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旧車の世界でではこなれている車種には問題のないブレーキやクラッチのハイドロ (油圧) シリンダーのお話しです。
残存台数も少なく、流用&共有部品もなく、それも販売開始後たったの二年数ヶ月の販売 (事実上であり、メーカーの発表はもっと長いが...) で市場撤退を戦略的に強いられた日野コンテッサ1300はそれらの部品などはおいそれと手にすることができません。
1980年当時以降、所属していた日野コンテッサ クラブではこのハイドロシリンダー (ブレーキ &クラッチ) の対処が長い時間かけて議論してました。それはそれで深刻な問題であるものの、"船頭多くして船山に登る" ごとく、議論はあるものの誰一人とも現実的なアクションを取るものはありません。しかも、世界の潮流であったスリービングを言う手段については、当初から説明していたものの、素人の意見は全く取り上げられることなく、日本の伝統的な旧来の方法の域を脱せず、何年もの間、不毛は議論が繰り返していたのです。
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これは使用過程品、’多くはこのように中にシリンダー面はグリコール系フルードと空気の進入で錆が発生している。また、外部のグリコール系特有の錆が発生してしまう。
スリービング (冒頭の画像を参照) とは、欧米のクラシックカーの雑誌などによく書かれているもので、それは傷つき、使用限度が過ぎたシリンダーを修復する手段です。シリンダー内部を削り、そこに新たな円筒状の金属を入れ込む、すなわちスリープで新たな面を作り直すものです。材質には多くはサビに強いステンレスやブロンズが使われます。また、インサートにするには金属の特性を考慮した焼き嵌めを使うというのがボクの理解です。素人やガレージ工作では難しいレベルの経験とノウハウを必要とする技術だと思います。
ボクは1980年代のある時期、英国自動車誌の実に小さな広告、確か、”Over the Sand...” なんとか言うスリービング 専門の業者を見つけ、早速、手紙を書きました。基本的にサイズ (内径) などの説明で、受けてくれることになりました。第一発目は自分用と予備の二組 (ブレーキ マスター、クラッチマスター、クラッチスリーブ) を送りました。
航空便で送り、すぐに作業が終わり、手元に戻ってきました。実は欧米ではこの種の作業は昔から常識的且つ日常的に行われいるものだったのです。価格的に、材料費とおそらく作業時間分の工賃程度 (1時間?) でした。
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英国の業者によるのコンテッサクーペのクラッチマスターシリンダー、ステンレスのスリービング。
早速、自分のコンテッサクーペに取り付け、テストをしました。近所を走ったらすぐにジャッキアップしてフロア下のブレーキクラッチマスターシリンダーを目視点検、それを徐々に距離を伸ばす、また少しずつ、過酷な操作を加えると、何度も何度も繰り返ししました。
この時、初めて知ったのが、ブレーキ よりクラッチの方が過酷な状態にあることも身を持って経験しました。すなわち、マニュアル車は走って止まるまでに、クラッチは4回,完全フルストロークの操作、それに比べてブレーキはたったの1回、それもクラッチとちがってせいぜい10mmもない軽い動作です。その結果、町内一周くらいでもクラッチはシリンダーがかなりの温度で暖まる、しかしブレーキはそんなことはない、と、いうことです。如何にクラッチの方が過酷かということの結果です。そうです、これがクラッチシリンダーの方が痛みが早い、多いという根源なのです。
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英国製のステンレスのスリービングマスターシリンダーのテストベットになったコンテッサ
当初は初めてのことでビクビクだったが段々と自信がついた!
それはそれで、この英国の業者にはその後、友人分などを依頼、そして90年代の後半でしょうか、3度目の依頼を打診した時です。どうもこのワンマンカンパニーの親父は神に召されてしまい、かなり時間を経て奥さまから「もう出来なくなりました」と、丁重に手書きのお手紙をいただきました。その親父は生涯、毎日々世界中からのハイドロシリンダーにステンレスを焼嵌圧入 (スリービング) していたようです。その技術と経験だけで世界のエンスー相手にビジネスしていたのです。まだ電子メールも無い時代には、手書での手紙のやり取りでした。
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1992年10月31日 The 1st La Festa Nille Miglia in Japan での日本GP再現模擬レース
この頃には英国のスリービングで普通に走っていた!
そして時を経て2000年に入り、当時、米国のフォード・マスタング(60年代)を得意とするステンレス専門のSSBC (Stainless Steel Brakes Coeporation;現在はStainless Steel Brakes Reborn in Western New Yorkを参照) に打診しました。出張ついでに、ナイアガラの滝近くの現地を訪問し、工場を見せていただいたり、友人たちからあづかった4〜5組のシリンダーを持ち込んだりしたものの結果的にそこでの作業は断念、社の加工方含め色々議論しましたが最終的にここでは加工せず、航空便で送り返してもらいました。ここは個人の工場ではなく圧倒させられる様なかなり大掛かりな設備と従業員を抱えた会社でした。
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次に行き当たったのは、米国ニューヨークのロングアイランドにある英国車専門(ジャガーやMGなどダンロップ系のブレーキが得意技:Apple Hydraulics社)に話しをももちかけました。社は基本的にブロンズもステンレスも可能(ステンは少々金額が張る)、そして焼嵌加工後のシリンダーの再焼嵌も手がけています。また、加工前にはシリンダー外面のブラスト、後処理の錆止め塗装も表重プロセスでした。ここはその後、何度か仕事をお願いしました。
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Apple Hydraulics社の送付する前のクラッチマスターシリンダー、コンデションは色々。これと同数のブレーキマスターシリンダー、その他、クラッチスレーブの少数のドラムのホイールシリンダーもあった!
このApple Hydraulics社は補修の再度のスリービング、すなわち焼嵌 (確か2回までと言っていた) 出来ると言う、その理由は実物を見たら理解出来きました。圧入の材料が非常に薄い、ここまで薄いかと言うか、つらいち、そんな感じで、これでは後、2回は確かに大丈夫だなと感じさせます。こんなところに彼らなりにそれぞれの長年の経験と技術があり、それを大切にして商売をしているのではないかと思いました。実はここも先の英国の業者すなわち親父と同様に、たった一人で世界のエンスーを相手にネットと国際宅配便で商売していることが後々判りました。SSBC社の大量生産体制と違った、一人の職人がコツコツと地道に仕事をするというのが如何に大切かも学びました。
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Apple Hydraulics社から戻ったコンテッサのシリンダーたち。
表面はブラストされ錆止め塗装も!
そんなこんだでApple Hydraulics社にはその後、数回、コンテッサのシリンダーを送りました。都合10本以上も送っても1日程度の作業時間のようで、翌日は発送されます。また、取付部分などヒビもろう付けで修理します。もちろん追加工賃は発生します。また、ピストンなど入れっぱなしだとそれを抜く実費コストが発生しますが、当然と思います。スリービングだけのコストは100ドル/本前後 (Apple Hydraulics社価格表参照) なのです。また、長さによって価格は異なります。あくまで作業工数との関係であります。これは欧米では常識です。
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風を開けると、こんなように見事に綺麗になっている!几帳面にもPOも。
コンテッサのシリンダー、総計でいうとおそらく20台分以上は微力ながらボクがお手伝いできたのではないかと自負しております。遥か彼方の昔にコンテッサクラブを退会しておりますが、在籍時代、素人のボクのやり方と違って、クラブの自動車修理屋さんが中心に国内の業者にシリンダーをマスで作らせたようで、これも結構、寿命が早く来てしまい (これはおそらく設計思想の貧弱さが原因?) 、その後も国内の機械加工業者にスリービングを委託しているとか、実はそれらがボクの個人的な行為と並行的に走っていたのです。それはよかったのか、あるいはクラブにクルマ屋さんを中心とする幹部の皆さんに迷惑をかけたのかは今も心の片隅にしこりが残る結果となっております。
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シリンダーの内部はこんな感じ、これはステンレスで依頼。
スリーブの厚さが非常に薄い!補修加工ができるという自信が窺える。
つまり、ステンレスであろうと、錆は避けれても傷は避けれないということである。
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このホイールシリンダーは矢印のブリーダ周辺に亀裂が入っていた。
ロウ付で補修、コストはUS$20.00ほどだった。
さて、このスリービングについては、コンテッサのブログに掲載しておりましたので、コンテッサ以外の車種でお困りの方から相談を受け、紹介をさせていただき、皆さん、ご自分で発送などされて、無事、愛車が復帰したと、感謝のメッセージをいただきボクも嬉しく思っております。
実は奥の深いスリービングの技術、取付マニュアルを参照。
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このコンテッサ1300DXはすべてのシリンダー (下の画像) をステンレスのスリービングを施した。
この1台分の都合7本の加工のみの総費用は約US500.00程度 (約5万5千円) 。
この個体は、グリコール系フルードに換えてシリンコン系フルード (DOT5) のテストベッドにもなった。
そして、ある時期に北関東方面に嫁いた。朗報は今日に至るまでトラブルは聞いていない!
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