50年前,日野コンテッサ 900 スプリント デビュー


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50年前,日野コンテッサ 900 スプリント デビュー - トリノオートショー開幕(1962年10月31日)

50 Years Ago - Hino Contessa 900 Sprint at Torino Auto Show


 今から50年前の1962年10月31日に,イタリア・トリノで第44回 Salone Internazionale Dell' Automobile(トリノ国際自動車ショー、所謂、トリノショー)が幕を開けました。ここで日野自動車のコンテッサ900をベースにした日野コンテッサ900スプリントをデザイン&製作のジョバンニ・ミケッロティ氏のSTUDIO Michelotti社と日野自動車が展示をしました。

 右は、その際の公式カタログの表紙となります:

 会場の全景は以下の様、第二バピリオンの日野のブースは、当時の欧州市場の乗用車メーカーやサプライヤー、フィアット、アルファロメオ、ランチャ、ルノーなどの名だたる中に小さいながらもありました:

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 たった一台の日野コンテッサ900スプリントの展示ではあったものの、将来の日野自動車の日本発の乗用車輸出の存在感を示すには充分なインパクトある上品な展示方法と感じるものです。

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 そして、特筆すべきはこの日野コンテッサ900スプリントの前に、以下のように日本の日の丸とイタリアの国旗 (有名なトリコローレ) に囲まれて「Hino - Contessa 900 Sprint」と、そして重要な文言、「Creazione STUDIO G. Michelotti (ミケロッティ社が創造) 」がありました。その下は簡単な性能や仕様がNARDIの名とともにありました。

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 以下は、左前から撮影されたものです。多くの来場者がこの角度から美しい日野コンテッサ900スプリントをじっくりと眺めたと推測します。

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 ここには当時の日野コンテッサを語る上で貴重な人物が収められております。日野コンテッサ900スプリントの傍らに立つ方は、当時の日野のコンテッサ開発の総本山、第二研究部長であられた岩崎 三郎さんです (日野自動車では、後に専務取締役 (開発・品質部門統括)、日野車体工業社長) 。氏はこのトリノショーの期間、およそ10日間、日野の最重要使命をもって、単身、ミケロッティ社に出張されたとのことです。それは、この1962年10月末から遡って、8月にミケロッティ社から受け取ったコンテッサ1300のプロトタイプに対する日野の評価をもって最終デザインへの変更の交渉をすることでした。氏は、「プロトは欧州的な文句の言えないすばらしいものだったが、日本市場にはあまりにも簡素すぎると日野内部や販売側の評価となり、リアのエアグリル含めてデラックス化への改良案だった」と語っておりました。結果的に、全面的に日野の要望を入れ、改良することに合意されたとのことです。

 以上、半世紀前の1962年10月末の日野コンテッサに関わる出来事です。

参考文献:

  • 1995年度 自動車技術の歴史に関する調査研究報告書、インタビュー調査:リアエンジン乗用車、コンテッサの開発、岩崎 三郎 氏、1995年月 自動車技術史委員会、社団法人 自動車技術会

(SE, 2012.10.23, Original)
(2015.7.3, Modified)


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