2019.12.8:人車共にOH中 - クラッチカバーの選択

20191208 Clutch Cover

 折角のOHですからこの際、けちらないで極力フレッシュな部品を入れようと目論んです。

 本日、午後、そんなに寒くなく作業に楽な感じで、一気に旧いストックを出してみました。

 画像の赤いクラッチカバーはBREの加工品で手作りのものです。一番、信頼ありと考えているものです。80~90年台、TACS/JCCAに出場していた時代はこれを使ってました。クランク&フライホイール込みでのバランスもとりました。発進が気持ちよく、これとフェロードのクラッチ板を組み合わせた際は、コツンとつないで無理なすべりもさせないでロケットスタートが可能でした。しかし、大きな欠点もある構造で前後方向に押さえの無いフリーな構造でクリアランスが出てくるとクラッチを切った状態でガラガラと音を立てます。これは設計上のようで教則本にも書かれています。当時は何回かMIG溶接で盛っては削ってクリアランスを調整しました。しかし、使用過程で音が発生します。今回、当初は使おうと考えましたがこの欠点で使用を断念しました。

 左下のものは “マツダNA6ロードスター” のものです。ノックピンの穴は8mmとコンテッサの6mmより太いですがフライホイール側を変えてしまえばオーケーと判断しました。後は厚みが数ミリ薄いですがこれはなんとかなるだろうと考えました。そしてマツダのリリースベアリングを使用するかコンテッサのもので行くか、これもどうにでもなる問題です。とりあえず、チェックのためにベアリングも購入したました。今だ、これで行くかどうかを悩むものです。

 しかし、最終的に画像の右のある半世紀前の旧い日野純正を使おうと決断しました。この部品は1971年にコンテッサ1300Sからクーペに変えた直後だと思いますが、当時の日野の葛西のデポで購入したものです。その時はいくつかのメンテ部品が欲しいとデポに行きましたが、日野の方は "コンテッサ1300の部品は一切ありません” と言われ、倉庫に案内されました。確かに棚はガランと何にもない、ただ薄暗い倉庫の中にこのクラッチカバーだけがポツンと置いてあり、"あるのはこれだけです” と言われました。もちろん、購入しました。日野コンテッサ1300の補給部品の実態は製造中止からたった4年後でメーカーから皆無と宣告をされる状況でした。

 この当時、日野自動車は自ら生産&販売したコンテッサ1300を市場から消す方向にあったと後になって知りました。おそらくトヨタとの提携の関係でコンテッサ1300に対する戦略だったのでしょう。確かに補給部品を無いと言えば、自然に市場からすぐに消える、まさにそれが実態だったのです。しかし、このことが当時、日野をあてにしてはならない部品は自分たちが考えようと言う考えが芽生えたのです。その後、ほどなくしてPD300クラブ (今の日野コンテッサクラブ) が誕生しました。

 そんな怨念 (?) のあるクラッチカバーです。このことがこの際、使ってみようとなった大きな原動力です。50年近いコンテッサ歴で新品のクラッチカバーを使うのは初めての経験です。フィーリングが楽しみです。

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