2020.9 長月 (ナガツキ)


2020.9.21:ルーチンメンテナンス - クリーンアップ&はじめてのISDC練習会

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 何時もの光景です。今回は8月末のビ筑第3戦 (8/23) と一昨日 (9/19) にISDC練習会の2回分のクリーアップです。

 何時ものようにまずフロントタイヤを外し、目視と手の感触で総点検です。今年はほとんどが雨にたたられているイベントで今回も例外でなくフェンダー内はそれなりの汚れです。洗剤を含ませたタオルで汚れをとります。ワックスは前回入れているのでパスです。そしてボルト&ナット関係の防錆処理 (WD40) です。

 今回は左側のテンションロッドのブッシュにとんでもない損傷を発見しました。画像のようにちぎれていました。およそ7年余り8,000kmの走行です。実はここのブッシュ、2013年に公道復帰する前に組んだまま数年ジャッキアップした結果の変形なのか走る前からヒビが入りました。今回ばかりは疲労して完全にちぎれてしまったようです。やはり競技走行後の下回り&パワートレイン関連の徹底確認は重要とあらためて感じました。

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 交換後は画像にようにシャキッとしました。今回はすぐに地べたにおろしたので変形が少ないのですぐにはヒビが入らないことを祈ります。

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 以下の画像は新旧ブッシュの比較です。結構、ヘタっています。気になるのはこれで走りがどうなるかということです。

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 このブッシュはコンテッサ の操縦性に大きな影響を持つ部分です。ウレタンブッシュなどのように硬いものですとアンダーが強くなります。昔の日野の技術ペーパーによるとこのブッシュはアンダー/オーバーステアを制御する機構の一部となっています。事実、80年代、ウレタンを入れた際には曲がらないコンテッサとなってしまいました。

 今回、気になるのはこれで走りがどうなるかということです。おそらく以前よりは若干ヤワになったと思います。それなりの結果が出るのでしょうか?これは今週末のビ筑第4戦の前日練習会で試すことになります。楽しみです。

 そして、冒頭にあるように9月18日 (土) のISDCの練習会イベントに参加しました。日野自動車のライバルのいすゞ自動車の社内の関係者が主宰しているジムカーナ練習会です。実は日野自動車の関係者からの紹介でのエントリーです。

 さて、なぜ、今週末走るのにISDCに向かったか?それはちょうど、渡りに船、つまりすぐにもテストしたいことがあったのです。先の "人車共OH中 - TC1000走行、露呈した問題の解明" に書いたパワー40馬力の解決策の確認でした。

 時間のなかったので当日フル参加はできず、午前中最後の走行にかろうじて間に合いました。往路&帰路でもチェックをしました。ジムカーナ場では今までの加速やアクセルコントロールの違い&改善度のチェックをしました。

 問題の本質は "スロットルバタフライ開度 = 良い混合気" であり、おそらく2013年公道復帰の時点から完全ではなかったようです。詳細が別途書きたいと思いますが、要はアクセルペダルに踏み加減に “未体験ゾーン” らしきものがあったようです。そのゾーンを使うことなく今まではジェットなどのセッティングしていたと分析します。それがTC1000で走りに感動がなかった部分と勝手に妄想しています。

 ISDC参加の際の走行でその感覚が異なること排気音も違う、おそらく前みたいに発進の際の黒煙も少なくなったと思います。ジェットの選択は変更してそれなりに走りに変化ありましたが、まだ少々テストする必要があり、それは今週末に期待したいと進めています。


 さてISDCイベントではドラマがありました。当時、夢のクルマであったいすゞ117ケーペが待っていました。オーナーさんは若い方です。コンテッサが来るということで現代車での参加をわざわざ117に替えて筑波まで来られたことのことです。自分がパドックに停車するとすぐに挨拶をいただき早速クルマを移動してツーショットとなりました。

 丸目タイプの最後の個体だそうで実に綺麗なボデー&カラーでした。この方は午後は参加できないとかで、昼の弁当の時間を同じテーブルで三密ですが短い時間での会話を楽しみました。次に機会あれば時間をとってゆっくりとお話ししたいです。

 117のオーナーさん、ISDCの皆さま、ありがとうございました。

 以下はそのツーショットです。やはり117は素晴らしい、昔、”いいなクーペ” と仲間と呼んでました。コンテッサ1300に比べて数次元の上の設計&製造エンジニアリングは実にうらやましいものです。パワーも倍位以上、それで今もっていすゞから部品が出ることであります。またいざと言う時は共通部品が世界中にあることのです!

 そういえば117のウエザーストリップ (ドア&リアの窓) を少し前まで長い間使ってました。長さとか角がピッタリだったのです。

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2020.9.11:Tokyo Coffee and Cars - 東京プリンスホテル (NYMの聖地!)

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 昨日のみんカラ、パパンダさんのブログに”Tokyo Coffee and Cars 開催"とありました。そういえば、ここ数日、"Tokyo Coffee and Cars" が目についていました。しかし、よく分からず無視もしてました。

 ブログをよく読むと、なるほど、ラルフローレンのサポートで10月25日に東京プリンスホテルで開催、今回は英国車がテーマとか、そしてラルフローレンのコーヒーワゴンが無料でコーヒーをサービス、場所柄、ガーデンアイランド・カフェで朝食も楽しめるようです。そしてその後も毎月テーマをもって開催されるようです。

 パパンダさんとのコメントのやりとりでは、このイベントは米国をはじめ世界中でかなり前から開催されているようです。なるほと、それが日本でも、しかも東京プリンスホテルとは最高のロケーションであることは間違いありません。

 そこで思い出したのが、東京プリンスホテルは、旧くはCCCJなんかもギャザリングやコンクールデレガンスを行っていたと思います。CCCJは雲の上の存在ですが、我々昭和車の世代はなんと言ってもTACS (東京自動車クラブ) のイベントです。日本で庶民目線でのクラッシックカーイベントを確立、今で言う、JCCAです。その最初のニューイヤーミーティング (NYM) が東京プリンスホテルだったのです。(画像のプログラムを参照)

 時は1977年1月23日、プログラムの表紙には、2nd Classic Car Festivalとあります。では、1st?それは前の年の6月、筑波サーキットでのスピードイベントでした。表紙にはその際の英国車が多く載っていますが、僕らの国産車も沢山参加してました。よく見るとブガッティもありですごい内容です。この時、コンテッサ1300は自分と友人の2台でした。

 さて、1月23日の東京プリンスホテルは、当時、自分たちで組織した日野コンテッサクラブを代表して出品車3台 (コンテッサクーぺ&セダン、コンテッサ 900) を手配し、現場に参上しました。しかし、この記念すべき日は予想もしない大雪が降り始め、参加者の間では後々の語り草となりました。

 有名人 小林章太郎さんは1928年ライレー ブルックランズがローダーで登場しました!大勢の人が取り囲みました!

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 プログラムになかった1924年ブガッティT-22ブレシア、この車両含めて雪の中のパレードを敢行しました。誰も彼もが筋金入れだったようです!向こう側に小林章太郎さんの1928年オースチンセブンが見えます。

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 ボンネットに雪が乗っかったコンテッサクーペ、隣のジャガーにボンネットには雪がない、おそらく暖かいエンジンのせいかも、この個体は筑波のスピードイベントにも初回からいつも参加していました。

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 そして翌年の第4回のプログラムの表紙は雪の中の英国車たちがフィーチャーされました。

 筑波のスピードイベントや東京プリンスホテルでのギャザリング、これには東京自動車クラブのオーナーであった鈴木正吾さんのご努力が大きかったと考えます。

 鈴木さんは大磯プリンスでのジムカーナ他でのスピードイベントなどがメインでないようで作曲含め音楽あり、文筆ありと、実は真の文化人と呼ぶべきとお方だったと理解しております。それゆえに、画像のようにNYMでも筑波のスピードイベントに世界のクラシックカーを集め、且つまだクラシックカーとは言えない60年代の日本のクルマも仲間に入れる発想があったのだと考えます。正に日本の旧車文化の黎明期を築いた訳です。将来を見越した氏の先見性と包容力に感謝しております。

 そんな意味で個人的には東京プリンスホテルは旧車イベントの聖地と思う訳です。もうなくなりましたがJCCA NYMはこの東京プリンスホテルから始まったのです。

 今回開催するTokyo Coffee and Cars”、ぜひ、長続きしてそれなりのステータスを確立することを望むものです。鈴木さんのように文化感をもって、地道が肝要と考えます。また機会あれば日野コンテッサ のようなマイナーなクルマでも参加できる雰囲気があれば良いなと思います。

 さて、もう一つ、それは今回のスポンサー、ラルフローレンについてです。なぜ、世界でこのようなクルマの文化的イベントが何故できるかです。おそらくクルマへの歴史&文化的解釈と考えます。ラルフローレン コレクションとよばれるクラシックカーの膨大な資産も所有しています。

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 2011年にパリでラルフローレンのコレクションを展示する ”L'ART DE L'AUTO MOBILE (直訳:自動車の芸術) ” がありました。私ごとですが実に偶然でそた。パリに出張した際に運良く展示会場を訪問しました。本当に偶然で地下鉄の通路の壁に画像のようなポスターがありました。これは行くべきとその日の晩に見学することができました。写真撮影は禁止だったので何も画像には残していません。ただ、記憶にすばらしい会場の雰囲気 (特に建造物) と素晴らしい個体を心に留めました。正にすべてがアート:芸樹、圧巻でありました。ネットで最近になって報道されていることを知りました。

 以下ににいくつか参照しておきましょう。ポイントはラルフローレンはこのような歴史ある文化的なとんでもない資産をもって事業をしていることです、単にモノをデザイン&販売することだけではないのです。実に奥の深い経営理念です。よくある成金趣味ではない真の金持ちというものは?こういうことを言うのでしょう!

Ralph Lauren Car Collection Paris Exhibition - Photo Gallery
https://sportscardigest.com/ralph-lauren-car-collection-exhibition-photo-gallery/

RALPH LAUREN classic car collection paris
https://www.google.com/search?client=safari&rls=en&q=RALPH+LAUREN+classic+car+collection+paris&ie=UTF-8&oe=UTF-8 

2020.9.6:人車共OH中 - エンジン課題の解明 - キャブのセオリー (Day 2)

 今日は昨日 (Day 1) 目論んだ日野のリンケージのベースに15ミリのゲタを履かすことです。ガレージにある以前制作したミッションの仮付けの蓋を固定する治具から6cmほど拝借することにしました。

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 切断、穴あけ (6mmボルト用2箇所と軽量化目的の8ミリ) 、そして全体のシェープを整え、最後は本日の日付を打刻し、仕上げにいつものようにMothersで処理をしました。取り付けてみるとまあまあの仕上がりです。

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 そしてもう一つの懸案の55年モノの日野製ターンバックルを現代の購入品に換えました。樹脂製の日野のモノは今まで何の問題もなかったですが、念のために金属製の一般的なものにしました。

 日野製ターンバックルは実に短いものです。購入品のターンバックルは長すぎます。またそれは期待に反して逆ネジとの組合せでなく、こんなターンバックルがあったのだと気がつきました。それはそれで、長すぎるので中の5ミリのロングボルトを切断加工して短いものに換えました。また、リンケージのフックがクロームメッキをかけてあるのでサイズが大きくなったようで、新しいターンバックルにきつく、若干、削る必要がありました。

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 最終的にエンジンに仮取付けをして15ミリ変更により干渉がないかのチェック、これは無事パスしました。ただケーブルとの関係はケーブルの付根が若干折れてしまうのでエンジンブロック&ベルハウジングにあるステーに角度を少し変更をすることにしました。これは次回の作業日 (Day 3) にすることにしました。

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2020.9.5:人車共OH中 - エンジン課題の解明 - キャブのセオリー (Day 1)

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 今回、TC1000 (ビ筑第3戦) で体感した不具合感、歳のせいでしょうか、あるいは鈍感、はたまた医者の無用心の如く、自分のは大丈夫、問題ない、と考えていたのではないでしょうか!何しろ、2013年に公道復帰後、フロートのバルブの不具合があったものの走行はこんなものかということに終始していました

 何しろ、2週間前のビ筑、良い意味での悔しさ、自分の情けなさから夜も眠れず、あれは何だったのか、などなど頭から離れませんでした。今回ばかりはこんなもので終わらしたくないと、原因究明&対策を始めました。

 そこでまずキャブ本体が正常なのか?ということでまずはバタフライの開度、本体では完全にオープンする、しかしアクセルペダル&リンケージ含めたシステム全体の動作で何と2/3強しかオープンしてないことが判明しました。これではドライバーが全開と思ってもエンジンは想定以下の空気しか吸い込んでないことになります。

 下の画像は教則本 (HPBooks WEEBWE CARBURETORS) のアクセルワイヤーとの関係を示した内容です。なるほど、中心を境に前後39度くらいも角度がベストと、これは納得の行く解説です。実はこれと類似の説明は多くの教則本にあります。つまり、基本中の基本だということです。

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 2013年の組み付けの際のリンケージの写真をみるとこれが正常でなくまず中心が30度くらいずれています。それが今になって気がついた次第です。これでどうなってのかというと、それは角度がずれて無理やりで、リターンスプリングも強すぎてずれた位置では全開に至らないと目視で確認しました。リターンスプリングを外すとこの状態でも全開になります。構造に無理があるようです。

 以下の画像は日野純正のリンケージです。中心を境にしての調整範囲は教則本のような理想な関係にはなりません。当時は?その頃は何の問題も記憶にありません。60年代の2型ソレックスのトーションばねのリターンスプリングの構造ではうまく行っていたのでしょうか?80年代の4型ソレックスは引きバネのリターンスプリングの構造が変わり、旧い日野のリンケージの相性でしょうか?ここに来て、本来のリンケージの基本要素の問題が浮き上がった訳です。

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 改善のためにリンケージの構造をよくあるピロー&ベアリング&シャフトを使ったものにすべきか考えました。でもそれは時間&金の問題で対応不可です。いろいろ考えた末に30度くらいのずれをリンケージのベースを15ミリほど下げればいいという結論に達しました。この工作は明日 (Day 2) にすることにしました。

 そしてキャブ周りをばらしたのでこの際ですから懸案事項を進めることにしました。それは3番 (フロントから3番目) のバタフライが4番がクローズしても微妙にオープンしてることです。ほとんどわからないが太陽にかざすと見える程度です。これは購入時点からわかっていたことでそのまま使ってきました。アイドルでのプラグの焼けがここだけ違う状態です。以下の画像のように左右のシャフトをよじながらジェントルに何回か負荷を掛けて調整しました (このワイルドな方法がベストかは判らない) 。一応、同じ閉じ方になったつもりです。結果が楽しみです。

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 今回、ばらしたついでに気がついたのリンケージの一つのターンバックルにフックの溶接が外れていたことです。これは購入時に2型に使用していたリンケージと位置関係が異なるので、すなわち4型についていたリンケージが日野のリンケージと位置関係が合わない、そこでフックの位置を変えました。その時の溶接 (MIG) の不備です。30年以上前の話です。今回は、画像のようにロウ付け (ロウ棒をかなり無駄遣い!) で処理しました。せっかくのクロームメッキは劣化しました。

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