2020.3.31:人車共OH中 - クランクシャフトのミステリー
昨年来、オーバーホールを目指しているクランクシャフト です。
以前から気になっていることです。それはギア側にあるカウンターウェイトにある刻印です。そこにはC-T 3.500、その下に4814とあります。
米国の当時の書物には一般的にクランクのベアリングなどのデータは打刻されるのが一般的とあります。
日野製のクランクシャフト にはそのようなクランクのデータを表す打刻は見たことがありません。
本品は米国で改造&開発されたGR100のクランクシャフトです。その意味が気にるところです。毎日、頭を回転させていると段々とその謎 = ミステリーが解けそうです。
“C-T” は、当時のロサンゼルスのエンジン加工屋であり、ダイナミックバランスの技術に定評のあった “C-T Automotive Inc.” ではないかと推測します。このショップは確か、80年代前半に訪問しようとしましたがすでになかった記憶があります。このクランクは “C-T Automotive” で開発されたものと断定するに至っております。
そして、”3.500” ですが、これはおそらくインチを表すものと断定するに至っております。それは “88.9” ミリに相当します。その次の “4814” 、これについては今、謎解き中です。
こんなことをして50数年前を紐解くのも日野車ヒストリアンとしても光栄と思うものです。なぜならば、残念ながら、日野自動車のレーシングカーについては誰も真実を語れる方が存在しません。この様な現物から当時のことを導き出すのが重要であり且つ正確な歴史を組み立てられることと信じます。
966年当時、BREの日野コンテッサ1300クーペはパワーアップのために
このようにOHVエンジンのチューニングのメッカであったロサンゼルを駆け巡っていた。
2020.3..27:COVID-19、ローカル (地元) 情報が少ない!
昨日の東京都の感染者数の増加、首都圏での週末の外出の抑制要請にもなっております。それは国全体への感染、ひいては自己防衛でもあります。
国、そして大都市圏での感染予防が大きく叫ばれ、それなりに高いレベルの情報は発信されています。
しかし、個人にとっては自分が住んでいる地域の情報がもっとも役に立つのではないかと思います。つまり、周辺がどんな状況なのかということです。
しかし、松戸市のホームページを見ても、内容的には国、県のそれと同じに見えます。"市内居住患者の発生状況" には個々の情報がある程度は記述されています。それらは決して判りやすいものではありません。
例えば、個人でとっては自分に濃厚接触があったかということではないかと考えます。これについては上記情報から分析することが難しいと考えます。なんらかの本当の安心策あるいは自己防衛策をあればと思う部分です。
また、地元の状況が全体に比べてどうなのかということです。これも上記の松戸市の情報では知ることができません。
そこで千葉県の "患者の発生について - 新型コロナウイルス感染症" と上記の "市内居住患者の発生状況" を基にデータを分析してみました。
上ののチャートが圏内の市町村別の状況です。何とお隣の市川市と我が松戸市で千葉県の6割以上です。これは非常に大きなウェイトです。もしこれだったら市としても市民のためになんらかの明確な対策を出すべきではないかと強く感じます。
また、以下のグラフはその履歴です。おそらくこの履歴を蓄積して行けばこの先の状況の予測に結びつけられると考えます。また発生日すなわち感染して発病したのは一般によく言われている10日〜2週間前なのかと推測するものです。すわわち、検査で確定の前にすでに何らかの新たな感染があってもおかしくないのでしょう。それが逐次減少に向かうことを願うものです。
2020.3.23:Yoshiki and Shinya Yamanaka
YoshikiさんのYotubeチャネルでのノーベル生理学・医学賞の山中 伸弥さんとのコロナウイルスについての対談が最近話題になっています。
早速視聴みました。なるほど、一般のテレビのコロナウイルスについての番組の恐怖のみを煽り立てる様なトークとは一線を引いた真摯な内容でした。両氏共に専門家ではありませんがそれぞれの世界での識者らしく説得力を感じました。
我々は未知なウイルスを戦っていること、そしてそれに対する有効な手段はまだない、しかし経験が無かった昔とちがって対処を考えることは進んできていること、つまり過去のウイルス対処より解決の道が明るいということと理解しました。
最終的に山中先生は、今は我々は我慢を受入なければならないことを一人一人が理解すること、その通りと感じました。
Coronavirus Talk コロナウイルス対談: YOSHIKI & (Nobel Laureate Physiology/Medicineノーベル生理学・医学賞)Shinya Yamanaka
2020.3.22:人車共OH中 - コンロドットクリアランスのチェック
オーバーホール中のクランクシャフト です。とりあえず、コンロッドのビッグエンドのクリアランスをチェックしてみました。
このクランクは実測値で0.25ミリ削り込んだんものです。メタルが正しく合うのか気になっていました。
プラスティックゲージ、久しぶりの使用です。規定のトルク (5.5kg) で締め込んで、キャップを外しました。
画像の様に経験的に目視でこれ大丈夫だなと感じました。ゲージをあてるとおそらく0.045ミリでしょう、
まずはオーケーとしましょう。これで次のステップに進むことができます。
2020.3.21:重要なルーチン作業 - 整理整頓
コロナウイルス (COVID-19) の騒ぎが始まって以来、日常の生活やリズムが大いに狂っているようです。何しろ、呼吸器系疾患 (肺炎) や糖尿病持ち、加えて立派な高齢者であります。これだけで恐怖感を味わっているようなものです。
仕事をしていてもコロナウイルス対策での調整なども入り、アレンジもろもろ忙殺されていました。まったくとんでもない状況であります
そんな中、3週間ぶりにコンテッサのエンジンを始動、ちらかっているガレージの中を整理しました。その一つとして先月、軽量化のために外した前後バンパーのステーを整理しました。一つづつラッピングしました。保存の際にせっかくメッキを施した表面を劣化させたくないためです。そして収納スペースに収めました。
人間とは不思議なものであり、短い時間ではありますが好きなことをしただけで疲れた心が晴れました。やっぱり、クルマってイイなと思った瞬間でした。
2020.3.17:本日のデリバリー - セブリングミラー
以前から購入したいと考えていたセブリングミラー (Sebring Mirror) 、英国のeBayから購入しました。3月10日に購入、今日は17日ですからおよそ1週間で到着しました。
これはオリジナルの本物ではありません。所謂、よく出来たレプリカです。おそらく新品 (NOS) オリジナルは一つで5〜600ドル越えになるでしょう。
ただ、このレプリカが日本国内のショップではレプリカとは称しないでセブリングミラー として自分としては結構な価格で販売されてるように見受けます。
このレプリカは結構、多く出回っており、ロゴもちゃんと "Sebring" とあります。ボデーの材質はオリジナルのメタルではなく樹脂になっています。それは重量が軽く返って使い勝手が良いと思います。また、その厚さも金属製同様な薄く樹脂に見えないのが好印象です。ミラーは現代のものになっています。
だいぶ古くからVitalino Mirrorがセブリングミラーの代名詞みたいに定着しています。しかし、自分としては分厚い樹脂のつくりで見てくれが大きく違和感があり、刻印は60’sの "Sebring" でないのも残念ながら受け入れることができません。
現物を手にして大いに満足しております。
2020.3.3:とある日の筑波サーキット ジムカーナ場
この日 (3月3日) 、早朝から筑波サーキット ジムカーナ場に向かいました。先日のビ筑の第一戦の雨とちがって雲一つ無い南カリフォルニアのような紺碧の空でした。
縁あって、某自動車OEMの皆さんが主催者となった『運転技術練習会 』に参加することができました。内容は以下の通り:
<趣旨>
- イメージは、郊外の駐車場などで、社内の車好き同士が集まって運転の練習をする、という感じ。
- ジムカーナ練習会の形態を取るが、目的はあくまで「運転の練習」。
- タイムは取る。
- パイロンを動かしちゃった場合は自分たちで修正する。
- 各自のペースで、並んで1台ずつ走行する。
- 雨天決行(天気予報は、晴れそうですね)
と、び筑の本戦のような緊張感はなし、前日練習会のようは組織化されたオペレーションもなし、実にゆる〜い手作りイベントでした。
ゼッケンはなし、PTしたら自分でパイロンを元に戻す、撤収の片付けも自分たち、そして計測もアナログなストップウオッチ、記録も紙に手書きです。
さて集まったには直前の欠席者もあり(平日でもあり)、10台の予定が5台でした。車種はスイフトスポーツ、トヨタ86 (現代の)、そしてビ筑でHISクラス ジネッタのカプチーノ、昨年のHISクラスチャンピオンのカリーナ、そして小生のコンテッサであります。
何ともこの5台だけでジムカーナ場を1日占有するという超豪華なイベントであります!
朝7時半に集合、8時にドライバーズミーティング、慣熟歩行、その後、8時45分から午後4時まで昼食休憩を入れて走行となりました。
コース図は以下の通りです:
自分としてはいろいろなことを勉強できる非常に実用的なコース設計と感じました。また走って楽しい設定でした。
何時ものようにプラグを街乗りの5番から7番に変え、タイヤの空気圧をフロント:2.0、リヤ:2.8にセットしました。ここところ長らくリヤは2.6で走っていました。しかし、フロントの約25kg、リヤの約13kg (合計:37,6kg) の減量に伴い。車高の変更などもあり、今回リヤの空気圧を高め、総合的にどのような挙動になるかを試しました。先にビ筑ではノーズの軽快さは感じたものの、その効果を自分のものにするには至っていませんでした。
走行タイムは以下のようです:
1本目、コース確認で5割走行。2&3本目は6割走行、4本目に6割強走行、ここ以降は集中力が途切れたようで後は6割走行でのダラダラと、ビ筑本戦同様、常に無傷で帰宅できる安全圏の7割を超えない約束の走行です。でもブレーキングすなわち荷重移動を軽量化の効果含めて試しました。空気圧についてはこれで挙動も切れ味がよくイイと、今後はこの設定で行こうと考えています。
午前中、9/10本目、13/14/15本目はそれぞれYさん、Hさんに我がコンテッサに試乗いただきました。すべてのパワーアシストは無し、インテリジェンスが必要な4連キャブの旧いレーシングマシン及びRR車をご存知のYさんはすぐに慣れ、2本目で何と自分より良いタイム!、さすがセミプロレーシングドライバー、あと2〜3秒は行けると嬉しい感想をいただきました。お若いHさんには少ししんどい思いをさせてしまったかなと、とんでもなく旧いクルマであるコンテッサで緊張をされたようです。また、ブレーキが効かないと、おそらくパワーアシストのないクルマは初めてのようでした。次回が楽しみです。
そんなこんだで午前中は終わり計15本も、午後も実にのんびりしたムードでした。陽も傾き、終了の4時が近づき、集中力が出てきました。20本目、Yさんのタイムを超え、最後の最後の21本目に3秒台のベストが出ました。良かった!やってみるもんだと思いました。
自分だけではないようで、今回、全員が何と、ラスト1本がベストタイムでした。素晴らしいエンディングとなりました。
と、いうことで1日は無事終わり、記念撮影をし、解散となりました。本件をアレンジいただいたHさん、ありがとうございました。また、参加の皆さん、お話をいただきイイ勉強をさせていただきました。感謝申し上げます。
今後ともよろしくお願いいたします。
以下は21本目の走行の車載映像です。
おまけ:先の日筑 第一戦 HISクラス (おまけ走行より、全員ベストタイムを!)
本戦二本目 (画面右) 、右ターン2箇所、荷重移動の失敗、曲がらない!
まだ初心者の域を脱してない!
2020.3.1:古の日野自動車に関連したカーバッジ
本日はもう3月、2月は1日多くとも例年のごとくあっという間に終わりました。
画像のカーバッチは自分としてお宝、左右の二つは1970年代に入手したものです。
左の "QCCJ" は、1950年代後半のルノー日野の愛好家が集結した日本4CVクラブ、当時の日野自動車が大きくバックアップしたとお聞きしています。この "QCCJ" のメンバーはその後、ラリーやレース、そしてジムカーナの開催へと発展したようです。有名なのはJMCで日本アルペンラリーを開催、第一回から日野自動車の役員並びに社員が多く参加、発展に大きな貢献をしました。
右は ”HMSC" 、1965年7月に日野自動車の体育系クラブとして発足した日野モータースポーツクラブです。当時の資料には、社内ラリー、ジムカーナなどを目的とあります。このバッジのすごいのは文字含め全ての縁取りがゴールド、今でも色あせていません。
中央は、ピート・ブロックさんのエンブレムです。The SAMURAIのフロント両サイド、また氏の初期のレーシング・コンテッサのフロントに付けられていました。
久しぶりに取り付けてみようと出してみました。なぜならば今度の火曜日のプライベートなイベント (運転技術講習会) にぜひともお披露目したいと思ったのです。