The Life with my Hino (日野コンテッサのブログ)


2019.11 霜月 (しもつき)


2019.11.10:人車共にOH中 - クリーンアップ&次のステップへ

20190110 Racing Rod 1

 先の桐生CCFに際してエンジンルームも多少クリーンアップしました。すなわちごみ取りとアルミの磨きです。しかし、納得のいう輝きからほど遠く曇りのある状態でした。

 今日はエンジンルームのアルミを重点的に磨きました。と、いうのも数ヶ月もの間、磨きを入れていませんでした。健康であれば毎週ごとに軽くゴミを取る程度に磨いていました。しかし、それを怠るとなかなか元のクリーンさに戻りません。何回か行って望む輝きになるまで、もう少し、努力して続けましょう。

 今日はガレージの何年、いや30-40年チェックしてない部品を今後のために開けてみました。旧いもの・ことはだんだんと記憶が薄れるものです。時折、確かなる確認が必要なようです。その一例が下の画像です。

 これは1970年代半ば、まだコンテッサ1300でレースをやるのだと頑張っていた友人から譲り受けたものです。保存のために油漬けにしてました。今日、今日になって判明したことですが、コンロッドの大端部 (ビッグエンド) の厚みがストックよりダイブ厚いと言うことです。競技向けに大端部 の強度を増していたと推測します。当時の日野のワークスカーはそんなことまでしてたのかと、感心、しかし、そのためにはこのコンロッド用のクランクシャフトが必要ということです!日野コンテッサ1300レーシングの闇に切り捨てられた歴史を垣間見るものです。

20190110 Racing Rod 2


2019.11.4:想定外のルーチンワーク - 下回りのクリーンアップ

20191104 Re-Cleanup

 昨日、桐生クラシックカーフェスティバルに参加しました。

 事前の天気予報で関東地方南部は夕方以降、雨ありと予報にありました。3時半ぐらいに桐生の会場を出て、渋滞に会い下道と変わらない時間を要した往路の高速道路は避け、復路は慣れた一般道にしました。グーグルナビも2時間30分とかその時間で高速使用に40分くらい余計な程度でした。

 ひたすらグーグルナビに沿って多くが広域農業道路でほとんど信号がありません。そして新国道4号線に入り、幸手くらいでしょう、雨が突然きました。来たかと、結構、強い振りでした。せっかく、昨日、下回り綺麗にしたのと (なぜか外回りは気にならない!) 、野田近くになると道路は乾いていました。自宅には6時半前に到着、グーグルナビよりは若干多めの所要時間でした。

 そんな雨にたたられ、これは悔しいと主に、今日の午後に再度、下回りのクリーンアップ、実際は拭き掃除程度ですが進めました。つくづく思うのは、このエネルギーなくなったらこのクルマを乗る資格無しというのが心にあることです。

2019.11.3:年一度のイベント参加 - 桐生クラシックカーフェスティバル

20191103 Kiryu CCF 1

 文化の日、桐生クラシックカーフェスティバルに参加、年一回のメジャーイベントです。もう何年もこの種のことに経験がないので会場の入り口では緊張をするものです。

 多くの綺麗な旧車たちがいる中、恐る恐る案内された場所に駐車、そうすると顔なじみのお方数人に挨拶をいただきました。知り合いがいることは大変心強く感じました。なにはともあれ、受付に行きました。画像のような気の利いたバッグとフルカラーの分厚い参加車すべてを紹介したプログラムが入っていました。

 なるほど、このプログラムは優れもの、それは参加者の個人の氏名がすべて載っていることです。ここ何年も個人情報なにやらで参加者のリストを載せないとか、氏名は削除することが多くのイベントで見受けます。この桐生CCFはそうではない、すごい、この場所は、参加者の顔が見える!これはぜひとも今後も継続いただければと考えます。ブランドアップとして大きな要素です。

 さらに一言を加えるなば、残念ながら車両の画像にナンバープレートが消されていること、ここでもそうかと思うものです。ナンバー自体はオーナーの氏名同様に車両個体の貴重な履歴情報であるので個人的に消すべきものではないと考えます。検討されることを強く望みます。個体の貴重な歴史や存在感を無理やり無視しているようにもので、それなら掲載の写真はなんでも良い、昔のカタログのコピーでも十分です。

 さて、まる一日、原宿竹下通りのような大勢の見学者、座ってひたすら話しかられた方への対応をしました。数多くの質問をいただきました。ここでもあったのがここまで自走してきたのか」とか、「部品は困っているしょう」、さらに「コンテッサの横に空気穴がないとか (900と混同) 」など珍問は避けて通れません。また、コンテッサのスタイルになると、それに見合った馬力のないクルマと言うと、「走らなくてもいいじゃない、こうやって置いて観てるだけで十分」、何とも唖然とする場面は一度だけではなかったのです!

 しかし、中には「入り口の今回目玉のホンダコレクションの個体よりも貴重」だとか今でも競技走行していることを知るとこれからもガンガン走らせてください」など、オーナーとしてこれ以上ないエネルギーをいただけるお言葉もありました。旧車は走ってこそ!走らなければ1/1のスケールモデル!」旧車は走れば走るほどクルマは良くなり、停車していてもオーラを発して美しくなるものです。ぜひ、飾っておくだけでなく、それなりに目いっぱい、クルマもドライバーも汗をかきたいものです。

 午後になるとラリー参加のクルマが戻り、その際に主催者の粋な計らいでコンテッサをこちらの場所へと誘導されました。都合、4台のコンテッサ1300が並びました。以下の画像のように当サイトオーナーが以前所有していた1300DX (エンジンはスープアップしたクーペ仕様) と並ぶことが出来ました。以前も増して綺麗になり維持されていることに感謝です。

 閉会式の前にはこの日の参加者への表彰式 (コンクールデレガンス?やラリー入賞と思う) がありました。たしか募集要項にはこの種の案内がありません。参加申込に際して、表彰の基準 (誰がジャッジするのか含めて) を明確にすることが必要です。事前に公開することにより審査の透明化が計られこのイベントの価値はさらに上がるものでグローバル基準に成長すると確信します。

 最後に、前原実行委員長ともご挨拶できました。奥様ともどもお話をいただき、とても素敵なご夫婦と感じました。年一回のイベント参加、とても素晴らしい時間を過ごすことが出来ました。主催者ならびにお寄りいただいた皆さま、ありがとうございました。

20191103 Kiryu CCF 12

2019.11.2:ルーチンワーク - 何時もの光景

20191102 Routine Clean Up

 何時ものように先週の土日のビ筑の後の下回りのチェック&クリーンアップです。

 ジャッキアップをして、下回りのチェックと汚れのクリーンアップ&ワックス入れです。今回は土曜日の朝が雨上がりだったこととジムカーナ場がウェットから始まったこともありフェンダー周りが結構汚れていました。汚れのキツイところはコンパウンド入りのワックスを掛けてこびりついた汚れを除去、そして全体的に雑巾で清掃後は水ワックで仕上げました。

 ミッションカバー関係は1/16〜1/8程度の増し締めがありました。ガスケットが厚いので当然と思います。その他は思いの他、増し締めはありませんでした。

 実は明日 (11月3日) は、おそらく初めてで最後の桐生CCFに参加します。年一度の旧車イベンド参加、今年はここを選択しました。

 そのために外装に1年ぶりくらいと思いますがワックスがけしました。また、ウインドウの清掃、こちら横浜のイベント以来ですので数年ぶり、社内の清掃、これは2013年公道復帰以来です。実に不精なオーナーです。下回りはビ筑を走った後、毎回、清掃する割には外装&内装の掃除はほとんどしてないのが実情です。

 最後にタイヤをノーマル&スティールホイールに替え、空気圧の調整をして完了となりました。作業時間にして9時間近く!身体の関係で通常の倍くらい掛かるようです。でも、作業に耐えられるように徐々に戻りつつあるのは幸いです。ボチボチと行きましょう。

2019.10 神無月 (かんなづき)


2019.10.28:ビギナーズジムカーナin筑波 2019 第6戦&前日練習会 (10月26&27日)

20191026 from Zummy 1

 半年ぶりの参戦です。自分の不祥事で怪我をかこって5ヶ月を経た前の週の10月17日に担当医から治療は今回で終わりと、それは嬉しいものであります。当初のプログラムにはリハビリなどいろいろな項目が書かれていましたが、もう病院ではやることなしとのことです。これは早くから自主的にウォーキングと筋トレを進め、それ知っている担当医のご判断なのか?、病院にもう世話にならないというのも寂しいと複雑な気分でした。しかし、ネットなどで一般的な知識によれば、完治にはおそらくこの先長い時間が必要であり患部とうまく付き合って日常生活をする必要があるでしょう。まずはともあれ一区切れつきました。

20191026 Course

DAY1 - 前日練習会

 この日はあくまで人間本人のシェークダウンです。まず最初の3本で慣れることを目標にしました。

 この日の全体的な目的は次のようです:

  • 怪我の巧妙でついに投入したフルバケットシートの感触をたしかめる。それに伴うステアリングハンドルとの相性を試す。
  • スパークプラグのセッティングを重点的に行う。
  • キャブのジェット (MJ=135 AJ=190 PJ=60) は変えない。前回の最終を継承する。
  • タイヤ空気圧 (F-2.0 R=2.6) も前回の最終を継承する。
  • 三月の超ビ筑練習会で体験した荷重移動をさらに習得する。そしてターンを小さく回る。

 以下が走行タイムとセッティングの状況&コース図:

<午前>

  • 1本目:01:29.996 ウェット F1.8 R2.4 BP5ES-11 ステアリングハンドル 日野40cm。最終セクションの12番 左ターン、アプローチミスあり、バックしてリカバー。
  • 2本目:01:15.959 ウェット F2.0 R2.6 BP5ES-11 ナルディ36cmに変更
  • 3本目:01:14.129 セミウェット F2.0 R2.6 BP7ES-11
  • 4本目:01:18.967 ほぼドライ F2.0 R2.6 BP7ES-11、最終セクションの14番右ターン PT1回あり!(5秒加算)
  • 5本目:01:10.801 ドライ F2.0 R2.6 BP8ES-11 以降、荷重移動を重点に

<午後>

  • 6本目:01:13.248 ドライ F2.0 R2.6 BP8ES-11 
  • 7本目:01:13.762 ドライ F2.0 R2.6 BP8ES-11
  • 8本目:01:13.509 ドライ F2.0 R2.6 BP7ES-11

 以下は得た感触&成果です:

<ステアリングハンドル&フルバケット>

 フルバケットの効果は絶大と感じました。体の上半身&中心が固定され手足の動きが確実になり操作の集中度が増したようです。また、それに伴い、日野純正の40cmの大径は操作し難く、すぐに2本目からナルディの36cmに交換、これは正解でした。

 一般道や車庫入れなど36cmでは非常に重い (パワーステアリングでない) ので日常では40cmが楽ですが、一旦走ってしまえば、あるいはクイックな操作をするにはやはり径の小さい方が非常にスムーズに操作できることを以前にも増して感じることが出来ました。

<スパークプラグの選定>

 1本目のBP5ESは日常の始動などにリスクが少なく今日まで長くこのビ筑でも使用してました。今回、昔のTC2000時代に遡って冷え型、すなわちコールドタイプに振ってフィーリングがどう変わるかを試してみました。

20191026 Plug

 今回、面白いことが分かりました。それはホットタイプのBP5ESが良く焼けるかというとそうでもなくBP7ESの方がよく焼けているということでした。おそらく5〜6千rpmまで回しているとBP7ESの方が綺麗に焼けたと、BP5ESはその回転には向いてないのかと素人の分析です。おそらく街乗りの4千rpm程度の低回転ではその反対でしょう。

 さすがBP8ESはBP7ESより調子は良かったもののそれ程焼けてない、これは少々ダラダラとなった午後の走行後にチェックしたもので、おそらくエンジンが完全に暖まっていない状態かもしれません。あるいはリスクをもって思い切り回すべきだったのかもと思います。古典的にあるエンジンの暖機にはホットプラグ、そして本番ではコールド方向にを思い出しました。もっともこのBP8ESだけは新品でなくで30年以上も前にTC2000で一度だけ使用した年代物だったので、次回は新品で試してみたいと考えます。

 オフィシャルの方に興味深いお話をしていただきました。それはエンジンのサウンドがだんだんとよくなってきたとのことです。最初はくすぶっていたようなサウンドが午前の後半には吹けているサウンドになったとのことです。それもプラグの成果かなとイイ気持ちになりました。これは1本目から何本かビデオを撮っていただいた映像をいただいものを観ても (聴いても) も明らかにその通りと分析します。

 以下は7本目の走行映像 (RA2ひらさん、ありがとうございます)


 以上のようで、この日の練習会のコンテッサのもろもろの調整は成果大でした。もちろん、本人の復帰のためのシェークダウンも無事終了しました。

DAY2 - 本線:第6戦 (2019年シリーズ最終戦)

 この日のHISクラスは何と5台の参加となりました。ワープするようなとてつもない加速のジネッタG4、今年のシリーズ戦でダントツのカリーナAA63、これまたハイパワーの2輪のようなサウンドのダルマセリカ、そして常に安定上位走行、すばらしいエンジンのホンダS600、そして今年のレギュレーションは70歳越ハンディのある我がサムライコンテッサととても賑やかな旧車たちです。

20191027 from Zummy


 今日も昨年来ベンチマークにしているホンダS600には4秒弱のビハインド、これは常につまりません。おそらくその50%がパワー&シャシーの差ドライバーの技量の差が50%と分析しています。パワーの差は1970年代前後の当時の大磯などでもジムカーナを観てもホンダS600/S800とコンテッサのタイム差は2〜3秒あったので、これについては我がコンテッサが完調であれば現在も同じと診るべきものと思います。しかし、技量の差は自分の能力を考えれば経験も素質もこのような競技向けではありませんので、これからも先も欲を出さず、地道に行きましょう。目的はコンテッサが楽しく走るということを特に若い人たちに向けて残したいという事です!

 この最終戦の結果はジネッタG4さんが優勝、そしてシリーズチャンピオンはカリーナAA63さん、みなさん、おめでとうございます!

20191027 Course

 来年は新たなレギュレーションになるようです。ビ筑のHISクラスは1昨年から試験的に始まり、昨年から本採用されシリーズ戦となりました。まだまだ参加台数が少ないですが、来年に期待したいと思います。旧車は走ってこそ!走らなければ1/1のスケールモデル!旧車は走れば走るほどクルマは良くなります。ぜひ、飾っておくだけでなく、それなりに目いっぱい、クルマもドライバーも汗をかきましょう。

 そう、前日の練習会、オフィシャルの方のすばらしいお言葉がありました。我がコンテッサに対して、「このクルマはパドックに停車して時よりも、コースを走っている方がよっぽど美しい!」、これ以上の旧車に対する表現はありません。ありがとうございます!

 2日間のイベントも我が身のコンディションを心配したものの無事に終わることができました。また、皆さまから色々暖かいお言葉をいただき本当に元気をいただきました。ズーミーレーシング&オフィサルならび参加の皆さん、本当にありがとうございました。

 以下は本線1本目のオンボードカメラです。何時もながら街乗りのような緊張感のないドライブです。


参考映像:

2019.10.22:人車共にOH中 - Sparcoシート取付完了

20191022 Sparco

 試行錯誤の上に構造&プロセス共に最もシンプルな方法で一先ず完成したブラケットに早速スパルコ (SPARCO Speed F104) バケットシートを取り付けてみました。

 今回、新調した8マークのボルト類は、20/25/30ミリを用意、これは正解でした。長さ的に取り付けてみてベストなものを選択しました。ナット側は例によってナイロンナットを使用しました。

 画像がその光景です。このスパルコを購入した際に考えたのが、ドイツ製の “R” でない、日本製の “B” でもない、イタリアのミケロッティ・デザインのコンテッサにはやはりイタリア製と、なんとミーハーなものです。結果は見ての通り、自分ながらステアリングやダッシュとの全体感が決まったなと思いました。自画自賛かも知れません。

 前後の高さは穴の位置で15ミリで三段階調整可能、いくつか試してみました。これ以上の調整はワッシャをかましての数ミリ単位の調整となります。

 ひとまず。これで6ヶ月ぶりの今週末のビ筑・最終戦&前日練習会を楽しみたいと思います。 

2019.10.20:人車共にOH中 - シートステー完成

20191020 Sparco

 地道に一歩づつブランクの鉄板&ブラケット流用を加工してきました。

 最終プロセスとして全体の最適化を進めました。

 すなわち不要な形状部分のカットや高さ調整の数個の穴、シートの方向をコンテッサのセオリーに従って若干内側方向になるよう仮止めで座って何度も確かめて調整したものになりました。

 最後にブラックを塗装して取り敢えず、コンテッサ専用スパルコ底止めスペシャルの完成となりました。

 明日、取り付け&調整、楽しみです。

2019.10.19:本日のデリバリー - ボルト!

20191019 Bolts for Seats

 一昨日の夕方、オーダーした強化ボルト (8マーク) が到着しました。今、進めているSparcoのシートのステーヤレールなどの固定のためです。

 手持ちのボルトもありますが長さやヘッド形状が異なり、バラバラではビジュアルの品質が悪くなるためです。と、言ってもシートなので外からは多くは目にすることがありません。

 径8ミリ、長さは、20ミリ、25ミリ、30ミリ、そして強化平ワッシャを購入しました。

 折角ですから少し多めに (今回の使用量ではとても多めか?) に注文しました。何時もながら、これだけでもかなりの重量です。ボルト&ナットごときでありますが、車両全体の軽量化の観点からは、ボルト一本であっても適切なものを使用し、重量軽減したいと思いました。

2019.10.15:人車共にOH中 - シートステー溶接の便利グッズ

20191015 Sparco

 昨日は雨で作業を中止、ディスクワーク、本日は屋外で溶接が出来そうで数時間リカバリーしました。

 久しぶりの素人溶接作業、何時ものように今回溶接の材料と同じ厚さのものでまずは練習です。そしてこれで行けそうと確信したところで本番作業です。

 今回は画像にあるように “Solar Panel Variable Light LCD Lense Auto Darkening Welding Glasses” 、ソーラーパネル電源のLCDレンズ溶接メガネ、これは便利、1年前にAliExpresで送料込みで1,000円以下でした。

 これは、便利、使えます。手軽なのが良い、ヘルメットのようにかぶったりと面倒なことが必要ありません。ちょっとした溶接にはもってこいです。でも、顔面の保護はまったくないことに注意しなければいけません。

2019.10.13:人車共にOH中 - シートステーの仮組み付け

2019:10:13 Spacro Seat

 先日仮加工したしたステーを取り付けてみました。まずまずの出来です。

 これに加えて、スパルコの底止め用のシートレールの加工も進めています。取付位置関係は他車用なの当然会いません。色々、試行錯誤しましたが最終的にステーの溶接などばらして新しいステーを入れること進めてます。これが一番の早道であります。

 久しぶりにシートなど取り去ってみると、コンテッサのキャピンのスペースは広大と思うものです。二人乗りホンダS600などに比べては倍もの広さがあるようです。これでは同じ2シーターでも鉄板の重量が倍も違うと思うものです。実際、900kg vs. 600kgの車重であります!

2019.10.12:本日のデリバリー - イグニションプラグ

20191012 NGK

 今年の春先からプラグの1番下げてNGK BP5ES-11を使用しています。以下の利用によるものです:

  • 始動時にカブリのリスクを減らす。
  • 11にしてギャップの適正化を図る。

 これらの効果は感じています。特に始動時のカブリは成功でかなりラフに、すなわち神経をすり減らすことなくいけるようになりました。これは自分だけの問題と思います。

 今月の久しぶりのビ筑に向けて、街乗りではないある程度の高回転のプラグの効果を試したいと思い、標準的なBP6ES-11と若干コールド使用のBP7ES-11を入手しました。共に11です。

 今までBP6ESでは11を使ってなかったので違いが楽しみです。またBP7ES-11はトップエンドでの違いを確認したいと思います。

2019.10.6:人車共にOH中 - 久しぶりに加工作業

20191006 Sparco PJ

 夢だったレカロ (RS-G) を諦め、初心に戻ってだいぶ前に入手した座面がハンモックタイプのスパルコ (Spraco Sprint) を使用することにしました。

 大分前からステーをどうするか悩んでいました。最初はどうしても複雑な仕組みを考えてしまいます。ポンチ絵を書いては修正、そして最後にはスーパーセットなシンプルなものが出来上がります。それに基づいて、モノタロウや近所のホームセンターから材料を調達しました。

 そして今日、久しぶりにボール盤を使って加工を始めした。ドリルの歯の先端が金属に食い込んでゆく感触はいつも新鮮です。素人ながら機械加工は楽しいものです。

2019.10.5:第18回まつどクラシックカーフェスティバル (第46回松戸まつり 2019併設)

20191005 Matsudo CCF

 今年も地元のイベントへの参加です。ここ数年は土曜日のみの参加です。いつもながら、掃除もしないで参加する我がコンテッサに比べ、どのクルマも綺麗、デコもない、何してこんなコンディションを維持するのだろうか、それも昨年以上に綺麗に見えるのです!

 今年は主催者のトップが変わりました。それなりが例年との変化を感じました。以下の辛口でその◯とXです。

◯例年の地下1階の会場に加えて地下2階の一部も会場になった。
 今までの60数台の制限が解けて、110台の展示スペースとなった。
 また、展示場所の番号も参加番号と同じになり迷うことがなくなった。
X 昼食、今までは専門のおばさんがおり、2〜3種類の弁当、カレーライス、焼きそばの選択ができた。
 今年はそのおばさんは消えて、ただ一種類の弁当のみが参加者のみに用意された。
 また、見学者も利用できた会食用のスペースもなくなった。
 そして飲み物もお茶のボトル一種類になってしまった!
X 携帯の電波が非常に弱い、あるいは遮断状態。
 最近のSNSなど情報の発信あるいは受信ができない。

 以上のように感じました。

 さて、本日は大変、貴重な個体の会うことができました。

それは、SIMCA 4CV、通常のSIMCA 1000の廉価版で、777ccの小ぶりのエンジン、内装も簡素化されており、自分としては好みなつくりです。フロントシートに座らせていただき、そのシートのやさしさ、さすがフランス車、フロアシフトは小さな力で操作できると感じました。

 なお、4CVとフランスの税金の区分を示すもので、Renailt 4CVも747ccと同様な区分です。

 オーナーさん、ありがとうございました。気分的にのんびりとして人生長生きが出来そうなクルマです。ちなみにオーナーさんの足車はルノーサンクとか、筋金入りと見ました。

20191005 Matsudo CCF b

2019.10.4:カムプロファイルに悩む (その3) - パワーの絶対指標を考える

 本シリーズ、考えてみれば年初めの1月以来です。齢をとると時間の管理が悪いようです。

 ここで “絶対指標” としてのエンジン出力のみで加速力を中心にクルマの性能を診てみたいと、具体的には、”パワーウェイトレシオ” です。それをベースにビ筑などジムカーナの “戦闘力” を考察してみましょう。

 この課題は自車すなわちコンテッサを何馬力にすれば、例えば、ビ筑での他車に比べて加速力がどうなのかです。相対関係を診るために末尾のような表を作ってみました。

 表の各ラインの背景色の黄色が自車を示します。そして想定するパワーを得られるとどの辺のポジションになるのかを診てみました。

 背景の色無しがビ筑でみるクルマたちです。また薄緑はビ筑には未だ登場してないが個人的に気に入ってる旧いクルマたちの例です。尚、ビ筑のクルマには軽自動車は除外しました。理由は、メーカー公表のパワーは一律64hpであり、これは個人的な見解としてここでは参考にはならないと考えるためです。

 自車の車重を860kgとしました。標準車両 (表の一般市販車:Delux & 一般市販車:Standard車 (実際には市場に出なかった) の所謂カタログ値) から走行に不要なもの全てを取り去ったり、アクリルに材質変更したりでFIA公認重量は830kg、そこにロールバーを入れたり、オイルクーラーやサブラジエータ&ヒーターを入れたりと30kg加えて860kg程度と推測しました。実際はもうちょっと重いかもしれません。

 さて我がコンテッサはどんなにがんばって、すなわち本題であるカムプロファイルを検討して多少なりともパワーを得てもせいぜい85hpが現実的な数字、一応入れたみたものの90hpは非現実的と考えます。でも80hp程度になればホンダS600などに対して少し戦闘力がありそう、だが1600cc以上のクルマにはまったく歯が立たないのはこの表から明白です。ウ〜ン、これでは夢も希望もありません。まずはとにもかくにも大きな馬力、軽い個体に加速力あり、すなわち “戦闘力” ありです。

 全体を見ると、現代のスポーツカーに比べて倍近くも劣るパワーウェイトレシオです。また年代に関係なくスーパースポーツたちに比較して3倍ちかくも差があります。実に絶望的な感じであり、考えるだけでパニックになります。

 さらにパワーウェイトレシオについて実際に走る性能の検証をしてみましょう。今ではあまり使われてませんが加速力の指標となるSS1/4、つまり0-400mのタイムを検証すると明らかです。

 当時のデータをみると、表中の6.3のフェアレディ2000 (SR311) は、15.1秒とダントツです。7.8のホンダ 1300 クーペ 9も、16.9秒とコンテッサと同じ1300ccにしては例外的な性能です。9.8のルノーゴルデーニ R8 (1,255cc) は、17.5秒とこれまたすごい性能です。12.2のホンダ S600と12.9のトヨタ スポーツ800は、それぞれ18.7秒と18.8秒です。そして我がコンテッサは、14.5、19.8秒です。これら以下の表にまとめてみました。パワーウェイトレシオとSS1/4の時間の関係は明白であり、パワーウェイトレシオが小さいほど加速力が良いことで、表のように完全に比例しています。

20191004 Power Wgt Ratio 2

 以上のように、パワーウェイトレシオの小さいほど加速力が大きいことを実際に走る数値をもって証明した訳です。なお、ここでの数値はあくまで一般市販車をベースにしたものです。オプションのクロスミッションなどは考慮に入れてません。また、ジムカーナなどの現場では、各車それなりにエンジンのチューンアップ/スープアップ、そして様々な軽量化、極端にはドライバーズシートだけのドンガラ車も珍しくはありませんので現実は違った数字にもなるでしょう。いずれにせよ、ここでの数字は公に公表されている一般標準車両の馬力&重量です。

 まずはジムカーナでの戦闘能力を得る第一歩はパワーウェイトレシオであることが間違いなさそうです。

 この検証は正しいと考えますが、実際の “戦闘力” はどうなのか?であり、サーキット、ヒルクライム、そしてジムカーナ、それらを考えればパワーウェイトレシオの “絶対指標” であるかは再考が必要と考えます。例えば、ジムカーナの場合、それに路面とちゃんと対話できる最適なシャシーの性能 (最近ではタイヤも大きなファクター) 、そして最大はドライバー本人の性能&能力 (クルマを壊さない/無理を掛けないも要素) が大きな要素になるでしょう。つまり自分が考えるには、パワーウェイトレシオ=20%シャシーの運動性能=30%、そして最大はドライバーの技量=50%でしょうか!

 スポーツカーでないスポーティカーである非力なコンテッサも20%の効果に寄与するパワーウェイトレシオ対策のパワーアップに向けた "カムファイルの悩み” でありました。(続く)

20191004 Power Wgt Ratio 1

参照文献:

  • 三栄書房 ROAD TEST DIGEST (1967.9)
  • オートテクニック (1969.12)

2019.9 長月 (ナガツキ)


2019.9.30:本日のデリバリー - FRAM PH30オイルフィルター

20190930 FRAM PH30

 コンテッサの車検でオイルフィルターの手持ちの部品に問題あり、取り敢えず、モノタローから購入しました。早朝、調布に向かい、合わせてオーケー、事なきを得ました。

 車検は無事完了、夕方、コンテッサとともに自宅に戻りました。こ

 ここ数ヶ月のどんでもない生活が日常となってしまい、十分な準備なく何もともあれ車検に出しました。それが結果的にいろいろな問題へと、整備工場のみなさんには面倒をかけてしまいました。

 さて、米国Summit Racingに注文したFRAMAのPH30オイルフィルターは予定通り、夕方デリバリーされました。これでこの先、数年、オイル交換に対応できるでしょう。まずはハッピーエンドです。


2019.9.28:コンテッサの車検 (続)

20190928 Shaken Monotaro

 さて昨日のオイルフィルター騒動が一夜が明けました。

 朝9時過ぎにさっそく玄関チャイムがなり、モノタロウのオイルフィルターが届きました。さすがモノタロウ、注文からわずか18時間です!

 品物はAC DelcoのPF46E、外寸は予定通り一回り小さいがこれでいいでしょう。月曜日には取り付けられることを目論んでいます。

 さてバックアップのSummit Racingに注文したFRAMAのPH30はどうなっているでしょうか?

 発送はFedex、Summit Racingからのメールにある追跡番号をクリックしてみると、注文から20時間へた今は、すでに出荷となり、発送途中でメンフィスにあり、松戸の自宅には月曜日の午後6時に配達予定とあります。注文から70時間あまりで届くようです。

 到着が楽しみです。

(追加)日曜日の朝 (9/29) の朝、ブツは午前10時過ぎにはすでに成田に到着していました。何時ものことですがここからが距離の割には時間がかかります。到着予定は明日の午後6時までですから50キロほどの距離に最大32時間かかることになります。

2019.9.27:コンテッサの車検

20190927 Contessa Shaken

 2013年の公道復帰から早6年、4回目の車検です。復帰当時、2013年型新造コンテッサなんで言ってましたがもう立派なメンテナンスフェーズに入りました。新造した部分のケアも必要な立派な中古車 (?) であります。

 早朝に家を出て、いつもお世話になっている調布の工場には8時前に到着、しばしシャッターが開くのを待っていました。

 さて、オイルフィルターを外して、新しいフィルターを入れようとしたら大問題が発生、それはネジのピッチが合わないということが判明したのです。ネットを使いながら正確なピッチをチェックしたら本来は13/16-16であり、交換用に持ち込んだのは3/4-16でした。

 とにもかくにも調布から松戸の自宅に電車で戻り、手持ちを携え調布に戻りました。チェックするとやはり3/4-16。一応、この日に検査ラインに通すことは中止しました。

 何でこんな間違いをしたのか、頭をクールダウンして考えたら、自宅のガレージ内に在庫しているのが昔購入したものも含めて全部は3/4-16、それがそもそも間違い、どこのタイミングで間違いで購入、そのデータを元に新たに買い足したものも間違いだったと実にお粗末なものです。1年前に入れたはずしたものが最後の13/16-16だったのです。

 その場で、すぐに入手できるものをチェック、モノタロウにあることが判りました。ボデーは一回り小さいですが “フォーム・フィット・ファンクション” でヨシと当日発送可能な3時前ギりギリに注文を完了しました。これで明日の土曜日には手にする事になります。

 そして家に戻り、今まで使っていた13/16-16のフィルターの同じものを米国のSummit Racingにバックアップとしてオーダーしました。

 改めて感じたことではありませんが、適合に関しての情報がモノタロウ含めて、ネジに関してあるものの、大きさだとか性能 (フィルターの材質や特徴) などに国内のサイトには記述されてません。日本は品番や車種 (これもかなり大まか、あれば良い方か) というスーパセットだけの情報です。やはり “フォーム・フィット・ファンクション” でメンテナンスあるいは物事を考える土壌では残念ながらないようです。

2019.9.20:RECARO RS-G 期待そして大いなる失望!

 目下、”コンテッサ 人車共OHリハビリ中” 状態、その課題の一つがドライバーズ・シートです。

 6〜7月中に安静中に悶々と考えたのが日野純正のバケットシートの限界です。今回が初めてはありません。健康に何の問題のないしかも強靭な身体であればその欠点も吹っ飛んでしまうでしょう。しかし腰回りのサイズが全く合わないとか腰回りに怪我・障害があるとんでもないことになります。ビ筑のジムカーナで今まで2回ほど腰をグニャリを非常に不安になったあるいは危険になりそうな場面がありました。

 今回のアクシデントで縦方向の圧迫に注意が必須です。そこでまず腰に良いレカロと考えました。事実、事務所の仕事用の椅子に1995年以来、4半世紀もレカロオフィスチェアを愛用しています。その腰に対するサポートの良さは絶大なる信頼があるからです。

 そこでRECARO RS-G、日本人向けの日本仕様の小ぶりになったものです。今日、出先の帰りにレカロ製品がすべて置いてあると言われる東雲のオートバックスに行きました。やはり実際に座ってみなければわかりません。

20190829 RECARO Autobacs

 現場にはRS-GKのみで、目当ての競技向けのRS-GEはなく、ベロアの質感などは確認することができず、現物のRS-GKで座り感を試しました。確かに横方向のサポートは絶大でした。自分のようにかなり細めの体格には良いと感じました。ただ何度も確かめると縦方向に大いなる問題を感じました。それは強靭な硬い底の面に3センチぐらいのヤワなクッションだけです。これは完全に腰椎に極度な負担をかけることになると判断しました。要は公園などの樹脂製ベンチにクッションを敷いたようなプアなものです。

 みんカラなどのRS-Gの評価に一人の方が書いてました。RS-Gに交換後、突き上げが非常にきつくなったことを指摘してました。ワインディングやサーキットは良いが一般の道路での使用に不向きとも書かれていました。おそらくサスの硬いあるいはタイヤの問題もあるでしょう。と、言うことでこの意見にすぐに納得しました。

 結果的に自分としては大いに期待していたRECARO RS-Gは不採用としました。なるほど、パリダカの菅原 義正さん曰く、「ラリー走行時の縦方向の圧力で脊柱&腰椎の圧迫で数センチ身長が縮んだ」は真実のようです。

 また、オートバックスでさらにわかったのですが、シートレールのデータ、寸法や車種向けの情報、すなわち取り付け位置などの情報は企業秘密で出ないそうです。自分としてはコンテッサ用で一番加工し易い形状のものを知りたいと話しましたが企業秘密の一点張りでした。非常に残念な対応でした。これにもやや失望感を禁じ得ません。

 また、RS-GEのベロアは座るにくい、展示のRS-GKのグラスメッシュがよいとか、さらに競技に使うならより価格の高いのを薦めるなど、オートバックスの店員の目線にも大いに抵抗を感じました。納期はこの専門店であっても2〜3週間と完全な受注とのことでした。

 さて、この先どうしようか、今、購入してある競技専用品と言われるSPARCO (SPARCO Speed F104) にするか、これはコンテッサのレーシングシート同様にまれなフレーム構造で尻のクッションがバンドのケージタイプなので突上げがありません。ただ重量はRECARO RS-Gの樹脂製の5kg弱にくらべてこちらは鉄フレーム構造ですので8kg台と重いです。

 しからば、COBRA CLASSIC RSにと、ただこれはじっくり確かめたことがないので不安です。

 とにもかくにも善は急げ、あるいは急がば回れ、どちらにするか!日野製バケットシートを自分用に改造するのがベストを考え、当面の手間の掛からないテンポラリーソリューションを考えることにしました。

2919.9.14:神様に会う!その名は、Mr. ED ISKENDERIAN

 今から3ヶ月前の6月7日の金曜日、人生の中で記念すべきことが偶然にも起きました。

20190914 ED ISKY 1

 それはその日の夕刻、出先からガーデナ (米国ロス近郊) のホテルに戻る際でした。交差点で目にしたのがホットロッド・カムで長年のトップサプライヤー&クリエータとして超有名なISKY RACING CAMED ISKENDERIAN RACING CAM社の建物でした。時間もあったので飛び込みで事務所に入りました。

 事務所でED ISKENDERIANさんの息子という方と話が始まり、昔の話になり、そうしたら親父は工場のどこかにいるから探して来ようと工場の中に入りました。この時、自分は何が起きているのか推測できませんでした。そうしたら、奥からどこかで見慣れたお顔の老人が出て来て、話が始まりました。ホットロッド界のレジェンド、いやそれ以上の神様、Mr. ED ISKENDERIANだったのです。びっくりしてしばし言葉を失いました。

 「以前、会ったことあるか?」と質問され、実は初対面であります。そして自分の紹介をして、今、自分のクルマのカムも自分でオーバーホールしている、その写真を見せたら、「それはヨシムラのカムか、それとも…」などと会話が弾みました。

20190914 ED ISKY 2

 そうこうして氏は工場に入り、戻って来て、「君にこの本とDVDをあげよう」と有名な最近の書と講演のビデオをいただきました。おまけにEd Iskenderian and the History of Hot Roddingには、サインと “The Racing Brother, Satoshi” とこれ以上ないお言葉をいただきました。誠に粋な計らいであり、歳をとっても思ったことを即実行すれば素晴らしいことがあることを再認識しました。

 氏は今年で98歳、まだ工場で数時間/日の作業を日課としているそうです。100歳を間近にした現役、すごいですね、正に神様にお会いしたようなものです。とんでもない大きなエネルギーを頂きました。

 最後に日野との関係、と言っても日野自動車でもピートさんのBREでもありません。それは、The SAMURAI  (ヒノ・サムライ) の4人目の個人オーナー (米国人) は、全く個人レベルでGR100エンジンのレーシングバージョン、YE28をサムライに搭載して、馬力を引き出す努力をしてました。それは1970年半ばでした。そのオーナーの手記によれば、最後に馬力を引き出したのが、上記の ISKY社のカムだったとあります。Mr. ED ISKENDERIANに依頼し、二種類、トルクバンドが7,200〜8,200rpmのピーキーなものと少しマイルドにしたものがオーナーに提供されたそうです。

 結果的にそのカムでGR100-YE28エンジン140+馬力に達したそうです。日野自動車のR&Dではせいぜい110+馬力だったので、OHVエンジンを何十年も手がけているカルフォルニアのホットロッドのカムチューンの奥深さを証明するものです。Mr. ED ISKENDERIANのカムを得たヒノ・サムライは、結果的に数年、SCCA SWリージョンで50戦弱戦い、3年連続オーバーオールチャンピオンを獲得しました。

 最後にもっと感銘を受けることは、Mr. ED ISKENDERIANはそのカムの開発&製造に関わるコストを受けとらなかったそうです。なぜならな、当時としても旧くなったエンジン (しかも商業目的でなく個人のレーサー) のものから金はとれないと、受け取りを拒否、何ともサムライ・スピリットを感じるものです。正に『神』そのものであります!

20190914 ED ISKY 3

2019.9.7:摩天楼を前に “成功汽車修理” - NYCの旧車

20190907 NYC BB 1

 9月7日の金曜日、午前で予定のカンファレンス終了、午後からはオフとなり自由の身になりました。そこでホテルからすぐそばの有名なブルックリンブリッジ (Brooklyn Bridge) の橋のたもとからマンハッタンを見てみたいとそばの公園へと向かいました。

 この場所 (画像参照、右端がブルックリンブリッジ) はかつてのCGTVの1989.11.5 - 世界一素敵なフェラーリスタの中の250LMのオーナーのインタビューに登場しました (参考:YouTubeに一部の映像がアップされました) 。オーナー氏は正に尊敬に値すべきお方の一人で自分とは格が違いますがその生き方を今でも範としています。CGTVのビデオを時折眺めるが楽しみの一つであります。

 そんな場所に向かう途中に“成功汽車修理” という中国系オーナーと思われる修理工場がありました。そこには初期のナローポルシェが2台もリフトの上にありました。過度な厚化粧も整形美容もない AS-IS コンディションで自分の好みであります。また奥のリフトには旧いメルセデスもありました。

20190907 NYC BB 2

 写真撮影の許可もいただきゆっくりと眺めさせていただきました。土地柄、冬は雪でさびがあるのかと、実際はそんなものもまったくなく実に綺麗な下回りには驚きました。修理で入っているのではなく、おそらく、売り物でしょうか?

 さてこの “成功汽車修理” と摩天楼&ブリックリンブリッジはグーグルマップで見ると以下のようです。ポルシェもちゃっと見えます。(ここをクリック:“成功汽車修理” から摩天楼を観る)

2019.9.4:ベトナム初の自動車OEM - オールデジタル&新ビジネスモデル  

20190904 Siemens Vinfast

 今年も縁あって、業界大手メーカー、シーメンス社主催の年次会議に出席、今回は米国ニューヨークで開催されました。

 当該企業の最新状況&今後の戦略の紹介がメインです。世界からおよそ200人ほどの関係者の一員として出席しました。

 今回の個人的に大いなる興味をもったのは、ベトナム初となるVINFAST社についてのプレゼンでした。ベトナム最大規模のVingroupは不動産、ホテル、ゴルフ場を始めとするスーパーや小売り店を展開、そしてまだ手をつけてない製造業への参入へと、それがベトナム国民のための自動車への展開でした。

 この展開方法 (ビジネスプロセス) が従来の方法とまったく異なるものでした。アイディエーションから続くプロセス全てがデジタル技術です。そして2017年に始まったユニークなのはデザインのコンペが行われたことでpininfarina社が選択されました。自社デザインに始まるプロトタイプ製造に至るプロセス (設計&生産) はBMW社との契約 (技術ライセンス) で進められ、およそ1年後の2018年秋のバリショーに於いてセダンとSUVが東南アジア初のOEMとしてデビューしました。

 2018年末には工場 (プレス/ボデー/エンジン/塗装&組立) も完成5000人規模の従業員を配し、ベトナム国民向けのクルマが発進したようです。

 ここで感じたことがかつての日本が60数年前に欧州からの自動車の技術導入が国策として始まった訳です。CKD方式での技術習得の積重ねが今日の日本の自動車産業へと長い時間をかけて発展しました。しかし、このVINFAST社の例はおよそ2年と言う短期間で自社ブランドのクルマが出来上がったのです。

 重要なことはVINFAST社にクルマづくりのすべてがシーメンス社を含む多くのドイツ企業の努力 (及び技術) で成り立っていることです。そして背景にデジタルベースのモノづくりであることです。今回発表のセダン&SUVモデルはBMW社の1世代古いモデルをベースにしたものと分析しますが、アジアの新興市場のみならず世界の新興市場に大きな影響を与えるスピード感あるビジネスモデルと考えます。

2019.8 葉月 (ハヅキ)


2019.8.31:アウト ガレリア “ルーチェ” - 小林 彰太郎展

20190831 CG KOBAYASHI 1

 8月も末に迫ったこの日、先の4月の幕張メッセのオートモバイルカウンシルの場で ”カーグラフィック誕生のプロローグ - CAR GRAPHICの誕生と小林彰太郎” 主催のアウト ガレリア “ルーチェ” のオーナー氏に公約した現地見学を果たすことができました。

 友人と共に会場に入るとライレー (右の画像) とともにそれは適切に走っていることを証明するいいオイルの香り (これはこのばに居なければ絶対に分からない) とその展示のオーラに圧倒されました。何がすごいか、展示の車そのものの個体はここ何十年か各所で目てしているので一同に介していることはすごいですが、特に会場の史実の各種資料のコンテキストの整理に驚くとともに大いなる感動を得ました。こじんまりとした会場を何度か周回してそのために懐かしいものあるいは発見がありました。

 この展示に数ヶ月も貴重なクルマ個体をオーナーからお借りする努力も大きなタスクだったでしょう。しかし、それ以上にこれだけ特定の歴史にフォーカスした史実をまとめるには相当なプロジェクトだったと推測します。アウト ガレリア “ルーチェ” とその関係者の皆さんにこのようなものを見学できたことに本当にお礼申し上げます。

 さて、立場上、どうしても会場で展示があった日野自動車ネタに、それらを以下のようです (最後の画像は小林 彰太郎さんが自らつくばサーキットをドライブした際ものです:2006年9月23日撮影):

20190831 CG KOBAYASHI 2

日野コンマース、第一回日本グランプリ、1963年5月。CARグラフィックの取材車だった!
欧米のレース上でよく見る光景、ルーフでのレース観戦、
日野コンマースは万能ミニバンのさきがけであったのだ!

20190831 CG KOBAYASHI 3

日野コンマースを壁にモチーフ、日野車エンスーのみならずものすごくインパクトある展示方法だ!

20190831 CG KOBAYASHI 4

ルノー日野4CVでの第一回アルペンラリー (1959年7月10日) 、
モーターマガジン、1959年9号、日本アルペンラリーレポート、来年こそはの記、武田 秀夫・小林 彰太郎の参考閲覧
右の武田さん、日野のシャシー技術者、日野コンテッサのルノーを
真似してないラジアスアームの設計者、
後にホンダに移籍、一連のF!のシャシーの設計、ホンダ1300のクロスピーム、
最後がオデッセイRB1開発と分析する。
ホンダ車内ではカリスムと言われていたとお聞きしている。
氏の足の設計は柔らかいと、ホンダ車の足は氏が現場を去った後は再び硬い方向に、
コンテッサも同様、900まではよかった、しかし1300は不自然な足に、
オーバー&アンダーが同時に発生する奇妙なクルマと外国では評された。

20190831 CG KOBAYASHI 5

日野コンテッサのロードテスト、1961年3月22&23日。
モーターマガジン、1961年5号、ロードインプレッション:コンテッサ デラックの参考閲覧
氏のコンテッサデラックスへの評価はすこぶる高く、
80km/hまでの加速が15秒とか、特に操縦性について、
「現在の国産中、操縦してもっとも面白い軽快な操縦性をもっている」と、
コンテッサべた褒めである。なるほど、これでは、それなりの操縦技術を持った
つわものばかりの1963年の第一回日本GPでのダントツ優勝は納得である。

20190831 CG KOBAYASHI 6

2006年9月23日、筑波サーキット (TC2000) 、CCCJ/SCCJのInterClub、パドックでの一コマ。
このライレーで優雅に走行されていた光景は今でも脳裏に焼き付いている。

2019.8.25:ミニ生誕60周年 - 座右の書

20190825 MINI ^) Years

 昨日土曜日 (8/24) の朝日新聞の夕刊をみて気がつきました。ミニ生誕60周年の記事が日本市場の立役者こと丸山さん (最近ではCOBRA DAYTONA CSX2602のオーナーとして世界的に有名) をフォーチャーして大きく報道されていました。日本ではFISCOでこの土日に二日間の大イベントが行われたようです。FaceBookの友人たちもFISCOからリアルタイムでアップしています。本家の英国でもMini's 60th celebrations in 2019を開催、現行MINIのMini Cooper 60 Years Editionが発売されて生き絶えることなく今後も成長するのだと意気盛んで実にうらやましいものです。

 このミニ、1959年8月末に販売されたようです。まさにこの8月末は60年目の記念すべき時なのです。画像の左のThe Autocar,  AUSTIN SEVEN、28 AUGUST 1959は、その記念すべき一冊です。運良く、今から数十年前にカリフォルニアの古本屋で他のThe Autocar何冊かとともに手にしていました。この号にミニ、すなわちAUSTIN SEVENについてサプライヤ含めてそのすべてが解説されています。今でも時折ながめるのが楽しい一冊です。たまたま手にしていたのがラッキーだと思っております。

 さて画像の右のhow to Modify your MINIはエンジンのチューンアップ本です。これも何十年から参考にさせていただいております。同じOHVのロングストロークなので共通点が多くあります。燃焼室、CAM形状など多々参考になります。とくにストローカーのセクションは詳細な手法が書かれており、何度読んでも勉強になります。

 昨日の朝日新聞の記事から思ったことをメモしました。それに今だメンテ&スープアアップ部品が豊富で、個体も世界に数知れず生息し、進化を止めることのないミニに嫉妬を感じるものです (参考:CRANKSHAFT 84MM STROKE EN40B STEEL CRANK) 。それに比べればコンテッサなんで何十万分の1の個体数、部品もノウハウも無い無いずくし、そんな環境で進化したいなんて頑張るには、実に無駄な努力と思うものです。

20190824:本日のデリバリー - SIMカード

20190824 Amazon SIM Card

 ここ何年かは現地のT-MobileのショップでSIMカードを購入していました。しかし、ここのところ段々値上がりをして、ツーリスト用の最低価格が30日間有効と長くなり40米国ドルを超えるようになりました。

 そもそも30日もいらないわけです。以前からAmazonで出国前に購入可能なものがいくつもあるのを知っていました。今回は “MOST SIM - アメリカ SIMカード インターネット 7日間 高速データ通信無制限使い放題 (通話とSMS、データ通信高速) T-Mobile 回線利用” の7日間というものを購入してみました。

 価格も割高な米国内のT-Mobileのショップに比べておよそ半額です。アクティベーションなどは事前登録してやらねばなりません。

2019.8.20:松戸 戸定歴史館、徳川 昭武蔵のステレオグラム

20190820 Tojo stregram

 この日は米国の親類が家族一堂、親子四人で来訪しました。

 松戸の由緒ある何かをと戸定邸およびその歴史館を案内しました。

 歴史舘では、”坂川・江戸川水景色” と題して、100年以上前に徳川 昭武の撮影の当時の松戸の日常の風景が数多く展示されて居ました。

 その中で、興味を注いだのが画像のようなステレオグラム (立体写真) でした。松戸のみならず世界を回った際に多くのステレオグラムを残したようです。

 貴重なものを米国から一家共々見させていただきました。

2019.8.17:久しぶりのエンジン始動!

20190817 Starting+Engine

 我がコンテツが5月22日に浅間台に行って以来、ガレージにエンジンも始動せず鎮座してました。

 本日、3ヶ月近くを経て、充分なバッテリー充電後、始動してみました。オイルが下がっているのでまずは燃料カットで映像のように5〜6秒の空回し、これを4〜5回繰り返し、このエンジンの規定の40PSI (2.8k) 弱になりました。

 油圧が出たその後、燃料オンにして始動、この際はすぐに回転が上がってしまうアクセルを開くことはせずジッと我慢、数回の後のアイドル状態で始動、水温自体が猛暑の中で35度程度なので800回転程度で安定状態です。そのまま1200回転にして数分、結果的にはこの回転では冷却機能の方が上回っているようで水温75度程度以上になる気配はありません。

 結果的に水温、油圧、発電系、これらはオーケー、エンジンからのメカ音良し、変なノイズもありません。取り敢えず、久しぶりのエンジン・オンの儀式は完了しました。

 ガレージ内外の不要物の整理、昨年、メガーヌから外したエアコンコンプレッサの原因解明などやること満載です。一つ、気がついたのがエアコンプレッサ、エアを空にしてなかったよう6k程度を指しており、前回の使用から2ヶ月半以上も経てるので空にならないというのが機能的に良いのですが、毎日使う訳でないので、原則は使ったら空にすべきです。気を付けましょう。

 それにしても今日は今まで出来なかったことを色々手を付けました。やはり、クルマいじり含めて、このような作業は歳をとってもエネルギーチャージに絶大と感じた次第です。健康とは良いものだとつくづく感じております

2019.8.26:本日のデリバリー - 今仙電機、Knightホーン

20190816Imasen Knight Horn

 今仙の当時 (1960年台半ば) の120mmサイズのベンツタイプのハイ/ローのKnightホーンです。

 日野コンテッサクーペに採用されていたものと同等品です。ただ、こちらは市販品でメッキ仕上げ、それに対して日野のものは簡易的なブラック塗装です。個人的にはこのメッキ仕上げに軍配を上げております。

 偶然、ヤフーで発見、クリックをして落札をしました。本日、届いて手にしてみると、当時の新品ということはわかっていたのですが、想像以上にまったく劣化のない極上の一品でした。正に感動ものです。

 価格は決して安くなかったものの、個人的にが落札価格i以上の価値と感じております。

 これをすぐ使うか?というとそれは別です。取り敢えず、落札の喜びであり、このような良品に対して文化的価値を感じるものです。

2019.8.15:BRE 510 @1971 Trans Am Race

 昨日の ”8月14日、それは日野車エンスーにとって記念日!” で日野コンテッサのフロントウィンドウ無しのレギュレーション違反でせっかくのクラス優勝も失格になったピート・ブロックさんのことを書きました。

 それから数年、日野自動車の仲介で日産 (米国ではなく東京) と契約したBRE、1971年のTrans Amレースでは2.5リッタークラスのチャンピオンになりました。そのシーズンの一コマが以下の映像です。

 2ndドライバー、Mike Downsさんのフロントウィンドウがレース半ば破損しました。すぐさま、替わりのテンポラリーのモノを素早く装着しました。おそらく日野の時代の経験が役立っていると分析します。

 ここにはMac Tilton (現、Tilton Engineering) さんやJohn Knepp (John Knepp, 1942-2017 - Electramotive = 最強のVG30) さんがメカニックとしてちらっとですがご活躍しています。

 本ビデオの “Against All Odds Nissan Datsun” の510の活躍も御覧ください。当時の米国日産のPRビデオと推測します。YouTubeでいくつかアップされていますが、肝心のオープニングや米国日産の教育プログラムの紹介が入っているのですがカットしてしまったようです。自分が温存しているビデオはしっかりと入っています。

2019.8.14:8月14日、それは日野車エンスーにとって記念日!

 今日は8月14日、毎年、この日を楽しみにしております。と、いうのは今から53年前の1966年8月14日は日野車が日米同時にレースフィールドで優勝を飾ったからです。

 日本では、新しい日野プロト (J494) が富士スピードウェイでの全日本レーシングドライバー選手権第3戦でSPクラスで一位、総合でポルシェカレラ6 、フォードコブラ に続く3位の快挙でした。また、米国カリフォルニア州 Riverside International Raceway での6時間耐久レースでBREの日野コンテッサは、クラスウインを得ました。衝突転倒の結果、ボデーの大きなダメージとなりました。しかし、かなりの周回数の遅れを取り戻しても結果だったようです。しかし、フロントウィンドウ破損での走行により、レギュレーション違反となり失格となりました。

 富士スピードウェイの日野プロトは、『日野プロト 緒戦を飾る 全日本スポーツカーレース(日野社報、昭和41年9月)』に、また、JAFの記録にも明確な記録がされています。

 カリフォルニアでの日野コンテッサの活躍は、コンテッサ1300クーぺ - 驚異の逆転勝(日野社報1966年9月号別冊)』に、しかし一般文献 (当時の雑誌やプログラムなど) では目下のところ、確認ができません。また、ネットの中の検索でも出て参りません。かなりのローカルなイベントだったのかもしれませんが、調査は続けたいと思います。

19660814 HinoProto FISCO

FISCOのスターティンググリッドに向かう山西選手の日野プロト

19660814

 レースを終え、ピートさんの自宅 (推定) に戻った戦闘で傷ついた日野コンテッサ!

2019.8.11:日野コンテッサ、日本GP 第一回 vs. 第二回 ゲイン検証

 昨日の “第一回日本GP (1963年) の日野コンテッサ900のドライバーは偉大だった!” で日野コンテッサ900をストックのままで最速ラップやクラス優勝など当時の105マイルクラブのドライバーの偉業に注目しました。

 ここでは第二回日本GPで更なる制覇を目指しスープアップした日野コンテッサのドライバーたちはどの程度のゲインを果たしのか予選タイムをもって検証してみましょう。

 第二回日本GPはT-3とGT−1でのエントリー、レギュレーションに沿った軽量化&排気量アップなどでエンジンの高出力化、T-3は55馬力/6000rpm、GT-1は70馬力/6500rpm程度とだったようです。ストックの40馬力/5000rpmに比べて大きなゲインです。ミッションはもちろん四速となりました。

 ドライバーの予選タイムのデータから均してみるとT-3では15秒程度のゲイン、そしてGT-1ですとさらに10秒アップと大きなゲインを得ていることが分かります。前年度のストックに近い車両と比べて大きな結果を示しています。

 第二回日本GPに於いて日野コンテッサは相当なる進化を示しました。技術陣の努力の賜物であります。しかし、残念ながら新たに登場した三菱コルト1000の完全なる後塵を拝する結果となりました。如何ともしがたい技術力の差であったと分析しております。それはレースの現場での進展&動向を読む力とも視ます。

  1963年第一回日本GP 1964年第二回日本GP
1963.5.3 1963.5.4 1964.5.3 1964.5.4
クラス B-1 (13周) C-3 (10周) T-3 (10周) GT-1 (12周)
R.ダンハム 14 3'30"9 4 3'37"9 8 3'19"5 8 3.09"3
山西 喜三夫 6 3’36"3 3 3'48"6 6 3'23"7 6 3"11"7
立原 義次 15 3'39"0 6 3'47'4 2 3'29"2 2 3'11"8
小島 常男 13 3'40"2 7   3 3'25"4 3 3'12"6
塩沢 勝臣 16 3'33"9 15 3'56"8 5 3'22"1 5 3'11"5
塩沢 三子夫 7 3'45"1 8 3'43'3 7 3'23"6 7 3'15"9
塩沢 進午     9 3'59"6 1 3'35"7 1 3'18"4
クラス名称 スポーツカーレース ツーリングカーレース ツーリングカーレース GTカーレース

車両仕様は日野のクルマ:第2回日本グランプリ出場車両諸元表を参照

2019.8.10:第一回日本GP (1963年) の日野コンテッサ900のドライバーは偉大だった!

20190812 JPGP1 1

 最近、表題のコンテッサ900について、どのような車両だったのかを真摯に分析をしました。なにしろ資料的には手元には皆無であります。最初は第2回日本GP (1964年) など比較的資料が残っているものをベースを推測立てましたがどうしても納得の行かなかったのミッションなどの装備でした。

 当初、ミッションは幅広いコンテキストをベースに4段と決め付けましたがどうもコラム三速に間違いないと分析するようになりました。その決めてが下の画像のようなものです。さらにシートはベンチシートだったようです。キャブもストックのものでした。

 このようなほぼ市販車程度でB-1 クラスでは優勝を逃すものの15番のコンテッサ (立原 義次選手) が3分28秒2 (平均時速103.818キロ) で最速ラップを獲得しました。 同様にC-III クラスでは上の画像の6番のコンテッサ (立原 義次選手) が優勝しました。当時の日野自動車としてはダントツの高性能車、コンテッサをアピールしました。

 それにしても凄いと感じさせるのはおそらく三速ミッションのストックに近い車両で日本GPに挑み好成績だったと言うことです。それには当時のコンテッサの好成績を支えた105マイルクラブのドライバー達の技量が支えたものと分析するものです。

20190812 JPGP1 2


ご参考:

内外のスポーツカーと競い優勝す - 第1回日本グランプリ自動車レース
1963年日本グランプリ (4輪) wiki => https://ja.wikipedia.org/wiki/1963年日本グランプリ_(4輪) 

JAF 第1回日本グランプリ自動車レース  B―1  レース情報(決勝)
 => http://www.jaf.or.jp/CGI/msports/results/n-race/detail-result.cgi?race_id=1428&window_flg=1

JAF 第1回日本グランプリ自動車レース  C-III レース情報(決勝)
 => http://www.jaf.or.jp/CGI/msports/results/n-race/detail-result.cgi?race_id=1438&window_flg=1

2019.7 文月 (フヅキ)


2019.7.31:梅雨あけ、立秋を待つ!

20190731 de-fumidify

 この日、7月31日、梅雨はあけてるようです。しかし、湿度は90%ととか、相変わらず蒸し暑いです。

 この気温でも湿度がなければ南カリフォルニアのように日差しも風も気持ちよく感じるものです。ここは日本、残念ながらそうは行きません。

 今月半ばからは折をみて、画像のようにガレージの湿気取りです。半日程度で水が一杯も1リッター程度となります。ガレージの空気もカラッと、また室内用のカーカバーの湿気もなくなります。この日立製の除湿機、30n年もので、今でも初期性能は劣りません。並行して使用しているシャープの新しいものよりも性能的に数段上のような気がします。日立の伝統的な妥協のない製品作りに流石です。

 ともあれ、もう1週間もすれば立秋、秋風も吹くでしょう、楽しみです。

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