The Life with my Hino (日野コンテッサのブログ)


2020.3 弥生 (やよい)


2020.3.31:人車共OH中 - クランクシャフトのミステリー

20200331 CT Automotive

 昨年来、オーバーホールを目指しているクランクシャフト です。

 以前から気になっていることです。それはギア側にあるカウンターウェイトにある刻印です。そこにはC-T 3.500、その下に4814とあります。

 米国の当時の書物には一般的にクランクのベアリングなどのデータは打刻されるのが一般的とあります。

 日野製のクランクシャフト にはそのようなクランクのデータを表す打刻は見たことがありません。

 本品は米国で改造&開発されたGR100のクランクシャフトです。その意味が気にるところです。毎日、頭を回転させていると段々とその謎 = ミステリーが解けそうです。 

 “C-T” は、当時のロサンゼルスのエンジン加工屋であり、ダイナミックバランスの技術に定評のあった “C-T Automotive Inc.” ではないかと推測します。このショップは確か、80年代前半に訪問しようとしましたがすでになかった記憶があります。このクランクは “C-T Automotive” で開発されたものと断定するに至っております。

 そして、”3.500” ですが、これはおそらくインチを表すものと断定するに至っております。それは “88.9” ミリに相当します。その次の “4814” 、これについては今、謎解き中です。

 こんなことをして50数年前を紐解くのも日野車ヒストリアンとしても光栄と思うものです。なぜならば、残念ながら、日野自動車のレーシングカーについては誰も真実を語れる方が存在しません。この様な現物から当時のことを導き出すのが重要であり且つ正確な歴史を組み立てられることと信じます。

20200331 CT Automotive b

966年当時、BREの日野コンテッサ1300クーペはパワーアップのために
このようにOHVエンジンのチューニングのメッカであったロサンゼルを駆け巡っていた。

2020.3..27:COVID-19、ローカル (地元) 情報が少ない!

20200327 COVID-29 miscellaneous

 昨日の東京都の感染者数の増加、首都圏での週末の外出の抑制要請にもなっております。それは国全体への感染、ひいては自己防衛でもあります。

 国、そして大都市圏での感染予防が大きく叫ばれ、それなりに高いレベルの情報は発信されています。

 しかし、個人にとっては自分が住んでいる地域の情報がもっとも役に立つのではないかと思います。つまり、周辺がどんな状況なのかということです。

 しかし、松戸市のホームページを見ても、内容的には国、県のそれと同じに見えます。"市内居住患者の発生状況" には個々の情報がある程度は記述されています。それらは決して判りやすいものではありません。

 例えば、個人でとっては自分に濃厚接触があったかということではないかと考えます。これについては上記情報から分析することが難しいと考えます。なんらかの本当の安心策あるいは自己防衛策をあればと思う部分です。

 また、地元の状況が全体に比べてどうなのかということです。これも上記の松戸市の情報では知ることができません。

 そこで千葉県の "患者の発生について - 新型コロナウイルス感染症" と上記の "市内居住患者の発生状況" を基にデータを分析してみました。 

20200327 COVID-19)Matsudo a

 上ののチャートが圏内の市町村別の状況です。何とお隣の市川市と我が松戸市で千葉県の6割以上です。これは非常に大きなウェイトです。もしこれだったら市としても市民のためになんらかの明確な対策を出すべきではないかと強く感じます。

 また、以下のグラフはその履歴です。おそらくこの履歴を蓄積して行けばこの先の状況の予測に結びつけられると考えます。また発生日すなわち感染して発病したのは一般によく言われている10日〜2週間前なのかと推測するものです。すわわち、検査で確定の前にすでに何らかの新たな感染があってもおかしくないのでしょう。それが逐次減少に向かうことを願うものです。

20200327 COVID-19)Matsudo b

2020.3.23:Yoshiki and Shinya Yamanaka

20200317 COVID-29 miscellaneous

 YoshikiさんのYotubeチャネルでのノーベル生理学・医学賞の山中 伸弥さんとのコロナウイルスについての対談が最近話題になっています。

 早速視聴みました。なるほど、一般のテレビのコロナウイルスについての番組の恐怖のみを煽り立てる様なトークとは一線を引いた真摯な内容でした。両氏共に専門家ではありませんがそれぞれの世界での識者らしく説得力を感じました。

 我々は未知なウイルスを戦っていること、そしてそれに対する有効な手段はまだない、しかし経験が無かった昔とちがって対処を考えることは進んできていること、つまり過去のウイルス対処より解決の道が明るいということと理解しました。

 最終的に山中先生は、今は我々は我慢を受入なければならないことを一人一人が理解すること、その通りと感じました。

20200324 Yoshiki Yamanaka

Coronavirus Talk コロナウイルス対談: YOSHIKI & (Nobel Laureate Physiology/Medicineノーベル生理学・医学賞)Shinya Yamanaka

参考:WHO - Coronavirus disease (COVID-19) Pandemic

2020.3.22:人車共OH中 - コンロドットクリアランスのチェック

20200323+Conrod Clearance

 オーバーホール中のクランクシャフト です。とりあえず、コンロッドのビッグエンドのクリアランスをチェックしてみました。

 このクランクは実測値で0.25ミリ削り込んだんものです。メタルが正しく合うのか気になっていました。

 プラスティックゲージ、久しぶりの使用です。規定のトルク (5.5kg) で締め込んで、キャップを外しました。

 画像の様に経験的に目視でこれ大丈夫だなと感じました。ゲージをあてるとおそらく0.045ミリでしょう、

 まずはオーケーとしましょう。これで次のステップに進むことができます。

2020.3.21:重要なルーチン作業 - 整理整頓

20200322Bumber Storage

 コロナウイルス (COVID-19) の騒ぎが始まって以来、日常の生活やリズムが大いに狂っているようです。何しろ、呼吸器系疾患 (肺炎) や糖尿病持ち、加えて立派な高齢者であります。これだけで恐怖感を味わっているようなものです。

 仕事をしていてもコロナウイルス対策での調整なども入り、アレンジもろもろ忙殺されていました。まったくとんでもない状況であります

 そんな中、3週間ぶりにコンテッサのエンジンを始動、ちらかっているガレージの中を整理しました。その一つとして先月、軽量化のために外した前後バンパーのステーを整理しました。一つづつラッピングしました。保存の際にせっかくメッキを施した表面を劣化させたくないためです。そして収納スペースに収めました。

 人間とは不思議なものであり、短い時間ではありますが好きなことをしただけで疲れた心が晴れました。やっぱり、クルマってイイなと思った瞬間でした。

2020.3.17:本日のデリバリー - セブリングミラー

20200317 Sebring Mirror

 以前から購入したいと考えていたセブリングミラー (Sebring Mirror) 、英国のeBayから購入しました。3月10日に購入、今日は17日ですからおよそ1週間で到着しました。

 これはオリジナルの本物ではありません。所謂、よく出来たレプリカです。おそらく新品 (NOS) オリジナルは一つで5〜600ドル越えになるでしょう。

 ただ、このレプリカが日本国内のショップではレプリカとは称しないでセブリングミラー として自分としては結構な価格で販売されてるように見受けます。

 このレプリカは結構、多く出回っており、ロゴもちゃんと "Sebring" とあります。ボデーの材質はオリジナルのメタルではなく樹脂になっています。それは重量が軽く返って使い勝手が良いと思います。また、その厚さも金属製同様な薄く樹脂に見えないのが好印象です。ミラーは現代のものになっています。

 だいぶ古くからVitalino Mirrorがセブリングミラーの代名詞みたいに定着しています。しかし、自分としては分厚い樹脂のつくりで見てくれが大きく違和感があり、刻印は60’sの "Sebring" でないのも残念ながら受け入れることができません。

 現物を手にして大いに満足しております。

2020.3.3:とある日の筑波サーキット ジムカーナ場

20200303 Hino Hayashi

 この日 (3月3日) 、早朝から筑波サーキット ジムカーナ場に向かいました。先日のビ筑の第一戦の雨とちがって雲一つ無い南カリフォルニアのような紺碧の空でした。

 縁あって、某自動車OEMの皆さんが主催者となった『運転技術練習会 』に参加することができました。内容は以下の通り:

<趣旨>

  • イメージは、郊外の駐車場などで、社内の車好き同士が集まって運転の練習をする、という感じ。
  • ジムカーナ練習会の形態を取るが、目的はあくまで「運転の練習」。
  • タイムは取る。
  • パイロンを動かしちゃった場合は自分たちで修正する。
  • 各自のペースで、並んで1台ずつ走行する。
  • 雨天決行(天気予報は、晴れそうですね)

 と、び筑の本戦のような緊張感はなし、前日練習会のようは組織化されたオペレーションもなし、実にゆる〜い手作りイベントでした。

 ゼッケンはなし、PTしたら自分でパイロンを元に戻す、撤収の片付けも自分たち、そして計測もアナログなストップウオッチ、記録も紙に手書きです。

 さて集まったには直前の欠席者もあり(平日でもあり)、10台の予定が5台でした。車種はスイフトスポーツトヨタ86 (現代の)、そしてビ筑でHISクラス ジネッタのカプチーノ、昨年のHISクラスチャンピオンのカリーナ、そして小生のコンテッサであります。

 何ともこの5台だけでジムカーナ場を1日占有するという超豪華なイベントであります!

 朝7時半に集合、8時にドライバーズミーティング、慣熟歩行、その後、8時45分から午後4時まで昼食休憩を入れて走行となりました。

 コース図は以下の通りです:

20200303 Hino Hayashi 2


 自分としてはいろいろなことを勉強できる非常に実用的なコース設計と感じました。また走って楽しい設定でした。

 何時ものようにプラグを街乗りの5番から7番に変え、タイヤの空気圧をフロント:2.0、リヤ:2.8にセットしました。ここところ長らくリヤは2.6で走っていました。しかし、フロントの約25kg、リヤの約13kg (合計:37,6kg) の減量に伴い。車高の変更などもあり、今回リヤの空気圧を高め、総合的にどのような挙動になるかを試しました。先にビ筑ではノーズの軽快さは感じたものの、その効果を自分のものにするには至っていませんでした。

 走行タイムは以下のようです:

20200303 Hino Hayashi 3


 1本目、コース確認で5割走行。2&3本目は6割走行、4本目に6割強走行、ここ以降は集中力が途切れたようで後は6割走行でのダラダラと、ビ筑本戦同様、常に無傷で帰宅できる安全圏の7割を超えない約束の走行です。でもブレーキングすなわち荷重移動を軽量化の効果含めて試しました。空気圧についてはこれで挙動も切れ味がよくイイと、今後はこの設定で行こうと考えています。

 午前中、9/10本目、13/14/15本目はそれぞれYさん、Hさんに我がコンテッサに試乗いただきました。すべてのパワーアシストは無し、インテリジェンスが必要な4連キャブの旧いレーシングマシン及びRR車をご存知のYさんはすぐに慣れ、2本目で何と自分より良いタイム!、さすがセミプロレーシングドライバー、あと2〜3秒は行けると嬉しい感想をいただきました。お若いHさんには少ししんどい思いをさせてしまったかなと、とんでもなく旧いクルマであるコンテッサで緊張をされたようです。また、ブレーキが効かないと、おそらくパワーアシストのないクルマは初めてのようでした。次回が楽しみです。

 そんなこんだで午前中は終わり計15本も、午後も実にのんびりしたムードでした。陽も傾き、終了の4時が近づき、集中力が出てきました。20本目、Yさんのタイムを超え、最後の最後の21本目に3秒台のベストが出ました。良かった!やってみるもんだと思いました。

 自分だけではないようで、今回、全員が何と、ラスト1本がベストタイムでした。素晴らしいエンディングとなりました。

 と、いうことで1日は無事終わり、記念撮影をし、解散となりました。本件をアレンジいただいたHさん、ありがとうございました。また、参加の皆さん、お話をいただきイイ勉強をさせていただきました。感謝申し上げます。

 今後ともよろしくお願いいたします。

 以下は21本目の走行の車載映像です。


おまけ:先の日筑 第一戦 HISクラス (おまけ走行より、全員ベストタイムを!)

本戦二本目 (画面右) 、右ターン2箇所、荷重移動の失敗、曲がらない!
まだ初心者の域を脱してない!

2020.3.1:古の日野自動車に関連したカーバッジ

20200301 Hino Car Badge

 本日はもう3月、2月は1日多くとも例年のごとくあっという間に終わりました。

 画像のカーバッチは自分としてお宝、左右の二つは1970年代に入手したものです。

 左の "QCCJ" は、1950年代後半のルノー日野の愛好家が集結した日本4CVクラブ、当時の日野自動車が大きくバックアップしたとお聞きしています。この "QCCJ" のメンバーはその後、ラリーやレース、そしてジムカーナの開催へと発展したようです。有名なのはJMC日本アルペンラリーを開催、第一回から日野自動車の役員並びに社員が多く参加、発展に大きな貢献をしました。

 右は ”HMSC" 、1965年7月に日野自動車の体育系クラブとして発足した日野モータースポーツクラブ です。当時の資料には、社内ラリー、ジムカーナなどを目的とあります。このバッジのすごいのは文字含め全ての縁取りがゴールド、今でも色あせていません。

 中央は、ピート・ブロックさんのエンブレムです。The SAMURAIのフロント両サイド、また氏の初期のレーシング・コンテッサのフロントに付けられていました。

 久しぶりに取り付けてみようと出してみました。なぜならば今度の火曜日のプライベートなイベント (運転技術講習会) にぜひともお披露目したいと思ったのです。

2020.2 如月 (きさらぎ)


2020.2.29:ルーチンワーク - 何時もの光景 (先週の続き、これで終わり)

20200229 damaged lump

 本日で終わりにしたいビ筑後の点検&クリーアップです。

 まずウインドウ関係、軽くお湯を含んだタオルで汚れを取り除き、そして乾いたタオルできれいに拭き上げます。雨のせいか何時もになく結構な汚れです。清掃後の透明感のあるウインドウはやはり綺麗で良いものです。

 次に外観のよごれを少々洗剤の含んだ濡れタオルで汚れを取り除き、仕上げは乾いたタオルで拭き上げ、ワックスが染み込んだ布で仕上げます。。

 今回、気がついたのはフロント右のウインカーレンズ、黒づんでいます。最初は球切れかと思いました。そこでレンズを外すと驚きました。何と大量の水とともに黒い泥も入っていました。レンズが黒づんでいたのはその泥水が原因であります。しかし、なぜここに入り込んだのかよく判りません。水が溜まっていたということはシールはオーケー、さてどこから侵入したかはこれからの課題です。

 一応、バラシ、水分を乾かし、エアで隅々まで清掃しました。反対もはずしたところ、こちらはまったく問題あります。同時にヘッドライトのカバーも外し、ゴムシールなども外しクリーンアップ、錆止めを入れておきました。

 そして最後の最後に、エンジンルームの清掃となりました。

 ここまで先週の週末合わせ、都合、10時間余りの作業工数でした。

2020.2.24:ルーチンワーク - 何時もの光景 (昨日の続き)

202002234 Cleanup

 昨日一日では終わらなかったビ筑後の定例クリーアップ作業、本日は2時間ほど費やしました。

 昨日の下回り前半分に続き、今日は下回り後ろ半分の点検、汚れの除去、ワックス入れ、ボルト類の防錆処理を進めました。

 ドラムブレーキを開け、中の目視点検、ダストの除去、そしてドラムに溜まったダストの量をチェック、今回は右後ろの左後ろに比べかなり多めにありました。この差は何なのでしょうか?気になるところです。

 エンジンルームのクリーンアップは次の週末にしました。そしてクリーンアップ最後の作業は外観となります。一番多く人目につくところが最後になるのが当サイトオーナーのコンテッサであります。

2020.2.23:ルーチンワーク - 何時もの光景

20200223 Cleanup

 何時ものように先週の土日 (2月15/16日) のビ筑後の下回りのチェック&クリーンアップです。

 日曜日の本戦は本降りの雨にやられました。一応テントはあるものの車載のもろもろの機材が結構濡れました。本当は帰宅後すぐに外に出し、乾燥させたかったのですが、結果的に1週間後の今日になりました。

 すべてを外に出し今日の良い太陽のもとにさらし、天日干しとなりました。テントなどはまだ湿気がありました。でもさすが太陽です。すぐに乾いたようです。しかし、画像のように実に大量の機材がこの小さなコンテッサに収納されていることは驚きです。

 さて何時ものように、まず、下廻りの汚れ&泥などの拭き掃除、そしてボルト類の防錆処理、その後はワックス掛けとなります。今日は前半分だけで時間が経ってしまいました。後ろ半分&エンジンルームは明日の午前中に作業することにしました。

 クリーンアップと同時に各部のガタや損傷もチェックの対象です。今日はロアボールジョイントの10ミリボルト&ナットのフロント側に緩みがありました。右側で気がつき、結局は同じように左側も緩みがありました。左右同じということはそうなのかと今後要注意です。後はスタビのピローの支点側にブッシュの増し締め (左右) となりました。

 こんなことが結構な時間となります。競技走行後の点検は必須です。特に50年以上前の個体ですから予防メンテナンスが肝となります。これができなくなったらこのクルマを所有する資格は無しと常に考えております。

20200223 Cleanup 1
20200223 Cleanup 2

2022.2.21:東京国立近代美術館工芸館 - 所蔵作品展 パッション20

20200220 KOUGEIKANN 1

 都内北の丸公園の東京国立近代美術館工芸館、”所蔵作品展 パッション20  (20 passions for Crafting Crafts) = 今みておきたい工芸の想い" 展を見学しました。

 昨年発表された石川県への移転、報道によれば地方移転でも "東京国立近代美術館工芸館" とするそうです。現工芸館が所有する美術工芸品の70% (1,900点) 以上は新たな工芸館に移転するそうです。

 都内の一等地での最後の特別展、見納めと思いしみじみと見学しました。

 中でも鍛金造形家 橋本真之氏の作品は圧巻です。工芸館の前の "果樹園 - 果実の中の木もれ陽、木もれ陽の中の果実 (1878-1988) "、さわると数ミリの厚さの鉄板です (下の画像) 。これを人間の腕とハンマーで叩いて創るとは!それも10年以上もの時間、恐れ入ります。

 鍛金は個人的には興味あるもので何時の日かは銅板の四角い自分専用の卵焼きフライパンを作ってみたいな思っていますが、それは少し甘すぎますね。

20200220 KOUGEIKANN 2

2020.2.17:本日のデリバリー - シガーソケット バッテリー電圧/室内温度モニター

20200217 Battery Monitor 1

 バッテリーの新調を機にバッテリーの電圧をリアルタイムに見たいと思い、表記のシガー ソケットに差し込むデジタルモニターを購入しました。

 正確にはエンジンがランニングしてる際の充電電圧と考えます。当サイトオーナーのコンテッサ1300は、マツダのNAロードスターのマニュアルミッション車のオルタネータ に換装しています。よって、レギュレータの制御は、北米使用と同じであれば14.3-14.9ボルト (あるいは14.1-14.7ボルト、欧州仕様) である筈です。*.1 これをリアルタイムに確認をしたいためです。

 また、このモニターは温度センサーもついています。これはケーブルを延長して現代のクルマのように室外温度をモニター出来るようにと目論んでおります。

 とりあえず、エンジンオフでチェックしたら、バッテリーの電圧:13.9ボルト、温度センサーは15.3度を示しました。バッテリーの電圧が13.9ボルトと高めに感じます。おそらく接続しているバッテリーマネージメントシステムの動作状況にもよるものかと思います。

*.1 MAZDA MIATA ENTHUSIAST'S SHOP MANUAL (VELOCE PUBLISHING PLC)

20200217 Battery Monitor 2

2020.2.9:人車共OH中 - トランクフードがロック

20200209 Bonnet Locking

 軽量で薄い材質のトラックフードに換えてみました。

 最初は何にも問題ありませんでした。しかし、あるところでトラブルが発生しました。何とロックしてしまい開きません。

 その日は夕方なので原因究明を諦め、一夜明けたこの日に原因を追及しました。しかし、よく解りません。そこで基本に立って、日野のデーラーノートにあるロックを解除する方法を試みました。デーラーノートにあるようなSSTを作り、画像のように正面左のライトアッシーを外し、そこの隙間から腕を突っ込んでロックを引っ張って解除しようというものです。

 しかし、ロックを引っ張っても反応がありません。さらに考えると、おそらくロックピンが勝手に喰い込んでいるようです。ここまで午前中の時間を費やしてしまいました。

 昼食をとり。頭をクールダウン、午後に入り、いろいろ試行錯誤をして、柔な材質故の歪みと推測、そこで柔さを利用して、揺すって歪ませたらロックは解除されました。

 そこで本当の原因が判明しました。ガソリンタンクの上にLEDのランプを置き忘れてました。硬いフードならば閉まらないので気がつくのですが、柔い材質なので微妙に歪んだ状態で閉まってしまい、その結果、引っ張れられたフロントエンドのロックピンが喰い込んでウンとものスーとも言わなくなったのです。

 もし、これが出先であれば面倒なことになったでしょう。初期の段階で経験してラッキーでした。

2020.2.8:人車共OH中 - ホーンの軽量化

20200208 Knight Horn

 半世紀以上も前の日野純正の今仙電機のKNIGHT HORN、KMH120の重量は、実測でおよそ700グラム、ステーを入れると800グラム越えとなります。それは一つだけですので高音&低音ホーン2つで1.5キログラムぐらいになります。

 画像のもの現代の今仙電機のKNIGHT HORN、KUG-70 (Lo & Hi) は、ステー込みしかも二つで486グラム、何と1/3以下の軽量化です。

 本来ならば如何なる場合でもオリジナルを使用すべきですが、この際、同じKNIGHT HORNに免じてこの超軽量な現代のKNIGHT HORNを活用することにしました。音量も音質も遜色のないものです。音量についてはおそらくこちらの方が強力に感じます。

 なお、このKNIGHT HORN、KUG-70はマツダ車に使用されているものです。

2020.2.6:本日のデリバリー - バッテリーのB端子アダプター

20200206 Battery Term

 二輪などの小型のバッテリーの平形端子を4輪車のバッテリーのB端子に変換するアダプターです。

 最初は平形端子に今ついているクリップ式端子をどう簡単に接続するか悩みました。

 平形は6ミリの穴なのでそれはそれでボルト締めして済むことです。しかし、問題は配線として同じインターフェースにならないことです。

 それは何を意味するかと、つまり二輪小型バッテリーと4輪車用バッテリーを入れ替える際に一手間かかってしまうのです。

 それならば、"フォーム・フィット・ファンクション" に沿って、二輪小型バッテリーを4輪車用バッテリーと同じ端子にしてしまえば済むことです。

 世の中は便利なもので、ネットで検索をすると何種類も出てきました。同じことを考えている人が実に大勢いました。早速、注文、直ぐにデリバリーされました。先達に感謝です!ありがとうございました。

2020.2.4:旧車 DE ジムカーナ - タイヤの選択 “トレッドウェア”

20200117 Treadwear 400

 2020年度のビ筑のレギュレーションによると、タイヤハンディに今までのSタイヤやハイグリップラジアルの加算 (秒数をプラス) に加えて減算が加わりました。それは0.5秒と小さな値であるもの参加者として歓迎するものです。しかし、それはトレードオフであり、正にたかが、されどの世界です。

 この恩恵の受けるの一般には聞き慣れない "UTQG" の “トレッドウェア” の値が280以上のタイヤが対象になるそうです。ビ筑ではその表示がタイヤに明確に刻印されていることが条件だそうです。

 UTQGはアメリカ合衆国運輸省で定められた"Uniform Tire Quality Grading"、訳すと "統一タイヤ品質基準値" 、要は消費者がタイヤを選択する際の目安となる共通データをタイヤメーカーが提供するものです。それは摩耗性を表すトレッドウェア、ブレーキのトラクション (AA、A、B、C) 、そして高速の熱の性能の温度 (A、B、C) 、これらの実際のテスト走行 (7200マイル) に基づく評価値だそうです。

 ここで問題のトレッドウェアは、具体的には100のタイヤに比べて200のタイヤは2倍摩耗しない、すなわち硬いというとです。米国の販売店のデータを見ると500とか600は当たり前のようです。やはり毎日がクルマの国で減りについてはシビアなようです。400もあればかなりグリップ指向のタイヤにも見えてきます。

20200204 Drag Tires

 トレッドウェアの値が小さいからと言って走りでのグリップがいいのかというとそうでもないようでタイヤ全体の構造が大きく影響するようです。それはタイヤメーカーの目的に応じた味付け、つまりタイヤ全体の設計なのです。しかし、値が小さければそれだけ柔らかい (溶けやすい?粘っこい?) ので粘着力はあるのは明白です。でも横剛性がなければドラッグレースのタイヤのように単にまっすぐ走るだけの性能かも知れません。

 今回のUTQGトレッドウェア280以上の対応については、すでに多くのジムカーナ で取り入れられていることがネットでチェックすると判明しました。このトレンドに沿って、ビ筑も適用となったようです。

 さてビ筑に参戦している本当に旧いクルマにとってタイヤの選択は至難の技です。市場でそれなりのタイヤは最低でも15インチ以上、あるいは16インチ以上が当たり前です。それも旧いクルマの足に酷な幅が広いものばかりです。

 60年代のクルマは多くが145とか155あたり、しかも12インチ、13インチ、まれに14インチが常識でした。今ではそのようなサイズで高性能タイヤは存在しません。

 そこで旧いクルマに使えそうなタイヤのトレッドウェアの値をリサーチしてみました。条件は13/14インチ、185が最大幅、扁平率は最大で60あたりになります。以下のようです:

 表の頭のミシュランは自分で使用中なのでタイヤの刻印で直ぐに判りました。しかし、多くのタイヤは公表値がないので、メーカーに質問してみました。グッドイヤーブリジストンは国内向け販売は表記義務なしとの返事でした。グッドイヤーに至っては正直にもテストはしてないとのことでした。それに反して、ナンカンヨコハマトーヨーは回答をいただきました。ただ、それらは表のようですがタイヤに刻印されているかは聞きませんでした。

20200204 Treadwear 0 18.35.40

 これらのデータから見て面白いことがわかります:

  • 280以上の0.5秒のハンディをもらうなら、300の数値で今では旧くなった (?) KAISER KR20や最近発売のBluEarth-GT AE51があるのだと、横剛性を目指した新しいAE51も試す価値がありそう。
  • ミシュランの省エネタイヤ、Energy Saverも なりものいりのADVAN HF Type Dも同じ400、ミシュランが硬いと思ったらそうでもなさそう、なるほど一度、浅間台で走ったら結構削れるタイヤだった!ADVAN HF Type D、よく考えた設計と、なぜならトレッドパターンはグリップしそうに見えるが実は400、旧いクルマには優しそうに思える設計なのかも。使ってみたい、しかし価格が大問題、KAISER KR20が数倍のコストなのだ!
  • 凄い!、ナンカンAR-180!それでもってスリックみたいなデザイン、これはレーシングタイヤ?これもあり?いやこんなのを履いたら旧いクルマはどうなのでしょう?この辺の数値 (80〜120) のタイヤたちは次元が違いすぎで論外!言葉を代えれば同じ土俵では走れないということでしょう。

 以上のようです。

 最後に、自分はどうしたいのか?です。

 実はBRIDGESTONE Playz PXⅡの数値を期待したのですがダメなようです。このタイヤは横剛性を高めたものでパターンも良いし、今回のタイヤハンディに関わらず次のタイヤの候補に入れてました。表に入れた155/80R13が魅力で、これならタイヤ以上に非力なコンテッサのパワーが勝り少しコントロールが面白くなると思ったからです。またホイールとの組み合わせで4本合計で15 kig以上もの重量軽減が可能なことも大いなる魅力です。

 類似市場を狙っと思われるAE51300なのでひょっとしたらPlayz PXⅡも似たような数字かもと推測します。ブリジストンも保守的にならないで世界のトップメーカーとして日本の諸費者への啓蒙でぜひUTQGを公表&刻印してもらいたいものです。

 旧車には優しいトレッドウェア 280以上、トレードオフ、ハンディ0.5秒のたかが、されどの話です。今後も旧車を長く楽しむためにも興味をもって考えたいと思います。

 以下にここで取り上げたタイヤのイメージを載せておきます (トレッドウェア 順) 。

20200204 400 MICHELIN Energy Saver
20200204 400 YOKOHAMA ADVAN HF TypeD
20200204 300 YOKOHAMA BluEarth-GT AE51
20200204 300 KENDA KR20
20200204 120 Nankang NS-2R
20200204 100 TOYO PROXES R888R
20200204 080 Nankang AR-1
20200204 ??? BRIDGESTONE Playz PXⅡ


2020.2.1:人車共OH中 - ルーカス バックアップランプ

20200201 Lucas Backup Lamp

 早いもので今日は2月です。今朝は結構冷え込んだものの太陽がある日中は非常に良い陽気でした。立春も目の前です。これからは陽も伸び、暖かくなることを期待します。

 今日は、先般、外した前後のバンパーをきれいに磨き、特に裏側の手の届かない複雑な作りの部分の汚れを取り除きました。

 フロントは結構手が入るのでそんなに目立った汚れはありません。しかし、手の入らないリヤのサイドは結構な汚れとなっていました。街乗りでない競技走行独特の油分が入った汚れです。これは仕方ありません。

 さて、当分、バンパーレスになるのでバックアップの取り付けをしました。画像のような結果です。これ自体は2013年の公道復帰以前に制作していたものです。手持ちにあったルーカスのランプです。それもガラス製です。電球は標準の23Wに変え27Wを入れました。

 今では使わないクランクハンドルのところに入れたものです。結構、この光景は気に入っています。

2020.1 (睦月・むつき)


20201.30:人車共OH中 - 今年は初心に戻って化粧直し (続)

20200130 Contessa OH 2

 昨日、今日と4月並みの陽気でとても暖かい日でした・折角ですか午後の2時間程度をコンテッサをケアしました。

 一つはリヤのバンパー取り外しに続き、フロントを外してみました (右の画像) 。

 やはり、この顔の方が個人的には気にっています。ヤワなコンテツが精悍に見えます。オイルクーラーの空気の取り入れ口も明確に見え、何か生き物のように見えます。この前面マスクの下部も結構、雑の処理してあるのできれいにしてやる必要があります。

 当分、この状態にしますのでナンバーなども新たにどこかに取り付けねばなりません。コンテッサ1300クーペの純正の証しのImasenKnight Hornも使えませんの新たな手段を考えねばなりません。やること多しです。

 以下の画像は30数年も前の筑波サーキットでの我がコンテツです。バンパーレスの気に入っている思い出のワンショットです。

20200130 Contessa OH 1 copy

2020.1.26:本日のデリバリー - NGK BP8ES

20200126 NGK BP8ES

 2月に入ると、ビ筑のシリーズ戦の幕開けです。今年もコンテッサ1300を走らせるために人車共に体力維持をめざして出走を計画しています。

 エンジンの製作もなかなか進まず遅れていますが、シリーズ戦は待ってはくれません。とにかくできることはやろうと、その一つ、昨年の最終戦の練習会で試したプラクの選択です。

 その際は30年ものの旧い8番のプラグを試し、効果ありと判断しました。今回は新品のフレッシュな8番を試そうとNGK BP8ESを入手しました。

 本当は11が良いですがBP8ESにが無いようでノーマルな形状です。試すの楽しみです。

2020.1.25:本日のデリバリー - フロントウインドウグラス

20200125 Front Window

 先日、ヤフオクをみましたらコンテッサクーペの前後のウインドウグラスが出品されていました。

 一昨年、オーストラリア・パース市のコンテッサのオーナーにクーペのフロントウインドウを送りました。しかし、残念ながら輸送途中に粉々に割れてしまいました

 そこで再チャレンジするかと合意の上、入札しました。運良く、競合なく落札できました。

 この日に送られてきました。出品者はプロの業者でしょうか、専用のボックスに綺麗に梱包されていたことに驚きました。

 さて、これから再度、チャレンジもオーストラリアへの発送を進めねばなりません。

2020.1.25:人車共OH中 - 今年は初心に戻って化粧直し

20200125 refurbish Paint 3

 思い立ったらすぐ実行、即断、即決、早とちりかも知れません。でも残された時間はない!2013年10月に公道復帰した際に出来なかったことの一つを今年の目標として進めることにしました。それは外観のスカート部分のペインティングをちゃんとすることです。

 この部分は25年前の塗装の際に完全に下地をだしてなく、その後、自分で下回りの塗装を施した際の雑さから外回りに塗装が飛んだり、マスキンした跡が残ってしましいました。この際、ここをリファービッシュにチャレンジします。おそらく塗料は気候が暖かくなってからでしょう。

 まずはリヤのバンパー外し、一般的には手間取るボルト類は緩めれば後はすんなりと手回しでスムーズに外すことが出来ました。これは朗報です。また、バンパー裏面、錆止めを入れたおかげでしょうか、サビの発生はしてないようです。ただ、よごれは結構あります。通常のクリーンアップでは難しい部分なので仕方ありません。メッキをしたバンパーステーは正解でここもサビフリーでした。

 実は2013年公道復帰の際、バンパーレスのコンテッサを目論んでいました。理由は二つ、一つはまだ使ってなかったメッキをしたバンパーステーがあったので使ってみたい、二つ目はバンパーのサイド部分がもう無いと思っていたのが物置にまだあったので、結果的にバンパーを入れることにしました。

 ここでバンパーのない光景を見ると、再度、やはりこれが良いなと思うものです。

20200125 refurbish Paint 1

2020.1.25:人車共OH中 - 愛車、メガーヌ お前もか!

20200125 Megane 0

 昨日、金曜日 (1/24) の朝のことです。所用で外出にメガーヌ号のエンジンをオンしました。ブルルーンと1〜2秒回るもののすぐにストールしました。何度か繰り返すものの同じでした。

 2万キロも走ってなかった中古を購入、目下、ようやく3万キロを超えました。何と月平均400キロ余りの少なさです。前オーナーもおそらく300km/月と推測。乗らないのもバッテリーによくないのかなと思うものです。

 そういえば、Low battery のワーニングも出てました。これはバッテリーが逝ったかと推測、とりあえず、充電器を持ち出し、充電をしました。数分後、そのワーニングも消えました。

 その後、システムは正常になったようで、エンジンは一発で始動しました。ただ、Chargingのワーニングがでました。それはそれで問題ないので、30分くらいそのままアイドリングし続けました。知らない間にChargingのワーニングは消えていました。

 所用を済ませ、帰宅して、早速、バッテリー交換のためにググって最適なものを探しました。そして注文したのが、『VARTA バッテリー 577-400-078 E44 ドイツ製 バルタ シルバーダイナミック 577400078 輸入車用バッテリー 回収付き 長期保証 送料込み』でした。自分的にもっとも信頼もある『VARTA』です。(VART適合表)

 注文から24時間後に我が家に到着しました。早速、取付け、やはり新しいバッテリーは始動が力強いなと感じました。レーシングをしてもパンチがあるようで、でもそれは誰しもが思うプラシーボ効果かもしれません。いずれにしても万事オーライです。

 今まで使用いていたバッテリーを見るとサイズ違いのようでワンサイズ小さいものがついていました。これは前オーナーがやはり一度交換したのかと推測するものです。こういうサイズ違いのものを入れることがあるのだと思うものの、これはある種の判断で正しいのかと思います。

 新しいバッテリーにして、とりあえず、OBDII のエラーコードを診断しました。エラーコードは無しでした。実は昨日のエンジンがかからないときは、エラーコードが一つでてました。それは排気センサーかなんかだったと思います。そのようなものが無くなり、安心をしました。

 さて、コンテッサにも使用している『VARTA (55B19 (Blue Dynamics, 36Ah, CCA 410A)』、2013年以来、すでに6年半になります (末尾の画像) 。ここのところ毎年、冬が越せるかなと心配、そろそろPreventive Maintenance (事前予防保守) の対策が必要かもしれません。

 以下に便利なOBDIIのiPhone上のDashCommandの画面含め参考画像を載せておきました。

【左が今まで入っていたドイツ製MOLL、右が新しいVARTA、容量も大きさに比例して違う!】

20200125 Megane 1


【当然の事ながら適正サイズのVARTA、ドンピシャと収まる。以前のMOLLは左右と高さに隙間があった。】

20200125 Megane 2


DashCmmandのオープン画面】

20200125 Megane 3


DashCmmandの診断情報、エラー検出はゼロ。ここでクリアもできる】

20200125 Megane 4


DashCmmandの機能例:点火タイミングがリアルタイムで見える、インテークマニフォールドの圧力/温度やクーラントの温度も!

20200125 Megane 5


コンテッサに搭載のVARTA 55B19 バッテリー、すでに6年半余り経過、今までの最強バッテリー

20200125 Megane 6


2020.1.21:人車共OH中 - MacBook、Catalina、1週間を経て

20200121 Catalina

 MacBookの最新OS "Catalina (10.15.2)" にバージョンアップにしてようやく使い方に馴れて (馴らされてか?) 来ました。

 Canon 9000F対策としてHarmrik Software社のVueScanしかないと大枚をはたいてProfessional版を購入しました。簡易的にはOSXに付属のImage Captureで9000Fも何もしないでスキャンできるので良いかなと思いテストしました。これはこれで実にお手軽で使うには大変便利です。しかし、”でも" という判断のVueScanでした。若干、おかしな部分があるので問合せをしています。

 CatalinaのPreview機能でPrintのPDFが使えないと、標準のPDFも使えない、PostScriptも使えない、さらに最も使っていたAdobe PDFも使えないと全くダメなエラー状態でした。最初はAdobe側の機能を疑ったのですが、ネットでわかったことは、Apple社はCatalinaをリリース以来、この機能が使えない、すなわちバグが解決されてないということでした。海外のディスカッションルームでApple社にこの問題を訴えるべき専用ページまでありました。いずれバグフィックスされることを期待しるしかありません。その内、解決するでしょう。

 Parallele Desktop、これはあまり使う機会がないアプリです。でも、仕方なくWindowsのアプリを使う際に必須のアイテムです。今回、動作チェックをしたら、"Catalina" に沿った新しい Version 15へのバージョンアップの案内が表示されました。今までの購入版に比べて、年間200円くらい安い、Best Offerと銘打ったParallels Desktop for Mac Pro Edition Upgrade (1 Year) サブスクリプション版に切り替えてしまいました。およそ5,000円の投資となりました。

 CADのFusion 360は、やはり、一度、Dockの中のFusionが使えない記号 (進入禁止のような) がオーバーレイされて使えないことがありました。もう一度、Dockにセットし直して動いています。これは要ウオッチ、ネットでもうちょっとチェックする必要がありようです。

 その他、iOSとの親和性は当然のことながら良くなったようです。また、起動速度は若干遅くなったかなと、これはOSXの毎度のことです。これ以外に時折、前より時間が喰ってるなと思わせる場面もあります。これは仕方ないことです。それから日本語の入力方法が微妙に変わったかなと思い、新しい方法に合わせるべく手の動きを微調整をしてます。

 今後は、"Catalina" の良いところを勉強して新しいエクスペリエンスを期待したと思います。

2020.1.17:人車共OH中 - MacBook、Catalinaの結末は?

20200117 Catalina FileMaker 18

 最新版のOS、macOS 10.15 Catalina、リファインされたあるいはiOSと互換性のあるユーザーインターフェイスは大変満足しています。

 予想通り、かなりのアプリケーションが32bitバイナリーが取り除かれたことで動作しないものがありました。多くは日常の作業には支障をきたさいアプリなので後々必要であれば同等なものを探すことにしましょう。不要なものを捨てる良い機会です。

 iOSとの互換性で少々不便があった Keynote/Pages/Nuumbers は最新版が使えるようになりました。既存のデータも問題なく使えました。

 MicrosoftのOfficeのWord/Excel/Powerpoint、これも問題なく動作、皮肉なことにここ長い間MS社のアプリがもっとも安定しています。

 完全に使えないのがFileMaker、Catalinaは少し旧いFileMaker Pro 13は死んだようなもので、早速。Amazonに最新版のFileMaker Pro 13 Advancedを注文、18時間後の本日、デリバリーされました。インストール、そしてデータベースは問題なく何もすることなく使用することができました。これには驚き、以前の6->13の際は面倒なことをした記憶があります。これはGood Newsであり、またAdvanced一本に統一され新しい機能も利用してみたいと感じました。

 しかし、Version 6以降、コスパでやめていたアップグレード、そのために数年に一度の新規購入の出費は安くありません。今回もAmazonで若干安いですがそれでも税込み6万越えの出費であります。これをどうリカバーするかが課題です!でもClaris社の価格政策がグローバルになったようで、米国価格がUS$540、日本での価格が57,800円と同一、これでやっとグローバル製品になったと、以前は日本国内の販売価格だけヤケに高価だったことを考えると大変な進歩です。事実として何年も前から英語版を購入しても日本語も使えたのです。今回、国内で購入したものも自分の英語版のCatalina上ではFileMakerは英語版のメッセージ、しかしデータの日本語はちゃんと機能します。これで良いのです!

 プリンタ&スキャナに使っているキヤノン製品ですが、インクジェットプリンターは全く問題なし、しかし、カラーレーザーは動かなくなりました。このカラーレーザープリンターのソフトは以前から日本語でのダウンロードのソフトウェアは英語版のOSXでは拒否されました。そこで英国キヤノンのダウンロードサイトから入手してました。もちろん、それで印刷の日本語は何の問題もありません。

 今回も同様に英国サイトから最新版をダウンロード、これでオーケーになりました。しかし、なんど日本語のマニュアルやメッセージも切り替えでインストールできるようです。逆に日本のキヤノンのサイトをみると日本語、英語の両方がゲットできるようになっていました。この点でさすがのキヤノンもやっとグローバルになったのかと感じました。FileMaker同様にそれなりに進歩したようです。

 問題はキヤノンのフラットベッドスキャナ 9000Fです。これのドライバ&アプリは完全にOut of Dateでした。まったく同じ見てくれの現行販売の9000F Mark IIはちゃんとCatalinaをサポートしているのです。発売開始後、10年も経てない製品にサポート無し!これは販売停止後10年後にしてもらいたいと思うものです。少なくとも素人目に旧型の9000Fも2016年の発売の9000F Mark IIのハード上の機能は変わらないように見えるのです!9000F Mark IIは統合アプリに対応とあるので、おそらくソフトウェアのコントロールだけでまだ使えるキヤノンの製品 9000Fを抹殺したと推測します。

 しかし、ネットを検索すると、救世主もいました。Harmrik Software社のVueScanというスキャナアプリの専業メーカーのアプリ&ドライバです。何と、世界のスキャナーのほとんどのものをサポートしているのです。それもホームユースから大型の業務用に及び、さらにかなり旧いものも含まれています。キヤノンだけをみれば20年くらい前に使っていた製品もありました。なるほど、世界の名だたる大手企業で利用されていることがうなずけます。

 早速、テストのダウンロード、何と自分の9000Fも何の設定をすることなく、自動的に検出して動作しました。これは使える、使わねばと思うものです。キヤノンの専用アプリと違って特化したおまかせ便利機能はありませんが、とにもかくにも普通に使えることです。しかも、パラメタの設定はかなりプロユースのレベルまであります。

 今後はこのVueScanに委ねることになりそうです。ユーザー登録は使える機能が含まれているProfessionak EditionUS$89.95 (期間割引?) で約1万円、これは大きな出費です。あまり考えても仕方なさそう、従うしかなさそうです。少なくとも新たに同じ程度の機能でしかない現行の9000F Mark IIを購入するよりは破格のコストです!ハードを増やしてもモノが増えるだけ、つまりキヤノンへのロイヤリティは減るだけ、残念ながらそれだけです。

 その他、重要なソフト、WEBデザインのSandvox、これももちろんオーケー、さすがMAC専業メーカーです。そしてやや問題含みで不安をかかえているのCADのautodeskのFusion 360です。これはネットで、Catalinaに移行したら動作しなくなったとか語られているものです。自分のもアイコンがなくなったり、動いてもエラーでダウンしたり、よくわかりません。とりあえず、しばらく使ってみて様子見です。なにしろ、支払済の3年間のSAサブスクリプションは安くありません!

 以上のようで、Catalinaに移行して3日目に何とか動き始めました。確かに期待通りのユーザーインターフェイスは気持ちがよいです。毎日が楽しみです!

2020.1.15:人車共OH中 - MacBook、Catalinaにアップグレード

20200115 Catalina

 愛機 MacBook Pro もバッテリー交換でリフレッシュされ外観も実にきれいになりました。その勢いでしょうか懸案のOSのアップグレードを決意しました。

 最後にしたのが2年以上前でmacOS 10.12 Sierra、OSは何時も最新版は避けて一つ前のバージョンを使用するというのがリスクを避けた自分の経験則でした。また、OSのアップグレードはソフトウェアの互換性に大きな問題が発生します。いつもクリーンインストールをして再度アプリをインストールします。結果的にOSのアップグレード作業には数日を要し、5月の連休、8月のお盆、あるいは暮れ&正月の休みの間がその機会でありました。

 今回はMacBook Proもリフレッシュしたし、この際やろうと決意しました。また、SSDなのでHDのようにフラグメンテーションの問題もないだろうとクリーンインストールは今回実施せず次の機会としました。

 今回は最新版のmacOS 10.15 Catalinaに一気に移行を決意、理由はiPhoneやiPadの関連性を考えてのことです。画面&操作のインターフェイスの互換性に不便を感じていました。これもAppleの戦略なのかと思いつつ身を任せることとしました。

 アップグレードのインストール自体は1時間あまりで完了、早速、新しいCatalinaの画面が現れました。さて、その結果はどうだったでしょうか?

2020.1.14:人車共OH中 - 愛機、MacBook お前もか!

20200107 macbook before

 実は日常の最大の道具、愛機MacBook Pro が1年くらい前から病を囲っていました。それはリチウムバッテリーの膨張です。

20200113 macbook AAfter

 自宅のオフィスではサンダーボルトディスプレイを使ってますのでMacBookは立てかけてあるので問題に気付いていませんでした。外出でテーブルなどの上に置くと、安定しないことが発覚しました。よくみると裏面の中央あたりが膨らんでいました。ついに来たかと、これは初めての経験でないので冷静に受け止めていました。

 最近ではそれも顕著になり、大分ガタガタを揺れる状態、キーボードをたたくリズムも崩れてしまいます。以前の機種で経験したトラックパッドの動きがおかしくなるとか裏面の膨張がついにはキーボードにも影響がでるのも時間の問題となると予測しました。(画像のBefore)

 そこで銀座のアップルストアに出向き、相談をしました。結果的にバッテリー交換、時間は5日程度と、もちろん有料です。毎日、使用しているもので部品が手配されてから持ち込むことしました。

 そして、無事、修理が完了し、戻ってきました。なるほど、歪みは見事に直っていました (画像のAfter) 。バッテリーのサイクルカウントも1になっていました。おまけに全体がきれいにクリーンアップされて新品見たいになっていたことには驚きとともにうれしくなりました。これでまだまだ使おうと愛着が増してきました。

2020.1.5:人車共OH中 - クランクシャフトの修復

20200105Crank Polish

 昨年の11月末以来、トライしているクランクシャフトの修復です。

 三が日が明けた昨日&今日はカウンターウエイトなど鋳鉄の地肌の部分を綺麗にすべく進めました。

 この目的は私見ですが、荒い肌を取り除き、応力の分布を綺麗にする、オイルの流れをよくすると考えます。そして二次的効果としておそらくエンジンのメカニカルサウンドを良くする、例えば、フェラーリなんかのサウンドが良い例です。

 #120のサンドペーパーでおよそ4時間かかりました。おそらく、もう2ラウンドやるとより綺麗な滑らかな仕上りになると推測します。簡単にはサンダーの方が良いのでしょうが素人故の削り過ぎやジャーナル面へのダメージのリスクがあるので、地道の方法で進めます。

 最終的にこのクランクはジャーナル面の傷みがあるので内燃機屋で補修しなければなりません。結果としてダメの宣告を受けるかもしれませんがとりあえず、自分が納得するものにして内燃機屋に持ち込みたいと思います。

2019.12 師走 (しわす)


2019.12.31:筑波詣で - 恒例の朝日峠に参上

20191231 Tsukuba Asahi Pass

 今年も年の納めとして恒例も筑波山にやってきました。最近は寒い早朝を避け、自宅を午前10時近くに出ました。何時もの常磐高速経由で1時間程度で目的の朝日峠に到着しました。

 現地は画像のごとく紺碧の空でした。

 この日は実に温暖でいつもの寒い思いをすることなくこの日だけの再会の既知の皆さん、あるいは初めてお会いする方、とりとめのないクルマ談義に終始しました。自分の年齢からすれば一回り以上、あるいは三回りも若い皆さんをとしが弾みました。

 いつものロータス7の大軍団、そしてこの日はスカイラインR31やR32を多くみかました。最近の旧車雑誌のようにやはり世の中はスカイラインありきなのかとも思いました。しかし、皆さん、若い方ですが綺麗にしてジェントルに乗られているようで好感がもてました。

 この日のハイライトはおそらくそのまんまのいすゞ117でした。中年のご夫婦でもう30年以上これ1台だけを乗っているそうです。丸目のヘッドライトは昔ながらのシールドビームでした。ボデーのラインがきれいでおそらく板金もないようで大変良い個体を見させていただきました。

 最後に皆さんに感謝、来年のこの日には会いましょうと別れました。

2019.12.30:FIVA - クラッシックカーの電動化にメスを入れる!

20191230 MG EV

 少し前の12月16日 (月) 、ロサンゼルス空港を降り立ってレンタカーを手にして近郊のホテルに向かう途中でした。梱包材料を購入するために立ち寄ったショップの駐車場で画像のような綺麗な米国仕様のMGBを発見しました。よく見ると何かが違う、ライセンスプレートに “LOVE EV” で判りました。EV化したクラシックカーでした。しかし綺麗に改造するものだとしげしげと眺めました。

 その直後に書店で “CLASSIC & SPORTS CAR” に最新号を購入しました。そこにはなんと “FIVA pulls plug on conversions” 、”FIVAはコンバージョンのプラグを引きぬく” とでも理解、すなわちクラシックカーのEV改造を支持しないということです。もし改造したいならば必ず元に戻せる手段を取れとも書いてあります。

 FIVA(FédérationInternationale desVéhiculesAnciens - 歴史的な車両の国際連盟)は、歴史的な車両の保存、保護、促進を専門とする組織として、所有者や規制当局に対して、歴史的な車両のパワートレインに代わる最新のEVコンポーネント (モーターとバッテリー) の使用を促進できないということです。

 この意見は賛成であります。個人的には好きなクラシックカーをEVで乗りたいないう欲求はありますが。。。


2019.12.29:これは便利、ハンディ・ウルトラブライト・ハンズフリー・コードレス作業灯

20191229+Ultra Brite LED

 エル・セグンドに滞在の最後の晩、近くのホームセンター、Home Depotを徘徊中、発見したのがこのULTRA-BRIGHT Cordless Light! - HANDY BRITE, Quick & Easy Light… ANYWHEREでした。

 LEDの明るさが500ルーメン (40ワット強相当) とあります。価格は、米国$10弱です。これは買わない手はないとすぐにバケットに入れました。

 コンテッサのトランクに2〜3のLEDライトを目的に応じて入れてます。しかし、これも便利と。。。そしてスタイルが良い、ガレージのランプと同じようなデザイン、しかもコードレス、これ以上のものはありません。

2019.12.23: 中途半端でないX’masイルミネーション @El Segundo, CA

20191223 El Segundo Xmas

 エル・セグンドに滞在に1週間、最後の晩にとんでもない光景に出会いました。

 日も暮れた夕方にウオーキングを時々して、目にしていたのが日本と感覚の違うX’masのイルミネーションです。この小さなタウンは古き良きアメリカの住宅街と思わせるイルミネーションがそれぞれの家の窓越しあるいは庭先や玄関先に慎ましく飾ってあります。まさにハッピーホリデジシーズンシーズンズグリーティングの季節を思わせる光景です。

 そんなことを感じて徘徊している中、この日、Center St. & Acacia Ave. の一角でとても派手なイルミネーションに出会いました。その Acacia Ave.のワンブロックがディズニーランドの電飾パレードのようになっているのです。入り口ではパトカーも駐車、おそらくこのタウンのローカルの皆さんがそれを楽しむかのように家族連れで散歩をしているのです。子供達は歌を口ずさみながら楽しんでいます。これもありかなと思うとてもド派手なものでした。このタウンの中の季節の名物風物詩のようです。

 以下にいくつか、スライド形式で画像を入れました:

20191223_El_Segundo_Xma_420191223_El_Segundo_Xma_820191223_El_Segundo_Xma_320191223_El_Segundo_Xma_520191223_El_Segundo_Xma_720191223_El_Segundo_Xma_220191223_El_Segundo_Xma_620191223_El_Segundo_Xmas_1

2019.12.22: Automobile Driving Museum @El Segundo, CA

20191222 El Segundo ADM

 個人的な所用で長年訪問してきたLAX (ロサンゼル空港) 南に隣接するEl Segundo (エル・セグンド市) 、小さなタウンですが航空機産業など歴史的にテクノロジータウンでもあります。

 そのために50〜60年代からレーシングカー産業のメッカでもありました。日野コンテッサのBREもこの地にあり、ボクのコンテッサも言わば。”Made in El Segundo” です。”The SAMURAI” もこの地で誕生しました。その後のBRE Datsun 510 & 240Zに続きました。

 最初に訪れたのが70年台の当時のTilton Engineering (オーナーのMac TiltonさんはDatsun時代のBREの従業員) でした。そこでは当時のF1テクノロジーと同じ材質のコンテッサ用のワンオフのクラッチなどが残っており譲っていただきました。

 そんな時代から知っていたエル・セグンド市ですが、最近、勉強したのが表題のAutomobile Driving Museumでした。今回、初めて見学をしました。

 ここのポリシーの凄いのは各車に乗り込んでよいことです (ごく一部を除く) 。そのガイドラインには、無理は操作はしないこと、エンジンはスタートさせないこと、ドアなど無理に押して閉じないこと、閉まらないならそのままにしておけ、と解釈するものです。

 滅多にドライバーズシートに座れないMG TD、MGA、Moganの3輪車、1932 Buick 90、Ford Model T、CROSLEV、AVANTI、CORVAIR、その他多数、クラッチ、ブレーキ、そしてミッションの感触など味わうことができました。でも自分がドライブできそうに感じたのはCORVAIRだけでした。おそらくコンテッサと似たポジションなのかもと思いました。

 小さなタウンの自動車博物館ですが建物内部もクリーン&清潔でクルマも綺麗にメンテされており、ライブラリーなどは何千冊もの所蔵があり、レーシングヒストリーなども探索にはもってこいです。この小さなタウンの文化の奥の深さを感じました。

2019.12.21: Autobooks - Aerobooks @Burbank, CA

20191221 SCG

 今週は人生の終活の作業のためにここ4日間、とあるところで片付け&力仕事でした。6月の際のアクシデントのリベンジであります。

 なんとか決めた予定通りにコトは進み一応区切りがつきました。土曜日のこの日は、久しぶりにバーバンク (Burbank, CA) の自動車専門 (正確には飛行機も多少あり) の本屋、Autobooks - Aerobooks に伺いした。ここはもう確か40年ぐらい通っていると思います。

 もう年齢が年齢ですのであらたな貴重な書籍を探そうという気力はありません。そんな中で発見したのが1961年6月のSCG (SPORTS CAR GRAPHIC) 、ALFA ROMEO 1300のレーシングチューンが記載されてます。もう一つが同じSCGの1962年12月号でSCARABO-BUICKがフィーチャーされてます。共にボクにとっては興味のあるものです。共に5ドル/冊、実にリーズナブルでした。

 ぶらっと寄って、こんなものが手にするとは実に幸せを感じました。神様からのここ4日間の労働のご褒美かもしれません。

2019.12.16:本日のデリバリー - 旧いSCGマガジン

20191216 SCG 196301

 米国のSCG - SPORTS CAR GRAPHIC誌です。旧い1964年1月号です。このサイト (Sports Car Graphic Magazine Covers 1961 to 1971)  によると1961年に創刊、1971年まで出版されたようです。

 1970年台後半、南カリフォルニアに長期滞在した際に古本屋で気に入った号をつつましく購入してました。またそれを知った仕事先の仲間が自宅にあるのを “キミにあげるヨ” と、ドンとダンボールに入れて何十冊もいただきました。

 この号は手元になく2〜3週間前、たまたまeBayで発見、落札し、この日にデリバリーされました。目的は冒頭にある “200HP CORVAIR GENIE” です。これはおそらく1台のみの生産で終わってしまったレーサーです。

 手にしてみると、ASA 1000GTBMW 700 SportsCooper Formula 11962 Paris ShowTriumph Spitfire 4Lotus Elan などの特集で実に興味津々です。また米国GPの幾つか報告されておりこれまた貴重なヒストリーの探索となります。

 “CORVAIR GENIE” については、何故かを含めて別の機会に書きましょう。

 蛇足ですが、現在のネコではない1960年代のベースボール・マガジン社の元祖CARマガジン誌はある時期からこのSCGの影響を明らかに受けたのではないかと分析します。

2019.12.14:ホームページトップ - “The 船橋"

 当サイトのスライド画像をMX5ロードスターからコンテッサ1300の旧いレーシングシーンに替えてみました。MX5の画像は自分がドライブした際の気に入ったシーンを載せてました。他に多くあるのですが、ここでコンテッサ1300の気に入った画像を載せる決意をしました。

 今回、”The Funabashi” としてまとめたのは正に当時の船橋サーキット (自分はリアルタイムでは現場をみてない) でコンテッサ1300がもっともカッコよくみえるシーンです。いずれも当時のオートスポーツ誌やカーマガジン誌 (現代の同名の雑誌とは関係ない、こちらがオリジナル!) からのものです。

 どれもこれも満身創痍のような雰囲気が素敵です!

20191215 The Fanabashi 1

AUTO SPORT、1966年5月号
全日本レーシング・ドライバー選手権第一戦 (1966年3月21日) のスポーツマンクラス。
どれもこれもコンテッサばかりでワンメーク・レースのようです。
一番手の68の尾崎選手のクーペ米国ホフカー・エンジニアリング (Huffaker Engineering) 

Genie Corvair パターンの特性アルミホイールが使われてます。

残念ながらこのクラスは、JAFの記録にありません。しかし、メインレースの
ツーリングカークラスには山西選手ほかがクラス一位として記録されてます:
http://www.jaf.or.jp/CGI/msports/results/n-race/detail-result.cgi?race_id=1620&window_flg=1

20191215 The Fanabashi 2

CAR MAGAZINE、1966年3月号
全日本自動車クラブ対抗レース大会 (1967年1月15日) の
コンテッサ1300クーペと日野レーシングの立役者のダンハム選手の雄姿です。
このクーペは1966年10月末の米国のL.A.Times GPのセダンレースで
打倒 “MINI” を目指してクラス優勝した個体です。
その凱旋帰国としての緒戦です。ここでも宿敵 “MINI” を打ち破り見事優勝となりました。
http://www.jaf.or.jp/CGI/msports/results/n-race/detail-result.cgi?race_id=1635&window_flg=1

20191215 The Fanabashi 3

AUTO SPORT、1967年5月号
全日本スポーツカーレース船橋大会 (1967年3月19日) の全日本ツーリンカークラス。
画像のコンテッサは尾崎選手と解説にあります。カラーリングがかっこいい、すごい!
この日は三台のコンテッサがエントリー、山西選手が優勝しました。
http://www.jaf.or.jp/CGI/msports/results/n-race/detail-result.cgi?race_id=1644&window_flg=1 

20191215 The Fanabashi 4

AUTO SPORT、1967年5月号
19670402_第7回クラブマンレース船橋大会の全日本ツーリングカークラス。
4台のコンテッサが出走しました。トップに見えるコンテッサのテーピングが壮絶!
http://www.jaf.or.jp/CGI/msports/results/n-race/detail-result.cgi?race_id=1648&window_flg=1

2019.12.9:人車共OH中 - 謎のクランクシャフト

20191209 GB CrANKSHAFT

 ここ何ヶ月もの間、眺めているクランクシャフトです。問題はこれについているタグの内容です。

 GLOBE BEARING COMPANY, LTDとあります。そこにある住所を調べてみると、ロサンジェルスのコンベンションセンター近くです。その住所には過去、4つの会社があり、その一つが Globe Bearing Co., Ltd.,と判明しました。1929年創業、その後、74年7ヶ月存在、現在はビジネスをしてないとありました。そしてMachine Shop、すなわちエンジンなどの機械加工業者と推測します。

 このクランクはBREからのものでなく、その後のオーナーからのものです。

 このタグを解きほぐすとマシンショップ to マシンショップとなっており、何故に加工をしたのかです。一見、なんの変哲もありませんが非常に気になります。

 ただ、今日になって思い出したのが、コンロッドのビッグエンンのベアリングに “GB” と刻印した日野製でないものがあります。このベアリングは日野のものと微妙に厚みのサイズが異なります。それはベアリングキャプも異なると考えます。この GB” 、それは "GLOBE BEARING COMPANY, LTD を指すのでしょうか?

 ガレージのどこかにそのベアリングがある筈です。早くさがして謎を解きましょう!正にクルマ文化の歴史の謎解きであります。

2019.12.8:人車共OH中 - クラッチカバーの選択

20191208 Clutch Cover

 折角のOHですからこの際、けちらないで極力フレッシュな部品を入れようと目論んです。

 本日、午後、そんなに寒くなく作業に楽な感じで、一気に旧いストックを出してみました。

 画像の赤いクラッチカバーはBREの加工品で手作りのものです。一番、信頼ありと考えているものです。80~90年台、TACS/JCCAに出場していた時代はこれを使ってました。クランク&フライホイール込みでのバランスもとりました。発進が気持ちよく、これとフェロードのクラッチ板を組み合わせた際は、コツンとつないで無理なすべりもさせないでロケットスタートが可能でした。しかし、大きな欠点もある構造で前後方向に押さえの無いフリーな構造でクリアランスが出てくるとクラッチを切った状態でガラガラと音を立てます。これは設計上のようで教則本にも書かれています。当時は何回かMIG溶接で盛っては削ってクリアランスを調整しました。しかし、使用過程で音が発生します。今回、当初は使おうと考えましたがこの欠点で使用を断念しました。

 左下のものは “マツダNA6ロードスター” のものです。ノックピンの穴は8mmとコンテッサの6mmより太いですがフライホイール側を変えてしまえばオーケーと判断しました。後は厚みが数ミリ薄いですがこれはなんとかなるだろうと考えました。そしてマツダのリリースベアリングを使用するかコンテッサのもので行くか、これもどうにでもなる問題です。とりあえず、チェックのためにベアリングも購入したました。今だ、これで行くかどうかを悩むものです。

 しかし、最終的に画像の右のある半世紀前の旧い日野純正を使おうと決断しました。この部品は1971年にコンテッサ1300Sからクーペに変えた直後だと思いますが、当時の日野の葛西のデポで購入したものです。その時はいくつかのメンテ部品が欲しいとデポに行きましたが、日野の方は "コンテッサ1300の部品は一切ありません” と言われ、倉庫に案内されました。確かに棚はガランと何にもない、ただ薄暗い倉庫の中にこのクラッチカバーだけがポツンと置いてあり、"あるのはこれだけです” と言われました。もちろん、購入しました。日野コンテッサ1300の補給部品の実態は製造中止からたった4年後でメーカーから皆無と宣告をされる状況でした。

 この当時、日野自動車は自ら生産&販売したコンテッサ1300を市場から消す方向にあったと後になって知りました。おそらくトヨタとの提携の関係でコンテッサ1300に対する戦略だったのでしょう。確かに補給部品を無いと言えば、自然に市場からすぐに消える、まさにそれが実態だったのです。しかし、このことが当時、日野をあてにしてはならない部品は自分たちが考えようと言う考えが芽生えたのです。その後、ほどなくしてPD300クラブ (今の日野コンテッサクラブ) が誕生しました。

 そんな怨念 (?) のあるクラッチカバーです。このことがこの際、使ってみようとなった大きな原動力です。50年近いコンテッサ歴で新品のクラッチカバーを使うのは初めての経験です。フィーリングが楽しみです。

2019.12.8:CARグラフィック - それは偉大なる歴史の証人

20191208 CG JP GP

 昨今、政府の “桜を見る会” とやらでデータをいとも簡単に消し去ってしまうことが話題になっています。税金を使った行事のデータがまったく残ってないと、それも規則で速やかに消去するなどと実にご都合主義に感じるものです。

 多くの先人のお言葉や格言にあるように ”将来は過去の上に成り立っている” もので、過去を無くして、明日が創れないことは明白の理です。日本時の “飛ぶ鳥後を残さず” と言いたいのでしょうか?そうではありません。今日のデータは明日のための種です。

 第二次大戦直後、重要なドキュメントを焼き捨てた当時の国のやりかたのように、日野コンテッサの重要な情報は補給部品と同様にその多くが日野自動車としては綺麗な形では保存されなかったようです。関係者の一部の独断的な意思あるいは善意により何とか点のごとく残っているのは幸いです。しかし、多くの公な歴史的なドキュメントは難しいと考えます。

 最近、あることがきっかけで日野自動車が開発を進めた日本初のフォーミュラーカー (同時期にホンダも) 、デル・コンテッサの系譜をまじめに整理し始めました。と、いっても昨日と今朝です。そこでもっとま役にたったのが画像の様1966年〜1969までのCARグラフィックの一連の日本GP特集です。今となってはこれほど仔細に報道していただき頭がさがる思いです。今まで断片的に見ていたこのテーマをそこにある点のデータをつなぎ価値ある情報に展開中です。

2019.12.5:本日のデリバリー - 78歳ラリードライバー 菅原 義正 (著)

20191205 MR.Sugawa

 昨日、菅原 義正さんの著書、”78歳ラリードライバー、ギネス・ホルダー 菅原 義正の挑戦” の新刊書 (新紀元社) を発見しました。早速、Amazonで購入、夕方にポストに投函されていました。

 最近、長年続けたダカールラリーを勇退、新たに2020年の年明けからアフリカエコレースに挑戦されるようです。この本は氏の長年のレース界での足跡の自分史なのかと思います。大変尊敬している師であります。とりもなおさず手にしました。

 実は2004年 (平成16年) 秋の東京モーターショーの幕張メッセで思い履けなく3時間くらい氏ととりとめもない話をさせていただきました。日野のブースでレンジャーとともに立たれていたのですが、氏によると誰とも話がなく実に退屈していたとのです。そんなことで会場の裏の屋外のベンチでの長話となりました。日野 (人脈含め) 、レース (70年台前後) などの切り口で接点があり、盛り上がりました。

 その際の別れ際に “ミニカーを遅らせていただきす” と、そして数日後に有名な氏がドライブした仕様のクロサキミニクーパーSホンダ1300クーペ9レーシングが届きました。これは一生の宝物であり大事にしております。

 78歳ラリードライバー、菅原さん、今後も年齢に関係なく戦ってください。何時でも人生の目標にしています。ありがとうございます。

2019.12.3:人車共OH中 - サビ取りのその後如何に

20191203 Cleanup Crankshaft

 予定の48時間の昨日の夕方であります。しかし、庭先なので雨では作業しませんでした。

 今朝は天候に恵まれ、午前中、陽の当たる暖かい中、小一時間作業をしました。

 容器は画像のように茶色の錆色で如何にも化学反応でサビ取り、しかしこんなにもサビのカスがでるものかと驚きました。しかし、米国の飛行機のプライベータの説明の中の画像もまったく同じもので所謂、予定通りというものです。

 鉄のアノードとして使用した8X25cm寸切りボルトもすごいサビの付着です。これほどのサビをクランクシャフトから転写したのか?そうではないでしょう。単なるサビの化学の結果であります。

 クラングは表面だけの薄いサビだけになりました。これは所謂、食い込んだ部分と思います。これがどれだけうまく除去できるか、結果的にサビの深さです。それによってどの程度、研磨したらよいかアンダーサイズのベアリングはどの程度にと、これらは内燃機屋との相談となります。

2019.11 霜月 (しもつき)


2019.11.30:人車共OH中 - 清水寺から飛び降りる決断!

20191130 Crank Cleaning

 1970年半ば、日野コンテッサでの公認レース出場を断念した友人から長い時間の説得の結果、譲り受けた部品の一部のクランクシャフトです。当のご本人は諦めた際にコンテッサを八つ裂きにしました。部品もバラバラにして、そのいくつかが雨ざらしに近い状態になっていました。非常に残念なことですが、最後の処分の仕方としてそれもありと理解出来るものです。

 最初は全部捨てると強い意志でしたが、数ヶ月、説得の上、まだ使えそうな貴重な部品をいただきました。しかし、最重要なクランクはその時点ですでにサビが発生していました。その後、油漬けにして外気を触れないようにして今日まで場所を変えながら大切に保存していました。結果的にサビは増大してません。

 そのサビをなるべく最適な方法で除去しようと進め始めました。米国の航空機エンジンのレストアなどのプロセス (すべて個人のプロジェクト) をチェックすると自分としても納得できるものがありました。それを試すべく始めたのが画像の方法です。これが清水寺から飛び降りるような大胆な方法です!

 表面をサンドペーパーやブラストなどで削ることなくまずは付いているサビだけを化学的に取ろうというものです。いくつかの文献に共通的にある48時間の処理後、取り出し、水洗いをして、ゴミを取り、すぐに乾かし、油を入れると、そしてサビの状態をチェックし、次のプロセスをどうするか判断することになります。楽しみです!

2019.11.29:フェアレディZ 50th Anniversary を見る!

20191129 Nissan Yokohama 1

 本日、所用で横浜パシフィコに出向きました。その帰りの足の途中、日産横浜本社ののショールームを例によって見学しました。ここを見学し、歴史的な個体を目にできるは楽しみです。

 先に発表され話題になった “フェアレディZ 50th Anniversary が展示されていました。もちろん、他の展示車同様にキャビンにすわりといろいろいじくりまわすことができます。このモデルの特徴的なデザインはもう有名なアイコンになっているピート・ブロック (Peter Brock) さんのサイドの2本の斜めのラインでしょう。2013年の東京モーターショーで発表された “IDX” にも同様なラインが描かれていました。

 ピートさんのラインはいまでも日産のマーケティングとして重要なアイコンになっているものだと思います。おそらく永遠のモチーフなのかもしれません。それはやはり、Datsun 510を含め、BRE Datsun 240Zの米国レース界での実績による米国日産の成功に大きく貢献したピートさんへのリスペクトを感じます(ご参考:現BRE HP)。また、そこにはこの個体をモチーフにした特別ポスター (Limited Edition 50th Anniversary Poster) も案内されていました。 

 二人乗りで後輪駆動だけのモデル、シンプルなスペックが良いですネ。車両重量:1,500kg、馬力:336ps、これはパワーウィエトレシオ:4.4、凄い!、アウディS4 (4.7) より高性能、ホンダ シビック タイプR (4.3) に近い、丁度、新しいアルピーヌA110とドンピシャと同じが良い、これでビ筑をトライするとどうなるだろうと舞い上がり、コクピットの中で色々シミュレーションしながら誇大妄想状態でした。

 コクピットにも座れたし、あれころと操作もできたし良い日でありました。ピートさんの偉大を感じました。 (ご参考:短編:ピーター・ブロック(Peter Brook)物語 - すばらしきクリエーター)

20191129 Nissan Yokohama 2

1990年代の半ば、米国西海岸の小さな町、サンタクルーズを散策した際、
アンテックショップで偶然発見して購入したBRE Datsun 240Zのミニカーです。
ともに程良くやれた状態、しかも赤の一台はボデーだけ、
それも一部破損状態ととても気にいって大事にキープしています。
このようにピートさんの日産のレーシングカーは
多くの米国人の生活の一部として愛されている証しだと分かる瞬間です。

197011 roadtrack 2 med-2

Road & TRack誌 1970年11月号の新たなBRE Datsun 240Z レーシングカーの詳報より
背後のトランスポーターは日野のKMバンです。
ピートさんの日野コンテッサの時代にコンテッサ用のトランスポーターでした。
氏の要求仕様にそって製作されコンテッサと共に輸出されました。
ただ、日野の標準ジーゼルエンジンではハイウウェイの上り坂がきつく
ピートさんたちがガソリンのV8にスワップしたそうです。
この個体は今でも米国の愛好家のもとにあることは有名なことです。

2019.11.29:人車共OH中 - ピストンリングのミステリー

20191129 74 Piston AR

 画像の左のピストンは日野品番:7109125310のYE28用、右は日野品番:7106120730、共に高回転向け競技向けエンジンに製作された74mmの径、所謂74ピストンです。

 左のものはオイルリングがありません。当時の日野の設計&試験に関する書物を読むと、そこにはちゃんとピストンの下部ではありますがオイルリングが存在します。それはどの過程で省かれたかは分析できていません。少なくとも米国のオーナーがチューンナップした結果のYE28エンジンのピストンにはオイルリングが存在しません。またスペアパーツにもありません。

 オーナーの証言によると、オイルリングは使用しなかったこと、高回転向けの薄い二つのコンプレッションリングだけを使用したとのことです。さらにそのオイルリングにはアルファロメオのものを使用、そのために大量のオイルリングをストックしていました。また、取付方法や使用オイルにもノウハウがあったようです。

 以上の話がミステリーではありません。ミステリーは画像の右の74mmピストンのコンプレッションリングとオイルリングです。リングのサイズをチェックすると米国のオーナーが使ったアルファロメオのそれと同サイズです。これはいけるぞと思い、早速、イタリアからアルファロメオ1300のリングセットを購入してみました。

 結果的にサイズ的には日野のそれとアルファロメオのそれは同じであり、フォーム・フィット・ファンクションとして使えると考えております。多くのノウハウがある断面形状については完全には分析できていませんが、今のところ、日野ワークスだけに提供されたOHV 74ピストンのエンジンが新品のリングを使ってOH (オーバーホール) できると期待しております。

 しかし、1960年代の日野のエンジニアは何故、1950年代から市場に出ているアルファロメオ1300のTOHCエンジン (ボア:74mm X ストローク:74mm) のピストンと同じサイズであったのかが興味あるところです。

2019.11.22:人車共OH中 - アイドルギヤのミステリー

20191122 Idel Gear

 またまたミステリーです。画像はクランクシャフトからカムシャフトを駆動するためにその中間に入っているアイドルギヤです。長年、保存したいたものです (左の部品) 。

 これは日野独自の設計によりアルミ製で中間にゴムのダンパーが入っています。これはノイズの削減が目的です。ルノーを踏襲した設計のコンテッサ900では独特のカラカラ音を発してユーザーの批判をかったようです。

 そこでコンテッサ1300では、アルミのギヤにダンパーとサンドイッチしたと設計者にお聞きしています。しかし、市場では900であったノイズが1300でもあると指摘、すなわち改善がないと評価さた部分です。

 日野最後のガソリンエンジンとなるトヨタ向けのブリスカ1300のエンジンにはオイルラインからノズルを設けてこのアイドルギヤに吹き付け、ようやく悪魔のカラカラ音も収まり静かなエンジンになりました。しかし、時すでに遅し、生産中止になったコンテッサ1300には適用はされず市場撤退となりました。

 さて、本題のミステリーは、通常は右のアイドルギヤのようにクランクシャフトのギヤ (下側二つ) とカムシャフトギヤ (上側一つ) の合マークが入っていますが、左側のアイドルギヤにはそれが存在しません。これは何故でしょうか?

 目下、理由は不明であります。この未使用の部品も使う際には右のアイドルギヤ同様な位置に打刻すれば良いでしょう。大したことではありません。でもミステリーですネ。

2019.11.20:人車共OH中 - シリンダーライナーのミステリー (続)

20070401+Cyner 1

 先日、日野ワークスに供給された排気量アップ (1358cc) の74mmのボアのライナーは標準品と異なって強度を上げるために厚いものだったことを書きました。そのスペシャルなライナーは1976年に手にしたクーペ “L” に入っていました。当時の購入先の前のオーナーは、K型の75mmピストンを使用する場合は厚いライナーを変えないとダメと強く言っていました。

 厚いライナーの検証に画像を参照ください。左のライナーはストックの標準品で前回書いたように段付きになっています。右のライナーはその部分がフラットで胴回り全体も太いものになっています。つまり厚いということです。

 右のライナーは日野プロトのレーシングエンジン、YE28のものです。すなわちボア:74mmストローク:74mm、高回転向けにスクェアにしています。下の画像でライナー下部の厚みの違いを明確に目視できます。

 これで判明したことは、日野は、当初のライナー間に冷却の間隙を設けたがそれをやめて、ピストン径の増大に伴うライナーの強度を保証するために厚いものを制作していたことです。それもOHVにもツインカムにも同様なことをされたと分析します。競技向けでもロングストローク故にそんなに高回転でもないOHVエンジンにもそうしていたことに敬服するものです。

20070401+Cyner 2

2019.11.17:人車共OH中 - シリンダーライナーのミステリー

20191118 Cylinder Liner 1

 日野コンテッサ1300のGR100はウエットライナーです。当時の日野の技術で1-2番、3-4番の間には1ミリ弱の間隙を設けて水の流れを作ったそうです。もちろん冷却のためであります。

 右の画像のようにライナーを合わせるとその隙間が明らかに目視することが出来ます。これを設計した当時の日野の技術者はこの狭いスリットのような間隙を何時も自慢されておりました。おそらく日野自動車が初めて設計した小型ガソリンエンジンなのでそれなりの思いやりがあったのだろうと思う場面でした。

20191118 Cylinder Liner 2

 そして右の画像のあるのがそのスリットが存在しないシリンダーライナーです。

 このライナーは私が1976年に入手したBRE製のクーペ “L” に入っていたものです。

 何時の時点にこのスペシャルなライナーが入ったかは定かではありません。

 前オーナーによると、このオリジナルの設計を変えたスリット無しの厚いライナーの目的は、ボアアップしたライナーの剛性を上げるためだったと聞いております。

 それは正に正論です。スポーツキットの72.2ミリ程度ならそんなに剛性を気にする必要はないでしょう。しかし、それがワークスに供給した74ミリならそれなりの考慮があったのではないかと推測するものです。

 当時からボアアップしたライナーはフニャフニャになって踊っているかも知れないと我々仲間内で議論していました。やはり、競技に取り組んでおられる方はちゃんと対策をしていたのだと思います。私はこの厚みのあるスリット無しのライナーで何年も日常使用しましたが冷却に何ら問題を感じませんでした。と、言うことは日野の技術者の思い入れは技術上のよかれだったのかとも結果的にそうかも知れません。

 以下に参考までに形状の画像を示します。左がスペシャルの大きなボアアップしたものです。右は標準品のライナー (画像はスポーツキット) です。見ての通り、ボアアップのライナーはフラットな構造で組み付けた際に厚みによりスリットは無くなります。問題はライナーの下部がわかりやすのですが、一番下のようにそこがカミソリ状態になってしまうことからもライナーの厚みが明らかなリスクであることは間違いありません。

20191118 Cylinder Liner 3
20191118 Cylinder Liner 4


追記:上記の1-2番、3-4番の間の間隙、当時の高性能エンジンであった日産 SR311 2Lエンジンの断面図をみるとありません。つまり、そこには冷却水を流してなかったようです。と、いうことは無くてもよいのではと考えます。日野の技術者は卓上の設計のこだわりを現場の実務より優先したのではないかと推測します。でもそのスピリットを否定するものではありません。 (2019.11.20)
参考文献:
DATSUN COMPETITION PREPARATION MANUAL by BOB SHARP RACING with NISSAN MOTOR CORP. IN U.S.A.

2019.11.16:人車共OH中 - コンロッドのミステリー

20191116 Conrod Misc

 先週記述のようにコンロッドの差異に気づきました。

 そこで色々取り出し、品番をチェックしました。先週、大端部の厚さが異なっていると気がついたコンロッドは品番 2 005 1211 00 (画像の左二つ) と同じものです。28.0mm vs. 27.7mmでした。

 そこでもう一つ出してみました。品番は 7 112 1211 00 (画像の右二つ) で、これは試作品番あるいはワークス向けに出された部品です。これらは28.0mmでした。

 おそらくこの程度の違いはいいのではないかという気になりました。

 画像のコンロッド&ピストンの経緯は以下の通りです (思い出した際に備忘録を):

一番左:これは今回投入しようとしているセットです。先般記述のように友人からのものです。その前の使用者は1970年までFiscoで活躍したSさん、その前は1967年1月の全日本ドライバーズ選手権の優勝したダンハムさんの個体、さらにその前はピートさんが優勝した1966年10月のLA Timps GPの個体と分析します。ピストンについては、友人がエンジン始動不可の際にメンテナンスしていた当時のDELでバラし (それには自分もその場に居た) 、新たなピストンを組み込み、未使用だったものです。その状態で今日に至っています。

 左から二つ目:これは1970年代の半ば、日野の試作車などの外注先の工場にあったエンジンからのもので、当時、自分のクーペに搭載したものです。ピストンは所謂、”74” でワークスに供給された薄型リングの1,360ccエンジンのものです。このエンジンは2~3年でボロボロになり、トヨタ K型の75ミリ (1,390cc程度になる) に入れ替えました。このエンジンは強力でした。

 左から3つ目:上記と同じ工場からのもので、同様に “74” ピストンのエンジンで八王子の友人のクーペに搭載されていました。しかし、ある時期にダメになり、トヨタ K型の73ミリ (1,330cc程度になる) に入れ替えました。それもダメになり、その際、ジャンクとして引き取りました。面白いことにコンロッドは 7 112 1211 00 でスペシャルです。

 一番右:これはBREの部品、多くの残骸パーツの中からかきあつめたコンロッドです。7 112 1211 00 の品番、同じものでこうも軽くして磨き上げたのかと感心するものです。飛行機エンジンのコンロッドを彷彿させられます。当時の米国の航空機エンジンのなども背景にしたOHVエンジンのチューンアップ技術&経験の深さを垣間見るもです。

2019.11.10:人車共OH中 - クリーンアップ&次のステップへ

20190110 Racing Rod 1

 先の桐生CCFに際してエンジンルームも多少クリーンアップしました。すなわちごみ取りとアルミの磨きです。しかし、納得のいう輝きからほど遠く曇りのある状態でした。

 今日はエンジンルームのアルミを重点的に磨きました。と、いうのも数ヶ月もの間、磨きを入れていませんでした。健康であれば毎週ごとに軽くゴミを取る程度に磨いていました。しかし、それを怠るとなかなか元のクリーンさに戻りません。何回か行って望む輝きになるまで、もう少し、努力して続けましょう。

 今日はガレージの何年、いや30-40年チェックしてない部品を今後のために開けてみました。旧いもの・ことはだんだんと記憶が薄れるものです。時折、確かなる確認が必要なようです。その一例が下の画像です。

 これは1970年代半ば、まだコンテッサ1300でレースをやるのだと頑張っていた友人から譲り受けたものです。保存のために油漬けにしてました。今日、今日になって判明したことですが、コンロッドの大端部 (ビッグエンド) の厚みがストックよりダイブ厚いと言うことです。競技向けに大端部 の強度を増していたと推測します。当時の日野のワークスカーはそんなことまでしてたのかと、感心、しかし、そのためにはこのコンロッド用のクランクシャフトが必要ということです!日野コンテッサ1300レーシングの闇に切り捨てられた歴史を垣間見るものです。

20190110 Racing Rod 2


2019.11.4:想定外のルーチンワーク - 下回りのクリーンアップ

20191104 Re-Cleanup

 昨日、桐生クラシックカーフェスティバルに参加しました。

 事前の天気予報で関東地方南部は夕方以降、雨ありと予報にありました。3時半ぐらいに桐生の会場を出て、渋滞に会い下道と変わらない時間を要した往路の高速道路は避け、復路は慣れた一般道にしました。グーグルナビも2時間30分とかその時間で高速使用に40分くらい余計な程度でした。

 ひたすらグーグルナビに沿って多くが広域農業道路でほとんど信号がありません。そして新国道4号線に入り、幸手くらいでしょう、雨が突然きました。来たかと、結構、強い振りでした。せっかく、昨日、下回り綺麗にしたのと (なぜか外回りは気にならない!) 、野田近くになると道路は乾いていました。自宅には6時半前に到着、グーグルナビよりは若干多めの所要時間でした。

 そんな雨にたたられ、これは悔しいと主に、今日の午後に再度、下回りのクリーンアップ、実際は拭き掃除程度ですが進めました。つくづく思うのは、このエネルギーなくなったらこのクルマを乗る資格無しというのが心にあることです。

2019.11.3:年一度のイベント参加 - 桐生クラシックカーフェスティバル

20191103 Kiryu CCF 1

 文化の日、桐生クラシックカーフェスティバルに参加、年一回のメジャーイベントです。もう何年もこの種のことに経験がないので会場の入り口では緊張をするものです。

 多くの綺麗な旧車たちがいる中、恐る恐る案内された場所に駐車、そうすると顔なじみのお方数人に挨拶をいただきました。知り合いがいることは大変心強く感じました。なにはともあれ、受付に行きました。画像のような気の利いたバッグとフルカラーの分厚い参加車すべてを紹介したプログラムが入っていました。

 なるほど、このプログラムは優れもの、それは参加者の個人の氏名がすべて載っていることです。ここ何年も個人情報なにやらで参加者のリストを載せないとか、氏名は削除することが多くのイベントで見受けます。この桐生CCFはそうではない、すごい、この場所は、参加者の顔が見える!これはぜひとも今後も継続いただければと考えます。ブランドアップとして大きな要素です。

 さらに一言を加えるなば、残念ながら車両の画像にナンバープレートが消されていること、ここでもそうかと思うものです。ナンバー自体はオーナーの氏名同様に車両個体の貴重な履歴情報であるので個人的に消すべきものではないと考えます。検討されることを強く望みます。個体の貴重な歴史や存在感を無理やり無視しているようにもので、それなら掲載の写真はなんでも良い、昔のカタログのコピーでも十分です。

 さて、まる一日、原宿竹下通りのような大勢の見学者、座ってひたすら話しかられた方への対応をしました。数多くの質問をいただきました。ここでもあったのがここまで自走してきたのか」とか、「部品は困っているしょう」、さらに「コンテッサの横に空気穴がないとか (900と混同) 」など珍問は避けて通れません。また、コンテッサのスタイルになると、それに見合った馬力のないクルマと言うと、「走らなくてもいいじゃない、こうやって置いて観てるだけで十分」、何とも唖然とする場面は一度だけではなかったのです!

 しかし、中には「入り口の今回目玉のホンダコレクションの個体よりも貴重」だとか今でも競技走行していることを知るとこれからもガンガン走らせてください」など、オーナーとしてこれ以上ないエネルギーをいただけるお言葉もありました。旧車は走ってこそ!走らなければ1/1のスケールモデル!」旧車は走れば走るほどクルマは良くなり、停車していてもオーラを発して美しくなるものです。ぜひ、飾っておくだけでなく、それなりに目いっぱい、クルマもドライバーも汗をかきたいものです。

 午後になるとラリー参加のクルマが戻り、その際に主催者の粋な計らいでコンテッサをこちらの場所へと誘導されました。都合、4台のコンテッサ1300が並びました。以下の画像のように当サイトオーナーが以前所有していた1300DX (エンジンはスープアップしたクーペ仕様) と並ぶことが出来ました。以前も増して綺麗になり維持されていることに感謝です。

 閉会式の前にはこの日の参加者への表彰式 (コンクールデレガンス?やラリー入賞と思う) がありました。たしか募集要項にはこの種の案内がありません。参加申込に際して、表彰の基準 (誰がジャッジするのか含めて) を明確にすることが必要です。事前に公開することにより審査の透明化が計られこのイベントの価値はさらに上がるものでグローバル基準に成長すると確信します。

 最後に、前原実行委員長ともご挨拶できました。奥様ともどもお話をいただき、とても素敵なご夫婦と感じました。年一回のイベント参加、とても素晴らしい時間を過ごすことが出来ました。主催者ならびにお寄りいただいた皆さま、ありがとうございました。

20191103 Kiryu CCF 12

2019.11.2:ルーチンワーク - 何時もの光景

20191102 Routine Clean Up

 何時ものように先週の土日のビ筑の後の下回りのチェック&クリーンアップです。

 ジャッキアップをして、下回りのチェックと汚れのクリーンアップ&ワックス入れです。今回は土曜日の朝が雨上がりだったこととジムカーナ場がウェットから始まったこともありフェンダー周りが結構汚れていました。汚れのキツイところはコンパウンド入りのワックスを掛けてこびりついた汚れを除去、そして全体的に雑巾で清掃後は水ワックで仕上げました。

 ミッションカバー関係は1/16〜1/8程度の増し締めがありました。ガスケットが厚いので当然と思います。その他は思いの他、増し締めはありませんでした。

 実は明日 (11月3日) は、おそらく初めてで最後の桐生CCFに参加します。年一度の旧車イベンド参加、今年はここを選択しました。

 そのために外装に1年ぶりくらいと思いますがワックスがけしました。また、ウインドウの清掃、こちら横浜のイベント以来ですので数年ぶり、社内の清掃、これは2013年公道復帰以来です。実に不精なオーナーです。下回りはビ筑を走った後、毎回、清掃する割には外装&内装の掃除はほとんどしてないのが実情です。

 最後にタイヤをノーマル&スティールホイールに替え、空気圧の調整をして完了となりました。作業時間にして9時間近く!身体の関係で通常の倍くらい掛かるようです。でも、作業に耐えられるように徐々に戻りつつあるのは幸いです。ボチボチと行きましょう。

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