ブレーキ&クラッチのハイドロシリンダー : ステンレス・スリーブ焼嵌圧入制作
本件は、当時のクラブ (*.1) の皆さんからおあづかりした大切なブレーキ&クラッチマスターシリンダー並びにブレーキホイールシリンダー、クラッチ・リリーズ・シリンダーの再生が完了し、10月末(2006年)にお届けした際のメモです。
今回は色々と紆余曲折し、長年頼りにしていた英国の会社(ワンマンカンパニー)の親父は神に召されてしまい、奥さまから「もう出来なくなりました」と、丁重に手書きのお手紙をいただきました。その親父は生涯、毎日々世界中からのハイドロシリンダーにステンレスを焼嵌圧入 (スリービング) していました。その技術と経験だけで世界のエンスー相手にビジネスしていました。まだ電子メールも無い時代には、手書での手紙のやり取りでした。当サイトオーナーは1980年代からお付き合いをさせていただきました。
今回、新たに数ある業者から探し、行き当たったのが当時、米国のフォード・マスタング(60年代)を得意とするステンレス専門のSSBC (Stainless Steel Brakes Coeporation;現在はStainless Steel Brakes Reborn in Western New Yorkを参照) でした。現地を訪問し、工場を見せていただいたり、皆さんのシリンダーを持ち込んだりしたが結果的にそこでの作業は断念せざるを得なくなりました。航空便で送った部品を前に社の加工方含め色々議論しましたが最終的にここでは加工せず、航空便で送り返してもらいました。
その後、米国の英国車専門(ジャガーやMGなどダンロップ系のブレーキが得意技:Apple Hydraulics社)の業者に話しをももちかけました。社は基本的にブロンズもステンレスも可能(ステンは少々金額が張る)、そして焼嵌加工後のシリンダーの再焼嵌も手がけています。ボクはどちらが良いかは解らないが、ステンレスを選択しました。
ここ10数年 (2005年時点) と短い期間ではあるが、何社かと話しをし、実際に仕事をお願いし色々と彼らからも勉強をさせていただきました。各社各様と言うか、そこのオーナー(英国の親父のように)の考え方で、目的は同じだが、再生の方法が違うということも判りました。さらに細かいコトですが、シリンダー表面のホーニングの仕方&粒度も異なります。面白いものですが事実であります。すなわち、各社の確かな経験をもとにした技術であります。
今回のこの業者 (Apple Hydraulics社) は再度焼嵌 (確か2回までと言っていた) 出来ると言う、その理由は実物を見たら理解出来きました。圧入の材料が非常に薄い、ここまで薄いかと言うか、つらいち、そんな感じで、これでは後、2回は確かに大丈夫だなと感じさせます。こんなところに彼らなりにそれぞれの長年の経験と技術があり、それを大切にして商売をしているのではないかと思います。実は社も先の英国の業者すなわち親父と同様に、たった一人で世界のエンスーを相手にネットと国際宅配便で商売していることが後々判りました。SSBC社の大量生産体制と違った、一人の職人がコツコツと地道に仕事をするというのが如何に大切かも学びました。
旧車先進国である、欧米ではこの焼嵌の方法はポピュラーであり、ある書き物に、先のマスタング系の業者は、「米国の全てのマスタングを救った」とまで書かれています。そうまだマスタングだけでもまだおそらく数万、数十万か、そんな巨大なマーケットであるのです。
そんな旧車のブレーキ (およびクラッチ) のオーバーホールの定番となると、まずは痛んだマスター&ホイール/リレーズ・シリンダーの内部表面を奇麗にする、これはもちろんステンレスないしブロンズの焼嵌です。そしてタンク、ライン、そしてホースを新品にする、これは必須です。最後に長期のメンテナンスを考えて、彼らが推奨しているのが一般のグリコール系のフルード (すなわちグリコール系のオイル/液) に代えて、シリコン系、すなわちDOT5を推奨しています。ここまでやって「マスタングを救った」と言うくだりが活きるのだそうです。
このシリコン系フルードについては大分以前PD誌(*.2)に寄稿しました。グリコール系の問題は空気中の水分を吸収し徐々に性能が低下すること、またそれが錆びの原因に及ぶこと、更に漏れた液が塗装等を剥がすことです。シリコン系にはそれの問題がない。弱点はややスポンジーであること、極度の高温 (レース時のディスクが赤くなるような) に弱いことです。その理由で米国ではシリコン系はDOT5でしか許可されていません。すなわち、ブレーキを極限に酷使するレース・フィールドでの使用はまだ一般的に薦められていません。もちろん、あらゆる一般走行になんら問題ありません。また、もともと米軍向けに開発されたようで中東など戦場の車両に使用されています。
シリコン系は、米軍の使用環境や保守が難しい世界各地に配属される軍用車を初め、米国では結構営業車用でも使用されており、それはトータルなメンテ・コストが安いからではないかと推測します。最近では昨年秋発表 (2006年当時) のロータス・エリーゼは全面的にシリコン系に変わったようです(*.3参照)。これはインパクトのあるニュースであり、やはり英国のロータスならではの大英断です。また、米国のカートレースの現場でもシリコン系が登場し始めている。これもユーザー含めての進化と考えます。なお、米国ハーレーダビットソン (HARLEI-DAVIDSON) もかなり旧い時代からシリコン系のDOT 5に変えています。
また、一般的なグリコール系とシリコン系のブレーキフルードの違い&特色は多くのサイトで議論されています。分かりやすのは、最近掲載の英車で有名なMoss Motorsの「CONVENTIONAL VS SILICON BRAKE FLUID」がお薦めです。
以上を、考えると我々の日野コンテッサも進化をさせるために部分修理だけではなくトータルに考え、ステンレスやブロンズ・シリンダーに加えて、シリコン系フルードを考えるのも一つでしょう。ただ、日本ではこのトレンドについて多くの業者の間でネガティブであるようです。ブレーキ業者の制研のホームページでも水の侵入によりロックを起こす原因になるので絶対に使ってはならないと書かれているようです。原理・原則について理解がないことは大変残念に思います。多くは実際の自らの手をよごして良い・悪いを述べてないと分析しております。
最後に、ステンレス(またはブロンズ)圧入と言えども完全ではないことです。確かにグリコール系フルードの問題である内部の錆びには対策となるでしょう。しかし、脱着&組付け、またタンク内のゴミとかによるシリンダー面への傷の問題はまったく同じリスクをもっていることを知ってもらいです。何事にも完全というものはありません。何事も原理・原則をしっかりと理解して、長所&短所を理解してコトをすすめる必要があります。それは、日本の旧車界で時折、耳にする、”一生モノ" 、これは大きな誤解でおそらく宗教的営業用語であり、そんな甘い考えは絶対に捨てるべきもので、もちろんこの ステンレス・スリーブ焼嵌圧入も例外ではありません。
以下は今回の再生の結果の例です:
*.1:筆者ら設立(1973年)&会員の日野コンテッサクラブを指す。ただし、2008年11月に退会。本資料の原文は、在籍時の2007年に執筆。よって、2008年11月の退会以降は、当サイト・オーナーはコンテッサクラブに対して、本スリーブ加工をしておりません。ただし、個人的関係は除く。
*.2:同上、機関誌の名称。PDとは日野コンテッサ1300の車種コード。
*.3:ご参考 - (2007.7.26現在)
- 2006 Lotus Exige Cup
http://www.conceptcarz.com/vehicle/z10771/default.aspx - 2006 Lotus Exige 265E review and pictures
http://www.auto-power-girl.com/specifications/lotus/lotus_exige_265e-851 - Highest Performing, Limited Edition Exige
http://www.sandsmuseum.com/cars/elise/experience/competition/exige240/sportexige240.html
SE, Original 2005.10.25
Added、2014.1.24
Refined 2020.6.28
Refined 2022.11.16
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