PD300コンテッサクーペカークラブ(日野コンテッサクラブ)の思い出(2)


【あれから,早4年、今は?】

 それは今から、4年前の2008年11月(2012年現在)、苦楽を共にした女房より長い30数年の日野コンテッサ・クラブを辞することとなりました。創るには生みの苦しみというべきか、結構、難儀で時間も要しましたが、去るには連絡1つで至極かんたんなものでした。これも時代の変化というのだろうか、例えれば,ネット社会のワン・クリックのようになっていました!

 さて、そんなワン・クリックから早いもので4年を経た訳ですが、何かが変化しただろうか (?) と考えて見ました。ぼやきではありませんが、。。。

 コンテッサを乗ってるのを見て、「コンテッサ・クラブ、知ってますか?」とか「コンテッサ・クラブ、入ってますか?」、今ではこんな調子です。さらに、当方とクラブの関係を全く知らないのか「コンテッサ・クラブの紹介します。」,そしてエンスーなコンテツやクルマの話しが弾むと、さらに「ぜひ、顧問に推薦します。」と、強者もおられます。4年も経れば、世間とはこんなものだろうということです。

 数は少ないが、今だ、イベントなどで、紹介されると時に、「コンテッサ・クラブのXXXさん」なんて場がありました。「コンテッサ・クラブを創ったXXXさん」ならば、良いのですが。。。

 メジャーなイベントでは、日本的社会の仕組なのだろうか、やはり組織の方が優先される感は歪めません。肩書きもない、組織にも属さないインデペダント (無所属、あるいは一匹狼) は、相当、こころ豊かにして挑まないと淋しい思いをしなければなりません。

 おおよそ、このようなものです。よくある部品の入手などは,組織に属さないと手当できないという状況もあるようですが、それは組織側の論理であります。今のところ、個人的にはメンテナンスについて問題や課題は感じていません。むしろ、本サイトのように完全オープンの強みがあります。

 組織に属さなくなった最大のメリットは、当サイトのような、個人の経験ではあるものの代替部品など含めて,全世界のコンテッサ・オーナーに向けて、誰からもとがめられることなく、思うことをコツコツと書くことができることとだとひしひしと感じております。ハートがエージングした組織では、そのようことに対して顔の見えないコントロールみたいな行動があったのだから。。。

197908 Minobusan PD300

(SE, 2012.11.20, Original)


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