The Life with my Hino (日野コンテッサのブログ)


2022.1 睦月 (むつき)


2022.1.14:ジャン・レデレ (Jean Rédélé) さんの生誕100年のルノー・アルピーヌ・イベント

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 数日前、FaceBookで参加しているグループ:ルノー・アルピーヌのCRAGI  - Club Renault Alpine Gordini Italiaの案内に次のようなメッセージがありました。

 それは今年の5月17日がルノー・アルピーヌの立役者、ジャン・レデレ (Jean Rédélé) さんの生誕100年になる訳です。イタリアでも日野コンテッサ1300をデザインしたミケロッティさんの生誕:100年を記念してのイベントが開催されています。ポイントは、両氏 (あるいは両社) はクルマの制作にコラボレーションしたことです。また、日野自動車のコンテッサにとっても切っても切れない赤い糸があることです。

 案内によれば、’アソシエーション・デ・アンシエンス・ダルパイン(AAA)、クラブ・アルパイン・ディエップ(CAD)CAUDクラブ・アルパイン・ファクトリー・ディエップがこの機会に団結し、氏の生誕記念日を組織し、アルパインのすべての所有者を集めてディエップ市のウォーターフロントでの大規模な集会を以下のように計画しているとのことです (抄訳) 。

  • 日時:5月28日土曜日と5月29日日曜日
  • タイトル:「JeanRédéléの100年間の1000のALPINE (1000 ALPINE pour les 100 ans de Jean Rédélé) 」
  • プログラムの内容:
    • 神話のALPINEとJeanRédéléの偉大なる作品の展示 (Exposition d’ALPINE mythiques et d’objets souvenir Jean Rédélé)
    • トリビュートイブニング (Soirée hommage)
    • JeanRédéléさん石碑での記念式典 (Commémoration à la stèle Jean Rédélé)
    • ディエップのパレード (Parade dans Dieppe)

 グーグルで検索すると、Exposition d’ALPINE mythiques et d’objets souvenir Jean Rédélé で様々な画像を見ることできます。

 『JeanRédéléさん石碑での記念式典』とはこの場所を言っているのでしょうか?ディエップの市内に入る際のラウンドアバウトで迎えてくれるジャン・レデレさんです。ディエップにとって、氏が如何に偉大なのか感じされる瞬間でもあります。

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 今年の5月はディエップのこのイベントに注目したいと思います。

 以下の画像は、冒頭の表紙のように、『Alpine : Des hommes : Des voitures (アルピーヌ、男たちとクルマたち)  』の中の冒頭のページです。ディエップのアルピーヌに関わったと面々とクルマたちを特集した貴重な内容です。

 ボクにとって、この書籍が重要なことは、その中に、日野自動車に関する記述が合計で3ページもあることです。これは別途、紹介しましょう。

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Chateau Musee de Dieppe (シャトーミュゼドディエップ) から見るディエップの街並み、
奥のグリーンのエリア:ウォーターフロントでこのイベントが行われるのかな?

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我が家のアルピーヌ (系) ガレージ、久しぶりに棚から出したら結構汚れていた!
自分のお気に入りは、ここには無い『A310 1600』だ。

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2022.1.8:トリノ国立自動車博物館、ミケロッティの世界、開催延長へと

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 本サイトのBlog (8月5日) の「天才カー・スタイリスト、ジョバンニ・ミケロッティさんに関する書籍」に書いた、イタリアのMuseo Nazionale dell’Automobile di Torino (MAUTO、トリノ国立自動車博物館) ”の特別展、MICHELOTTI WORLD. 1921-2021 One hundred years of a designer without borders (抄訳:ミケロッティの世界、 1921-2021、国境無きデザイナーの100年) " 、1月9日閉幕でしたが、2月20日まで拡張するようです。これは朗報です!

 日野コンテッサ1300をデザインしたミケロッティさん、生誕:100年を記念してのイベント、各種メディアを見ますとカー・スタイリスト、ミケロッティさんの偉業を称えております。

 なにしろ2,000とも3,000とも言われる多くのデザイン、あのクルマも、このクルマも、といったような具合です。日本では多く知られたBMW2002アルピーヌA110、なにしろシリーズものも多くあるし、またメーカーとの契約で当時、公けにされなかったもの多々あるようです。

 このイベント開催に際して、トリノ国立自動車博物館から日野自動車にも出展協力の要請があり、コンテッサ1300クーペの原画2点 (以下にその参考画像) が貸与されたようです。インタビューなどでは美術品のように厳重な木箱に入れられて送られて来たと、日野自動車への謝辞を述べていました。

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若々しさを否応なく感ずるミケロッティ自筆のコンテッサ1300クーペのイメージ・スケッチ。
自筆のサインと共に日付が12/18/61とある。

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コンテッサ1300クーペのイメージ・スケッチ、ブルーのボデーにホワイトのルーフ!

 日野自動車保有のコンテッサ900スプリントやコンテッサ1300の実車の貸与について、メインの要望として博物館から日野自動車に打診があったものの、最終合意には至らなかったようです。会場の展示車の個体は実に貴重なものを見受けます。また、展示に際して、世界中の愛好者や企業から献身的な申し出があったとお聴きしております。この場に、世界の名だたるクルマと共に日野コンテッサもあったらと思った次第です。

 日野コンテッサのファンとしては、博物館に参上して、現場の雰囲気を感じたかったと思うものの、それは一個人にとって叶わぬ夢であります。博物館のホームページやネットの情報で楽しませていただきました。

 プレスカンファレンスの画像は以下のようにに、公開されています:


 以下は、参考までにMAUTOのサイトからの抜粋画像です。(詳細はMAUTOのサイトを参照下さい) :

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2022.1.5:新しい年を迎えて思う - Simple is Best!

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 最近、ビジネス上の課題について、コトの複雑さ (あるいは複雑にしたがる傾向) について以前に執筆した資料の問い合わせがあり、年始年末で時間的余裕があり、その中の肝となる "Simple (単純さ) " というものを再度考えてみました。

 執筆した資料に中では、Apple社のスティーブジョブズの "それは私のマントラ (真言) の1つであり、つまりフォーカスすることとシンプルであることです。シンプルなものは複雑なものよりも難しい場合があり、すなわちシンプルにするには、考えを整理するための努力が必要です。しかし、いったんそこに達すれば、山を動かすことができるので、結局それは価値があるのです”、そして、イタリアの博識家、レオナルド・ダ・ヴィンチは "Simplicity is the ultimate sophistication (シンプルさこそが究極の洗練である)" など引き合いに出しました。

 これらは複雑なものを克服した結果としてそのような言葉になったものと同感するものです。そして、12月の暮れ、有名な音楽家のショパンも同様な言葉を残してることを学びました。それは、

Simplicity is the highest goal, achievable when you have overcome all difficulties. It is simplicity...” 「単純さは最も高い目標であり、すべての困難を克服したときに達成可能です。....

 おそらくこれは、例えば、ピアノなど練習に練習を重ねてすべてを学んだ結果なんだと理解します。競技スポーツ選手も同様であらゆる引き出しを持つために訓練に練習を重ね。本番に勝負では、如何なる場面でも体が自動的に反応して、戦えることとなるのだと思います。

 素晴らしいですね。人間、いつになっても、精進が必要だと、それも "Simple (単純さ) " を目指してと、自問自答をしております。趣味としてのジムカーナもまったく同じ、普段のクルマいじりもディスクでの思考作業も全く同じと考えます。何事も鍛錬あっての結果しかないのです。

 しかし、最終的には、現実論として、理論物理学者のアルバート・アインシュタインは、"ものごとは出来得る限りシンプルにすべきだが、シンプルすぎてもいけない。" と最高の言葉を残しています。これは疑いの余地もありませんが、いずれせよ、シンプルなのが最善であります。

 本年も日野コンテッサ1300クーペ共々よろしくお願い申し上げます。

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2021.12 師走 (しわす)


2021.12.31:2021年の暮れの三日間

DAY1 - ガレージの整理 (12月29日)

 ここ半年、ガラクタが襲来して以来を経てるエンジンパーツなど、今後必要なものと使い古しの使う予定のないもとに分別しました。最大の問題は作業場賞は、どう作業場所を回復させるかです。

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 その結果、約2.5平米程度のところに作業場所が確保できました。ここにエンジンスタンドや溶接機を設置し、これで懸案のエンジン制作が半年ぶり (2021.5.8:人車共OH中 - エンジン加工 第一弾 完了!) に再開できそうです。と、なると、いろいろと新たなアイデアが、そう、ヘッドはまだ未着手なのでどうするかの選択肢の決定&段取りが脳味噌に中に組み立てが出来てまいました。この先、楽しみです。

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DAY2 - 家事&整理 (12月30日)

 まずは何十年も保存してきた写真アルバム、どうせ見ない、必要なものはパソコンに入れてあると一気にすべて棄てることとなりました。これで結婚式関係を除いてアルバムは無くなりました。そしてもう一つはもう長らく見てない大量のVHSのビデオです。ほとんどがクルマ関係で米国の本屋で購入したものばかりです。昔のFORDのレースとかホットロッドの歴史とか、ある意味では貴重と思うものの、それを思ってはいけないと一気に捨てました。これもほんとうに好きな映像はデジタル化して旧いiPhoneに入れてあり、何時でもTVで楽しめます。これで断捨離項目、やっと二つ減りました!

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 そして親父の時代からの12月30日恒例の神棚、仏壇のクリーンアップ、神棚は親父の時代からのものなにでおそらく自分の歳よりは古いのかな?いつも壊れないように扱いながらクリーアップ、そして補修作業です。そして新しいしめ縄を入れ完了!つぎに神棚のろうそくなど器具のクリーンアップ、最近はクルマ用のMothersを使ってます。ピッカピッカになるのは気持ちのよいものです。また、仏壇の鐘のクリーンアップ、これは見た目だけではなく、音に絶大な効果があります。エンジンの回転物を磨く様なもので、音色がダントツによくなります。おすすめの作業です。これらを部屋の所定位置に戻し、クリーンアップした部屋の内部とともに新しい榊のもとに気持ちよいものです!

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DAY3 - 恒例 筑波詣

 そして家事が完了し、大晦日は恒例の筑波詣です。ことしはコンテッサでは行けず、メガーヌ で参上しました。朝日峠に向かうアップヒルでローダーが前を走ってました。あれ、これ、だれか落ちた?あるいは故障?どこでだろう、なんて考えていたら何と目的地の朝日峠に入りました。そこでは赤いAクラスが待っていました。なぜか、この日は、帰路の流山出口でCクラスが、その少し先の一般道への合流地点で白いCクラスとなんと3回もMB車のローダー積み込みを見ました。なぜでしょう?ハイテクになり過ぎて人間さまと折り合いがつかなかったのでしょうか?

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 そして、恒例大御神の朝日峠の光景、この日はとくにいつもになく7のオンパレード、660も二台ほどありました。ほかにはカプチーノ、ベレット、モーガン、現代のロータス、多くのマツダNDなどなど、満車状態で入れないクルマも多く見受けました。

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 何時ものGTR、117やNAの皆さんはおられず、昨日こられたのかなと、いつもこの日にお会いする方たちと会えませんでした。また、ごく平凡なメガーヌ では箸にも棒にもという感じでした。まっ、イイか!

 そしてスカイラインを走行して裏筑波へと、陽の当たらない地域はモンテカルロ状態でした! この桜川市の山村部が実に好きな光景です、とにかく、裏筑波、西に北にと、クルマを走らすには最高のロケーションです!

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 最後に、皆さん、佳いお年をお迎えください!『筑波山さん』、ありがとう!

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2021.12.19:1965年 パリ・モーターショー - コンテッサ1300の世界戦略 (2)

20211229 Paris Salan 1965 a

 前回、本稿アップしたのが9月、大分時間が空いてしまいました。少しギアアップしてシリーズの完結に向かいしょう。今回は1965年のパリ・モーターショーです。

 前回の1964年編はエッフェル塔を前にしたコンテッサ 1300セダンでした。

 今回の冒頭の画像はルーブル美術館近くカルーゼル凱旋門 (Arc de Triomphe du Carrousel) の前のコンテッサ1300セダンです。この画像も当時のプレス向けに多用されました。

 画像の女性は先のエッフェル塔と異なりますが、コンテッサの個体は3047 WW75のパリの仮ナンバーを持つコンテッサ1300セダンであると分析します。

 また、おそらく1965年の初めには待望のクーペも到着したようで、雪景色ではあるものの、恒例のブルーニュの森での撮影があったようです。

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国内仕様のようにサイドの日野マークはなく、代わりにJM、すなわちミケロッティ・マークが付いている。また、フロントにサイドミラーはないのも実にスッキリしている!

 さて、日野自動車の小型乗用車の師でもあるルノー 公団 (当時) の本拠地、フランス&パリで4CVから進化し、純国産車であるコンテッサ1300を発表&販売すると言う壮大な夢はどうなるのでしょうか?実は1964年のパリーショーでのデビューの際から、フランス人コンサルタントを起用した様々なアクションが見られます。その第一歩がフランスでの代理店設定だった様です。

20211220 1965 Paris+Mr Garnier

左のお方が日野自動車のフランス進出プロジェクトに雇われた自動車業界コンサルタントのM. Garnier氏と分析。撮影場所はAutodrome de Linas-Montlhéry (オートドロム・ドゥ・リナ=モンレリ) と呼ばれるサーキットの正面ゲート前に間違いない (Google マップ参照) 。右のお方は、おそらく人相&服装からこの施設の担当者だろうか?他の場面でも登場する人物である。

 そしてPR向けのメディア対策、フランス自動車雑誌のナンバー1のL’AUTOMOBILEの1965年5月号に有名ラリードライバー&ジャーナリストにより “HINO… une japonaise“ として、日野コンテッサ1300セダンは、OPE: REORDやFIAT 124と肩を並べて大々的に試乗レポートと共に詳細な紹介記事となりました。

20151216 Hino Test France Modified

 評価には、ロードホールディング良し、しかしブレーキングに不満、エンジン音が騒がしい、サスペンション が硬すぎる、ギアのシンクロが温まると障害あり…などが書かれています。自分の感覚とドンピシャです!詳細はこちらを参照:196505_L'AutoMobile_Hino.pdf

 販売チャネルについては、E. Dujardin SA社 (パリ12区、323. RUE DE CHARENTON) と契約できたようで、以下の様な広告も上記のL’AUTOMOBILE誌にも掲載されるようになりました。

20211224 1965 Paris E.D

HINO - ROBUSTESSE FINITION JAPNAISES、英語ではROBUST JAPANESE FINISH、つまり "堅牢仕立ての日本車" であろう!オートドロム・ドゥ・リナ=モンレリでの白いセダン (7152 W 75) は、”MADE IN JAPAN" がドアに描かれている。”信頼の品質の日本” みたいなものがM. Garnier氏の戦略だったのだろうか?

 1965年は、実車の販売に向けて大きな進展がなかったように見えます。その背景の一つには、フランスでのホモロゲーション、日本で言えば、運輸省の型式認定に相当するものが得られなかったと分析します。もう一つの問題は日本からどうクルマを送るのかの問題も根底にあったと考えます。

 しかし、そして1965年のハイライトはやはり本稿のテーマである第52回パリ・モーターショーです。何といっても前年の1964年含めも当時の日本のOEMは日野自動車以外、この場には居なかったのですから!

20211220 1865 Paris Charles de Gaulle

第52回パリ・モーターショーの日野のブースには当時のシャルル・ド・ゴール大統領 (18代、Charles de Gaulle) の来られ、コンテッサ クーぺを見学されたようだ。中央の大統領の右横には、日野自動車のコンサルタントのM. Garnier氏がおられる。大変、貴重な歴史の記録と考える。

20211224 1965 Paris Layout

このレイアウト図から診ると、上のクーペの画像の向こうにはGLASが正しく見える。想像が膨らんで面白い。手元にある他の画像などの分析をすると、日野の右隣のSBARAは出展しなかったようで、そこにはコンテッサの白いセダンが鎮座していた。

 1965年、このように販売チャネルや価格設定もされたものの、販売開始は至らなかった様です。それについては、次回に記述しましょう。

 以上、紹介の各種、画像や雑誌、これら多くはパリの例のクルマ専門の古本屋で入手したものです。それも一回で集まったものでありません。以下の白いコンテッサセダン (1009 W 75)、L’AUTOMOBILEの1965年5月号の試乗に使用された個体、この写真もこの古本屋で入手しました。その裏には、なんと “L’AUTOMOBILE” も印 (参考までに、画像に貼付け) が!寸法などいろいろ表記があり、おそらく編集に使われたものと分析、そんなものが流れて来る、パリの古本屋です!

20211224 1965 Paris L'AUTOMOBILE


 冒頭画像のルーブル美術館近くカルーゼル凱旋門 (Google マップ参照) に、ビジネストリップの縁があり、ついでに自分の足で出向きました。この前でコンテッサ1300と当時の日野自動車の内田 一郎さん (素晴らしきカー・ガイ達) たちは欧州進出を目指していたのかと、勝手な妄想をし、感無量でいたことを昨日のように思い出します。実はその後も機会あればこの地を訪問しています。自分にとって、幾つかある日野コンテッサ1300の聖地なようなものなのです。

20000903 Paris Arc de Triomphe du Carrousel
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2021.12.11:みんカラ、過去所有のクルマの登録?

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 今日、ヤフオク見たら、日野ブリスカが出てました。結構な入札になっているようです。そこで思い出しのが昔、所有したトヨタ・ブリスカです。

 日野j自動車は、トヨタ業務提携の証しとして日野コンテッサと共に小型ピックアップトラックの日野ブリスカ1300 を撤退しました。しかし、トヨタとして空白だった小型ピックアップ、すなわち日産やいすゞに対抗するための一時しのぎとして、1967年4月 (昭和42年) からトヨタのブランドとして、少々改善が施されて販売されました。結果的に1年間の期間限定販売で、新しい車種:ハイラックがでました。

 思い出したついでに、みんカラの過去所有に登録しようとしたものの、日野ブリスカは該当しないなのでダメな様です。残念!以下は、紹介しようとしたテキスト:

++++++++++++++++++++++++++++++++

 1995年のとある時期に仲間内で、トヨタ・ブリスカがとある所にありエンジンだけを使おうという話しを聞きつけました。そう、エンジンは日野コンテッサと同じですが、次期モデル向けのパワーアップされたものが、トヨタ・ブリスカに搭載されていたのです。

 当時にしても、何しろ走るブリスカは世の中に存在しません。これはいかんと思い、その個体を保有している船橋市の中古業者に問い合わせをして、結果的に車両を買い取ることにしました。まったくもって浦島太郎みたいな話しです。

 車検は切れてましたがちゃんと走る状態であり、仮ナンバーで松戸に帰りました。ただ、我が家は空いた土地がある訳でもない普通の住宅であり、当然の事ながら駐車スペースがありません。近所の駐車場を契約して保管しました。

 ピックアップ・トラックは1980年代前半、長期滞在中の南カリフォルニアで友人のフォード・ランチョロ(7th Generation)をご好意で貸していたきました。女房の足車にと、そして週末の家族4人の足にさせていただき堪能し、ピックアップ・トラックは、今でも憧れの車です。

 そしていずれは、チーム・サムライの日野ブリスカのようにレーシング・コンテッサと全く同じ白のボデーに橙のストライプのカラーリングを入れようだとか、デフの減速比が大きいのでダットラ流用で乗用車並みのものしようかと誇大妄想だけが空回りしてました。

 その昔、ピート・ブロックさんのBRE側は日野に、日野ブリスカ1300でバハ1000などのデザートレース参戦を打診してました。しかし、日野はピックアップトラックのレースを理解することはなかったようです。

 結果的に購入したトヨタ・ブリスカは、月極駐車場のまま、時折、その中を走行したりして、4年弱を経た後、幸運なことにトヨタ・ブリスカのファン(映画:ワイルド7)である愛知県の若い方のもとへと嫁ぎ、その後、車検も取得しました。

 以下は、その当時の画像です:

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2021.12.8:SCCJ Time Trial @トミンモーターランド 参加記

 先の日曜日 (12/5) 、縁あって、由緒ある自動車クラブ:SCCJ (Sports Car Club of Japan) のタイムトライアルに、ビ筑のHISクラスの皆さんと参加させていただきました。愛機、コンテッサ ではなく、ルノー ・メガーヌ 2.0 CVTです。

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 場所は茨城県かすみがうら市のトミンモーターランド、ボクにとって、松戸の自宅からは比較的アクセス、時間含めて楽であります。

 このイベントはトミンモーターランドのBコースを使用、元自動車教習所だったとか (Aコースは2輪主体の立派なミニコース) 、当初は、このコースでどう走るのだと大いに疑問がありました。以下は、当日のコース図です:

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 このコースを二周回ってタイムを計測、この日は都合、3回のトライアルの設定となりました。もちろん、その前に完熟走行みたいのを何周か集団でノロノロと、これはコースを記憶するにはとても良い方法だと思いました。

 さて、以下は本番走行の1本目のオンボードカメラと仲間のIntermeccanica 356さん (映像をMTKS) の映像を合成したものです:


 はじめてのイベント且つ1本目、大分、緊張気味で走行、では2本目、3本目のタイムが良くなったのかと、残念ながらこの手作り感満載のイベントはアナウンスもなし、計測の発表もなく、実際のところ分かりません。

 では、オンボードは、残念ながら、2&3本目はオンにするのを忘れてました。美味しい弁当をいただいたり、会場の雰囲気でついついのんびりしすぎた様です。歳はとりたくないですね。

 今日は、3本目、実は珍事が発生後からスタートした筈のビートルがゴールではすでに先に入ってました!何故?出走待機中のIntermeccanica 356さんのオンボードにはちゃんと、証拠が、ボクは二周後、チェッカーは振られてなく、そのまま、走ってしまったのです。

 そう、走行中の自分はチェッカーがある筈なのだが振られてない!、アレッと考えながら、仕方なく、そのまま走ったのがちゃんと記憶に残っており、これまた、正しかったと、チェックカーが振られるまで、どうも永遠に走りそうですね!

 なんだかんだで、最後に表彰式、ビ筑のHISクラスメンバー、Ginetta G4さんはSSクラス2位、Intermeccanica 356さんはNクラス3位という入賞結果でありました。

 この日は好天に恵まれ、また寒くもなく、昼の弁当も豪華、そしてなにより、実にゆる〜い運営が良いのかなと、また、この小さなコースでこれだけ楽しめるのはすごいなと一同の意見が一致、来年もと言うことでしょうかね!

 皆さま、お疲れ様でした。以下は当日、我々のクルマたちと個人的に最も気に入った一台 (エンジンが?) です:

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2021.12.7:旧車のハイドロ・シリンダーのスリービングについて

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 旧車の世界でではこなれている車種には問題のないブレーキやクラッチのハイドロ (油圧) シリンダーのお話しです。

 残存台数も少なく、流用&共有部品もなく、それも販売開始後たったの二年数ヶ月の販売 (事実上であり、メーカーの発表はもっと長いが...) で市場撤退を戦略的に強いられた日野コンテッサ1300はそれらの部品などはおいそれと手にすることができません。

 1980年当時以降、所属していた日野コンテッサ クラブではこのハイドロシリンダー (ブレーキ &クラッチ) の対処が長い時間かけて議論してました。それはそれで深刻な問題であるものの、"船頭多くして船山に登る" ごとく、議論はあるものの誰一人とも現実的なアクションを取るものはありません。しかも、世界の潮流であったスリービングを言う手段については、当初から説明していたものの、素人の意見は全く取り上げられることなく、日本の伝統的な旧来の方法の域を脱せず、何年もの間、不毛は議論が繰り返していたのです。

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これは使用過程品、’多くはこのように中にシリンダー面はグリコール系フルードと空気の進入で錆が発生している。また、外部のグリコール系特有の錆が発生してしまう。

 スリービング (冒頭の画像を参照) とは、欧米のクラシックカーの雑誌などによく書かれているもので、それは傷つき、使用限度が過ぎたシリンダーを修復する手段です。シリンダー内部を削り、そこに新たな円筒状の金属を入れ込む、すなわちスリープで新たな面を作り直すものです。材質には多くはサビに強いステンレスやブロンズが使われます。また、インサートにするには金属の特性を考慮した焼き嵌めを使うというのがボクの理解です。素人やガレージ工作では難しいレベルの経験とノウハウを必要とする技術だと思います。

 ボクは1980年代のある時期、英国自動車誌の実に小さな広告、確か、”Over the Sand...” なんとか言うスリービング 専門の業者を見つけ、早速、手紙を書きました。基本的にサイズ (内径) などの説明で、受けてくれることになりました。第一発目は自分用と予備の二組 (ブレーキ マスター、クラッチマスター、クラッチスリーブ) を送りました。

 航空便で送り、すぐに作業が終わり、手元に戻ってきました。実は欧米ではこの種の作業は昔から常識的且つ日常的に行われいるものだったのです。価格的に、材料費とおそらく作業時間分の工賃程度 (1時間?) でした。

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英国の業者によるのコンテッサクーペのクラッチマスターシリンダー、ステンレスのスリービング。

 早速、自分のコンテッサクーペに取り付け、テストをしました。近所を走ったらすぐにジャッキアップしてフロア下のブレーキクラッチマスターシリンダーを目視点検、それを徐々に距離を伸ばす、また少しずつ、過酷な操作を加えると、何度も何度も繰り返ししました。

 この時、初めて知ったのが、ブレーキ よりクラッチの方が過酷な状態にあることも身を持って経験しました。すなわち、マニュアル車は走って止まるまでに、クラッチは4回,完全フルストロークの操作、それに比べてブレーキはたったの1回、それもクラッチとちがってせいぜい10mmもない軽い動作です。その結果、町内一周くらいでもクラッチはシリンダーがかなりの温度で暖まる、しかしブレーキはそんなことはない、と、いうことです。如何にクラッチの方が過酷かということの結果です。そうです、これがクラッチシリンダーの方が痛みが早い、多いという根源なのです。

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英国製のステンレスのスリービングマスターシリンダーのテストベットになったコンテッサ
当初は初めてのことでビクビクだったが段々と自信がついた!

 それはそれで、この英国の業者にはその後、友人分などを依頼、そして90年代の後半でしょうか、3度目の依頼を打診した時です。どうもこのワンマンカンパニーの親父は神に召されてしまい、かなり時間を経て奥さまから「もう出来なくなりました」と、丁重に手書きのお手紙をいただきました。その親父は生涯、毎日々世界中からのハイドロシリンダーにステンレスを焼嵌圧入 (スリービング) していたようです。その技術と経験だけで世界のエンスー相手にビジネスしていたのです。まだ電子メールも無い時代には、手書での手紙のやり取りでした。

19921031The 1st La festa Mille Miglia in 1992

1992年10月31日 The 1st La Festa Nille Miglia in Japan での日本GP再現模擬レース
この頃には英国のスリービングで普通に走っていた!

 そして時を経て2000年に入り、当時、米国のフォード・マスタング(60年代)を得意とするステンレス専門のSSBC (Stainless Steel Brakes Coeporation;現在はStainless Steel Brakes Reborn in Western New Yorkを参照) に打診しました。出張ついでに、ナイアガラの滝近くの現地を訪問し、工場を見せていただいたり、友人たちからあづかった4〜5組のシリンダーを持ち込んだりしたものの結果的にそこでの作業は断念、社の加工方含め色々議論しましたが最終的にここでは加工せず、航空便で送り返してもらいました。ここは個人の工場ではなく圧倒させられる様なかなり大掛かりな設備と従業員を抱えた会社でした。

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 次に行き当たったのは、米国ニューヨークのロングアイランドにある英国車専門(ジャガーやMGなどダンロップ系のブレーキが得意技:Apple Hydraulics社)に話しをももちかけました。社は基本的にブロンズもステンレスも可能(ステンは少々金額が張る)、そして焼嵌加工後のシリンダーの再焼嵌も手がけています。また、加工前にはシリンダー外面のブラスト、後処理の錆止め塗装も表重プロセスでした。ここはその後、何度か仕事をお願いしました。

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Apple Hydraulics社の送付する前のクラッチマスターシリンダー、コンデションは色々。これと同数のブレーキマスターシリンダー、その他、クラッチスレーブの少数のドラムのホイールシリンダーもあった!

 このApple Hydraulics社は補修の再度のスリービング、すなわち焼嵌 (確か2回までと言っていた) 出来ると言う、その理由は実物を見たら理解出来きました。圧入の材料が非常に薄い、ここまで薄いかと言うか、つらいち、そんな感じで、これでは後、2回は確かに大丈夫だなと感じさせます。こんなところに彼らなりにそれぞれの長年の経験と技術があり、それを大切にして商売をしているのではないかと思いました。実はここも先の英国の業者すなわち親父と同様に、たった一人で世界のエンスーを相手にネットと国際宅配便で商売していることが後々判りました。SSBC社の大量生産体制と違った、一人の職人がコツコツと地道に仕事をするというのが如何に大切かも学びました。

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Apple Hydraulics社から戻ったコンテッサのシリンダーたち。
表面はブラストされ錆止め塗装も!

 そんなこんだでApple Hydraulics社にはその後、数回、コンテッサのシリンダーを送りました。都合10本以上も送っても1日程度の作業時間のようで、翌日は発送されます。また、取付部分などヒビもろう付けで修理します。もちろん追加工賃は発生します。また、ピストンなど入れっぱなしだとそれを抜く実費コストが発生しますが、当然と思います。スリービングだけのコストは100ドル/本前後 (Apple Hydraulics社価格表参照) なのです。また、長さによって価格は異なります。あくまで作業工数との関係であります。これは欧米では常識です。

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風を開けると、こんなように見事に綺麗になっている!几帳面にもPOも。

 コンテッサのシリンダー、総計でいうとおそらく20台分以上は微力ながらボクがお手伝いできたのではないかと自負しております。遥か彼方の昔にコンテッサクラブを退会しておりますが、在籍時代、素人のボクのやり方と違って、クラブの自動車修理屋さんが中心に国内の業者にシリンダーをマスで作らせたようで、これも結構、寿命が早く来てしまい (これはおそらく設計思想の貧弱さが原因?) 、その後も国内の機械加工業者にスリービングを委託しているとか、実はそれらがボクの個人的な行為と並行的に走っていたのです。それはよかったのか、あるいはクラブにクルマ屋さんを中心とする幹部の皆さんに迷惑をかけたのかは今も心の片隅にしこりが残る結果となっております。

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シリンダーの内部はこんな感じ、これはステンレスで依頼。
スリーブの厚さが非常に薄い!補修加工ができるという自信が窺える。
つまり、ステンレスであろうと、錆は避けれても傷は避けれないということである。

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このホイールシリンダーは矢印のブリーダ周辺に亀裂が入っていた。
ロウ付で補修、コストはUS$20.00ほどだった。

 さて、このスリービングについては、コンテッサのブログに掲載しておりましたので、コンテッサ以外の車種でお困りの方から相談を受け、紹介をさせていただき、皆さん、ご自分で発送などされて、無事、愛車が復帰したと、感謝のメッセージをいただきボクも嬉しく思っております。

 実は奥の深いスリービングの技術、取付マニュアルを参照

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このコンテッサ1300DXはすべてのシリンダー (下の画像) をステンレスのスリービングを施した。
この1台分の都合7本の加工のみの総費用は約US500.00程度 (約5万5千円) 。
この個体は、グリコール系フルードに換えてシリンコン系フルード (DOT5) のテストベッドにもなった。
そして、ある時期に北関東方面に嫁いた。朗報は今日に至るまでトラブルは聞いていない!

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2021.12.2:PLANES OF FAME - 12月4日 (土) の三菱 A6M5 "Zero" イベント

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 毎日&毎週、米国カルフォルニア州チノ市のPLANES OF FAME AIR MUSEUM  (プレーンズ・オブ・フェイム航空博物館) からフレッシュな情報が配信されてきます。

 今は亡きエド・マロニー (Ed Maloney) さんがご自身の第二次世界大戦時代の航空機を中心としたコレクションやレストアプロジェクトで始めたのこのPLANES OF FAME AIR MUSEUMです。確か、最初に訪問したのが1970年の遅い時期で、零戦も秋水も屋外でバラバラの状態で保存されていました。その後も機会あるたびにある事情・理由 (!?) を理由に何度も訪問し、この場所の空気感が気に入り、それが麻薬のようになっております。

 この博物館のモットーは、Huonor (敬意)、 Educate (教育)、 inspire (奮起)、 preserve (保存) であり、それに従って、永遠とその活動が続いておるようです。

20211202 ZERO SPL Event

 さて、表題のイベントの案内、以下のような触れ込みです。

The Day of Infamy - 80 Years Later" This Saturday, December 4, 2021
Museum's Mitsubishi A6M5 "Zero" to Fly Following Special Edition Hangar Talk!

 12月4日 (土) に三菱 A6M5 "Zero" すなわち零戦を飛ばす、ついては格納庫で特別トークを実施!と、理解すれば良いでしょう。

 そして、ホームページを覗くと:

Special Edition Hangar Talk - The Day of Infamy: 80 Years Later
格納庫での特別トーク - 屈辱の日:80年を経て

 とでも解釈すればよいでしょう。日本人にとって、ちょっと微妙なタイトルです。しかし、毎年、この時期 (すなわち、12月7日の真珠湾攻撃) には米国ではよくある事象だと思います。すなわち、今でも規則正しく、歴史を語り継いていることだと理解します。これが、正に冒頭に書いた、Huonor (敬意)、 Educate (教育)、 inspire (奮起)、 preserve (保存) であると理解します。

 PLANES OF FAMEの格納庫イベントでのトークは、多くは当時の生証人あるいは歴史家を中心に脈々と1〜2時間、語るというもで、ただただお話しをすると、でも大切な行為でしょう。今回の以下の内容です (カッコ内は抄訳):

1. The Prelude to the Pacific War (太平洋戦争の前兆)
2. "Air Raid Pearl Harbor" (空襲真珠湾)
3. Heroes of December 7, 1941 (その日 (12月7日) の英雄)
4. A Look at Pearl Harbor in Popular Culture (ポピュラーカルチャーに於ける真珠湾の考察)
5. The Story of the Museum's A6M5 "Zero" (博物館のA6M5「ゼロ」の物語)

そして、

◎ Guests will be able to see the Museum's Zero start its engine and taxi away at 12:15pm 
  (ゲストは、博物館のゼロが午後12時15分にエンジンの始動と誘導路移動を見ることができる)
◎ Aircraft will fly over the Museum for 20 minutes
  (機体は博物館の上空を20分間飛行する)
◎ Question and Answer with the pilot to follow flight
  (飛行後、パイロットとの質疑応答)

 と、誠に素晴らしい内容です。

 この様なイベントがもう何十年も継続されてるわけでただただ敬服するのみです。また、当時の日本の航空機がこのように大切されているということに何時も感動しております。

 以下は、今から5年前の2016年4月に訪問した際の思い出です。その4月末の恒例の航空ショーに零戦を飛ばすということで、それは貴重な光景を目にしました。つまり、世界唯一オリジナルエンジンで飛行可能な零戦のオーバーホールでした。

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 お話を聞くと、飛行可能になって以来、大きなオーバーホールはなく、今回は37年ぶりとかで、機体をバラバラにしていました。お話によると、バルクヘッドの半分は新たなパネル、キャノーピーのグラスは新造、ナット&ボルト類 (SAEに) 、配管&配線なども新しいものになっていました。ボデーは全て剥離し、必要な部分の修復、再塗装をしていました。2週間後には飛ばすとのことで、新造なった零戦がエアショーで登場する訳です。

 お話した現場のエンジニア (多くは正真正銘のボランティア) の方に、日本の零戦をこのような飛ばすための正しいメンテナンス&リノベーションの行為に日本人の一人として感謝を述べさせていただきました。

 歴史的な旧いものに対するこの種の扱い、すなわち手法、材料だとか、メンテサイクルなど、足元にも及びませんが、何時も自分の所有物 (日野コンテッサ1300クーペなど) に対しても大いに参考にさせていただいております。

 以下に幾つかの画像を添付します:

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2021.11 霜月 (しもつき)


2021.11.20:週末の作業 - 超素人鈑金&塗装

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 2013年復帰以来の懸案事項である作業をある一件のトリガーで急遽開始しました。「2021.11.7:週末の作業 - 久々のビ筑後、気を取り直し、一歩一歩」で記述の通りです。

 この日は、リアのボデー下部に対処、右隅から左隅で全部です。このボデー下部は26年前のオール剥離のリフレッシュ全塗装の際に鈑金&塗装ショップでおそらく完全剥離しなかった部分なのです。

 マフラーなど邪魔なものを外してエアグラインダー&#60ディスクペーパーで塗装を履いてみると結構、パテが、そうこれで一見、綺麗に見えたのだと、まだ懸案の場所も以前の塗装の上に塗ったので地肌も綺麗ではありません。また、その際に錆びていた部分は塗装を剥いてみればそのママの状態で錆びたスポットの穴が残っていました。

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 取り敢えず、部分的に塗装を剥いたもののこの先はどうするか?まずはスポット溶接部分はスポットブラスト処理、そして若干小さな凹みがある箇所は、デントツールを試してみようか、何て誇大妄想をしております。これは先が長くなりそう!

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2021.11.13:週末の作業 - 断捨離プロジェクト

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 今月に入り、政府のコロナ対策の外出自粛も解禁になったせいでしょうか、今までどこもかしこも中止だった旧車イベント、それが先週、今週と日本全国で打ち合わせでもしてたかの様に一斉に再開です!多くの皆さんのネットでの情報も実に盛況です。

 昔でしたらそんな話に浮き足立った自分を思い出しつつ、現実を見つめ、温暖な秋に日差しの下に女房からやいのやいのと言われている不用品の処分、いわゆる、断捨離プロジェクトです。

 まず、2ヶ月前に交換したコンテッサ のスペシャルエキパイです。これは冒頭の画像の個体 (須永 淳選手 第5回富士ツーリスト トロフィー レース 500マイル (1970年11月3日) ) で使われていたものです。そんな旧いものですがここ数年活用していました。しかし、このトヨタブリスカ1300の非常に重い鋳物製はこれでおしまいとしました。保存には場所も取るし、申し訳ないと思いつつ、思い切って処分することにしました。ゴミ出しサイズに切り刻んでしまいました。

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 次に、旅行用のキャリーケース、TUMI製!購入は2001年、もう20年です。ただここ数年はこの古典的なキャリーケースは出番が減り、もっぱらTimnuk2のカジュアルなものなりました。Unitedのタグをみますと2019年3月のL.A~成田となっていました。このケースは結構、酷使しており、増し締めの繰り返し、ボルトなども強化してました。なにしろ、航空では積み下ろしで放り投げられるのは皆さんもご存知と思います。また、中身の検査などで平気でキーロックも破壊されます。ここ何年もチェックインする際はキーロックもせず預けていました。自分のUnitedのマイレッジは100数十万マイルですのでその半分くらいはこのTUMIと一緒でした。でもこれで終わり、よくぞがんばったと感謝!バラしてみると、びっくり、車輪にちゃんとベアリングが入っていました。さすが、TUMI!

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 もう一つ、TUMIです。これは上記のキャリーケースより前に購入したブリーフケース、これもだいぶ前から出番がなくなっています。Timnuk2などのカジュアルにものになっています。これを購入のころは日本ではまだTUMIはほとんど見かけませんでした。仕事仲間の欧米人の中では半ばデファクトになり、いつかTUMIと思い、手に入れました。当時としてはかなり思い入れがありました。キャリーケースと同様に強靭であることは事実でしょうが、中に入れたPCに対してはそうでもなく、購入当時、テーブルの上からの落下でMacBookの液晶がダメになりました。その後は、MacBookは分厚い専用ケースに入れてそれをTUMIの専用スペースに入れるようにしました。そんなこんだのTUMI、お別れです。感謝!

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 今日の最後は、IGケーブルです。Compufire製です。これももう使いません。処分!ただ、貧乏性が発覚、プラグのキャップのゴム、これは外して取っておくにいました。なにしろ、空冷VW用ですが、コンテッサにドンピシャなにですから!

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 さあ、これで狭い我が家のスペース、0.5平米くらいはセーブ出来たでしょうか?継続が大事、断捨離プロジェクト、続けましょう!

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2021.11.7:週末の作業 - 久々のビ筑後、気を取り直し、一歩一歩

 「2021.11.3:人車ともOH中 - 10月30日のビ筑 最終戦 前日練習会」のように結果は人車共、散々な結果でした。コンテッサが完調ならば、この日曜日は久々の大観山に足を伸ばそう、その帰路に大磯のジムカーナを見学しようかと、だが、ブルーな心はそんなようになりませんでした。

 さて、週末、気を取り直して、昨日&今日、できることを以下のように進めました:

(1)再度の油面のチェック。何度やっても同じなんでしょうが。。。

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 そこでニードルバルプのサイズをチェック、1.8です。これが良いのかネットでチェック、なかなか気筒容積との関係のスペシフィックなデータがありません。そこで旧い40PHH-2をチェック、画像のように1.8でありました。これでここの疑いは取り敢えず、パスすることに。。。

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(2)断捨離プロジェクト、不要なミッションを出してみました。40年近くそのままです。一応、ヤフオクに?一円スタートで、と思ったものの、とにかくコンテッサの部品は貴重な割には誰も買いません。何故でしょう?とにかく人気がないのです!いや、実に少ない残存車両台数にくらべて部品が余っているでは?

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(3)デリバリー、その1:少し前にブログで個人的に話題になった下回り部品の防錆用の「液体シール」、久々にモノタロウ から購入、これで後10年は保つでしょう。ついでにコメントをいただいたモリブデングリースも注文、それでも無償配達の3,500円に到達せず、結果的にモノタロウ何とか魂の格安ブレーキクリーナーも注文。

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(4)デリバリー、その2:久しぶり、15年ぶり?プラサフェ (2液性) 、アマゾンに注文。同じものがヤフーでも出てますがアマゾンのほうが送料含めて微妙に安い!

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(5)先日のビ筑最終戦の抽選で頂いた「ヘルメットピラー」とやら、使い道に困ったが、なるほど、逆さに置くにはちょうど良い!本当の使い方?

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(6)乗りもしない自転車 (今では完全な旧車) のタイヤ空気補充。数ヶ月に一度は必要。。。

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(7)女房からやいのやいと言われていた飲み水用のフィルター。左上の二本のように見事に真っ黒。勿論,右下が新しいもの。やはり、新しいと水の出も良いし、味もまろやかだし、スターバックスの味に深みがでます。当然でしょう!?このシステム、20数年前にL.A.のHome Depotで購入したもの、GE製だったが今で手を引いてるようですが、肝心のカートリッジは今でも入手できるのがありがたいです。しかも、このフィルターは目的別に何種類もあり、使用する水の質を知ってないと選択が難しい!

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(8)ガレージの整理、断捨離PJの一環として少しずつ進めてます。これは旧いフォーミュラカー (Le Grand) のHartman製のステアリングギアボックス。非常に簡単明瞭な構造!ロックツーロックが1.8と超が付く!外観をクリーンアップ。オレンジペイントがちょっとついているが、これは我がコンテッサのオレンジストライブと同じカラー!もっともこの部品はもう使うものではありません。

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(9)ペイントガンのクリーンアップ。10年ぶりぐらいでチェック、外観をクリーンアップ。一応、エアを通して見てまだ使える様。右の大きいカップの二つは今は無き20年以上前購入のCraftsmanのガン、モノは英国のDebilbiss (デビルビス) 、確か、150ドルくらいでした。HVLPでエア圧が1.5k指定の超低圧!これは逆さ吹きができるすぐれもの!この画像にあるガンを使い、公道復帰に向けて、コンテッサ の下回り,部品含めて全ての塗装を行いました。

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(10)これが本日のハイライト、何故、プラサフェを購入、スプレーガンを手入れしたかです。実は2013年の公道復帰の時点からしたかったのがボデー下部を綺麗に、最近、ある理由にやる気がでてきました。また、競技走行独特の多くの傷やダメージもかこってしまいました。やらざるを得ないが本音か。いずれにしろ、2月まではジムカーナはないし、この間に作業を進めたいと始めました。素人作業ですが、何とかなるでしょう。

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 以上、備忘録まで!

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2021.11.3:人車ともOH中 - 10月30日のビ筑 最終戦 前日練習会

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 今年のビ筑 第3戦はエントリーしたもののコンテッサ不調で欠席でDNS、第4戦&第5戦も不調を解決できずエントリーせず、この第6戦でなんとか走ってみようと、しかし半年近くのブランク、コンテッサ以上にドライバーの歳が問題、大事をとって正に人車共に試運転で土曜日の前日練習会を申し込みました。

 この日は画像のようにピーカン、秋の空はこれ以上ない紺碧でした。さてクルマの調子はどうでしょうか?

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 先のブログで紹介のようにオールドスクール状態での参加です

 課題&テスト項目は以下の様です:

(1)所謂、省エネタイヤ、ミシュランのエネジーセーバー、175/70R14 + 日野製4.5J鉄ホイール

 エア圧、F=2.0、R=3.0からスタート、最初はグリップどころではありません、簡単に尻が流れます。前後を調整して、最終的に8本目に落とし所が見つかました。F=1.8、R=2.8、これで結構、省エネタイヤでも安定的に走れることが分かりました。これはをベースに後輪のブレーキ圧の調整をしました。最初は25%減、そして、50%減でオーケーとしました。すなわち、結構、フロントに荷重を与える設定です。なお、街乗りの空気圧、そんなに高くなく、F=1.7、R=2.3ですが...

(2)車高調整

 今回、この個体本来のセッティングに修正しました。後輪はリジッドな構成なので問題ないのですが、フロントのトーションバー,結構、決まりません。下げたり、上げたりと難儀、いつものことです。すなわち、全体のバランスです。これで良いとしたものの、ホテルで一晩した後に自然に下がってしまったりで、まあ、これで良いかと、妥協せざるを得ません。

(3)プラグの焼け具合 - 懸案事項

 燃調およびバランスです。実はそんなものをチェックする以前に、この日は発進してすぐ先のパイロン (#5) を前にしてストールしてしまいます。かぶりです。恥ずかしくも何度もです。馬鹿なことにキャブをチェックする前に、それをどう誤魔化すかに脳味噌が動いてしまいます。結局、1日、トラウマになりました。焼けの悪い前側のキャブの油面もチェックしましたが進展はなし、また、以前からあった右回りのカブリは以前よりは顕著でした。

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 このような具合で、久しぶりの練習会も空はピーカン、心はドン曇りと何とも情けない結果でありました。

 明けて、日曜日は本戦、HISクラス、VW1302とRR対決とか、結果はコテンパンでした。発進の問題、右回りの問題、すべて練習会のリアル・コピーでした。プラグの焼け具合は最終セッションが練習会の90度&270度の左回りが右回りになったので、真っ黒と燦々たる有様でした。

 よく考えると、今までも出ていた現象、それが点火系がオールドスクールになって、スポイルされていたのが表に出た、つまり、本当に悪いものが明らかになった!と、いうことは問題をフィックスし易くなったと考えます。

 もう少しがんばりましょう!グッドニュースは現代のグリップタイヤとか高性能点火で判らなかったこと (つまり、自分の能力を勘違いする!) がオールドスクールのお陰で基本の必要性を改めて学んだことです。

 11月7日の日曜日は久しぶりに大観山詣を早朝にして、その足で大磯のジムカーナを見学しようかな、なんて甘い考えは吹っ飛びました。まだまだ神様が許してくれないようです!

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2021.10 神無月 (かんなづき)


2021.10.24:週末の作業 - 来週の久々のビ筑に向けて

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 夏前からの不調をかこっていや我がコンテッサ、原因をさぐるべく日々が続いております。

 昨日の土曜日、最後の手段 (?) としてソレックスキャブの前後のバランスをチェック、本当は3,000rpmでのチェックもしたいのですが、住宅地では無理です。結果的に2,000rpmでチェックをしました。焼けの悪い前側はバタフライの開きが後ろ側に比べて小さい様に見えます。プラシーボにも思えてくるのですが気持ち優先で調整をしました。

 今日は、その結果を見るべく市内一回りのコースへと気分転換含めて走行しました。冒頭の画像のように、江戸川沿いの矢切の渡し付近から里見公園先に出る道路は気持ちの良いものです。以下の画像のポイント、いつまでもこのフラットな光景が続いてくれればと思います。

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 さて一回りして生証人である点火プラグのチェックです。

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 右から#1〜#4 (前方から後方) 、#2と#4の差は以前に比べて小さい様に見えます。でもプラシーボ?そして懸案の#1、やはり悪いです。街中走行なので何とも言えませんがこれは合格ではありません。ジムカーナのような全開走行ならばおそらく焼けてしまうかも知れませんが。。。

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 いずれせよ、ここまででヨシとして、来週は筑波に向かいましょう。

 今回のセッティングは、点火系は昔ながらのポイント方式です。そして点火コイルのみのパワーです。イグナイターとかCDIとか付加的な電子部品はまったく無しのメカオンリーです。マフラーも車検対策もあり、BOLAのストレートのステンに換えて普通の隔壁タイプのスチール製、それに合わせてエキパイも38mmから35mm (流速は速くなる) に、さらに足であるホイール&タイヤも日野オリジナルの細い4.5Jのスチール&ミシュランのエネジーセイバー (TW=400) です。ステアリングハンドルも日野純正の40cmも大径!正にオールドスクール状態です。

 マア、これで良し、人車共に年寄りですし、いきなり本戦は危ないので前日練習会も申し込みました。とにかく楽しもう!そうだ、もう一つ、今回は何年かぶりボデーの位置をこの個体本来にすべく2cm余りほど下げた、どうなるか (!?) 

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2021.10.17:人車ともOH中 - EWP 早15年!?

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 先の10月11日 (月) 、調布でのモータースに車検で向かう際、宿泊したその近所の上祖師谷の某宅から朝向かった時、冷却温度に異変がありました。

 と、いうのは何時もにない低温、70度くらいから上にあがろうとしません。電動ウオーターポンプ (EWP) の電源モニター (LED) はガンガン掃き出しており、これは今までこの温度ではなかった現象です。

 それはそれで車検整備をお願いし、午後に協同組合の車検ラインを通り、その後、松戸の自宅に向かいました。水温コントロールが怪しいし、気温も30度くらいと結構暑いし、高速使用はやめて、環七経由で帰宅しました。その間も75度くらいがマックス、信号待ちが長い時は70度くらいにときたま下がりました。実は、これが本来、あるべき姿だと思いますが...

 これは何故か、今までなかった現象で、とにかくEWPが積極的に働いていることです。今までも常時オンにすれば70度ぐらいになることは分かっていました。冷えの悪い後方に置いたラジエータしかも掃き出し、つまり外気の冷却ではなくエンジンルームの暖かい空気での冷却です。

 この方式を採る前に目論見では、過去の日野純正の機械式のWP (90L/min @4,000rpm) で3枚ファン (通常は6枚) の逆ピッチの掃き出し (通常は吸い込み) ファンでも通常は冷えることは分かっていたので大丈夫と踏んでいました。しかし、それも外気温が30~32度程度までの実績値でした。

 それはそれとして、今回、何故、冷える様になったのか?最初からこうであれば、と思ったのです。昨日 (10月16日) 、アイドリング状態ではありますが、試すと同様に70度くらいでガンガン掃き出します。試しに、温度調整コントロールを最も冷えない方にすると掃き出し量が少なくなるようです。来週、天気の良い日にでも走って、80度くらいにすべく調整をトライしてみましょう。

 このオーストラリアのDavis Craig社のEWP-80 (80L/min) &Contollerを購入して、おそらく15年経過しました。試行錯誤で取り付け、実際に走ったのが2013年10月、それからおよそ8年、たったの8年、それとももう8年、いずれにせよ、こんな程度かと思いつつ、大きなトラブルもなく今日にいたっております。だが、よく考えると、EWPのあるべき性能でまだ走ってなかったのか、なんて思うここ1週間です。まだまだテクノロジーに対する修行が必要なようです!

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電動ファンによる掃き出しでの冷却、計算上はこれでコンテッサの6枚ファンに相当 (2006年)

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公道復帰後、冷却不足でフロントにサブラジエータ (アメ車のヒーター) を設置 (2014年)

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その後、さらに強化策としてあれこれシェラウド&ダクトを設けた! (2015年)

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参考までに、公道復帰後の2014年当時の改良版のダイアグラム。
改善にはDavis Craig社にテクニカルサポートを受けた。

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2021.10.10:人車ともOH中 - 原点回帰

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 車検に向けて、全体をチャック。2013年公道復帰以来、早8年、いくら部品を新しくしたといっても、もう完全な中古車です。

 右の画像は床下のアンダーカバーに覆われた部分は何とか綺麗にはなっていますが、そうでない部分は、雨風にさらされ結構痛んでおります。早い内に部分的に補修が必要を感じております。

 リヤのドラムブレーキの内部はフルードの影響も無いようです。もちろん、漏れはありません。吸湿性のあるグリコール系 (所謂、DOT3/4/5.1) に変えて、シリコン系 (DOT 5) にしてますのでシリンダー周辺は綺麗になっています。目論見通りです。ただ、全体的にはやはり塗装が剥げたりと痛々しい姿になっています。

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 今回は、全体を2013年公道復帰の状態に戻すべく進めてます。ただ、走行のために改善した部分や機能性については別です。まず、マフラー、BOLA製のストレートのステンマフラーは隔壁式の静かなもの戻します。また、それにするためにエキパイ も交換です。ここのところ使ったトヨタブリスカのエキパイも交換です。

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 6ヶ月インターバルにオイル交換です。処理ボックス、バルボリンVR1レーシングオイル、そしてパッキン一式、モノタロウ から入手しました。バルボリンVR1レーシングを置いてあるホームセンターに出向くこともなく、翌日デリバリーはありがたいものです。

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 原点回帰プロジェクトの目玉はこのスプリングです。BRE製強化スプリング (と、言っても、クーペ用をスポーツキットと同じ巻数=同じバネレート) に交換です。これが今まで使用が難しかったのです。たった1〜1.5cm程度のローダウン、これが我が家のガレージの出入りで底をすったり、マフターをすったりとケースバイケースで安心できなかったのです。夏前にガレージ のアプローチを一新して出入りに問題がなくなりました。

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 そして最後にバラして組み直した重要なボルトの部分にクロスチェック (ピンクの塗料) を入れておきました。

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 以上!

2021.10.8:ルノー・メガーヌ号の車検 (38,874km)

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 走行距離は、38,874km、二万キロ弱で購入以来、3度目の車検です。

 年間走行、4~5千キロ程度です。遠くに行こうにも自由の効かないご時世あるいは年寄りです。今回も40数年、コンテッサでお世話になっている調布のモータースです。

 特に修理項目もなく、画像のよう整備内容です。別紙の記録簿には色々と計測データを記述されているのは良いものです。費用も画像の様に関係の自動車整備共同組合で定めている料金のようです。

 水曜日に預けて、1日明け、金曜日の午後に完成の案内の電話がありました。さっそく、調布に出向き、ピックアップ、例によって、ホイール含めて外観の清掃してありました。気持ちの良いものです。

 乗り出してすぐに気づいたのブレーキ、フルード交換したので気持ちの良いものです。おそらくパッドやディスクの面を綺麗にしたのでしょう。そして、新しいエアフィルター、これも体感できました。

 いずれにせよ、これでこの先、2年、普段の足として楽しめれば幸いです!たまには遠出しましょう。

 例によって、持ち込む前に以下のような部品交換をしておきました:

  • 基本的な機能点検:ランプやワイパーなど
  • エンジンオイル (エルフ EVO 900RACING  10W-50) &フィルター (日産車共通品) 交換
  • 昨年の12ヶ月点検で指摘されたワイパーブレードの切れ、これはアームごと交換
  • ウインドウウオッシャー液補充
  • エアフィルター (MAHLE製) 、アマゾンで購入しておいたものと取替をお願いしました。

 本当は冷却水のリフレッシュをしたかったのですが、ドレインするにはバンパーを外さないといけないという、Renaul Megane 3の整備マニュアル (これがすごい、5千ページ弱あり) 、ヘジテートし、後にしました。もっと、簡単な方法を探ってみたいとおもいます。

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エンジンオイル、ルノー定番、ELF 10W-50、プロシーボか?

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ルーマニアから到着したリヤワイパー、違和感の無い社外品!

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2021.10.6:本日のデリバリー - マフラーガスケット他

20211006 50mm Gasket

 その1:コンテッサに使うマフラーガスケットです。今まで、マフラーなどに使用する厚手のガスケット (耐熱仕様?) をカットして手作りしてました。今回は面倒 (歳?) なので、ググってみるとアマゾンで手頃な価格で買えることが判型しました。

 選択肢の多い中で最安値のものを月曜日の晩にオーダーしました。送料込み (Amazon Prime) で500円台、しかも翌日には配送、実際は水曜日ですが、置き配で、メールで静かに通知されました。早速、ポストをみるとちゃんと投函されていました。実に便利な世の中です。

 その2:ルノー メガーヌのリヤワイパーです。昨年10月の12ヶ月点検の際に端っこの2cmぐらいが切れていると指摘がありました。交換しなければと、しかし、使う分にあまり困らず、あるいはリヤは使うチャンスも少ないと、何もしないで今日に至っておりました。

 10月は車検だ、交換しなければと、先月、例によってググって、最終的にアームを含めたアッシーをオーダーしました。国内ではなく、ルノーの部品が豊富な英国、しかし、決済 (送料含め、3,000円程度) をしてみるとポーランドのようです。

20211005 Renault Wiper


 届いてみると、差出国にPolandとありました。モノはルノー純正と同じ作りで見た目にはまず違いは判りません!汎用品みたいですが購入して正解でした!

 どうも英国だと思って購入すると東欧が多いようです。以前もコンテッサに使ったハイドロハンドブレーキキットも英国のOBP製でしたがデリバリーはポーランドのラリーショップからでした。決済はポンドでも送料は英国のロイヤルメールより安いポーランドはグッドです。

 いずれにせよ、部品の購入が、適切な価格且つタイムリーにネットで世界から入手できるのは素人にはありがたいものです。

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2021.9 長月 (ナガツキ)


2021.9.28:1964年 パリ・モーターショー - コンテッサ1300の世界戦略

20210928 51th Paris 1

 毎年、9月末になると、気になることがあります。書ける内にここに公の記録に残しておきましょう。

 日野コンテッサ1300のスタイリング (インテリア含め) &ボデー設計 及びプロト (コンテッサ900のシャシーベース) 製作は、コンテッサ900の設計完了直後の1960年夏、イタリアのミケロッティ社 (Michelotti Studio) に打診&交渉し、進められました。それは第二次大戦後の日本の自動車産業衰退を復興すべく、フランスのルノー4CVのノックダウン生産&完全国産化を進め、その結果生まれたコンテッサ900、さらに進化させた初めての純国産であり、日本の経済発展を担うべき「輸出適格車」という十字架を背負う運命でした。

 日野自動車はコンテッサ1300の国内販売を1964年9月1日 (昭和39年) に開始し、その2ヶ月後の11月2日が第11回東京モーターショーでミケロッティ氏デザインのトリネーゼデザイン (イタリア風デザイン) として技術の先進さと共に発表しました。それにかなり先行して、「輸出適格車」のコンテッサ1300は、フランスはパリで自動車専門のコンサルタントを使い、フランスを初め欧州でのデビューを目論んでいました。その指揮を取られていたのが、当時の役員であった内田一郎さんでした。自ら名付けた「コンテッサ」、そして「輸出適格車」構想の生みの親でした。

 その最初のイベントが1964年10月1~11日の世界でもっとも有名な第51回パリ・モーターショー (Paris Motor Show 1964、所謂、パリ・サロン) でした。その後、コンテッサ1300の出展は1966年まで継続し、様々なコンテッサ1300 (将来を担うスポーツカー:コンテッサ1300スプリント含め)を展示しました。

 このパリ・モーターショー は展示だけにとどまらず、事前に様々な試乗会やプレス&アナリスト・イベントがパッケージングされています。日野自動車も忠実にそれに従い、二つの事前イベントを行いました。その一つがパリ郊外 Autodrome de Linas-Montlhery (wikiモンレリーサーキット) での試乗会、もう一つがプレス&アナリスト向けカンファレンスでした。言わば、自動車文化の社交の場です。

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パリショーを前にしたモンレリーサーキットの試乗会での日野コンテッサ1300

 モンレリーサーキットでの試乗会には、フランスの元F1ドライバーのモーリス・トランティニアン (Maurice Bienvenu Jean Paul Trintignant、実に長い!) さんもその一人でした。高速性能、操縦性能、加速性能など氏からも高い評価を得たと当時の文面があります。

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モンレリーサーキット、モーリス・トランティニアン氏と日野自動車 松方社長

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モンレリーサーキット、元F1ドライバー、モーリス・トランティニアン氏の走行
RR独特のベタ踏み全開加速時の特徴であるリアの沈み!

 そしてプレス&アナリスト・カンファレンス、パリ・モーターショーの直前の9月25日 (金曜日) 、ブローニュの森の超高級レストラン「レ・プレ・カトラン (Restaurant gastronomique étoilé Le Pré Catelan à Paris) 」で午後6~9時に開催されました。そこには、フランス自動車技術協会の会長、バレ氏をはじめ、パリを中心に欧州の自動車専門家が正確な数はまだ把握出来ませんが数十名招待されました。コンテッサ1300の先祖のルノーの関係者にも招待状は送られました。また、コンテッサの屋外に展示されました。

 以下はレ・プレ・カトランでの当日の貴重なオリジナル・プログラムです。実はパリの古本屋で入手したものです (2000年当時) 。

Paris Invitation
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ブローニュの森での日野コンテッサ 1300 (プレスキット)

 そして、本番、第51回パリ・モーターショー、場所は、Parc des Expositions de Villepinte (パリ エクスポ ポルト ド ヴェルサイユ) 、2台のコンテッサ・セダンを展示、会場は今も健在のようです。当時の雰囲気は、1964 Paris Motor Show PARC DES EXPOSITIONS, PARIS の画像で垣間見ことができます。日野自動車のブースは以下の間取り図 (右下) で判明できます。画像の右手前でしょうか?残念ながら実際はわかりません。

Paris 1964 Hino Layout


 歴史的には以上のようなものです。

 2011年7月、ビジネス上のパリでのカンファレンスで出張の機会がありました。このブローニュの森の超高級レストラン「レ・プレ・カトラン」がどのようなものか、ただただ見てみたいと思いました。

Le Pré Catelan à Paris 1

ブローニュの森の超高級レストラン「レ・プレ・カトラン」のエントランス

 パリのオペラ地区から地下鉄とバスを乗り継ぎ、ブローニュの森を歩き、目的の「レ・プレ・カトラン」は広大な敷地の中に静寂と共にありました。エントランスを抜け中に入り、係の方にお聞きするとここの設備はレストランとカンファレンス・センターがあり、おそらくコンテッサ1300セダンの発表はこのカンファレンス・センターで実施されたものと思います。

Le Pré Catelan à Paris 2

「レ・プレ・カトラン」の前にて、当時の日野自動車の意気込みのようなオーラを感じた!

 半世紀以上も前に、ここで発表のコンテッサ1300セダンが欧州を走る回ることを夢ではなく現実のものにしようとした日野の当時の事業責任者であった社長の松方 正信氏、コンテッサの名付け親でこのコンテッサ1300を自ら世界に売り歩けねばならない十字架を背負った内田 一郎氏  (素晴らしきカー・ガイ達) が熱弁をふるったかと思うと感慨深いものがありました。

 以下の写真はその場のプレスキットの一部のパリの仮ナンバー「3047 WW75」をつけたコンテッサ1300セダンです。その背景はもちろん「ブローニュの森」でした。今回、この場所を特定しようと試みましたがそれは無理からぬものでした。

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ブローニュの森、パリ市の仮ナンバーの日野コンテッサ 1300 (プレスキット)

 上述のレ・プレ・カトランでの当日のオリジナル・プログラム、内容的は日本からのプレミアカー、日野コンテッサ、フランスに到着、それを祝いましょう...なんて感じかと思います。文面、構成、そしてデザインはやはりフランス人の専門家を活用した結果であり、ジャパニーズを強調したシンプル且つインパクトある簡素な表現と見受けます。

 このパリ、ブローニュの森の後、恒例の古本屋に出向きました。ドアを開けると当方を記憶いただいているようで、すぐに半年前に入ったという日野の写真を持ち出してきました。

フランス語の手書きメモがある当時の日野工場と試乗用コンテッサ

フランス語の手書きメモがある当時の日野工場と試乗用コンテッサ


それらの写真 (中央のコンテッサ1300を除く) は、ルノー4CVのノックダウン生産を開始した当時の日野の工場内部を個人が撮影したものです。写真の裏にはフランス語の手書きメモがあり、撮影は1955年12月7日とあります。撮影の主を分析すれば、当時、ノックダウンのためにルノー本社から派遣され、長く日野に常駐した技術者、Aime Jardon氏となりました。

 氏は、晩年、日野とルノーの関係についての数百ページに及ぶ論文 (Loïc LE MAUFF L’aventure de Renault au Japon dans les années Cinquante. Alain PLESSIS) に協力しております。このペーパーは、日野小型車史を研究するものにとっては最高レベルの資料であります。日本人の創造性なども言及されており、「日本人は一度、教えれば、すぐに理解する、しかし、それを自ら創造したように勘違いする」と、本質をついたような記述が多く見られます。

 以上です。パリには半世紀も前の日野コンテッサの痕跡が散らばっているようです。さて、この1964年秋のパリ進出、その後がどうなったのでしょうか? (続く

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2021.9.23:人車ともOH中 - 点火系、オールドスクール化

20210923 IG Old School 1

 先般以来、点火コイルをボッシュの青コイルイグニッションワイヤーをMSDのスーパーコンダクターにしたりと、基本に戻しながら問題の本質を追求しております。オールドスクール化しております。

 今日は、いよいよ、究極のメカニカル・コンタクトポイントに戻してみました。ブツは画像の様に、オリジナルのコンタクトポイント、今ではトヨタ純正:04191-40010です。当時、多くの自動車メーカーがデンソー製であり、そのほとんどが共通、今でも、モノタロウなどで購入可能です。

 無接点のフルトラのトリガーやセンサーを外し、コンタクトポイントに戻したのが以下の画像です。自車にとって、この光景は実に40数年ぶりであります。何か新鮮な気分でもあります。また、60'sはこれでいいのかと思うものです。

20210923 IG Old School 2


 コンデンサー、0.22μFも新品を入れました。その姿が以下の画像です。何か、アナログな感じが漂っています。

20210923 IG Old School 3


 ソレックスキャブも先般以来、フロートなど調整してますので油面をアイドリング状態でチェック、21ミリでオーケーとしました。

 そしてオールドスクール化した我がコンテッサ、試験のために近所のいつものコースをいつものようなドライブをしてみました。

 成績は以下のようです。つまり、証明書であるプラグ焼け具合です。NGK BP-6ES、ギャプ=0.9ミリ、一応焼けてます。A/F比やタイミングなど問題ない様です。やはり、左半番 (#4&#3) と右半分 (#2&#1) の焼けぐらいが完全に均一ではありません。この問題は、結局は点火系ではないと、また#1が成績が悪い!

20210923 IG Old School 4


 今回、MSDやボッシュにと大枚をはたきました。シンプルで問題を抱えるリスクの少ないメカでのシステムは問題の切り分けに役に立つものです。これはこれでいつでも使える様に保存し、課題はしょったままですが、オールドスクール化はここまでにしましょう。

 オールドスクール化した面倒な電気&電子をもたないメカニカルも良いですが、この先は、同時点火に戻すこととします!やはり性能&フィーリングには勝てません!

参考:プラグの読み方 (How to read inginition plug?)

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2021.9.14:電子/電気回路CADでCompu-Fire DIS-IXを回路図に!

20210914 Drawing DIS-IX 1

 2014年9月から我が愛機:コンテッサクーペに使用しているCompu-Fire社のDIS-IX、ディストリビュータ レスイグニション システム、目下、点火系のチェックのために降ろしています。

 Compu-Fire社、現在ではPertronix社に吸収されてしまいました。今、Summit Racing含め、販売されているのはおそらく在庫分だけと推測します (昔より、大分高価) 。でも、今のところスペアパーツ は購入できそうです。つまり、売れてないということ?

 日本流に言うと、同時点火同点です。非常にシンプルな構成で実現しています。ただ、DIS-IXはオフロード専用になっており、公道での仕様は推奨されていません。オフロードなどの使用故、シンプルな構造にしたのでしょう。

 この複雑にないシステム、公称スペック上は6万ボルト!とかでMSDの4万6000ボルトを上回るとか、自分は気にいております。近い将来、これをメンテナンスして行く過程で代替部品をどうするか?と。言う課題のもとに例の簡単な回路図ドローイングのソフトで全体図を描いてみました。およそ、小一時間で楽しみながら描いたの以下の図です。

20210913 Compufire DIS

 この先、コイルの抵抗値を測定してみたいと思います。それによってMSDのものが使用できるか判断できます。

 まずは今回、判明した1番プラグへのワイヤーは抵抗値:10Kオームと他の三本の1Kオームに比べて大きなことです。走行自体はこれで大きな問題は考えづらいですが、気持ちの良いものではありません。MSGのスーパーコンダクターにしようかと目論んでします。ただ、大きな出費となってしまいますが…。これは、図面を描いて分かったのですが、構造上、1/4番に影響しそうです。

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2021.9.11:人車共OH中 - 懸案事項、一歩一歩!

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 一昨日、デリバリーされたソレックスキャブのポンプノズルの実に小さなアルミガスケット、早速、使い、懸案事項の調査と修復を再開しました。

 この際ですから、気を入れて、疑わしい部分を可能な限り、チェックを進めました。

 以下の画像のように、取り付けたままですが、外せるものを外してみました。そして目視チェックです。特に不安なものは見当たりません。加速系は外してません。そこでキャブクリーナをメインにラインを吹いておきました。

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 アイドルスクリュー、懸案の1番に使ってたものをチェックしましたが、特に不具合は見当たりません。もちろん、段付きなんかは論外で、ありません。一応、スクリューはボール盤でスコッチでクリーンアップ、スプリングもきれいにしてあげました。

20210911 Maintenance 3


 そしてフロート、ここに一つ問題を発見、前後、都合、4つの位置が一致してません。これについては,大分前、バルプが不具合で交換した際に、ちゃんと揃えた筈です。と、言っても5年近くは経てるので正直、ずれたのかどうかは不明です。でも、結果と違うということです。

 画像のような足跡のメジャメントを作り、スタテックな状態での位置をそろえて置きました。

20210911 Maintenance 4


 そして、フロートの重要、前後のキャブ同士で同じか?ぴったり、両方ともに117グラムと同じでした。これも問題無し!

20210911 Maintenance 5


 と、言うことで、取り敢えず、全ての部品を下に戻して、作業は終了としました。新しく替えたIGコイル周りのワイヤ の取り回しを次の作業としました。

 以下の本日のデータです。ついでに、先般外したCompuFireの同時点火のIGワイヤ の抵抗値を計測してみました。三本が約1キロオーム、一本だけは10キロオームもあり、実がこれは1番ようなのです。でもこの程度ではプラグの焼けに差が出るほどものと思われません。しかし、これはやはり、MSDに切り替えるべきかと考えるようになりました。

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2021.9.9:本日のデリバリー - ソレックス ポンプノズルガスケット

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 9月に入って、とんでもなく寒い毎日が続いております。つい10日前に比べて10度以上も低いと年寄りには過酷とも言える気候の激変です。神様がどこかで人間をふるいにかけているのではと思うものです。

 我が愛機、コンテッサ 、先の休日に気合も入ってなく、ボケッと作業してとんでもないことをしました。1番プラグの焼けが悪い原因を探るべく、画像にあるようにソレックスのポンプノズルをチェックしようとし、ピンセットでノズルを引き上げた際に、非常に小さなアルミのガスケット (ID=3mm、OD=4mm、t=0.8mm程度のワッシャ) を地上あるいはエンジンルーム内に落としてしまいました。

 この種のものは探すのは実に困難です。一応、例によって探す対象を区分を切って探す努力をしましたがすぐにあきらめました。そして、アルミチューブで作ろうかと、結局、これは適切なサイズを購入が必要でやめました。また、OH時の旧いものやストックしてある2型の流用もありです。

 とりあえず、時間節約のためにネットで検索、ビンゴ!世の中は捨てたもんではありません。福岡県のソレックス関係を専門に扱っている部品屋さんに注文しました。

 今日、下の画像のようにそれが着きました。今週末、セットして、さらに掘り下げて1番プラグの焼けが悪いのを調査をしましょう。

20210909 Todays Delivery 2


【思い出:8年前】

 8年前の暑かった夏、ソレックスキャブをOHキットを一心に組み込んでいました。ばらし始めたのその2年前、であると、やりはじめて10年も歳月がすぎたのかと感慨ぶかいものです。また、未だこんな作業を何時まで続けるのでしょうか?

20210909 Todays Delivery 3

2021.8 葉月 (ハヅキ)


2021.8.28:Zummy Racing 真夏の3時間耐久レース@TC1000 - レースにタラレバは無し

20210828 TC1000 3HR 0

参加者一同、戦い終えて!(いつも思うのだがASiAのサインボードで東南アジアの暑い国の草レースのローカルサーキットように見える)

 今年も縁あって、Zummy Racing恒例:真夏の3時間耐久レース@TC1000にチーム「マッシュムラムラ」のドライバーとして足車のメガーヌ号とともに参加させていただきました。

 正にこのチームは立役者のマッシュさんが「一年がこのためにある」と、その通りで、走れば過去1年のストレスは吹っ飛ぶし、さらに今後に向けてエネルギーがチャージできる実にありがたいものです。それにしてもこのクソ暑いとんでもない気温の中の競技、だが、これがエネルギーチャージできる主要因と思います。

 今年のゼッケンナンバー「1」とこれも実に良いナンバーです!監督さんのご努力のお陰です。

 このイベントの特徴は、参加者&参加車のなるべくイコールコンディションになるよう独特のレギュレーションが設けられていることです (レギュレーション参照:真夏の3時間耐久レースTC1000)

 リザルト、3時間耐久レースリザルトにあるようにペナルティがなければおそらくほぼ互角なんだということが見え隠れします。勝敗のポイントは(1)ペナルティ:ドボンとも言われる申告タイムを0.5秒上回る走り、(2)余興的にある途中でも射撃とかけん玉に時間をとられないこと、なんでしょう。とにかく、面白い設定です。

 以下は、チーム「マッシュムラムラ」の勇姿です (コメントは独断と偏見です) :

第1走行車 (者) :カローラバン
 レトロなフェンダーミラー付き4ナンバー車 (1,300c.c) 、しかし自力公認6速ミッション快速車。足も雰囲気ある鉄のようなアルミワイド。ウルトラハイグリップタイヤ (?) 、凄い、今回の走行で負担のかかった左前輪がお釈迦になったとか!?

20210828 TC1000 3HR 1


第2走行車 (者) :ルノーメガーヌ 2.0 CVT
 我が愛車、普段は女房のお買い物専用車。そんなクルマでも申告タイムでそれなりに走行が楽しめるのがこのイベント。ハイグリップタイヤ でないミシュラン PS4 (トレッドウェア 320) 、この個体にはこれで十分以上と思う!減りも少ないし、グリップも過度でもなく丁度良い感じ。

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第3走行車 (者) :トゥデイJW3
 トゥデイJW3、正確には "V-JW3 ハミングX 5F改" とか、ドンガラに近いロールバー付きボデーに強化した足回り、凄い!申告タイム46秒はドライビングも!、やはりホンダの軽は最高!

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第4&5走行車 (者) :VW UP AT
 ビ筑レギュラーメンバー (トゥデイJW2) の女性オーナー、ご自身が第5走車に、第4走車は監督のお友達、とても速かった!その昔、泣く子も黙るTACS (東京自動車クラブ) 時代のジムカーの覇者だった!凄い、監督のお友達はこのVW UPオーナーさん含めて強者揃いなんだ!

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第6走行車 (者) :VW 1302
 チーム監督ことアーロンS600さん、今年からビ筑に参戦している1,300c.cのType 1の1302、とにかくコンディションが最高!少し前にビルシュタインを入れ、今回はアドバンネオバに、直径10%減、その分、加速向上とか。最終コーナーからストレートはRRらしくリヤがグッと下がり、凄い!正にいつも全開ベタ踏みドライブはここでも発揮!次回はセブリングマフラーにでもして51~2秒台確実かも?

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第7走行車 (者) :ジネッタ
 2年ぶりにジネッタG4を投入。いつもながら、羨ましいくらいにドライビングふくめて格好良すぎなのだ。今日、後半は全開では無く、流していたようにも感じるが、とにかくこのTC1000のトラックにドンピシャ似合右走行姿、凄い!エンジンが暖まったのか、3〜4周目からエンジン音&排気音が綺麗になってきた。

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 さて、チーム「マッシュムラムラ」の結果はリザルトにあるようにオリンピックで言えばメダル圏外 (ここではカップ圏外か) の総合4位、実周回数:189周、深刻タイム越え (所謂、ドボン) :-7周で、周回ハンデ:32周が加算され、総合周回数:214でした。昨年のブービーよりは大分アップ!

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 チームのドライバー、一同に「ドボンがなければ、...総合2位!」、残念!....、しかし、何事にも「タラレバは無し」、1位以外はビリッケツ、例え、趣味の競技でも。とは言え、参加者誰もが大いに楽しんだ最高の3時間でした。

 ちょっぴり、悔しさも、来年こそは、...で、真夏の3時間耐久レースは事故もクルマのトラブルも無く、あるいは人間さまも無事で、全員、サーキットを走った愛車とともに家路に着きました。これは最高のシチュエーションだと思います。

 最後に、参加者ならびにZummyさんはじめスタッフの皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。

 以下の画像は、「マッシュ」さんの最終ラップの映像です。ジネッタG4、格好良すぎ、腕のあるドライビングテクニックあっての走行、自分もいつかは我がコンテッサでこんな風に最終ラップをドライビングできたら...何て思うもののそれは夢のまた夢、クルマも人間もそのようには出来てません!


(追)我が愛車 (正確には女房の普段使い) 、ルノーメガーヌ、昨年の経験をもとに、今年はタイヤ (ミシュラン PS4) の空気圧を昨年の2,5kgより上げて2.7kgにしました。ちょっと高いかと思われるかもしれませんが、コーナーで踏ん張った際のタイヤのヨレ感が少なく感じました。また、非常に重いスペアタイヤも外しました。さらにガソリンをギリギリにして (筑波サーキットを出たらすぐに赤ワーニングに!) 、おそらく10kg分くらいは少なくしました。タイヤと合計で30kgぐらいリヤ荷重を減らしたことになります。これも好結果だったと思います。後は、無線で直接、指示や走行状態を言っっていただけれるのは大変役に立ちます。中盤、気が緩んだのかダラダラと、すぐに無線から声が飛んできました!有り難かったです!

 以下の表は、iPhoneのLap Timerの計測をもとにした自己分析です。

20210828 TC1000 3HR SE
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2021.8.21:人車共OH中 - 懸案事項、原因を突き止める!

20210821 OH 1

 まず、人車の「」、腰椎骨折から早約2年、寝たきりを強いられたことを思い出せば今はマシな日常です。遡ること10年前、ギックリ腰と思っていたのが実は腰椎骨折であり、都合2箇所潰してしまったのです。事もあろうに共にコンテッサのエンジンブロックデフ一体のミッションをリフティングした結果です。この部分の骨自体は完全再生不可です。OHは周辺の筋力アップしかないようで、何とか地道に努力をつづけております。

 一方、「」、我がコンテッサ、ここのところ、原因が特定できない状態が続いて来ました。

 まず、懸案事項(1)、EWP (電動ウオーターポンプ) のマイコン制御ボックスです。先日の2021.8.7:EWPコントローラのリペア - 復帰なるか?のように劣化と思われる電解コンデンサー三本を交換しました。

20210821 OH 2 EWP


 今日、早速、取り付けてみました。動作をさせてこれはオーケーとすぐ感触を得ました。と、いうのは始動時、おそらく外気温程度の35~40度の水温と思われますが、この状態である程度の水を回していることがモニターのLEDで判断でき、これは今までなかったことです。

 そして暖気運転で水温80度程度の動きを確かめてみました。それが以下の映像です。グリーンで点灯しているLEDがEWP本体への電圧を示しています。常時、暗めに点灯しているの5V程度断続供給して水を少し回しています。そして明るく数秒点灯してる時が13.2Vをかけて一気に水を回していることがわかります。


 これは最近長い間なくなっていた動作です。新品当時の動作性能に戻ったようです。また、映像から左隣の白のLEDの点灯があります。これは電動ファンの状態です。ラジエータが高い水温になったのでちゃんと冷却動作をしていることがわかります。これも今まで不調だったのです。

 さて、こんな具合で水温調整は良いかなと思いきや、試運転で問題発覚、以前あった電動ファンが回らない現象が再発、すなわち起動スイッチは自動的にオンになってもファン自体が回らない!これはどうもカプラー周りの接触不良?、我がコンテッサ、まだまだ簡単には許してくれないようです。

 懸案事項(2)、点火系統の不具合です。取り敢えず、問題切り分けのため新たに購入した旧車定番ボッシュの青コイルを取り付けました。

20210821 OH 4 Bosch


 早速、いつも近所の周回でテスト走行、しかし、残念ながら以下のようなプラグの状態です。左の二本 (#3&#4) は焼けて (焼け過ぎ?) ます、これは前より良好なのだが、右の二本 (#1&#2) は明らかに不調です。

20210821 OH 5 Bosch


 そこで常識的に電気ではなく、キャブの油面を疑いました。キャブのジェットブロックの蓋を開けて油面をみようとしたら、そこでに驚愕の光景がありました。#2のジェットブロックはロックされてなく上の方に上がってしました。原因は、これ!しかないと、締め込んで再走行テストです。油面は一応、オーケーと判断。

 何とこれで、懸案の4,000rpm越えの不甲斐なさは解消しました。プラグの状態は以下の様です:

20210821 OH 6 Bosch


 #1が完全クリーンでない、これも懸案事項、引き続き、解明を進めましょう。

 問題切り分けのために同時点火から一般の点火方式に戻した訳ですがなぜ、そこで4,000rpm越えの不甲斐なさが出たのでしょうか?考えれば、5月の練習会では排気音で不具合が指摘されてました。今し方、プラグの画像をチェック、#2が焼けてない!この時点ですでにアウトだったのです。

 実はジェットブロック、昨年の11月の走行会以来手付かずでした。おそらくその時に締め忘れがあったと推測するものです。徐々に緩みが進んだと推測します。その間、燃圧だとか電気だとか全く見当違いな判断をしてました。

 同時点火システム,カタログ上、6万ボルトとか!おそらくこの強力さが通常の点火方式にした際の落差で4,000rpm越えの不甲斐なさを感じたのかなと思います。

 今回、これでイグニション ワイヤもコイルも新品にしたので、イグナイターも購入済み (2021.8.10:本日のデリバリー - 電子式イグニション モジュール) のものを取り付けて、この際、とりあえず、ノーマル点火系統一式を新しい部品でリニューアルをしておきましょう。予防的メンテナンスのために良い筈です。

 それが完了したら、7年使用した同時点火のセットを入念にチェックして、必要であればOHして取り付けたいを思います。絶対的にフィーリングが違います。一度、味わうとダメ、麻薬のようなものです!

 さて、来週末のビ筑第4戦、結果的に不出場としました。この状態では避けるべきです。歳も歳ですし、昔のように一夜にしてはナシです。9月末の第5戦に向けて準備したいと思います。できれば、前日練習会も楽しめればと考えています。

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2021.8.10:本日のデリバリー - 電子式イグニション モジュール

20210810 IG Module

 点火系のチェックのために所謂同時点火から一般的なディストリビュータ にしたものの新たなあるいは本当の不具合が発生してしまいました。

 2013年公道復帰の際はそんな問題はなかった、と言っても10年前の話であります。現車は立派な中古車状態であり、完全にメンテナンスフェーズに入ったということです。

 確認のために先日、世界の定番、ボッシュの青コイルを入手しました。それを使って旧い阪神のフルトラのチェックのためにオリジナルの古典的なコンタクトポイントは試す予定ですが、無接点も試したいなと、VW 009 ディストリビュータ用の電子式IGモジュールを先日、eBayで注文しました。

 それが約10日で届きました。一般的にはメーカー品を注文すべきでしょうがそれは結構高価です。この際、安価なものをと、どうもどこかのメーカーと同じ形状のものを購入してみました。何しろ、このモジュール、送料込みでちょっとしたコンタクトポイント並の価格です。国内で購入できるよく目にする米国製の1/10弱の投資なのです!

 いずれにせよ、VW用ですのでコンテッサ用にベースの改造は必要ですが、楽しみです!

2021.8.8:電子/電気回路CADを試す!

20210808 ECAD Drawing

 目下、問題解決をすすめている点火系です。自分で配線をしたもので、2013年公道復帰前、数年も前の作業です。つまり、すでに10年以上経ていることです。

 配線は手書きの図面、いや、早い話がメモのようなスケッチだけが残っています。また、困ったことに年齢を重ねた脳みそには記憶がかなりあやしくなっております。

 そこでApp StoreでMAC Powerbook 64bit用のお手軽なECADすなわち電子/電気回路図CADを購入しました。昨日来、ちょっと真剣に取り組んでおります。

 取り敢えず、点火系の部分を現物から図面を起こしてみました。やはり、手書きよりこっちの方がわかりやすし、素人目にも綺麗にまとまって見えます。つまり、面倒くさいことをシンプル且つ明解に記述できます。言わば、清書ツールです。

 ただこのお手軽なドローイングツールはBOM (構成表/部品表) を生成して連動する機能はもっていません。これはマニュアル (Excel) でリンクすることを考えましょう。

 この先、さらにスタディをして、自称2013年型日野コンテッサ1300クーペの支離滅裂な手書き配線図 (以下の画像、実際の制作過程の画像も参考) のデジタル化を目論んでいます。長年、思い悩んでいるデータ&情報の電子化、すなわちデジタル化が楽しみです。(注:SIEMENSとありますが何の脈略もありません)

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2021.8.7:EWPコントローラのリペア - 復帰なるか?

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 我が日野コンテッサ1300クーペには一般的な機械式ウオーターポンプに換え、電動ウオーターポン (EWP) を使用しています。

 先日届いた電解コンデンサを交換するためにEWPのマイコン制御のコントローラの基盤を取り出すべく、ケースを開け始めました。

 冒頭の画像のようにこの程度の工具があればと考えたのが甘かったです!実際は以下の画像のようなヘビーなツールを使う羽目になりました。やはり車載電装機器なんだと思いました。

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 そして取り出し基板です。三本の電解コンデンサがそびえ立っております。その根本には液漏れでしょうか白い塊が溜まっていました。

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 次に基盤からターゲットの電解コンデンサを外しました。こびり付いた白い塊も見えます。

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 購入した新しい小ぶりになった電解コンデンサを取り付きました。

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 最後に基盤を戻し、ケースに収めるのですが、ここでもさらにヘビーなツールが必要になりました。それはワイヤーツイスターです。実は水温調整用の可変抵抗器、これをケースと一体にするにはもともとセフティワイヤーで固定されていました。はずしたものを再利用すれば良いと思ったのが実は簡単ではない!結果的に新しいセフティワイヤーで固定することになりました。

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 最後までいろいろありました。めでたく元の鞘に治りました。実際に取り付け、動作テストが楽しみです!

2021.8.6:本日のデリバリー - 世界の定番 ボッシュ青コイル

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 昨日の夕方近くに発注した旧車定番のBoschの青コイルが届きました。

 最初は冒険してPertronixなどの高電圧 (40,000V) タイプなどを考えました。結果的に、オーソドックス、ネットでの欧米のビンテージスポーツレーシングなどによくある昔ながらのレジェンダリーな青のコイル、ボッシュにしました。

 本国の当時の旧いタイプでないおそらくブラジル製の一次側が3.4オームのスポーツコイルと言われているもので、2次電圧がスペック上は28,000Vだと推測します。購入先は大手欧州車専門店の部品業社、BMW320などが適合車種となっていました。手持ちのBMW320の整備マニュアル (Haynes) をみてオーケーと判断しました。

 現物を手にして、大枚をはたいているにも関わらず、大いに失望した部分がありました。それは微細なことですがブラケットにサビが出てることでした (おそらくメッキ全体の問題) 。おそらくかなりの在庫期間と推測するものです。自分が販売側だったら絶対にこれは人様に売ってはいけないと思うレベルです。今、ネットでみるとこの青コイルのブラケットには他の販社でもそのようなものを見受けます。

 まあ、ここに書いてストレスを発散させてクレームをつけることは時間の無駄なのでスキップしましょう。明日、ケミカルでブラケットのメッキ部分をクリーンアップして極力消しましょう。

 明日、今のコイルと交換しながら不調の原因を解明しましょう。楽しみです!

2021.8.5:天才カー・スタイリスト、ジョバンニ・ミケロッティさんに関する書籍

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 我が日野コンテッサ1300クーペのスタイリスト、イタリアのジョバンニ・ミケロッティさんに関する書籍:GIOVANNI MICHELOTTI UNA MATITA LIBERA - A FREE STYLIST です。息子のEdgardo MichelottiさんとGiancarlo Cavalliniの共著となっています。参考入手先

 最近、縁あってのEdgardo MichelottiさんからPDF版の書籍が贈られてきました。すごいですね、287頁の大作です。これがBOX入りのハードコピー版だったら結構な迫力になります。内容は氏の生涯の代表作が貴重な画像と共に解説されています。日野コンテッサも冒頭の1/5モデルに加えて内部に5頁程度載っております。

 氏のデザインは単にスタイルだけではなく、例えば、日野コンテッサ1300の場合、インテリア、人間工学的な使い勝手、さらにボデー構造まで及んでいます。そんなものがBMW700/1500/2002、トライアンフ ヘラルド/スピットファイア/TR4/TR5、DAF、Alpine、Abarthなど数千ものモデルを手がけることになったようです。

 個人的に氏のデザインの良さは、よくあるカロッツェリアの大金持ち向けの庶民にとってギミックのような集合体ではない、つまり誠に実用的で簡素なクルマたちに尽きると思います。

 例えば、安全性のためにスイッチに絵文字を入れたり、ダッシュボードをクラッシュパッド構造にしたり、リヤのコンビネーションランプにバックライトも組合せ視認性をあげる (コンテッサは当時の法規制で実現せず) などそのアイデアの数に限りがありません。

 本書はミケロッティファンだけでにとどまらず氏のカースタイリングの集大成が詰め込まれた必見の書籍だと思います。

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日本から送られた日野コンテッサ900下回りベースの新しい日野コンテッサ1300のプロト (走行可)


 実は、今年、2021年は、ジョバンニ・ミケロッティさんはこの世に生を受けた1921年 (1980年没) から100年目にあたります。それを記念して、イタリアのMuseo Nazionale dell’Automobile di Torino (トリノ国立自動車博物館) では、“1921 – 2021: MICHELOTTI WORLD” と題した特別展開催を企画しているそうです。開催期間は2021年9月20日〜2022年1月10日だそうです。

 展示は当時のデザインピースなど企画されているようです。また、歴史に残る主要なデザインの実車展示も企画されており、日本からは日野コンテッサ1300日野コンテッサ 900スプリントの展示を日野自動車に要請しているようです。ぜひ、イタリアのトリノの場で、世界の名車と共に日野コンテッサたちが見られることを期待するものです。

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最初に登場する画像がこの日野コンテッサ1300クーペの1/5モデルとのミケロッティさん!
この1/5モデルは現在も日野自動車で大切に保存されている (の筈?)

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2021.8.1:もう一つの問題、懸案事項 EWPのコントローラ

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 数ヶ月以上前からEWP (電動ウオーターポンプ) の動作が思っている様に制御されてないことが判っていました。ヘッドの中の水温が指定値 (と、いってもかなりラフ) になっても吐き出してないようです。LEDの電圧モニターからしかるべき電力 (パルス状の電圧) が出てないと分析しております。

 実はこのことについて、オーストラリアのDavis Craig社に問合せをしてみました。返事は、自分が使っている「第一世代のアナログ型のコントローラは、廃盤で何もできない、ついては新しいデジタル型の購入が唯一の解決方法」ということでした。そして丁寧にも日本の販社に紹介が行ったようで、そちらから「お困りのことがあれば言ってください」と連絡が来ました。

 実はアナログ型の配線図が入手についても打診してました。10年前のまだ小規模だったDavis Craig社は技術者が質問に丁寧に対応してくれました。それがあったのでいろいろ突っ込んだことを聞いたのが裏目に出た様です。日本の代理店への連絡、勝手なふるまいにちょっと、カチって来た次第です。

 今回はこの旧い10年もののアナログ型のコントローラを何とかしたいと思っただけで、新しいデジタル型のコントローラ&ポンプ (今のより20%ぐらい容量アップ) 一式は1年前くらいに購入済みだのです。新しいエンジンと共に使おうと考えています。

 修理もできない、配線図も無し、これですっきりしました!ブラックボックスとなったアナログ型コントローラを分解すれば何かが判るだろうと、ダメならデジタル型コントローラ使えば良しと楽観論です。そして開けたところ、なるほと、電解コンデンサー、三つ (共に35V 1,000μF) がパンク状態であることが判りました。

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 ならば、この不良そうな電解コンデンサー (ニチコン:ELXV350ELL102ML20S) を変えようと、土曜の夜にアマゾンに注文をしました。日曜日の今日の午後にポストに投函されていました。

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 10年ものの電解コンデンサーより小型化されたもの (ニチコン:EKZH350ELL102MK20Sです。スペック上、ニチコンによると、ダメになったのは規定寿命が2,000~5,000時間、新たの小型のものは5,000~6,000時間とあり、小さくとも強靭なのかと思いたいですね。

 さあ、これでどうなるだろうか、心が流行ります!

2021.7 文月 (フヅキ)


2021.7.31:問題解決へ、イグニション ワイヤーのDIY

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 我が日野コンテッサクーペ、問題解明のためにひとまず、ノーマルの点火方式にもどしたらさらなる不調を囲った愛車であります。

 まずは、米国MSD社のスーパーコンダクター イグニション ワイヤーをコンテッサ用に合わせて制作しました。抵抗値は50オーム/フィートと超優れものです。

 冒頭の画像が完成形です。専用のワイヤーカット&カシメツールを購入したもののここまて来るには結構難儀でした。やはり初めてのプロセスはやってみて経験値を積む必要があるのは例外ではありません。

 長さが異なる各ワイヤーの抵抗の実測値は以下の様です:

 1番:94オーム
 2番:92.5オーム
 3番:79.9オーム
 4番:64.6オーム
 To コイル:115.5オーム

 期待通りの低い抵抗値です。

 ワイヤーを整理するホルダーブラケットも7mm径から太い8.5mmのワイヤーに合わせて形状を加工しておきました。

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 そして、取り付けた姿が以下の様です。このMSDのワイヤーは赤と黒があり、地味な黒を選択しました。赤は派手で他の部品が負けそうなので黒で正解だったと自負してます。それでなくとも8.5mm径は太くて目立つのですから…つまり主張が強いのです。

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 さて、結果は?一応、エンジンは始動、近所の何時ものコースを同じアクセルワーク&ギアで走行、しかし残念ながら、今回の問題の本質はワイヤーではなかったようです。。

 次なる、対策の絞り込みはイグニションコイルへと、昔、経験した負荷を掛けると不甲斐なくなる現象です。さあ、どうなるでしょうか!?

【おまけ画像:55年前の日野コンテッサ1300クーペ

 以下は、1966年 (昭和41年) 7月23日、ちょうど55年前の夏の米国カリフォルニア州、リバーサイドレースウェイ、CSCC (California Sports Car Club) 、ナショナルポイントレースの一コマです。#93のピートさんはクラス3位、#51のボブさんは4位の記録が残っています。後ろのベレットGT (プライベータ) はこの後にコンテッサをパスしたようですが最終結果は不明です。コンテッサは油圧&油温対策半ばのようで、#51はフロントにオイルクーラーを、#93は冷えの悪い後部のラエータ脇のままのようです。古の一コマです。

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2021.7.15:これで問題の1つが解決か - IGワイヤー

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 先週のウィークエンドに問題解明のために同時点火に代えて交換したコンベンショナルなIGシステムに新たなは不具合が発生しました。

 交換したIGワイヤーの明らかな不具合、まずはその対処として、IGワイヤー関連一式を注文しました。早、この日に手元に届きました。

 注文した製品は、MSDの "ワイヤー 8.5mm スーパーコンダクター プラグワイヤー 黒 ブラック" 、"MSD プラグ コード ブーツ ターミナル スパーク プラグ用 ストレート マルチアングル 端子 肉厚 高性能 点火プラグ ワンオフ パーツ”、そして組立&カシメ用の "MSD クランプツール ワンオフ バイスツール プラグコードツール” です。

 はたしてこれでコンテッサの新たな病の一つは良くなるでしょうか?週末の組立作業が楽しみです。今週末は天気も良さそうです!

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2021.7.11:週末の作業 - 主なぬことが発覚!

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 目下、ガレージ の中がガラクタの登場で大変ことになっています。とりあえず、片付くまで外のカーポートにコンテッサを置くことにしました。

 車両の後半くらいのアプローチが傾斜しております。コンテッサは水平に駐車させたいので画像のようにアストロのスロープ を購入、特別セールでかなり安価でした。

 必需品、ボデーカバー (Budge Car Cover) 、これはロス郊外のトーランスのAutoZoneで何年か前に購入したものです。コンテッサで郊外で宿泊しなければならない際に使用してました。この薄いカバーが3層構造とかで雨風&太陽を避けるとかだそうです。日本ではこの種のもが良いものがないのが残念です。価格もしかりです。おそらく、経験上、何年も耐えるものでないので換えを考えておく必要あるそうです。

 さて、コンテッサを屋外に出したせいでしょうか?不平でしょうか!?先週末のビ筑第3戦断念になった原因のエンジン不調を昨日、分析してみました。複数の要素があるのですが、その一つ、試運転の際に致命的だったのが4,000回転以上がいうことを効かない現象です。

 まず、症状からみて疑ったのがディスビュー回り、その一つのプラグコードです。以下の画像の中のシートのメモのように、#2&#4の導通が芳しくありません。なるほど、これかとなりました。他のコードも抵抗入りとは言え期待を裏切る抵抗値です。

 で、目下、MSDスーパーコンダクター ブラックを導入すべく進めております。ただ、一つ、ディストリビュータキャップ、これを日野純正のままが良いのか、悩んでおります。つまり、今回の不調の原因にもつながったコードの取り付け方法です。ちょっと、トリックを考えないと安心できません。

  あるいは画像の右のように同じ径のトヨタのものを使用するのも選択肢です。これだとコードは一般的なカシメの端子を使うことができ、日野のような不安材料は払拭できます。さらに、VW Aircool (009) のものを使用するかと、これも候補、ただ、トヨタもVWもローターの位置関係が異なるので、日野のローターに下駄を履かせるようなことをする必要なありです。

 あまり生産性のない課題に悩んだ本日です。

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2021.7.10:ビギナーズジムカーナin筑波 2021 第3戦 HISクラス (2021.7.4 開催)

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 ビギナーズジムカーナin筑波 (ビ筑)  今年で4年目となったHISクラスです。7月4日 (日) 筑波サーキットのジムカーナ場で第3戦、例年通り、梅雨の中、あいにくのコンディションで開催されました。

 旧車向けのHISクラス、出走車 (者) 、ホンダ S600 (アーロンホンダ S600) HONDA Today 550AT (トゥデイ550AT) の2台のみ、我がコンテッサクーペ (2021はエコ de コンテッサ) は、残念ながらエンジン不調により出走を断念しました (DNS) 。

 この日は、朝一番から画像のようにアーロンさんが中心になり現場からリアルタイムでLIneグループ:HISクラスにメッセージや画像&映像が共有されました。

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 一本目の走行後、早速、映像が共有されました:

トゥデイ550AT選手、師匠 (アーロンホンダ S600選手) ゆずりで3輪走行気味に!

 以下はLineの会話:

20210704 LIVE by LINE.002


 そして、二本目の走行後にも、早速、映像が共有されました:

やや、ウェット気味になり、タイムダウンか?

 以下はLineの会話:

20210704 LIVE by LINE.003


 と、言うことで、本日も無事、競技を終えることができました。ただし、当方のDNSにより、競技が成立しませんでした。深く、お詫び申し上げます。

 公式リザルト:https://www.zummyracing.jp/wp-content/uploads/2021/07/20210704result.pdf
 生タイム順位:https://www.zummyracing.jp/wp-content/uploads/2021/07/20210704resultall.pdf

 と、いうことで次回は、第4戦は8月29日 (日) のTC1000です。

 皆さん、旧車は絵画ではありません。ただ眺めて鑑賞するなんて。。。そうクルマは走っている姿が最も美しいのです。旧車を1/1のプラモデルにしないで、ぜひ、このHISクラスで走って楽しみましょう!クルマも良くなります!

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2021.7.7:本日はファミレス老舗のスカイラーク1号店の誕生の日!

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 七夕に日の今朝、TBSラジオ檀れいさんの 今日の1ページで、51年前の1970年7月7日、日本における郊外型ファミリーレストランの先駆けとなるスカイラーク1号店、国立店がオープンしたとお話がありました。すぐにフラッシュバックしたは、甲州街道で1号店の東にあったスカイラーク調布店です。

 1971~2年当時、東京西部地区を中心に日野コンテッサ1300クーペ好きの若者が集まっていました。駄弁ったり、つるんで走ることは勿論、当時、日野自動車から部品供給を完全に絶たれてしまったコンテッサクーペの部品をどうするか、自分たちで何とかしようが議論の中心になっていました。

 それではクラブを創ろうと、ではどこで結成式をやるのか、東京西武方面、ボクのような松戸、それから東京の南部、あるいは埼玉方面、結果的にその中心をと誰となく思い描き、中心になりそうなのは調布あたり、それも新しい今で言うファミレス、しかもちょっと洒落た雰囲気でお手頃価格、そして重要な点はクルマが自由に駐車できると、結果的に新しかったスカイラーク調布店となりました。

 1973年8月、誰もがその日の仕事を終えて、夏の陽の落ちる夕方の6〜7時くらいに愛車コンテッサクーペでスカイラーク調布店に集まってきました。

 ミーティングの内容は、最大課題の部品の問題とかツーリングなど極々一般的な話となりました。そしてクラブ名を "PD300 コンテッサ・クーペ・カー・クラブ" としました。まさに日野コンテッサ1300クーペ好きが拘った名称で、PD300を頭に付けました。また、会長に年齢的に二回りも上の阿久津さんにお願いをしました。氏以外はおおよそ20代の若者ばかりだったのです。

 そんなこんだを思い出させていただいた今朝の檀れいさんのお話しでした。スカイラーク調布店はその後も利用、ある時は店内のあるスペースを貸し切りにしたりとか、コンテッサクーぺが20数台集合する盛況さでした。しかし、残念ながらこの調布店は消えてなくなりました。

 また、"PD300 コンテッサ・クーペ・カー・クラブ" は、クーペだけではなく、セダンのコンテッサ1300もいうことで "日野コンテッサクラブ" と変えて発展してゆきました。

 画像は当日のもの、誰もが若い!それから50年弱、ここいる誰もが実は現在に続く、"日野コンテッサクラブ" を卒業しております。数人の方は今でも家族ともども交流させていただいております。

 スカイラークは今では多くがガストになりました。このような昔、若者だった時代のクルマ談議を思い出せてくれる良き場所であり、自分は今のガストの愛好者であります。今日は、檀れいさんに感謝!

(以上)

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参考:PD300コンテッサクーペカークラブ (現日野コンテッサクラブ) 立ち上げの思い出

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2021.7.5:書籍っていいな! - 断捨離人生なのに!困ったもんだ!

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 約1ヶ月前のことです。ネットでピート・ブロックさんがスタイリングしたLANG COOPERについてチェックしていたら、画像のような "Lang Cooper: Peter Brock's Group 7 USSRRC Sports" とタイトルしたハードカバー版を発見しました。価格は例えば、Amazon.com で百数十ドルでこれは買わんとしてました。

 しかし、その直後、ヤフオクの中で偶然にも同書籍が販売されている、しかも価格がAmazonn他の60%くらいと大バーゲン、勿論、未開封新品、暫し、考え、このLang Cooperカラーの粋なデザインの書籍、結局はポチってしまいました。

 何と、意思の弱いことか!自分の人生は、すでに断捨離末期年齢、バッサバッサと身の回り品を片付けねばなりません。特に書籍は頭の痛いもので、毎日、書棚を見ては、こんなもの、誰も興味何か無いだろう、自分が居なくなったらゴミの山以外の何ものでない、まっさきに処分対象になるんだろう、なんて考えてしまいます。

 もう増やすまい、と、思いながらの実にバカな選択であるハードカバー本の購入です。

 さて何故、この書籍を購入したのか、Lang Cooperに関して、当時のSCGなどのレース専門誌は所有しているものの、ピートさんのデザインについて、すなわちおそらく彼の最初のスタイリングであるLang Cooper II、そしてDe Tomaso P70、さらにDaytna CobraHino SAMURAIMirageCobra Daytona Super CoupeTR-250KJ6 (JP6) へと続くデザインの進化についてもう少し的に知りたいと感じていたのです。そこにこの専門書籍、おそらく初めてで唯一であると思います。

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制作当時のLang Cooper II、中央がCarig Langさん、右がPete Brockさん

 内容は期待にたがわず素晴らしいものです。ピートさんのLang Cooper IIが誕生する前のCooperそのもののオリジナルのLang Cooperそのものの時代からすべてのイベントの写真や克明な解説がなされています。特に気にいったのが以下の画像です。

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自分的な十分、原型を留めていると思う。修復は時間と手間がかかるが困難ではない!

 このピートさんのLang Cooper II、こんな時代もあったのだと、感慨深く感じました。それなり気のレーシングカーが一度は過ごさなければならないステップのように感じました。つまり、レーストラックで酷使された結果として栄光の個体もこのようなことがあるのだということです。

 そして、それを救う神 (人間様ですが) が現れ、新たな進化の努力を進めるのだということです。現状は以下のようです。すばらしいですね。

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2006年8月のラグナセカ、大分マッシブになって迫力増大,進化だろうか?

 この書籍とにかく素晴らしい、一台の個体の制作&レストア過程含めライフサイクルを完全編纂!やはり書籍っていいなと思った瞬間です。

ご参考:短編 ピート・ブロック物語

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