、眠りに着く前に久しぶりにオートTEクニック誌の1972年7月号の臨時増刊:TUNING UP MANUALを眺めていました。

 この時代は、A型エンジンのサニーやK型エンジンのカローラが全盛期になってきた時代です。一昔前のコンテツからみればスーパーカーのように8,000回転超えの世界です。同じOHVエンジンですので大いに勉強になった書です。それは今も変わらずいわばバイブルのようでになっています。

 まずはベースとなる出発点を読んで勉強し、後は実践、すなわち自分の頭と体を使って、自分のエンジンをどう細工して、失敗もして、そして先に進むのが常識であります。ただ、旧い設計&製造技術の日野のGR100はせいぜい6,000回転+アルファ程度であり、その辺の頃合いをみて、いじくり、乗って、そして楽しむというのは勉強&体験、そして結果を得て、フィードバックして徐々に先に進める考えます。

 昨晩、この本に感銘的なことが記述されているのを発見しました。それはマシンセッティングの項の望月 修さんの「ネガティブキャンバーの働きを主に期待するようであれば、そのマシン本体のポテンシャルが低いという考え方も成り立つ」、このお言葉には正に身の毛がよだつような感触であり、肝に銘じなければなりません。

2017329:クルマはこれで良いのだ!

198805 Riverside

 昨日のブログの船橋用ミッションの写真に続いて、気になったのがこの画像です。時は1988年5月、場所は、米国カリフォルニア州のリバーサイドインターナショナルレースウェイ (Riverside International Raceway) です。

 写真のポルシェ、エンジンのマウントがパイプで組まれています。これを見て、なんだこれで良いのだ!、すなわちコンテツも色々進めれば、なんとでもなる、フレームでもメンバーでいよいよの時にはベストなアイデアが出るのではないかと想像させてくれるものです。この個体の色々な部位をそれを感じさせてくれます。良い写真を見たなと思いました。

 ちなみのこの日のメインレースにエントリーしたNissan GTP  (日産GTP) は、開発間もないブリジストンのタイヤのバーストであえなくクラッシュとなりました (映像:1988 Riverside IMSA Nissan GTP crash) 。ブリジストンとの契約上の問題はあったようですが、グッドイヤーに変えてからタイヤによるアクシデントはなくなったようです。

20170328:31年前のミッションの作業

198604 Mission

 一昨日の日曜日、結構、寒い陽気でした。二日連続の作業は取りやめにして、遅れていた仕事含めディスクワークに専念しました。

 旧い写真をペラペラ、パソコンでめくっていたら気になる画像が出てきました。その一つは30年以上前のミッションの作業でした。

 この写真のミッションは所謂、船橋用 (改) で、3.44のローのギア比を2.5もしたものです。ストレートカットのそれが見えます。プライマリーのギヤは溶接して固定されています。

 この船橋用のミッションは、トップは1.11の問題を除けば、街中でも実に乗りやすいと思います。ただ発進はローのギヤ比が高いために馴れないとエンストを招きます。

 シンクロのキーのスプリングは調整ができるワイヤーのタイプ (且つ、直径の太いヘビータイプ) だったなので試しに張力をあげたら、セコンドからローへのシフトダウンはちょっとしたアクションで吸い込まれるよう入るフィーリングに驚きました。この時はミッションの調整は面白いものだと感じた瞬間でした。

 この写真を見つけ、なんだ30年前も同じことやっていたのかと苦笑しました。まったくバカにつける薬はないような人生です。

2017.3.27:たかがメッキ、されどメッキ (続)

20170327 Sterring Blind

 ステアリングギアボックスのリノベーションも最後のプロセスと思ったのは甘い素人考えてた (3月5日) 。出来上がりの全体を予測できなかったのです。

 そのために先々週、メクラ蓋など計10点 (二台分) のクロームメッキを施すことにしました。これら小物なのでコストダウン対策でバフ掛け処理を省きお願いをしました。

 今日、クロームメッキ処理があがり、手にしました。小物なのであまりアラは見えません。出す際に表面を極力綺麗にしたこともありバフ掛け処理なしでも結構綺麗に見えます。メクラ蓋はさらにポリッシュをすればかなりいけそうな気がして参りました。

 もう少しの手間と時間で待望のステアリングギアボックスのリノベーションが完了に近づきつつあります。

2017.3.25:Preparation (準備) その2

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 本日の午前中は、ミッションのケースのクリーナアップの続きを進め、ネジ山の修正とその周辺のクリーンアップから始まりました。30本程度の6ミリ、8ミリ、そして10ミリのボルトがあるので結構な時間を要しました。

 そして午後には、近所のたよりになる若い方が応援をいただき、ガスケット類の製作を進めました。これも一つ一つ、下図を描き、ガスケット用ポンチで適切な穴を開け、そして最終的にカッターナイフ&ハサミで切り取るという作業です。これまた根気が求められるものです。

 ガスケットが出来たところでおおよそのPreparation (準備) が完了しました。そしてプライマリーギアを入れるためにテーパーベアrングを入れるシミュレーションを入りました。

2017.3.25:プリンス R380 アメリア島 コンクール・デレガンス

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 毎日配信されてくるHemmings Dailyを楽しみにしております。3月20日のトップ記事は、”Prince R380 represents the best from Japan in the Mid-Sixties”、すなわち「60年代半ばのプリンスR380、日本からのクルマを代表するベスト」のような称賛のキャプションが目に入りました。

 Amelia Island Concours d’Eleganceが’2017年3月9~11日に開催され、日本のレーシングマシンを特集したようです。もう一台はマツダ787Bだったようで、これは今まで米国含め多くのイベントで登場しています。しかし、このプリンス R380はまさにレア中のレアで大いに話題をさらったようです。

 プリンスという今は日産に吸収されたメーカーが当時、ポルシェ904GTS (Porsche 904) に戦いを挑んだなど称賛すべき、あるいは尊敬の念を抱くべき個体であることが詳細に報道されています。

 このコンクール・デレガンスへの参加はアメリカ日産のインフィニティ部門 (INFINITI) が仕掛けたようで、自動車文化として実にインパクトがあるもので大いに評価するものです。最近の「やっちゃえ日産」ももう少し文化の香りがすればイイなと、これは余計なことですが。。。

2017.3.19:Preparation (準備)

20170320 Preparation

 中々進まなかったミッションの組立、今日は良い日和で、太陽の恵みをいただきながら、日向ぼっこさながらで少し前進しました。

 ガスケットで接着された部分のこびりついた紙と接着剤を根気良く剥がしたり、各ボルト周りのゴミと山の修正を進めました。組付け前の準備作業 (Preparation) です。

 技術的に大した作業ではないものの結構時間を消費して、根気が必要な部分です。また完全性を求めれば終わりのない作業であり、どこで自分は満足するかの妥協点との相談となるものです。

 午前中1時間、午後約1時間あまり、もう少しと、そんな時に予告もなく訪問者があり、雑談となり、この日の作業は進まず、明日はお彼岸の墓参りですが、午前中の暖かい時間に自分の決めたPreparationの作業分、あと30分〜1時間くらいを済ませたいと思います。

2017.3.18:ガレージはジムに!

20170318 Sandbag

 人間の体は不思議でもあり、良くできたものです。病魔の菌と戦うためにインプットされたブツ (すなわち、食事なりの栄養) をそれに当て、あるいは体内に蓄積されたエネルギー (企業で言えば、内部留保か) もそれに当てるそうです。また、そのような状況に於いては、筋肉を保つ、作るための機能も低下してしまうそうです。

 昨日のクリニックでの検査で、それら機能の状態を示す値 (血液検査) は正常に戻りました。しかし、その間に失った体重や筋肉の回復はこれからということです。まずは身体の機能は正常にもどったものの、失った物理的な部分の再生はこれからです。

 体力回復のために10日前から再開している筋力トレーニングに加えて、以前から考えていたサンドバッグを入手しました。ヤフーでちょうど手頃なサイズのジムで使う本物の中古がタイミング良くありました。これで下半身、すなわち足腰を年齢なりに少しでも鍛えたいと希望を持っています。

 早速、ガレージの梁を利用して取り付けました。コンテツの2017シーズ向けンの改善よりも、まずは、それをドライブする人間の改善が先です!

2017.3.16:ベアリング抜き、適切なツール

20170316 Bearing P-Gear

 先の週末にミッションのプライマリーギアーのベアリングを抜くことを試みました。しかし、手持ちの一般的なプーラーや適切でないベアリングプーラーでは全く歯が立ちませんでした。すなわちギブアップです。

 2月中旬に12ヶ月点検であった足車を1ヶ月遅れで、例の調布の整備工場に入れる予約をしておりました。その工場で、40年くらい前にコンテツのミッションのOHで同様にプライマリーギアのベアリングを交換したことを思いました。では、今もあるのではと、期待して伺いました。

 旧知の工場の社長によれば、ベアリングプーラーは今は滅多に使うことがなくったそうです。しかし、昔は認証工場取得には必須なアイテムであったそうです。

 早速、何種類もあるベアリングプーラーから、合うものを選択すると、あっと言う間に抜けてしまいました。当然であれば当然なんでしょうが、やはり、適切なツールの必要性を実感しました。

2017.3.12:ミッション、プライマリギアのスラスト調整のSST制作

20170312 Mission SST

 本日は仕事の合間に息抜きで簡単な作業を進めました。

 ミッションのプライパリーギア組み込みの際には、ベアリングのスラストの調整をしなければなりません。

 日野の整備マニュアルでは、シムを調整する際にベアリングを抑えるためにカバーを取り付けるよう指示されています。そのために8個のナットを締めねばなりません。

 シムの調整は何度かのトライが必要です。それはその都度、8個のナットを締めることを意味します。結構、面倒な作業です。

 そこでアルミ棒を使って、2個だけ締めればよいようなSSTを制作しました。最終的にはカバーを取り付けてチェックすることはもちろん必要ですが、これでかなりの作業時間が節約できると期待しております。

2017.3.11:マカオGPのコニリイ、今は何処?

197001 Auto Sport

 毎晩、ベッドで眠りに着く前に古い雑誌を眺めるのはこの上ない楽しみです。昨晩、普段の生活に戻りつつ、1ヶ月ぶりに再開しました。

 本棚から手にしたのは、1970年1月号のオートスポーツ誌です。そこには第16回マカオ・グランプリ (Google - Macau GP 1969 Images) が載っていました (澳門格蘭披治大賽車- Macau Grand Prix) 。

 そこで目についたの写真のコニリオです。コニリオが現地のドライバーでエントリーしていたのか!と、驚きました。

 この当時のマカオ・グランプリで戦った個体は今、どうなっているのかと気になると同時に興味が湧きました。本当の意味での「ヒストリックカー」として正真正銘、尊敬すべき個体と考えます。

 ちなみに、誌面には「ハロルド・リーのあやつるホンダ RH-800 (コニリオ) は、健闘して8位。うしろは長谷川のストックカー・セドリック」と記述されていました。

 参考にために、グーグルで “Harold Lee Racing Driver” で検索すると、1967年のMacau GP (Google - Macau GP 1967 Images) にHonda S800で参戦していることが、Racing Sports Carsで判明しました
 (http://www.racingsportscars.com/driver/results/Harold-Lee-HK.html

2017.3.6:50年前の技術に悩む

20170311 Mikuni Solex

 本日、仕事で関係する業界の先進技術について学ぶシンポジウム (No Magic, Inc. Model-Basedシステムズエンジニアリング シンポジウム Japan 2017) に参加しました。

 右にミクニのソレックスの図を貼り付けました。50年以上前のテクノロジーの産物であるソレックスキャブなどSUキャブ含めて、機能的な説明をうまく理解する、あるいはチューンアップする手段など相当経験をつまないとすぐに結果がでない、また図面からはなかなか機能を理解するには至りません。

 それは昨年、ほぼ1年を通じてのソレックス不調の原因解明の際にもイヤというほど感じました。昔のSUのチューンアップの際も感じたことですが、これがコンピュータ制御になればどれほど物事がシンプルになるのかと感じました。

 そこで今、頭の中をめぐっているのが、「Model-Basedシステムズエンジニアリング」をベースに50年以上の前のテクノジーをリファイン来ないかと妄想のごとく考えております。

2017.3.5:たかがメッキ、されどメッキ (続)

20170305 Steering Gear Box

 心が折れてなかなか進まなかったステアリングギアボックスのリノベーションは最終段階に入りました。

 しかし、心ではないフィジックスな部分のアクシデントで約1ヶ月、作業が遠のいていました。本日、再開をして、ベアリング&シールの打ち込みが完了しました。

 そこで問題となったのが先の「2017.2.8:たかがメッキ、されどメッキ」にあるカバーと最後に取り付ける4箇所あるメクラ蓋の表面処理です。メクラ蓋をそのまま表面に磨いたもののクロームメッキとの釣り合いがとんでもなくアンバランスと感じました。

 そこでコストアップにはなるものの4つのメクラ蓋をクロームメッキ (ポリッシュなし、錆止め程度の処理) に出す決意をしました。まったく素人いうものは出来上がりの品質を予測できないとまたまた自責の念となりました。
(ご参考:
クロムプレート処理 (所謂、メッキ)

2017.3.4:クラッチベアリング

20160313 NSK 24TK308B2

 昨年度末からミッションの2017年シーズン仕様へのアップグレードが諸般の事情で思うように進んでおりません。

 本日、息抜きに交換することになるクラッチのベアリング (24TK308B2:d= D=38.1 B=67 16.4) を例によって、モノタロウのサイトでチェックしてみました。

 モノタロウではNSKを扱ってなくKOYOのみでした。そこでグーグル検索で互換性をチェックすると:
Cross Interchange Part No. for: NSK 24TK308B2 (
http://www.autopartoo.com/oem/partscrossinterchange/24TK308B2) に以下のような互換の品番が確認できました(代表的なもののみ、また固有の車種などは除く) :

  • NTN -> SF0818
  • KOYO -> RCT38SLI
  • NACHI -> BC12S4B
  • SKF -> VKC3505

 早速、モノタロウを見ると、以下のようにビンゴとなりました:
JTEKT(光洋精工) クラッチベアリング パーツNo. 09269-38001 ストックNo. 70167
 (https://www.monotaro.com/p/3509/2574/?t.q=koyo%2035092574

2017.2 如月 (きさらぎ)


2017.2.26-27:松戸 伊勢丹 日本のヴィンテージカー

20170226-27 Matsudo Isetan

 二週間前に松戸まつりのクラシックカー関係者から、急に声が掛かったイベントです。最初は目的不明、すなわち、誰が何のためにどうやって、などなどですが、知り合いなので二つ返事をオーケーしてました。

 写真にもあるように、タイトルは「日本の日本のヴィンテージカー特別展示」、主催は伊勢丹松戸店で、目的は「第二回 春袷の会 (はるあわせのかい) 、年2度のお得意様向けイベントの支援だったということが直前に分かりました。はやい話が客寄せパンダ?のようなイベントかと理解しました。

 二日間も現場に常駐して自車に注意を払ったり、期待されている来場者へのクルマの説明とか不可能ですので、希望者にはパーティションを設置するとあり、結果的にそれをお願いして搬入と搬出の時間だけの参加となりました。

 さて、このイベントがお得意様にどれほどの効果があったのでしょうか?主催側は社のお偉いさんには評価されたとか、年二回やりたいとかの終わりの挨拶となりました。

 個人的には、台数は少なくともそれなりの旧い個体 (しかも博物館の展示目的でなく、ちゃんと元気に走る!) が集結するので非常に価値あるものです。そのためには歴史観ある説明とかチラシとか、前宣伝をすべきと思うもので、それにはちゃんとした専門のプロデューサーが不可欠と思いました。それらはこのイベントの価値を大きく上げるものでしょう。

 今回、主催側が参加者に委ねたそれぞれの来場者への安全管理 (特に子供達がドアに手をは挟むかと) とクルマのセキュリティ (ドア、ボンネット、燃料キャップなどを開けるとか、さらに乗り込んでシートに座るとか、細かくはボデーを試すように叩いたり触るなどイベントでよくある問題) についても、参加者任せでなく、主催者として如何に責任持つべきを考えるべきです。これがクルマでなく、例えば、美術品や工芸品だったどうでしょう。それなりの配慮があると思うものです。それはクルマであったもまったく同じものです。少なくともこの場は、旧車愛好者のギャザリングではなく、あくまで商業主義の一環としての行為であるのです。

2017.2.10:実に粋な切手が貼ってあった!

IMG 0686

 最近、米国eBayを通じ、SCCAの当時のステッカーを購入しました。

 早速、ニューヨークの3番街と思われる専門店から送られてきました。

 その封筒の切手を見ると、1948 Ford F-11953 Chevrolet1965 Ford F-100がずらっと貼ってありました。どれもこれも実に良い色合いのカラーでそのイラストが素晴らしいもので驚嘆しました。

 グーグルで調べてみると、USPSのサイトに、2016年7月のリリースのPickup Trucks Get U.S. Postal Service Stamp of Approvalのようです。CNN MoneyもPickup trucks honored on postage stampsとして報道されてました。

 海外からのメールには時折、このような素晴らしい切手があるのが楽しみです。日本の日本郵便も年賀葉書に固執したり、通販まがいの営業をするパワーがあるならば、このような粋な商品を考えてもらいたいものです。

2017.2.8:たかがメッキ、されどメッキ

20170208 Steering Gear Box Plate

 先月末にあがったステアリングギアボックス用のクロームメッキを今日、取り出してみました。

 何時ものことですが、出す時の処理とメッキ屋へのインストラクションが肝です。素人ですので、中々強いことも言えず、結果的に (おまかせの) 妥協となります。

 こちらはコストを下げたいのでとにかく薄くていいとしますが、メッキ屋は綺麗にあげたいので厚めの処理となってしまいます。まだまだ修行がたりません。

 ところで取り付けてしまえばまったく見えないところに何故クロームメッキをするのかです。理由は簡単で綺麗に見せるのは二の次で、主目的はメンテの問題です。後のことを考えれば、メッキならばワックスなどを定期的に入れておけば錆びず、よごれれば吹けばよいのです。これがペイントだったそうは行かず、錆びの問題を常に考慮せねばなりません。それだけのことで、総合的にライフサイクルコストがもっとも安上がりなメッキとなる訳です。

2017.2.5:京都鉄道博物館の60’クルマ

20160510 KyoTetsu Haku Ku5000


 昨年、2016年4月29日に開館した京都鉄道博物館、実はその10日後に早速見学する機会がありました。

 特に鉄道オタクでもありません。昔から地元松戸駅でリアルたアイムに目にしていた9600、D51、D52など力強い機関車と再会したかったのが一つのきっかけかも知れません。

 昔から博物館に行けば神田の交通博物館でも同じでしたが車載にあるいはフェリーに乗っかっているミニカーの中に日野コンテッサ1300がないかというのがパターンです。この京都でも女房ともどむ探しましたが残念ながらそこにはありませんでした。ちょっと滑稽な公道かも知れません。

 ここでは、上の写真のように、ク5000形車載車にブル410X2、シルビアX2、GTBX2、トヨタS800と実に豪華な展示がありました。もう一台スペースがあるのでそこにコンテッサ1300をと、でもそれは無理からぬものです。

 この文面を書く気になったのは、最近、FaceBookの当サイトオーナーのアカウントのあるお名前 (実は先のJCCAのイベントで再会、シルビアとトヨタS800のオーナー) が登場し、その方のアカウントをチェックすると昨秋、この博物館に訪問された様で、ブログにこのシルビアやトヨタS800があり、親しみを感じたためです。つまり、人間、誰しも同じ子をやるのだと。

 ちなみに、今は無き、神田の交通博物館のどれかのフェリーなどに複数台のコンテッサ900/1300を見ています。今はどこかに捨てられたと推測します。また、船の科学館でも見た様な気がします。昔の写真をチェックしてみましょう。

2017.2.5:日野スプリント900の色

20080201 Hino Saprint 900 Green

 およそ10年近く前の2月に日野自動車のオートプラザに展示されているジョバンニ・ミケロッティさんの日野スプリント900の修復の依頼 (タコメータ回り) がありました。

 その際に丁度良い機会ですので以前から気になっていたボデーのグリーンの当時のオリジナルからどのように違っているのかを比較することにしました。

 写真中央の濃いグリーンの破片は、イタリアのミケロッティ社でペイントした際のオリジナルのカラーリングです。所謂、1962年のトリノショー、ジュネーブショー、そしてニューヨークショー、1963年の東京モーターショーで世界の多くの人々の目に焼き付け、感動を与えた際のボデー色です。

 現状のカラーは1990年頃の展示目的の修復をした際に選ばれた色です。担当者によれば、時代も変わり新しいカラーリング、それも明るいのが若々しくて良いと、独断と偏見(?)の様です。個人的にその判断に苦しむものです。

 色一つで目くじらを立てても何の得にもなりません。また、この個体が個人の所有であれば口を挟む余裕はありません。世界的に貴重な個体に対しての大メーカーの歴史観や文化が問われる部分だと思います。さらに重要なのはこの個体が走行状態であるかであり、残念ながら、まったく走る機能・能力は奪われております。

 このカラーリングの修正とともに「走ってこそクルマ」であり、そうなるのを願うものです。おそらく莫大な資金と時間、そして新車作りにはないまったく異なる専門知識を求められるでしょう。

2017.1 (睦月・むつき)


2017.1.29:30年前のリベンジ?

20170129 JCCA NYM

 何年かぶりのJCCA主催のニューイヤーミーティングにエントリーしました。今年のそれは、日野車といすゞ車のコンクールデエレガンスが (Concours d’Elegance) があったことが理由です。

 天気はまあまあ、なにより温度が暖かったのが良かったです。久しぶりに参加したせいか、大勢の皆さんがと当サイトオーナーの元にお寄りいただきました。

 コンテッサクラブの皆さん、トヨタグローバルのAE86所有のアメリカ人とT-Shirts姿のオーストラリア人、日野のデザイン、カートの親子などなど入れ替わり立ち替わり20数組となりました。話が弾み、友人が差し入れたくれた肉まんを口にしたのが午後の2過ぎぎ、それまでトイレ休憩もなく、さらに会場を去った4時ごろまで延々と会話をしておりました。

 さて、今回のコンクールは、「30年前のリベンジ」と意気揚々と参加しました。何故?それはTACS時代の30年前の日野車のコンクールでした。参加者は誰しも自分が賞をもらえる、あるいはもしや選ばれるのはないかと淡い幻想をいだいていると思います。その際は当時のCGの小林編集長がいろいろお話いただき、当サイトオーナーのクルマのヒストリーをご理解いただき (その際のCG誌に好意的に写真入りで解説いただいた) 、これはゲット?と思いきや、審査員の発表は、「ノーマル車を選びました」でした。しかし、自分含め周辺も、我がコンテツはレーシングそのものが改造があってもそれが「ノーマル」であると会話をしていたのです。

 そんなこともあったので、「30年前のリベンジ」であり、今回は用意周到に、1966年以来の50年の代表的な履歴を整理してリストを写真を簡単に一枚にまとめました。審査員の皆さんからもちろん興味深く多くの質問をしました。50年、外観&内装は変化が無いこと、しかし性能アップのための走るための機能改善、ジムカーナ年間シリーズ船も説明しました。

 結果は、「30年前のリベンジ」は無し!ここの審査に詳しい (自称?) らしい有名人が来られ、話を聞きました。ここの審査はノーマルからのいじられていたり、違うものはついておればそれらすべて「減点」対象と、コンテツを見るなり、指を指して、これもあれもと、これはとんでもない「減点てんこもり」の個体を持ち込んでしまったようで、30年前とまったく同じになってしました。これは残念でもなく、自分自身の滑稽さに苦笑いです。

 このJCCAの審査の方法はどのようなものかは公表されてません。主催者はこのコンクールデレガンスをさらに価値の高いものにポジションにしたいならば、それを公表すべきです。そうしないと当サイトオーナーのように全く無意味なクルマを持ち込んで、経費も無駄になり、時間も消費しまう結果になります。また、一つのクラスだけではなく、プレザベーション、シストリックスポーツ、プロフェショナルレストアとかなどなど、貴重な個体を「減点」だけでなく、「加点」をもって正当に評価できるプログラム、また参加者にもメリット且つ公正なものを望むものです。さらに言うならば欧米のトップクラスのコンクール (e.g., Pebble Beach Concours d’Eleganceのように審査員の質、すなわち能力を矛盾なく正当にかさ上げするための仕組むをバイアスなく創ることが必須でしょう。おそらくこれらなくして、日本のコンクールデエレガンスは発展しないでしょう。本当に文化的に価値ある個体の参加はなくなるでしょう。ま、単なるフェステッィバルの好き者同士の余興・ゲームであれば目くじらをたてる必要もないでしょう。このイベントもそんなようになったのかもしれません。と、最後に思いました。

2017.1.28:ファンタスティックなゴミ箱

20170128 Fantasic Truch Can

 何円も前から、隣町の市川霊園の周辺の道路脇の土地 (当然、個人の土地でしょう) に航空機の機体やエンジンが残骸の如く置かれています。好き者にとっては誠にゴージャスな光景です。春の桜の季節には、桜の木があるのでで、その下でその残骸を眺めながら弁当でも喰ってみたないと思ってました。

 本日、友人と市川大野近くのメッキ屋の行き、その帰路に寄ってみました。事前にグーグルマップで映像をみてました。なるほど、残骸は数少なくになっていました。しかし、目の前に仔細に航空機の細作方法を見るのは楽しいものです。構造、電気配線、配管形状、燃料系統など、どうクルマの製作に応用したらよいなど、これほどの現物の教材はなく、実に興味が尽きません。

 現在、このボデーの中が結構、ごみ捨て場のようなっておりました。おそらく通りの皆さんのある種の心無い方の仕業でしょうか?でも、好き者から見れば、なんどファンタステックなゴミ箱と思います。

2017.1.26:トヨタ東京本社 - WRCカー

20170126 Toyota WRC

 飯田橋での所用の会議終了、次のアポへと時間があるので、陽も暖かいしと水道橋方面に歩きました。

 途中にトヨタの東京本社があり、ロビーがショールームのようで、その奥にテレビで目に焼き付いているクルマが見えました。

 中にはいろとそれは、今年、18年ぶりの参加とかのToyota Gazzo RacingYaris (日本では、ヴィッツ) のテストカーでした。

 興味津々、ゆっくりと見せていただきました。非常にシンプルに見え、競技車両として非常に美しく製作された個体でした。

 Toyota Yarisは米国でレンタカーで何度も使いました。非常にキビキビしたクルマで、コンテツでなく、これでジムカーナしたら面白いなと何時も考えていました。いただいたヴィッツのカタログでは1.3L (と、言ってもトルクは12.3kg、馬力も99hpとコンテツの比ではない!)、米国のそれは1.5Lだったと思います。それだからパワーが全然違うのかと思います。

 このWRC仕様は、1.6Lでスーパーチャージャー付きと、ジュネーブショーのデータでは210馬力のようです。おそらくボクのような素人には扱えないクルマのようです。

 しかし、実に格好イイ〜、個体でした。こんなクルマを日常的に乗ってみたいと感じさせるものでした。

2017.1.22:ミッションアクセスカバーの清掃

20170122 Back Panel

 昨日、進めたリア三角窓のウェザーストリップ、最初に取り付けた右側が微妙に後から装着した左側に比べて仕上がりに悪く見えます。素人の作業です。どうしても試行錯誤のあるの最初の一回目より、二回目の方が出来が上です。これがプロですと結果を知って作業できるナレッジがあるので一発目から成功です。結果的に、材料はありますので装着し直しました。素人とはまったく終わりのない作業をするので困ったものです。

 右の写真はバックパネルのミッションへののアクセスのために、当時施したアルミのパネルです。航空機産業&技術の発達した南カリフォルニアの作業であり、航空機みたいなものです。

 当サイトオーナーの個体は1967年シーズン用車両です。当時、トヨタとの提携がなく日野がそのまま、米国市場に投資を続けておれば、日野の4速ミッションに換えて、ヒューランド  (Hewland) 社製の5速を目論んでいたのです。そのためにこのパネルへの改造をしたとのことです。時間の限られたレース現場でギアの交換がミッションをおろさず、室内から交換できた訳です。フォーミュラカーのそれと同じ考えです。歴史の運命を感ずる部分でもあります。

 今日は、そのカバーをルーチンのメンテナンスで若干の整形含めてクリーンアップしました。

2017.1.21:ミッションケースのポリッシュ

20170121 Bell Housomg Polish

 週末の土曜日の今日は、細かいことをいろいろと進めました。

 一つは、リヤの三角窓のウェザーストリップをドアと同系統の色のトリムに変えました。これは懸案事項の一つでフロントのそれが黒、リヤはベージュと統一感を欠いていました。それが同じ材質で黑に晴れてなりました。

 偉大なるフォーム・フィット・ファンクションの原則に基づく流用品 (カングー1のフロントドアをコンテツのドア、同様にリアドアを三角窓に、ただしリアは1本で左右分あり) であり、それなりに若干のコツと妥協が必要でした。

 もう一つは、今、組立を進めているミッションのケースをポリッシュをしました。今回はコンパウンド入りにワックスです。最終的には組んだ後、搭載する前にMothersで再度クリーンアップする予定です。

2017.1.20:オートモーティブワールド 2017 - 車の軽量化技術展

IMG 0653

 技術動向の見聞、またビジネス上のお付合いもあり、毎年見学をしている “オートモーティブワールド” です。

 自分の趣味としても多く参考になるものが展示されており、またサプライヤと直接お話できるのも魅力です。

 50年以上の前のクルマ、コンテツなりを進化させるために、あるいは当時でも市場撤退を余儀なくされ進化のなかった日野コンテッサです。すぐにこれを応用したらどうなるだろうと思うものばかりでした。

 軽量化の展示の多くはやはりカーボンコンポジットで成形の金型などが現実的に多く展示されておりました。カーボンは興味あるもののまだ自分のガレージの中では対処するにはレベルが高すぎます。

 そんな中、写真のような韓国のメーカー (OHDAE METAL CO., LTD.) のシフトフォーク (参考画像) が目に入りました。もうアルミの時代なんだとつくづく思いました。目下、組立をしている日野のそれはもちろん鋳鉄であります。重さがまるで違います。これならシフトの動きも軽快になるのではとイメージしますた。

2017.1.19:2016年、当サイトアクセスレビュー

 昨年、2016年度の当サイトへのページのアクセス総数は595,109とサーバーサイトの統計データにあります。その数字は有効なコンテンツを示しているものではなく、有効なページは7〜8割くらいの数字と推定します。

 どのコンテンツについてアクセスされているか、例年のようにランキングして、1,000回以上アクセスのあったページは以下のようです。

 内容的には例年の如く、マニアックな内容、すなわちある部分の整備とかではなくて、極めて自動車文化あるいは旧車の世界の素朴な内容へのアクセスと分析します。日野コンテッサを所有しての維持するためのコンテッサ固有のページのアクセスはこの上位のランキングに登場してません。

 これをどうみるかであり、おそらく本サイトはある意味で常識ある一般的な自動車ファンないしエンスーの皆さんが多くアクセスしていただいていると考えるものです。それら皆さんにこの場を借りまして感謝申し上げます。

20117.1.18:ミッション、リバースギアのシフトフォーク

20170118 Reverse Shift Fork

 ここ数日、毎晩、ベッドの中で、日野の整備書のミッションの組立の説明を眺めがら、あれこれとシミュレーションし、自然と眠りに入っています。

 その中で右の写真のように、現物でバックギアのシフトフォークがノーマル (左) と鈴鹿用 (右) の形状が異なることを理解しました。問題は中央のシャフトを動かすピンがノーマルについていたのが一体型であり (省力化の改善) 、鈴鹿用についていたのが14ミリ径&1.5ミリピッチのボルトピンで2個一の構造になっていることです。

 一体型はPD300-102845以降のミッションに入っているものです。鈴鹿用のキットが制作されたのが、おそらくそれ以前のミッションだったと推測するものです。

 ブツがありませんのでこのピンを作らねばなりません。一応、14ミリ径&1.5ミリピッチ (所謂、細目) のボルトがあれば作れそうです。ガレージの中を探しましたが見当たりません。ネットでチェックしましたが小箱単位ならば可能のようですが、それは現実的ではありません。明日、近所のホームセンターをチェックしてみましょう。

2017.1.17:今朝、目に飛び込んだニュース

 今朝は、昨日こなせなかった所用があり、5時前からディスクに向かいました。

20170116)Apple HP

 早速、WEBを開きますとディフォルトの米国アップル社のHPに、Martin Luther King, Jr. Day (1月の第3月曜日) に合わせ、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア (Martin Luther King, Jr.) の数多い名言の一つが掲載されてました。

 それは、“Commit yourself to the noble struggle for equal rights. You will make a greater person of yourself, a greater nation of your country, and a finer world to live in. – Dr. Martin Luther King Jr.”、直訳すると、「平等な権利のための高貴な闘いに自分自身を託そう。そうすることで、あなた自身をより大きくして、あなたの国をより大きな国にして、そしてより素晴らしい世界を築くでしょう。」。

 Apple社がこの言葉を選んだ背景には何があるのでしょう?外の国の人間ですが、最初に浮かんだのは、米国次期大統領のイメージでした。このHPの画面には新たなる大統領へのメッセージも込めているのではと感じるものです。

IMG 0640

 もう一つ、朝日新聞の朝刊です。  昨年の天皇陛下のお気持ちの表明以来、時間も経過して、関係者の間でかなり現実的なアクションの進められているように見受けます。

 朝刊に、メディアの言葉として、「総意」とあり、その文言に興味が惹かれました。なぜかというと、言葉のゴロ合わせではありませんが、「総意」のウラハラには、「相違」というものを避けては通れません。しかし、この「総意」と「相違」の議論をして、初めて単なるコピーあるいは玉虫色でもない本当に自分たちの真の創意工夫をしたもの、すなわち大きな「創意」というものが生まれて来るのだと常日ごろ考えております。

 すなわち、創意=総意X相違です。おそらく日本人が最も不得意とするプロセスでしょうが、近い将来含めて、このようなプロセスが必要と思います。

2017.1.15:スタッドボルト (ハブボルト) のスプライン、その後

20170115 Stud Bolts 2

 今まで、いろいろハブボルトについて書いて来ました。一つ、気がついたのがオリジナルのボルトがハブについたもの、すなわちコンテサ1300のオリジナルの現物をチェックしてなかったことです。

 そこでガレージにしまっておいたハブごとばらしてある当時のものを引っ張り出してみました。(写真:右) これは1970年代初期に部品取りに新潟から購入したクーペのものです。

 そこについていたボルトを実測したものが下のデータと写真です:

  • サイズ:M12 X 1.25
  • スプライン径:14.1mm
  • 有効長:38.5mm
  • 全長:42mm
20170115 Stud Bolts 1


2017.1.15:ミッション組立

20170115 Mission

 暮れに分解したセダン用ミッションの各部品のクリーアップしました。そして入れ替える長年しまったあった鈴鹿用ギアも何十年かぶりにクリーンアップしました。

 両者のクリアランスは計測してこのまま組み込んでオーケーのようです。

 一つ、鈴鹿用のバックギアの作りが違うことを発見しました。またそれ用のシフトフォークが付いてました。と、いうことが富士用同様に干渉防止のためにミリ単位のギアの位置を変えたようです。これはマニュアルに無いことです。でもローのギア比が同じであるので考えることです。ただ、それが簡単に行くのかはシミュレーションが必要です。

 分解したセダン用ミッション (3,000キロ程度走行のフレッシュ) のギアよりも今度入れる鈴鹿用ギアの方がアタリがついてないので、使用時間が短いようです。これはラッキーです。

 必要なベアリングもモノタロウから到着しております。この先、週末は没頭しなけれななりません。

2017.1.14:ステアリングギアボックス

20160114 Steering Gearbox

 暮れに内燃機屋さんにお願いしたブッシュ(ベアリング) の制作&センター出しも完了しました。結構長い間、心が折れて進まなかったプロジェクトのファイナルステージです。

 ルノー4CV以来伝統のセンタリングのリターンスプリングを入れました。このスプリングはコンテッサ1300の走行性能あるいはドライビングの特徴に大きな影響を及ぼすものです。また、セダンとクーペとはスプリングの強度が大きく異なり、すなわちクーペ用はヘビーなものです。高速性およびスポーツ性を加味して、フロントが軽いクルマの高速直進性を補うためのもです。

 このヘビーなリターンスプリングは人間の力では簡単にギアボックスに収めることは不可能です。写真の様な専用の工具を制作して、うまく収めることが出来ました。

2017.1.14:バルブクリアランスの調整

20160114 Valve Clearance

 真冬です。寒い朝です。午前中、陽が当たっている暖かい間に済まそうと久しぶりにバルブのクリアランスを調整しました。

 エンジン始動後、およそ1,200rpmで回転を維持してオイルが各部に回るまで音の変化を聞きます。微妙に変化し、オイルがどう回っているかをイメージするもの面白いものです。およそ3分くらい経過、エンジンに負担をかけない様に水温が30数度になるまでクラッチは踏んだままです。

 その後、クラッチをつなぎ、ミッションを回し、今度はミッションの中のオイルが回る音を聞きます。およそ滑らかに回るようになったらアクセルを離し、所謂、アイドルです。ここまでおよそ5分くらいでしょう。水温も40〜50度くらいになり、800〜900回転となります。

 バルブのクリアランスの調整は一応、水温82度ですが、この寒い時期には、アイドルでは75度くらいまでしかあがりません。その温度で手短に、インは0.25ミリ (本来は0.26) 、アウトは0.35ミリ (本来は0.3) を確認、今回、4本のバルブを微調整しました。およそ1年ほど調整してませんでしが、結果、その程度の変化、あるいは調整誤差でしょう。

 これで何が変わったかと言えば、若干、打音が静かになったと、しかし、それはよくある善意のプラシーボ効果 (placebo effect) かも知れません。

2017.1.14:スタッドボルト (ハブボルト) のスプライン、その後

IMG 0201 copy

 多くの皆さんのご意見に感謝します。

 未だ断定できる結果はありませんが、当サイトオーナーの考えでは、金属加工を生業としておられる識者のご意見は理解できるもので、現在、以下のように考えます:

  • スプラインの数の違うハブボルトを使うか?
    =>ハブ側は鋳物、ボルトはSC材でより強度が高い。よってハブ側を痛める可能性があり、極端な場合は亀裂を呼ぶかもしれない。よってスプライインの異なるものは入れたくない。
    =>これを商売として、顧客から依頼を受けたら、それは断る。
    =>では自分のクルマにそれをやるか、やらないとは言えない。入れるにはプレスを使い慎重に行う。
  • ハブとハブボルトを空回りを防ぐためにタック溶接 (これは外すことを考慮) を入れるか?
    =>上記と同様に、ハブとボルトは材質が異なり、すべきではない。
    =>これを商売として、顧客から依頼を受けたら、上記と同様に、それは断る。
    =>では自分のクルマにそれをやるか、やらないとは言えない。実際にした。
  • トヨタのボルトはスプラインが同じであるが使うか?
    =>ピッチが1.5なので1.25の日産の方が細かいので破損、破損に強いなどメリットあり。よって日産の1.25を使いたいのは本音である。しかし、一般の走行ではどれだけの違いがあるかは常識で考える必要あり。

 以上が大まかな感じです。要は商売としたら様々なリスクを考えればそれは行なわないだろうと推測します。

 自分のクルマにする場合には、自己責任であり、それは方法がなけれなやってしまうだろうと言う感触です。ただ、それもある程度の安全性を考慮してのことで、現物がどんなものかを無視してするものではありません、飽くまで、知見、経験、確かなる予見をもって行うことです。

 後は日産に確認しての報告となるでしょう。

2017.1.8:アストロプロダクツに感謝

20170108 Astro EL Tester

 昨日からの一般社会で云う三連休、基本的に週末だけにクルマいじりが可能な身分故に正月三が日も手を汚す訳に行かないのでこの時間を期待してました。しかし、暮れの家事の残りをこなしたり、今日の午後からは寒い雨模様ということで、三連休は (クルマに) に有効には活用できそうにありません。

 そんなことで、ここ数ヶ月出来なかった電気関係の軽作業を進めました。一つは長年使用している重宝な車載のエアコンプレッサ、それの電源ケーブル、スイッチなどをシガーではなくバッテリー直結できるように大型のワニ口にする、二つ目は、Innova 5580のタイミングライトの使い勝手の悪いケーブルの取り回しを改善し、ヤンキー仕様みたいな巨大なワニ口を小さいもの変えて、コンテツ側にエンジンルームに簡単に12Vを接続できるようにしました。

 そんな中、三つ目がここ数日の傑作、アストロプロダクツの電気テスター (写真) 、これがもっともベスト、何せ、新年初入りとかで、通常、1,400円台が、何ど650円でした!これはサイコーのコスパでありました。かなり昔に購入したウン千円のサンワのテスターと機能的に変わりありません。

2017.1.5: The Kent Rx for Racing

20170105 Kent Racing a

 昨日の “All New 1984 Honda Civic CRX” 同様にモータートレンド誌の1981年11月号に “The Kent Rx for Racing” を久しぶりに目にしました。

 米国のマツダのRX-7のレーシングのトレンド&成功を創った男の物語の記事です。Kent Racingは、Mr. Dave KentのIMSA (wiki) 向けのレーシングチームでした。また、氏は有能はファブリケータでもあったのです。

 何故、この話になったか?実は当サイトオーナーの愛車、日野コンテッサクーペ “L” が当時、カリフォルニアにあった際、そのペインティングを手がけたと聞いておりました。そんなことで、1995年に再度ペインティングをする際に、正真正銘の本物にしようと氏に色見本を作っていただきました。所謂、氏の言う “Whiter that White”、白よりも白い白とでも解釈、正にカリフォルニアの紺碧の空の下で無垢の白になるアメリカンレーシングホワイトでした。

 すでに天に召されましたが、氏の偉業と個人的ご好意に敬意を表して、以下は主な参考情報です:

2017.1.4:All New 1984 Honda Civic CRX

198312 MT Honda CRX Engine

 暮&正月は溜まった資料などをチェックして捨てるチャンスでもあります。1970〜80年代の購読した何種類かの米国の自動車雑誌もその対象で、かなり前にかなり廃棄しました。その時に気に入った内容については、まだ積み重ねてありました。

 ここで最後の見納めをしてゴミ箱にいれてバイバイをし始めました。その中でモータートレンド誌の1983年12月号の1984年型のホンタ CRXの記事がありました。

 ゆっくり眺めていますと日野自動車&コンテッサ1300との脈略が頭に浮かび上がりました。日野のエンジンとボアが同じ、すなわち74ミリとあります。と、いうことは空冷のホンダ1300も同じ74ミリであり、アルピーネ・エンジンニアリング社のコンテッサ1300GTスプリントのエンジンをベースにコンテッサ1300のレーシングエンジンを構想した当時から74ミリが継承されていたのかと諸々誇大妄想に走りました。

 日野自動車からホンダに移籍したエンジニアはおそらく基本的な考えは継承したのかと思うものです。同時に、車両の透視図をみるとコンテッサ1300との脈略を想像してしまいます。何故ならばルノー4CVから学び、独創的なコンテッサ900&1300の一連の足を設計したエンジニアは早くからホンダに移籍、初期のF1から同様に活躍していたのです。

198312 MT Honda CRX Cut A Way

2017.1.3:The ミツトヨ ダイヤルノギス

20170102 Mitsutoyo

 ミッションなどの精密部品を組立てる際に不可欠な道具があります。当サイトオーナーにとって、その一つはダイアルノギスです。1/100ミリの計測が可能です。

 30年以上も前の80年代に清水寺の舞台から飛び降りるような気持ちで大枚をはたいて、夢のような気持ちで手にしたのがミツトヨダイヤルノギスでした。

 30年以上経た最近、針が動かなくなりました。よく見ると針が外れております。これなら自分で直せるかなと思い、夕方散歩から戻った際に一気に分解を進めました。

 ミツトヨのアフターケアは実に充実しており、社のHPで取説や品番でパーツリストなど様々な情報が出てきます。早速、ダウンロードして参考にしながら分解を進めました。懸案の外れた針は、結果的に細い糸でセンターピニオン (軸) を縛り、セメンダインスーパーで接着しました。乾燥した後、各部を掃除し、時計用のオイルを給油しました。

 結果オーライのようで、”宝物” ミツトヨ ダイヤルノギスは息を吹き返しました。

2016.12 師走 (しわす)


2016.12.31:筑波詣_限りなく高かった碧空

20161231 Asahi Toge

 今年も年の納めに筑波山にやってきました。紺碧の空、小春日和のような朝日峠には若者から年寄りまでエンスーが集結していました。毎年、この日だけの出会いの皆さんと挨拶を交わしました。

 エンジンフードを開けたら一人の方の質問、フードにアース、これは何の為かと、ハムのアンテナもないしと、当サイトオーナーの返事は、電位を限りなくゼロにしてサビ防止と答えました。

 すかさず、その方は、昔、常磐線の藤代近くの交直切り替え点付近で、まだ鉄だった時代の水道管が直流側と交流側でサビ方が異なっていたです。すなわち、誘導電流が地中に浸透しており、その電位でサビが発生し、1500Vの直流と22,000Vの交流でサビの度合いの違いがあったそうです。その方はコンテツのフードのアース線に自らの常磐線の説明で納得されました。

 因みにめざといその方の職業は水道工事屋さん、ハムは趣味だそうで、赤いR31スカラインのトランクフードには28Mhzのホイップはついていました。そして、話はマフラーのアースへと盛り上がりました。結果的に朝日峠に3時間近くおりました。

2016.12.30:スタッドボルト (ハブボルト) - 続き

20060108 Stud Bolts

 今回のこの騒動 (?) で、世界のサイトで参考になるものがないかとグーグルで検索を掛けてみました。溝の数までを議論しているサイト、特に販売側でのデータは日本と同様、皆無であります。

 しかし、ドリフト系 (すなわちハブボルトが命) のNissan S13/14のディスカッションルームをたどると少し議論がされていました。以下のようです:

Zilvia.net:Wheel Stud Spline Dilemma! => http://zilvia.net/f/showthread.php?t=197732 
 タイトルも「ハブボルトのジレンマ」、この中には自分のは36のスプラインなのに、ICHIBAというスタッドの専門業者は30のスプラインを送ってきたとか、中には32だとか45だとかが会話に登場しています。
 では違う数のスプラインをどうするのかと、入れない、あるいは入れると言う議論であります。また、要は回らなければ良いのだから、ヘッドにTack Welding、すなわち溶接で点付をしておいた方がよい (溝の数が同じあるいは違うにかかわらず) などコメントあり、これは自分でも考えていた方法です。

S-Chassis.com => http://www.s-chassis.com/forums/suspension-chassis-brakes-15/s14-wheel-stud-size-21700/ 
 ここでは、They are 12x1.25 but the serration is 14.3 x 36T, rather than 13 x 36T. と、スプライン径は14.3ミリ、36Tということは36山 (あるいは溝?) と書いてあります。

 要は依然として特定が困難です。これ以上はメーカーに打診するのがベストと考えます。日野自動車に確認しても、何も出てこないでしょう。まずは日産に尋ねてみるのがベストと感じております。

2016.12.29:ミッション分解整理

20161229 Mission

 今日は、暮れも29日、まずはブレーキパッドの焼き入れをしました。新しいパッドに期待するものです。

 そして昼過ぎまでガレージのガラクタの掃除&廃棄の処理をしてました。我々のような人生の最後の年齢は、タメルことはご法度で、如何に捨てることが重要かを再認識するものです。と、言っても中々、不用品が減らず困ったものです。

 午後、先日、バラしたミッションを組立のシミュレーションをするために、少し大きめの特製台車にダンボールを工作をして、まずは展開図の如く各部品を並べてみました。

 これからこれを眺めがら、また書込みを入れて、どう料理するかなと頭の中は悩みながら、心は楽しみです。

2016.12.27:スタッドボルト (ハブボルト) 迷宮入りか、光明か?

20161227 Stud Bolts

 あれから早二週間弱、スタッドボルトの代替品、コンテッサ1300にボルトオンで使えるものが特定できません。

 その間、自分も入れ約6人が知恵を絞ってきました。皆さんに感謝申し上げます。

 日曜には近所の32GT-Rのオーナーの方がボルトを参考まで持って来て下さいました。残念ながら後輪用なのでスプラインの径が13ミリのものでしたが、偶然にも12月24日の四国の方と全く同じモノ (品番が同じ) でした。いずれにせよ、39山です。

 ここでいままでの現物&情報を整理すると以下の二点に絞られてきました:

  • 日産用はNew日産が14.3ミリ、これは許容量オーケー、ピッチも1.25ミリ、但し、山が39。このNew日産が面白いのは、ニッサンハブボルト適合表にあるように、ロングボルトを使用する際、極一部の車種を除きほとんどの車種に適用できるということです。
  • トヨタ用は、これも14.3ミリで許容量オーケー、但し、ピッチは1.5ミリ、山はコンテッサ1300と同じ35。同様にトヨタハブボルト適合表にあるように、ロングボルトを使用する際、日産同様に極一部の車種を除いて適用できるということです。ホイールナットは1.5ミリのを使用しなければりません。ここに新たな投資が必要です。

(続く)

2016.12.25:ミッション分解

20161225 Mission disassembly

 本寺、午後、待望のミッションの分解を進めました。1〜2時間で終わると目論んだものの、結果的に4時間の作業となりました。

 時間がかかった原因は、整備書を見ずにバラシをしたのでシフトフォークの取り外しが知恵の輪状態に陥ったこと、そして各ベアリングのはめ合いが結構きつく抜くのに手間取ったことでした。

 近所の32GT-Rの方の若い馬力もあり、力仕事も捗りました。ありがとうございました。

 いずれにせよ、完全にバラバラにしたのでこの先は各部を掃除し、整理・整頓して、置き換える鈴鹿用のギアを仮組付けをする確認作業となります。四半世紀ぶりの作業で、まだまだ試行錯誤が続きます。

2016.12.24:スタッドボルト (ハブボルト) に悩む (続 - その2)

20161224 by Kawanaka

 世の中にはありがたい皆さんが大勢おります。この一連のハブボルトのブログで四国から右の写真とともにメッセージをいただきました。

 ニッサンのハブボルトは39山であるとのこと、ただし、ニッサンのいわゆる「従来タイプ」というスプライン径が13ミリの方です。

 ニッサンは、このニッサンハブボルト適合表にあるように、「従来タイプ」と「NEWニッサン」に集約されるとすばらしいデータです。実がこのデータは本サイトオーナーも参考にしてました。このデータを公表しているHKB SPORTSにあるニッサンの20ミリのロングボルトを紹介したのが中国地方のコンテツオーナーでした。そのボルトが39山だったのです。

 またこのHKB SPORTSニッサンハブボルト適合表のサイトについては、本問題の当初に埼玉在中の32GT-Rの方からも参照を進めていただきました。世の中、だれもが正しそうな情報に集約して参照してると変な感心をしました。

 いずれにせよ、もうちょっと現物のデータを集め、整理しましょう。

2016.12.24:スタッドボルト (ハブボルト) に悩む (続 - その1)

20161224 Monotaro Stud Bolts

 本日の昼前に、モノタロウからの宅配便が届きました。早速、そのスタッドボルト (ハブボルト) をチェックしました。

 日産のものは小型車からフェアレディなどの高出力車なども共通と理解したハブボルト、スプラインの径は、およそ14.2ミリ、溝の山は、39でも35でもない33山となっていました。

 トヨタのものも同様に小型車からアルファードなどの重量級などにも共通と理解したもので、こちらのスプラインの径は、およそ14.0ミリ、溝の山は、35山となっていました。

 マツダのものはスプラインの径はおよそ13ミリ、スバルのものはもっと小径で12.6ミリ程度でこれらは今回のチェックから除外です。

 トヨタは以前に経験しているように、コンテッサ1300のそれと同じく、35山、径が微妙にやや小さめ、といっても0.1ミリ程度、これはそのまま、実績通り使えそうです。ただし、ナットは1.5ミリにしなければなりません。

 さてここでさらに悩むことはニッサンが山の数であり、先日、中国地方の友人が言った39山ではないことです。

 ここで今朝のメールに助け舟!、この一連の騒動のブログを見た徒歩圏内の近所の32GT-Rのオーナーがロングボルトにした際のオリジナルのボルトはどこかにあるはずと、探してくれるそうです。さらなる検証への大きな支援に感謝します。

2016.12.23:スタッドボルト (ハブボルト) に悩む

20161223 Stud Bolt Check

 例のスタッドボルト (ハブボルト) 、コンテツのそれは、35山 (径は14.1~2ミリ程度) と理解してます。ボルトのピッチは、1.25ミリです。

 これに合うものがあるのかですが、1.25ミリは、日産がメインです。右の写真のもの当サイトオーナーのコンテツです。このスタッドボルトは友人のお世話になり、日産用 (ニスモとのこと) を入れました。すでに5,000キロ以上を走行しています。

 問題は、先のブログのように、同じ仕様のボルトを購入したら、35山でなく、39山だったということです (当サイトオーナーは現物は見てませんが) 。

 本日、自車の山の数をチェックしたら35山でした。これはこれで良いのかと思う反面、まだ疑問が解けません。

 問題を明確にするために昨日、モノタロウに、日産、トヨタ、その他数社のボルトをチェックのため注文しておきました。それが届けば、それをチェックし、問題は一歩前進するものと期待しています。

2016.12.19:ステアリングギアボックスのリファービッシュ

IMG 0581

エンヂン改造再生” がまぶしい!

 中目黒の内燃機屋さん (近藤内燃機) にお願いしてあったステアリングギアボックスのベアリングブッシュとセンターの調整が出来上がったとのことで本日の午前中に引き取りに伺いました。

 自車用と友人の分を含めて都合二組のお願いをしておりました。自分としては、純正に換えて左右二つあるベアリングブッシュのセンタリングは非常に重要であると考え、現車コンテチ用を四半世紀前にもお願いし、現在は実働稼働しております。今回はブロンズのブッシュ制作をその打ち込みをセンタリングを正しく行うということをお願いしておりました。

 シャフトの曲りなども正確にチェックいただきました。ブッシュは一応、日野の当時の新品を持ち込み、それをベースに制作しました。日野のものはクラアランスが結構大きい (量産部品故?) とのこと、そこで内径を5/100ミリ程度小さくしたブッシュを制作したそうです。

 いずれにせよ、当然のことですが、今回も打ち合わせでお願いした通りに、言い換えれば彼らの職人のノウハウを素直に受け止め、作業をお任せしました。この先は、懸案のリターンスプリングを入れ、諸々もパーツを新品にして組み上げる予定です。

IMG 0582


2016.12.18:2017年に向けて、ディスクブレーキのパッド交換

201612188 Pad Replacement

 昨日の諸々の雑用を終えて、今日は我がコンテツのケアを下回りの清掃を含めて進めました。

 2017年に向けて幾つかの改善点を設定しました。それは以下の様です:

  • ミッションの2速のギア比の変更(1速とのつながりと加速向上)と1速のシンクロの能力を上げる。
  • ステアリングギアボックの改造(センタリング機能を入れる、今は回した分だけ戻す必要あり、また切れ角の増大)
  • フロントのキャンバーの変更(今はプラス0.5度程度、それをゼロにする)
  • ブレーキパッドの変更(今のは50年前の材質、それを現在のラリー用にする。実際はほとんどブレーキは使ってる意識はないが、やはり重要、しっとり感が出したい。
  • そして可能ならばエキパイの変更(4-2-1の2が今は35ミリ径、それを38ミリに)。これは無理をしない。
  • さらにシフトポイントインジケータ(赤ランプ)。これも無理をしない。

 など、言わば、誇大妄想に過ぎません。と、言うことで、まずは手短なブレーキパッドを3年前の公道復帰に入れた50年前の新品に換えて、何年か前に制作したラリー用の材質を使用したものと交換しました。来週、テスト走行と共に焼きを入れようと目論んでします。

2016.12.17:諸々も問合せに忙殺

 今週の週末、コンテツ・エンスーの皆さんのと問合せに悩殺されました。今だ、コンテッサでカッ飛んでみようと言うやや若い方の思いには100%+アルファの応援にモロ手を上げるものです。

【ホイールのハブボルト】

20161217 Hub Bolts

 中国地方の友人からせきを切ったように内容がよく飲み込めないメールが来ました。

 それは昨年ゴールデンウィーク後に問い合わせがあった際に紹介したコンテッサに使うホイールのハブボルトでした。

 その方は最近、世話になっている修理屋さんで取り付けをやって頂けるようになり、コンテッサと昨年購入したハブボルトを預けたそうです。そこで修理屋さんから、「これは合わない、コンテッサに合うハブボルトはないのか」、とけんまくもあったように感ずるメールの内容でした。

 これはいかんと思い、自分のコンテツのハブのボルトに使った際にお世話になった車屋さんに確認したり、また、今日はガレージにあるハブボルトを引っ張り出してチェックとなりました。これはどうもやっかいな問題を抱えたようです (こちらを参照) 。

 自分で現物を手にして見てない (見れない) もどかしさを感ずるもので、いずれせよ、最善は自分が部品を購入し、自分が組付けを行うのが他人様に迷惑を掛けないのですが、品名情報だけで確かなものにしなければならないという旧車事情も考えなければなりません、すなわち、「誰でも、何処でも、何時でも、必要な部品が購入できる」です。

【ヘッドの面研】

20161217 Head Collection

 これは四国地方のクーペのオーナーからの問い合わせで、先週来、メールでコンテツのGR100のエンジンのスープアップを議論してます。

 問題は面研の許容量です。一般的には、クーペの圧縮比9.0のヘッドでは0.6ミリ研磨で圧縮比が9.3になると、これは日野のスポーツキットを基にしたデータです。

 では自分に現行のコンテツのヘッドはと、元々が8.5のヘッドで、確か1ミリカット (ひょうっとしたら、1.5ミリ?) したと記憶します。

 ちゃんとしたデータを取るべく、ガレージにある過去いじったヘッド全てを何年かぶりに引っ張り出して並べてみました。その中一つは3ミリ以上もカットしたものがありました。自分でも驚いた次第です。そのヘッドは1978年以来、約20数年、色々と試して何度か面研したものです。最後にはどうもペナペナなヘッドになってしまった様です。

【クーペのフロントガラス】

20161130 Now Two of yours

 最近、ヤフオクで幸運にもクーペ用のフロントガラスを都合2枚落札しました。共に自分の価値感では安価なもので実にラッキーでありました。

 実はこれらのフロントガラスは、オーストラリアのパースに在住の日野コンテッサのエンスーに送るものです。

 彼は何年も前にニュージーランドからスタンダード仕様と思われるクーペを購入しました。しかし、残念ながらフロントガラスは破損した状態でした。その際に懇願され、自分用に温存していた二枚のうち1枚をを譲りました。

 その彼によれば、オーストラリアの道路事情は飛び石が多く、フロントガラス破損のリスクが大きい聞いていました。そんなことから予備を望んでいました。これは理解できるもので、自分のはもう譲れないので、機会あれば購入してなんとかしてあげたいと考えています。

 ここでタイミング良く、2枚も短時間に購入出来、結構と面倒なシッピングの梱包も一度で済むことになりました。今日の夕方のウオーキングは梱包材チェックで近所のホームセンターに寄りました。

【ミッションのポリッシ】

20161217 Mission Polish

 少し前から進めている2017年に向けてのミッションのギア交換プロジェクトです。

 今年3月まで使っていたドナーとなるセダン用ミッションのアルミボデーを例のMothersでクリーンアップして磨いてみました。

 2013年型コンテツの公道復帰際に搭載したものです。その際にはブラストを掛けてポリッシュをしました。しかし、手入れをしないで裸のまま放置すれば、結構輝きは消え失せています。しかし、Mothersマイクロファイバークロスで小一時間処理をした結果、写真のよう輝きはホボ復帰しました。

 この先は、ギアを入れ換えるプロセスとなります。最終的に、搭載する前に再度、仕上げの磨きをすることになるでしょう。

2016.12.17:エンジン調整その後(続編)

20161210 BICHIKU Ex Color

以前は黒かったのが走行後にかなり乾いているように思える!

 先の土曜日 (12月10日) に参加したビ筑 フェスティバルでエンジンの状況を確認しました。今まで懸案であったアイドルジェット領域の不調は見られず、スポットもなく今までこの場で悩まされていた不安はなくなりました。

 最初の練習走行では今までのことが頭にあるものでビクビクとアクセルと踏みながら進めました。走行後、何時もコメントをいただける方から「今回は音が良くなった、ちゃんと走っている」とそうだったのか嬉しい驚きと、また今回も次に走るスバル プレオの方からも同様に音がよくなったこと、さらに以前は発進時にスモークが出たのが今回は出てないと、これも夜間に街を走った際に気になっていたことです。そうか、これも解決したのかと、あのいまいましいバルブの一件で何年も抱えていた諸々の問題点がなくなったようです。皆さんの詳細なコメントに感謝するばかりです。その暖かい心遣い、本当にありがとうごさいます。

 おそらくキャブのメイン&エアジェットの調整はまだまだあるかも知れません。今後もあまり “欲” をかかずにRRのコンテツの走りを勉強したいと感じております。また、コンテツにより負荷をかけず楽しいドライビング方法も考えたいと思います。

 以下は上記のプレオさんの車載カメラからのコンテツの映像&サウンド (YouTube) です:
練習走行 => https://www.youtube.com/watch?v=d9fQF9mMU4k
本番1本目 => https://www.youtube.com/watch?v=wltW5ZBX7hs
本番2本目 => https://www.youtube.com/watch?v=ebmM7EnGcDM

 以下は練習走行の車載ドライブレコータの映像です:


2016.12.11:古の伝票 - ウン10年前の東京日野の倉庫渡シ

20161211 C-Type Mission

 今日は、例のProject-Xを短時間進めました。そして、新たなる懸案事項のソリューションに目を向けました。

 それはミッションを公道復帰の際にいれたセダン用を冨士用に換装し、高速道を含め一般道はよかったものの、小松行きで経験した旧安房峠やスーパー林道では2速のギア比が合わず1速に落とさねばならないと言うことでした。これは40年以上前、神戸の六甲山を登った際も同じ状況でした。

 そこでクーペ用のノーマルに変えようと少し前から目論んでしました。しかし、ここに来て、ちょっと待てと、それは1速がローギアード過ぎる悩みです。街中でも問題ですが、例えば、ジムカーナなどもっと深刻なものと推測します。

 では、悩みを解消するには、あるいは妥協策とは、おそらく鈴鹿用がいいのではないかと考えました。それは1速は富士用と同じ3.18,2速は富士用の1.74から1.89と若干低く、1/2速の差が、1.82から1.68に下がり、スポーツキットのカムのトルクバンドでのつながり (加速の) が良いのではと考えます。また、2速がパンチを増すように思えます。

 そこで長年温存していた鈴鹿用のスポーツキットを何十年かぶりに出してみました。何と、そこには東京日野・倉庫渡しのIBMの80カラムパンチカード (年寄りのコンピュータ屋しかしらない化石化した言葉!) の伝票がそのまま入っていました。

 実はこのキットを写真の上の中古の強靭な鉄ミッションにいつかは組み込もうと考えてました。しかし、掃除&ペイントやベアリング類の調達など考えると手間暇を要するものです。そこで工数のショートカットとして考えたのが先の3月に下したセダン用のミッションを利用することです。このミッションは公道復帰以来3,000キロあまりの走行で、新品同様であり、シール類も変えてあり、鉄製の中古品に比べてケースを除いてデフ含めてすべてに信頼性が俄然あります。 アルミのケースも一応ポリッシュしてあるので自分が望む品質でもあります。

 と、いうことでこの先2ヶ月の短期目標ができました。

2016.12.10:2016 ビギナーズジムカーナ in 筑波 フェスティバル

20161210 Tsukuba

 11月に年間シリーズ戦も完了、今日はフェスティバル、お祭りイベントです。シリーズ戦とは若干異なり、簡単コース (サイドターン不要) 、通常コース、そしてコテコテコース (とんでもない複雑さ、通常でない超マニアックコース?)と車種などを組合せたようなものでした。

 午前は練習走行と本番の2本です。当サイトオーナーは主催者の配慮もあったのでしょうか、カーナンバー “1” をいただきました。と、いうことは最初に走る、この場に於いて魔のミスコースだけは避けなければと、えらく緊張をしました。

 長らく悩んでいたキャブの問題も解決したようで、とにかく踏み込んでも安心できる様になりました。また、タイヤの空気圧は前回で良い結果がでたのでそれを少し改善をした方向に設定しました。本番2本ともにシフトタイミングのミスと最後の180度ターンのブレーキングのミスで練習走行に比べてタイムがアップしないと、まだまだ修業が足りません。

 午後のバトルジムカーナでのパイロンスラロームはまったく初めてでした。折り返しのターンで大きな問題点が発覚、それは回転半径で、自分のコンテツは切れ角を少なくするようにしており、通常のクルマでは考えられない大きな回転半径 (6.5m以上) となっています。これは大いなる次なる要改善項目となりました。

 考えるとジムカーナなんてこの歳になって初めてやるもので、一般常識で考えれば年甲斐にもなく無鉄砲なもので、何が何だかわからず、コンテツと共に歩んだ1年であります。ただ、今年最後のこの日は、エンジンが初めて言うことをきくようになり、また初めてユックリと尻が流れるあるいは流す前からそれを感じる設定 (およびドライバーの能力がホンの少し向上) になったと、人車共に一歩前進、半歩後退の繰り返しの最後に、光明が見えたと感じました。

 現場での皆さんの諸々のアドバイス、コメント、感想に感謝するばかりです。今まで毎回メタメタのようで、前回あたりからポジティブな意見をいただくようになりました。この日のは、“今日は楽しんで走っている” と言ってくださった方がおり、この言葉を大切にして、来年も参加すれば、もっと楽しみ、見てる方も楽しめるように努力したいと考えます。

 無事帰宅し、iPhonenの万歩計をチェックしました。日常生活にない多めの1万3千歩弱、これは筑波下ろしの寒風の中、朝7時過ぎから始まった慣熟歩行の結果です。これは体力チェック&健康に良しと、これが一番の収穫かなと感じております。

ご参考:この日の午後のバトルジムカーナでのコンテツ、YouTubeに映像がアップされてるようです:
  ==> https://www.youtube.com/watch?v=gIuwyQ9eUE8 

2016.12.4:エンジン調整その後

20161203 Solex Carb

 昨日、土曜日に燃料レギュレータ取付後のキャブのジェットを調整し、本日、コールドスタートから試してみました。

 先週、アイドルジェットを#65にしており、昨日、それを#60に落としてみました。悪くはありませんが、若干に段付きを感じないとは言えないので、やはり#65に戻してました。昔は#60~70を使用していました。先の横浜行きの#50であった2000~3500rpmくらいまでの息切れ感はさすが無くなりました。早い話、昔のセッテエィングになっただけです。

 今朝、これでどうかとエンジン始動、オーケー、2~3分、1200rpmで暖気 (水温にして40度越え)、その後は700rpmて安定しています。走行後、長い間、悩まされたスポットや息つきは感じられませんでした。

 ただ、このセッティングの悩みはガスが喰いすぎることです。パンチのない#50などに比べて燃料系の針はドンドン下がります。古くて新しい悩みであります。日野のスポーツキットのデータは、当初、#60で販売されましたが、その後、#65に変更されました。コンテツにとって昔も同じような状況であったと推測します。この課題を改善するには、まだまだ、勉強が必要なようです。

2016.12.3:今日は零戦が飛ぶ、見に行こう!

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 このブログの新しい月のフォルダーを作ったら、師走 (しわす) 、あっという間に今年もカレンダー最後の月になりました。

 今週半ばの “the Planes of Fame Air Museum” からのニュースレターに右の写真と共に "LIVING HISTORY FLYING DAY SAT. DEC. 3rd, 2016” のキャプションと共に、12月3日 (土) のイベントの案内がありました:

'75th ANNIVERSARY OF THE ATTACK ON PEARL HARBOR’
Featuring: Author Dan King
Moderator and Historian Kevin Thompson
Historian Charlie Isaacs
Models of Japanese Aircraft
SEE THE WORLDS ONLY FULLY AUTHENTIC MITSUBISHI A6M5 ZERO FLY!
The A6M5 Zero is scheduled to fly at 12pm
EVENT: LIVING HISTORY FLYING DAY SATURDAY, DECEMBER 3rd  ~ 10am (=>詳細はこちらに

 the Planes of Fame Air Museum” のミッションである Education (すなわち、教育) の一つである過去の歴史をちゃんと継承しようというものと推測します。単に零戦を興味本位で飛ばすものでなく、”IWA JIMA” (所謂、硫黄島) の著者、Dan King氏の講演を始め、歴史家のレクチャーを受け、そして世界唯一、飛べる、さらにアクロバットも可能なコンディションにメンテナンスされている「零戦」をこの目で見ようという貴重なイベントであります。我々、日本人が考え、思いでは難しい背景もある国を超えた理解が必要な文化的イベントであります。

 「今日は零戦が飛ぶ、見に行こう!」としましたが、そうしたいなと思うものの、歴史&文化を考えれば、単純なものではありません。

2016.11 霜月 (しもつき)

2016.11.27:燃料レギュレータ

20161127Fuel Regulator

 一昨日、英国から燃料用のプレッシャレギュレータ (FSE Petrol King Fuel Pressure Regulator) が郵送されてきました。欧州車などで多く利用されている古典的なものです。シンプルが一番ベストなのでリターンもフィルターもないものであります。

 昨日、ブラケットを取付に合わせて曲げるなど加工し、例のMOTHERSでポリッシュしてメッキの輝きを出しました。取付は、頼りになるやや若い友人が来られましたので、車内とエンジンルームから双方から取付の作業がうまい具合に進みました。

 本日、配管をして、一応完了となり、4.5〜5psi (およそ3.2〜3.5k) 程度といささか変動もあった燃圧を安定した状態で3.5psi (およそ0.25k) 程度に下げました。心なしか、コールドスタート後のアイドルが以前より安定するように感じます。

 次の週末に走ってフィーリングをチェックできることが楽しみです。

2016.11.26:錆止めの効果、四半世紀を経て

20161126 Rust Free Paint

 我が家の軒先に長年鎮座しているものがあります。写真の鉄骨です。

 実はこれは1990年ごろと思いますが、家屋のメンテナンスの一つとして瓦屋根でない軒などの所謂トタンの部分の塗装に使う塗料を試しに、その当時の仕事をしていただいた職人が塗ったものです。どんな色でどんな仕上がりなのかを、当サイトオーナーの性格を知っているので事前にデモしてくれました。

 四半世紀も経つとなるほど、これをみれば下側の何もしない部分の錆と、試し塗りですがその部分は見事にそれなりでありますがその効果は歴然というものです。

 四半世紀の耐久テストのようであり、よくある旧車の雑誌にあるような錆防止テストも短い時間幅ではなく、クルマの耐用年数以上はやってみてはどうかと思いました。みなさん、どうでしょうか?でも、旧車専門誌なんか多くはクルマの耐用年数よりは短いかな?

2016.11.25:寒い朝

20130915 VARTA 55B19R

 11月として何十年かぶりの昨日の雪が薄っすら残る寒い朝です。朝刊を取ろうと郵便箱を開けようとしたら凍りついて開閉もままなりません。

 そこで心配になったのがコンテツのバッテリーです。三年前、公道復帰する際、メルセデスなどあまりエンジンを掛ける機会 (半年とか) が少ないクルマに定評があるVARTA製のバッテリーを入れました。仕様は以下の通です:

  • 国産車用バッテリー SUPER J-SPEC 55B19R
  • 5時間率 容量 33Ah
  • RC (リザーブキャパシティー) 60分
  • コールド クランキング アンペア  380 CCA(EN)  

 CCAの380はなるほど (コンテッサは200もあれば良い) 、3年間、クランキングは常に強力で、昔のような弱るようなクランキングのフィーリングは感じることはありませんでした。このVARTAには絶大な信頼感を持っています。

 しかし、ここで3年目余り、今年の冬は勝負の年になるでしょうか?あるいは事前に替えるべきか、この朝の寒さで頭の中をよぎりました。

2016.11.20:本日の点検事項?

20161120 shakou adjust

 昨日の雨と打って変わって、本日は太陽も顔を出し、春のように温暖です。

 今日は、先日の横浜行き (朝、まだ道は濡れていた) 、そして翌日曜日のツクバでの走行と、いつものように下回りの清掃とチェックを進めました。

 気になっていたボルトの一本をワッシャを追加して締め込みました。また、若干の車高調整のためにリヤのスプリングのパッドを調整して、およそ5ミリほど下げ、少しネガティブを出しました。同様にフロントも1回転ほどトーションバーを調整して、前後のバランスをとりました。

 先のツクバ行きの際にアイドルジェットを変えました。今日、ちゃんと調整すると、ベストは1回転戻してはなく、1.25回転戻しがベストなエンジンの回転数となりました。後は燃調の最終処方箋として英国の業者に注文したレギュレータを待っています。

2016.11.19:ソレックス・バルブ (三年前)

2013081& Solex Valve

 本日は雨、おまけに寒い朝です。こんな日は、ディスクワーク先行となります。友人からの質問に答えるために旧い写真をチェックしてました。

 パラパラめくりのように画像を見てますと、3年前の夏にソレックスをフルオーバーホールキットで組んだ際のもの出てきました。2013年型コンテッサの制作については、各プロセスの写真を仔細に記録し、おそらく数万枚になると思います。

 フロートのニードルバルプを組んだ際の画像が写真のものです。これで見る限り、それぞれその中身が異なるものが入っているとは全く判断しがたいものです。

 結果的にそれが分からず、組んでしまった、そして調整を騙してしまったことを反省しております。素人の悲しさです。プロであれば、おそらくそれぞれのバルブを手にした時に五感で何かを読み取ったのではと推測します。

2016.11.14:ソレックス不調に終止符?

20161114 Solex Carb

 今までモヤモヤとしていた油面の問題はフロント側のニードルバルプに欠陥があることが判明し、不具合のない新しいものにし、ようやくスタートラインに立ちました。

 11月12日の横浜行きは先の調整のIJ=45から50としました。気づいたことは相変わらずプログレッションフェーズ (所謂、アイドルから高速に移るまでのパイロットジェット主体での混合気) で薄さによる引きずり、燃圧が今までの4psi (2.8k相当) が5psi (3.5kに相当) と今までにない高めでした。おそらくニードルバルブが正常になったことによるものと勝手な分析をしております。

 11月13日の筑 波行きの際には試しに大きくふってIJを65にしました。これでプログレッションフェーズの懸案事項は解消しました。おそらく今まで、ニードルバルブの不具合で油面調整を騙し、それによる前後のバランスの問題など複合要素で出口のない問題にぶつかっていたのではないかと推測します。

 これからが調整の本番になるでしょう。その先に本当の楽しみが待っているのではないかと期待しております。

2016.11.13:ビギナーズジムカーナ in 筑波 2016年 最終戦

20161113 BICHIKU

 2月から始まったこのシリーズ線も最終イベントが終わりました。この日は素晴らしい晴天に恵まれて、いつも同様に楽しくも悔しさも味わった時間でした。おまけ走行ではトップクラスの大好きなNAロードスターに同乗させていただき自分のドライブとは異次元の世界を味わさせていただきました。

 さて、一年を振り返るとこのイベントの参加は次のように感じております:

  • 自身は病気持ちの身体であり、第一に健康に留意するようになった。
  • 当初、目指した、人車共に不具合なくちゃんと自宅に生きて帰ることは達成。
  • コンテツのメンテを走行に向けて、メンテをさらに心がける様になった。
  • 進化のためのハード面のチューンアップは、施したことで結果あり、あるいは結果の出なかった事項を差っ引けば、若干の進歩ありか。でもそれは一般の公道走行ではとても時間のかかるものが、毎回、すぐに良い悪いがでることが楽しかった。
  • ハード面に加えて、楽しく走るというソフト面はまだまだ技量不足、しかし例えば、そうするための足のセッティングは少しわかる様になった。すなわち、やっとスタートラインに立てたいうこと。
  • もっとも大きな収穫は、誰が何と言おうがここは速いもの勝ち、その意味で若い皆さんから年齢に関係なく忌憚なくコメントや助言をいただきお話ができたこと。

 以上が、全体所感です。やはり足を一歩踏み出すことがこの歳になっても必要と感じました。

2016.11.12:横浜ヒストリックカーデイ 5th

20161112 YHCD

 今年もロケーションの素晴らしいまたスタッフの皆さんの情熱の満ちた「横浜ヒストリックカーデイ」に申し込みました。

 コンテッサの参加は2台、当サイトオーナーのクーペ、もう一台、レストアとは無縁の厚化粧&整形美容もない「素顔の伯爵夫人」と共に参加しました。

真の顔が見えない!

 いままでは手作り感満載、それだから応援して参加申し込み、しかし、今回はその顔が消えてしまいました。その代りに何ともよくわからない人達や組織が前面に出ていました。おそらくいままでご苦労されていた皆さんは今まで同様に現場の対応に奔走していたと思うのですが、それを踏み台に大きな声・組織のようなモノが失望を感じるが如く前面に出たようです。

 以前からの英国大使館の「後援」の定義にふさわしく現場では前面に出ることはなかったと思うし、その紳士的アクションは今回も同様でしたが、その世界の常識をひっくりかえたような新たな「後援」のやり方であり、世間のパワーゲームが持ち込まれたとも感じ、実に寂しくも情けなくも感じました。

2016.11.6:Project-X

20161106 Project-X Rear Grill

 Project-X、何とも意味深な語句です。

 ここに来て、モール類の光モノのある部分が公道復帰に際しても手を入れて無かった部分、あるいは手入れが不十分な個所が目立ってきました。

 それらを徹底的にクリーンアップして輝きを復帰、あるいはそれ以上の輝きにしようとするものです。

 今回のこのProject-Xには、主にMade in Californiaのカスタム号用達のMothers Classicを使用して進めます。週末あるいは夕食後の時間を適宜してして2ヶ月ぐらいの目標となります。

2016.11.5:新しいニードルバルブ

20161105 Solex Valves

 ソレックスの新しいニードルバルブ、二つが届きました。早速、不具合が見られた前側、正常だった後ろ側、念には念を入れて両方とも交換しました。

 フロートを取り付けた後、写真のような紙工作のゲージでバルブの閉じる位置を左右同じなるように調整しました。

 取り付け後、4型の便利な機能であるアジャスターで油面を規定の20〜21ミリに調整しました。

 その後、始動&走行して分かったのですが、今まで前側のバルブが異常なままで騙して調整していたようです。

 どうやら、これでソレックスキャブの本来の調整のスタートラインに立ったようです。

2016.11.3:リアスプリング調整

20161103 Rear Spring

 ソレックスの新しいニードルバルブが届く間に一つ調べてみたいことがありました。

 それはリヤのキャンバーの左右差です。コンテッサの場合、往々にして何故か、左側の方がネガティブが多く出る傾向にあります。

 先のオデッセイ RB1 フロントのカット流用以来、それが気になっていました。

 バラしてみて、二つを念入れにチェックしても同じように見えます。しかし、こころもち、右に入れた方が数ミリ丈があると、そこで左右変えて組み込んでみました。

 それでどうだったかと言うと、プラシーボ効果に近いかもと思いました。

2011.11.2 飛んでこそ!あまりにも情けない軽い言葉

20160403 Chino Zero OH

 ここ何年か、クルマのメーカーによる過去の工業生産物を修復・復元することが流行っております。それは基本的に良いことと思うものの長年、地道にコツコツと一台の愛車をメンテナンスしながら日常の使用あるいは軽スポーツ走行にも耐えるように挑んでいるものにとって複雑は気持ちです (参考:2013.11.27 第43回 東京モーターショー 2013) 。

 最近、飛行機ですが、川崎重工創立20周辺記念展と称して、岐阜工場で修復・復元作業を終えたばかりの、三式戦闘機「飛燕」実機展示が神戸で開催されることを知り、社のHPをチェックしました。読む限り、よくある苦労話しが記述されてますが、要は決して飛ぶことのない修復・復元であることです。これでは「修復・復元」とは何を意味するのでしょうか?「飛燕」は、経済産業省が認定する「近代化産業遺産」ですが、クルマ含めてほとんどが動態保存では展示保存です。飛ばすにはおそらく今回投資した努力の何十倍か何百倍か必要と推測します。やはり歴史として伝えるには静的な見え方でなく、それは「修復・復元」を意味するものでなく、動的にしてこそ伝えねばならない文化・技術を後世に正しく継承できると強く発言したいと思います。飛ばなければ、1/1のプラモデルで十分ではないでしょうか?

 例えば、上の写真のように、Planes of Fame Air Museum では日本の零戦を何十年も前から個人のオーナーとサポートをする多くのボランティアで飛行状態にしてそれ維持する努力を続けております。クルマは走ってこそクルマ飛行機は飛んでこそ飛行機です!修復・復元」、軽々しい言葉使い、あまりにも情けない実情です。


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20160625 Matsudo CF

 今年の “第15回 まつどクラシックカーフェスティバル” の案内が本日、参りました。

 例年にない時期に参りました。おそらくこの時期の各地の旧車のイベントがコンペ状態になっていることが背景と考えます。こんなに早く来ると、申し込みは後でもいいやなんて返って忘れそうな気がします。

 以下のような開催です (抜粋) 。

開催日時:10月1日 (土),10月2日 (日)
     両日共午前10時〜午後5時

参加費用:2,000円 (当日会場にて微収)

イベント内容:車両展示・ミニパレード
       テーマ:ダットサン

申し込み締切 平成28年8月31日 (水) 必着

詳細は、案内&申込書を参照 (ダウンロード) 







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