2019.8.10:第一回日本GP (1963年) の日野コンテッサ900のドライバーは偉大だった!

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 最近、表題のコンテッサ900について、どのような車両だったのかを真摯に分析をしました。なにしろ資料的には手元には皆無であります。最初は第2回日本GP (1964年) など比較的資料が残っているものをベースを推測立てましたがどうしても納得の行かなかったのミッションなどの装備でした。

 当初、ミッションは幅広いコンテキストをベースに4段と決め付けましたがどうもコラム三速に間違いないと分析するようになりました。その決めてが下の画像のようなものです。さらにシートはベンチシートだったようです。キャブもストックのものでした。

 このようなほぼ市販車程度でB-1 クラスでは優勝を逃すものの15番のコンテッサ (立原 義次選手) が3分28秒2 (平均時速103.818キロ) で最速ラップを獲得しました。C-III クラスでは上の画像の6番のコンテッサ (立原 義次選手) が優勝しました。当時の日野自動車としてはダントツの高性能車、コンテッサをアピールしました。

 それにしても凄いと感じさせるのはおそらく三速ミッションのストックに近い車両で日本GPに挑み好成績だったと言うことです。それには当時のコンテッサの好成績を支えた105マイルクラブのドライバー達の技量が支えたものと分析するものです。

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ご参考:

内外のスポーツカーと競い優勝す - 第1回日本グランプリ自動車レース

1963年日本グランプリ (4輪) wiki => https://ja.wikipedia.org/wiki/1963年日本グランプリ_(4輪) 

JAF 第1回日本グランプリ自動車レース  B―1  レース情報(決勝) =>
http://www.jaf.or.jp/CGI/msports/results/n-race/detail-result.cgi?race_id=1428&window_flg=1

JAF 第1回日本グランプリ自動車レース  C-III レース情報(決勝) =>
http://www.jaf.or.jp/CGI/msports/results/n-race/detail-result.cgi?race_id=1438&window_flg=1

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