悲劇の伯爵夫人、そして素顔の伯爵夫人へ (2013年3月)


青セダン物語(日野コンテッサ1300DX)


 今回、人様に自分でいじったクルマをお渡しするということで、何をしたかなるべく全項目を整理しました。手をつけたところは網羅したと思いますが、その内容については、書けば書くほどキリがなく、舌足らずかもしれません。この整理をして気がついたことは、走ることに手をつけた時間に比べれば、 決して恥ずべきことではないと考えますが、 一般の旧車のように外装や内装には比べようにもなく小さな時間であったことです。そのようなコンテッサでがありますが、「今に生きる」日野コンテッサであることは間違いないと信じます。(2013.2記より抜粋)

プロジェクトの方針&戦略                ヤフーオークションにて&現地引き取り            ルーツを探索                        カリフォルニア輸出に向けて                 よかれは人の為成らず - 嫁ぎ先に逃げられる!        JCCAニューイヤーミーティング作戦             悲劇の伯爵夫人から素顔の夫人へ            公道復帰作戦 - 30年ぶりの車検               Fun to Drive 日野コンテッサを目指して 嫁ぎ先探し - 別れもまた楽しみ!              使用部品一覧                        プロジェクト作業時間考察 - それは楽しみか、それとも苦しみか!

【経緯概略】

 2006年春、とある米国人の要請によって、ヤフーのオークションで購入(兵庫県加古川市にて引き取り、30年近くに渡って淡路島の世界平和大観音像(2006年閉鎖)に地下博物館にあったことが後に判明)し、米国輸出に向けて、整備を進めました。部品などこのコンテッサの将来を考え、米国の街の部品屋で購入できるように、NAPA を中心に現物を米国から購入して、八王子郊外の友人の工場を間借りして整備しました。

 二年後の2008年秋、クルマとしてようやく安全且つ通常走行が可能になり、日野自動車総務部の輸出担当の協力も得て米国への輸出準備を進めました。しかし相手からの理不尽な一方的な理由で破談に!正に「嫁ぎ先に逃げられた悲劇の伯爵夫人」になりました。

 上記の失念を吹き飛ばし、厄払いのために外観をクリーンアップして、2009年度のJCCAのニューイヤー・ミーティングのコンクール・デ・エレガンスにエントリーしました。運良く、多くの綺麗なレストア・コンテッサをしり目に、コンテッサ部門で優勝!(カー・マガジン賞)を得てしまいました。

 その時点では自分では乗る気もなくそのまま売却を考えておりました。しかし、米国人に逃げられた悔しさもあり、せっかく自分がいじったクルマを少しの間、乗って愉しもうと車検取得を決意しました。オリジナルのドンなコンテッサでは現代の交通環境では面白くないのが目に見えて分かっているので、コンテッサ40年の経験をもとに乗って楽しいコンテッサにする改修を進めることにしました。

 それは外装&内装などはオリジナルそのままにして、特に足回り、ラジオ、エンジンのヘッド回りとエアーフロー(これが最大のコンテッサの課題)、点火系統、前照灯、フロント・シート、フォグ、ホーンなどなど数しれず自分好みのちゃんと動くコンテッサへとリファービッシュ&チューンアップを試みました。

 そして、車検を2009年9月末に取得。翌々日の地元の松戸祭りの事務局の担当者との約束にギリギリではありますが間に合わすこととなりました。

 その後、箱根、つくば、高速、首都高、長距離走行、サーキットなどで煮詰め(&楽しみ)、不具合、愉しくない部分を改修を進めました。ブレーキの再三の改修、キャブの煮詰め、ステンレス製マフラー、スプリングの選択、不具合の改修などなど、実は未だ続き、きりがない。結果的に(悪夢の)終わりのない世界にもなりました。

 外観については、可能な限りのゴミ取り(磨き)をして、最低限の普段の手入れはしましたが、内装&天井や後部荷物置き、特にオリジナル・シート、天井は手を付けませんでした(本当に、一切の拭き掃除もしてない)。素人の下手な手入れで劣化が怖いためでした。定期的なワックスがけとメッキ部分などを週末に乗る都度に必ずクリーンアップした程度でした。

 特に内装の新車時の保護ビニールも全く手を付けませんでした。よって、この個体の内側は、1966年初頭、日野の工場を出てからそのまままということになります。内装はダッシュボート周りをクリーンアップしましたが、乗る都度の清掃程度でした。メッキの錆び部分やゴム類は徹底的にごみ取りをした。磨くという事でなく、毎週のように地道にワックスがのったタオルでゴミを取るように拭くと言うことです。要は錆びの間にハコビっている不純物を除くようにしました。

 また、日野の当時のOKマーク&日野マークや無鉛ガソリン、またバックアップ・ランプなどのオリジナル・ステッカーは、特に注意を払い、そのままの状態保存に注力して来ました。

 以上ではありますが、このような過去のしがらみにとらわることなく、自由奔放に、コンテッサ・ライフをエンジョイしていただければ、これ以上の喜びはありません。

 以下は本個体のみならず、一般コンテッサのオーナーの皆さん、あるいは将来、コンテッサを所有してみたいを考えている皆さんに役立つようであればと思い、これを機会に日野コンテッサ1300をどのようにすれば走るのかをまとめてみました。ご意見&ご質問ある方はご遠慮なくお問い合わせ下さい(ただし、実名表記にて)。

(註)本内容は、2013年2年、本個体を売却の際に、次オーナーのために制作した資料を中心に抜粋・再編成したものです。

【素顔の伯爵夫人の記録】

Notice

本データ、すなわち代替品/使用可能品例は、当サイト・オーナー、また情報提供いただいた個人の見識に於けるものです。それは、FORM/FIT/FUNCTIONというレベルのメンテナンスに於ける互換性を意味するものです。実際の使用にあたっては,個人差が当然ありますので、それを理解した上でご参照・利用下さい。また、代替品/使用可能品例については、情報提供は歓迎するものです。こちらからお願いいたします(実名表記にて)

(SE 2013.3.6)
(改編 2013.11.13)



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