今から5年前の秋 (2013年10月) 、地元の年中行事である「松戸まつり」で併設開催される「松戸クラシックカーフェスティバル」のテーマ展示に日野コンテッサ依頼を受けました。丁度、10数年もの年月、自宅で悶々とリノベーションを進めていた我がコンテツの公道復帰の加速にタイミングでありました。日野自動車のモータースポーツ活動を通して世界輸出を目指した日野コンテッサの歴史を公に知らしせめるには絶好の機会と飛ぶような心で引き受けました。
その際には何か目玉が必要と、すなわち現車の展示だけではなく、最近の旧車の世界やメディアではメジャーな話題にもならない日野コンテッサの歴史的な足跡&快挙についてまとめてみる事にしました。その一つが表題のような「日野コンテッサの世界のモータースポーツ参戦記録」で、当時の日野自動車の「レースはクルマを売る」のセオリーに基くものです。手元にある当時の現場のプログラムやモータースポーツ誌などと共に約30分の記録ビデオの自主制作となりました。
ぜひ、コンテッサ1300クーペの短い1年 (1966年:昭和41年) ではありますがこんなことがあったのだとご覧いただければ幸いです。(本映像と展示パネルとして制作したオリジナル資料は、日野コンテッサの世界のモータースポーツ参戦記録 (ファイルサイズ:約11MB)でダウンロードできます。)
以上の資料に加えて、”ヘンリーフォード博物館 (The Henry Ford) 所蔵の日野コンテッサ1300のレース記録映像” に当時のレーストラックの記録を紹介しています。非常に貴重な画像をみることが出来ます。
以下は、ご参考までにビデオのコンテンツです。左の数字はは時間 (分:秒) です。
- 00:13 半世紀前 (1963年) 日野コンテッサは、国際的な自動車競技の場ヘと:ビジョン・戦略・戦術
- 00:36 1963年4月 第11回 イースト・アフリカン・サファリ・ラリー
- 01:07 1963年5月 3&$日 第1回日本グランプリ自動車レース、スズカ・サーキット 日本発の国際自動車レース
- 01:56 1964年3月 第12回 イースト・アフリカン・サファリ・ラリー
- 02:57 1964年5月 2&3日 第2回日本グランプリ自動車レース、スズカ・サーキット 国内メーカーが本格的参加
- 03:58 1964年半ば、日野コンテッサ1000GT (第2回日本GP参戦車) 米国カリフォルニア上陸
- 04:47 東京オリンピックの年、社運をかけた待望の輸出適格者 日野コンテッサ1300登場!
- 05:12 1965年9月 日野コンテッサ1300クーペ、対米輸出を前提として西海岸レースプロジェクト始動
- 05:36 チームサイムライ誕生、1966年1月 (昭和41年) 、ロス空港近郊
- 06:10 1966年5月1日 米国カリフォルニア州 リバーサイト・レースウェイ、USRRC、Mission Bell Trophy Race
- 07:35 1966年5月8日 米国カリフォルニア州 ラグナセカ・レースウェイ、USRRC
- 08:35 1966年5~6月 米国カリフォルニア州 ウイロースプリング・レースウェイ、テスト走行
- 10:13 1966年5月28日 米国カリフォルニア州 サンタバーバラ・レースウェイ、SCCA&CSCC リージョナルポイントレース
- 10:41 1966年6月19日 米国ネバダ州ラスベガス スターダスト・インターナショナル・レースウェイ、SCCA&CSCC ナショナルポイントレース
- 11:06 1966年7月23日 米国カリフォルニア州 リバーサイト・レースウェイ、SCCA&CSCC ナショナルポイントレース
- 16:23 1966年8月14日 米国カリフォルニア州 リバーサイト・レースウェイ、6時間耐久レース
- 17:06 1966年8月28日 米国カリフォルニア州 リバーサイト・レースウェイ、SCCA トランザムセダン 4時間レース
- 21:50 1966年10月30日 米国カリフォルニア州 リバーサイト・レースウェイ、第3回タイムズGP センチネル・セダンカー・レース
- 23:30 米国での戦歴 1966年度
- 24:31 1967年シーズンに向けて
- 24:46 1967年1月15日 千葉県、船橋サーキット、全日本クラブ対抗レース大会
- 25:15 1967年5月3日 静岡県、富士スピードウェイ、第4回日本グランプリ自動車レース大会
- 25:48 1967年11月2日 静岡県、富士スピードウェイ、富士スピードフェスティバル
- 26:03 1968年3月23日 静岡県、富士スピードウェイ、第10回日本スポーツカー、富士300キロレース大会
- 26:15 The Endo of Era ワークスレース活動の終焉 (1968年3月)
- 26:52 Never Fade Away、切り取られた歴史 日野コンテッサ1300
- 27:17 1987年3月22日 TACS スピードフェスティバル ツクバ・サーキット
- 27:34 1988年3月12日 TACS スピードフェスティバル ツクバ・サーキット
- 30:14 1990年3月10日 TACS スピードフェスティバル ツクバ・サーキット
- 30:45 1992年10月31日 ミレ・ミレア・ジャパン 富士スピードウェイ 日本GP 再現模擬レース
- 31:15 1995年10月 第51回東京モーターショー、モータースポーチの世界 テーマ館展示
- 31:48 Never Fade Away、現物をもって後世に語り継ぐ、日野コンテッサの挑戦、今も続く
- 終わり
(SE, 2018.5.103, Original)
(2018.8.1, Revised)
(2019.2.7, Revised)
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