コンテッサへの苦言 - 愛すればこそ書きもする (モーターファン、1968年2月)


 ここでは 「コンテッサへの苦言 - 愛すればこそ書きもする」、このタイトルが良い!筋金入りだ!コンテッサ1300セダン (4速) 、そして1300Sを購入、ここでは特に後者の方にコメントを書いています。セダンではモール類が多すぎると、1300Sではコンテッサ本来のすっきりさを取り戻したと書いておられます。ボクもその通りと感じます。当時の所謂、「デラックスなクルマ = 豪華なクルマ」と言うオーナーカーの固定観念的なイメージでのマーケティング戦略はギミックでデコレーションをせざるを得なかったのでしょう。

 ポイントをまとめると以下の様です:

2 MF 196802

【良い点】

  • ボンネットが低いので視界が良い
  • エンジンルームが広く、メンテし易い
  • ロールホールディングが良い
  • クラッチがスパットとつながり気持ち良い

【悪い点】

  • モノコックボディの剛性が高いとは言えない (他車とも比較して)
  • ダッシュボードから共鳴音がする
  • エンジンの音は良いが、静かとは言えない
  • 低速トルクが意外と無い (使いにくい訳ではないが)
  • アクセスワイヤーが長いのでスムーズさに欠ける
  • エアクリーナのダクトから水を吸込む
  • ミッションが固い、シンクロが弱い、レバーが振動する (VWが羨ましい)
  • 悪路で腹を打つ、オーバーハングが長い
  • 小重量配分、後ろが重過ぎ、高速横風に弱く危険
  • 排気量の割に車体重量が重過ぎ、加速に不満
  • エンジンオイルが少し食い過ぎ (1L/1000km)
  • てんこ盛りで中途半端な感じの車、リヤエンジン独特の良さが発揮出来てない

【温故知新的レビュー】

 これら悪い点全てについて、その後の時代のオーナーとしても意見もまったくその通りです。ある意味で感動もののご指摘であります。

 「ボディ剛性」については当時は悪路も多く特にそう感じる機会が多かったのでは推測します。筑波サーキットなんかではヘアピンで2速が入りづらくなるのもボデーがねじれているのではと考えます。少なくともロールケージが入ったクルマを知るとサーキットに限らず一般道ですら尚更剛性の弱さを感じることが容易です。CAEが発達した今だったらこんなにはなってないでしょう。しかし、問題は氏が指摘しているように同時期の他車との比較です。

 低速トルクが意外と無い」、ロングストロークにもかかわらずそのような結果が市場の生の評価でした。結果的にエンジンそのもののコアな変更をせず、第二のエンジンともいわれるフライホイールのマスすなわち重量をかなり増して低速トルク (感)の向上あるいはフィーリングの向上を図りました。

 ミッションの諸々も問題」については、後々、多くの改善 (所謂、設計変更) が成されています。これらのTipsは今でも利用出来ます。ミッションについては最終的に何度かのアルミのケースの設計変更に限界が来たのか、ついにアルミをあきらめ、鉄のケースになりました。短期の解決策はそれしかなかったのでしょう。生産中止間もない数少ないコンテツに入っております。ただケース単体重量は倍以上と思えるもので、交換の際に一人で抱えるには非常に危険且つ無理な代物になったしまいました。

 アクセルワイヤー」はその通りで最後まで根本的な解決が出来なかったようです。付焼き刃的解決でオイルグリス注入ツール策まであったのです。しかし、現代では材料技術が発達し、おそらく当時の問題が解決出来てると思います。(例:アクセルケーブルの新造)

 エアダクトから水を吸込む」は多くが経験したようで、エアダクトの位置を若干 (数センチ) 上に持って行く設計変更で対処してました。

 エンジンオイルの消費量」は自車もそんなものでした。これは改良されることなく生産中止となりました。しかし、世間では食い過ぎは事実&評価であり、1967年のトヨタとの間の契約で製造を進めたGR100エンジンを搭載したトヨタブリスカでは当然それは許されるものではなく、オイル消費量の改善が成されました。その手法はピストンリングの張力を少し高めたことです。その代償としてフリクションロスは増加しました。しかしそれはすべてを解決した訳ではなく部分改良でした。今の技術では大きく改善することが可能と思われます。

 重量配分、重量が重い」、これらは根本的な問題です。最後の「てんこ盛りの車」がそれを全て語っていると思います。1500ccでもなく、1000ccでもない、しかも室内の大きさは1500cc並みにと言う戦略でした。例えば、フランスのパナールのようにボデーを軽くする、またホンダ1300のようにエンジンを飛躍的に強力にするなどのブレークスルーが全くなかったクルマがコンテッサ1300だったのです。それはある意味でエキセントリックなことかも知れませんが、コンテツは決してそうではなく、実に保守的なものでした。しかしユーザーはちゃんと感じていたのです。おそらく事実上、日野として始めてのルノー技術の延長線上ではない小型乗用車、しかも日野自前のエンジニアエリングで開発しなければならない、すなわちコンテッサ900はルノー4CVのコピーがほとんどでルノー社との間で今で言うIP(Intellectual Property:知的資産)が問題になり、コンテッサ1300では真似をしてはならない、さらに時間的な制約や経営陣の思想もあり、その帰結&戦略がてんこ盛り、別な言い方をすれば中途半端とならざるを得ない、と言うことだったと推測します。

 「てんこ盛りの車」は、このセダンに限らずコンテッサクーペにも共通したものです。一応、見てくれは良いと思いますが、真面目に走らすとなるとそれを否応無しに感じます。やはり、スポーティカーの仲間入りをしたかったと言うレベルのもので、決してスポーツカーでないのです。走りを重視したらおそらくかなりのものを潔く捨て去らなければなりません。それがあって研ぎすまされて現実になるのです。世の中、何事もそのように考えます。

(SE, 2009.5.8, Original)
(2019.9.23, Renewed)


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