新しい正月を迎えて:2018年


 まずはクルマ共々元気にしているコトに感謝したいと思います。これも日頃からの神様のご加護あってと考えます。

 昨年、一年は目一杯我がコンテッサのハンドル握ったような気がしています。しかし、その割には距離数は伸びてません。遠くにツーリングとか展示イベントにも皆無に近いもので、ひたすら筑波サーキットのジムカーナ場の往復に明け暮れ、集中的なにドライビングした結果と思います。

 世間一般では、俗にいう終活世代なんでしょうが、今だウィークディは長年染み付いた所謂仕事モードを脱することが出来ません。遥か彼方の40歳ころのサラリーマン時代に幻想を抱いた定年後は趣味三昧なんては夢のまた夢、この先もありそうに見えません。そんなことの繰り返しで新たな年を迎え、すでに1ヶ月以上を過ぎております。

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 過去、2年、年甲斐にも無くジムカーナにチャレンジしました。当初は自分でゼロから組み直したコンテツが一般路上では難しい走りを確かめたいと始めました。始めてみればその日には色々いい意味で改善点がボロボロ出ました。やはりモータースポーツは人車共に結果がすぐにでます。これが今持ってもっとも楽しいことです。

 また、まったく新しい世界に飛び込むということが最初迷いあるいは良いのだろうかと、すなわち現車のジムカーナの場に50年前のクルマ、さらにとんでもなく若く無い輩が飛び込むということです。しかし、主催者、そして参加の皆さんの温かい眼差しにそんな迷いは吹き飛んだというものです、皆さんに大変感謝しております。

 さて昨今の自動車社会の変化はコンシューマーの意識や想いとは関係無く、メーカーの一方的とも言えるような進化をし続けています。自動運転、そのためのAIだとか、ネットワーク化、各種のセンサー、電子化とソフトウェアのコントロールで動作するクルマ、あるいはソフトウェアによってドライブするクルマに豹変したがごとくです。

 これに対しては一般庶民はまったくの受け身でありノーと言うこさえありません、あるいは言えません。まさに社会、あるいは国&政治がその方向に向かっているかごとくの錯覚をしてしまいます。

 どうでしょうか?クルマ社会、それでいいのかと時折自問自答しています。確かに昨今のクルマは便利で非常に快適であること、身体的にも楽であり、1日何百キロかのドライブをしても何のストレスもありません。バックソナーアラームなんて良い例で、バックする前にリヤの位置関係を頭にいれればソナーの音の変化をたよりにバックしてしまう始末です。これこそがテクノロジーの進化で年老いた脳みそでも馴れてしまいます。

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 一方、50年越えの我がコンテッサには現代のクルマのように様々なテクノロジーもなくアメニティなんて夢にも描くことは不可能であります。単に移動だけのドライブするだけならストレス=疲労度は一桁もの差があります。我がコンテツは空調&パワーアシスト無し、内装も防振・防音も無し、そしてサスも硬いと、無い無い尽くしの個体であります。

 しかし、いつの日か、コンテッサ1300のような旧いクルマ達は、博物館の片隅で見学者からこんなクルマがあったのだと、展示目的で走ることもできない狭いスペースで金縛りにあったのごとくジッと見学者の目線を感じることになるのでしょうか?単に見える部分だけを厚化粧をさせられてクルマ本来の機能である走る部分は封印されたのごとくであります。

 自分がクルマ自身であったらなば、おそらくそんな状態に置かれることを許さないと思います。しかし、残念ながらクルマには、そのような意思はあっても、クルマ自身では意思を表現することはできません。

 多くの博物館のような単なる展示目的はいかがなものかと思うものです。それではクルマを企画/設計/生産/販売したメーカーの施設でのクルマにも同様な思いです。やはりクルマは走ってこそクルマであり、本来、すなわち音、匂い、振動、そして迫力あるいはエネルギーといったものがあって感じるあるいは学ぶものと考えます。何もできないジッとしているクルマから何ら学ぶものはなく、美術あるいは芸術&文化という観点でも走っている状態がクルマとして最終的なものであるはずです。

 このようなことを何年あるいは何十年も考えておりました。そこに最近、昨年ですが、FIVAの活動の中に、トリノ憲章というものが報告され、日本ではあまり話題になってないようですが、世界的には多くの共感を示すリアクションが出されています。

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 この憲章自体が、レストレーションのあり方にくさびを指すものです。それはHalf prototype Alfa Romeo Giulietta SZ Coda Tronca takes FIVA Preservation Awardにあるように、そこには日本のメディアでも報道されたアルファロメオがありますが、意味するところはクルマとしてどう残すのが最善の考えあるいは考え方を問うたものです。

 コンクールのために、すなわち見せるために過度のレストレーションが行われ、本来の歴史&文化としてのクルマのあるべきものが失われてしまっているということです。当サイトオーナーとして、このようなトレンド、方向性は意を同じにするものです。

 FIVAのインタビューにあるように、事実としては国々によってクルマ文化の歴史&発展に独自の生い立ちがあります。フランスはフランスなりに、イタリアは、米国はということです。歴史の長いそれら自動車先進国に比べ日本は1950年代の技術導入から生産中心の大量生産をもって短時間に80年代には生産台数ベースで世界の頂点を極めるようになりました。しかし、日本全国各地の自動車博物館が存在するものの真のクルマを保存する博物館は皆無でしょう (ホンダコレクション除く) 。

 ヒストリックカーの維持についてはイベントなどの会場でも見学者から質問や激励を受けることが多々あります。現実はやはり、動体保存、さらにそれもFIVAのトレンドにあるようにそれ相応相応しいランニングコンディションであります。見せるだけあるいはコンクールに高い点を得るだけならな難易度は一番低いもので実に簡単であると考えます。そして例えばトヨタ博物館のような展示保存且つ最低限車検を取るとか近隣に出向くなどの程度は難易度は中度程度でしょう。それでも走るという要素を加えると見てくれだけに比べて何倍もの努力が必要でしょう。そして当時、そのクルマあるいは個体に相応しく走らせることが多くの普段の努力が求められ、難易度は最も上で高度となるでしょう。これこそがFIVAの言っていることではないでしょうか?

 やはり、ヒストリックカーあるいは旧車は「走ってこそ」であり、「走らなければ1/1のタダのプラモデル」と言えます。日本の経済発展&工業技術発展に大いに貢献したクルマたちをただ座らして人々の目にさらすだけではなく、今後のそのエネルギーを今だ感じさせる状態でいられることを願うものです。

 以上、自車も日野自動車は開発・製造・販売した際のエネルギーを感じられるような状態で、”文化” として日野コンテッサ1300クーペを今年も走る所存です。

参照:

江澤(2017.2.16)


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