考古学な日々 - 古の部品、新鮮!
日々発掘 - 大メーカーの遺産

 
車史 (社史) からは消された (不都合な) 真実?!



 日野自動車は経営陣の大いなる野望で世界戦略車として日野コンテッサ1300の開発&製造に莫大な投資がなされまました。販売についても海外展開や国内外の販促のための競技イベント投資などこれまた相当な投資がなされたと推測します。それは当時のトヨタや日産の巨大OEMにくらべれば単一車種のみのOEMにとって相当量の負担と経営陣の決断であったと考えます。

 投資も対して利益が伴わなければ大きな損失=赤字を産むことになります。それが正に「日野コンテッサ1300」だったのです。日野自動車は当時、大型車部門 (バス&トラックの商用車) は好調だったのですが、日野コンテッサ1300や日野ブリスカ1300の小型車は、いわゆる「金食い虫」状態で手をやいたようで、結果的には会社を滅ぼしかねない状況だったと分析しています。

 結末は、1966年10月15日に発表されたトヨタ自動車との業務提携でした。それは「日野コンテッサ1300」の市場撤退が前提とし、小型車の生産設備はトヨタの小型車の生産を請け負うというもので、これまた経営陣の高いレベルの決断でした。当時の経営陣のお一人は「断腸の思い」、「従業員の生活を守る」と発言いただきました。

 ここでは長年の取材活動で得られたドキュメントあるいは証言にはまったく現れなかった個人的に収集した現物のみが残った遺産をベースに自分としてまとめの序章として整理してみました。

(本テキストは過去のブログで掲載したものを整理したものです。また、旧コンテンツ:人車共OH中 - ミステリーについてはこちらを!)


考古学な日々 - 古の部品 (2):エンジンのオイルパン (2023.8.27)


 猛暑ではありますが、時間があれば、日々、長期保管の部品を整理しております。とにもかくにも、この先、不要なものは廃棄するよう進めております。

 しかし、その中で、使わずとも廃棄できないのが画像のクーラントアウトレットケースです。どのコンテッサ1300にある部品ですが、これは歴史的に特別なものです。

 コンテッサクーペがロサンジェルスのBRE (Brock Racing Enterprises) でセダンレース活動していた際のもので、画像の図のように日野の設計意図とは異なった方法で用いられていました。

 ラジエータファンも吐き出し&3枚ファンで冷却効率を稼ぐというものです。サーモスタットは使わず、ラインに流量を制限する構造、そしてラジエータもワンオフのハリソン型でありました。

 そんな背景をもったこのクーラントアウトレットケース、よく見ると下部の切削が中途半端でない、おそらく高圧縮 (12以上) の特別製のヘッドだったのでしょう。


考古学な日々 - 古の部品 (2):エンジンのオイルパン (2023.8.27)


 今、エンジンスタントに載っかってるエンジン、オイルパンを友人に譲ってしまったため、ついておりません。

 それに取り付けようと、ガラクタの山から取り出した日野純正、日野レッドのオイルパン、しげしげ眺めたら只者ではなかったのです。

 二個一オイルパンでした。画像のように全周を溶接で繋いで、所謂、ディープオイルパン、13mm、おそらく1/2インチほど、深くしてありました。

 ロサンゼルスのBREがコンテッサ1300 GR100エンジンのチューンアップ&改善策の一部です (参考:当時のオートスポーツ) 。

 日野のドキュメントにも現れない歴史の一部、散財しないよう大事にキープしなければなりません!これは生き証人なのです。


考古学な日々 - 古の部品 (3):日野レーシング5速ミッション (2023.9.3)


 ここのところ、友人のために手持ちのストックの最後の改良型となった鉄トランスミッションを友人向けに整理をしております。

 その作業中、画像のようなミッション一式を久しぶりにチェック、これはFIAのホモロゲデータ (FIA 1444) にもある日野自動車のコンテッサ1300用の5速ミッションです。

 これは見る限り使用された跡があまりないようなフレッシュな感じです。5速ミッションについては他にもありますが、レースで酷使されギヤがほとんど欠けております。どれもこれも50年以上前にあちこちから収集したものです。

 さすがレーシング用、1速を除いて2〜5速のギヤにはニードルベアリングが入っています (ストックは4速のみ) 。日野の技術もすてたもんではないと、これらも散財しないよう心がけましょう。


考古学な日々 - 古の部品 (4):鉄ミッションの謎のナンバリング? (2023.9.5)


 目下、整理をしている日野コンテッサ1300の最後の改良型(クーペには適用されず) 鉄ケースのミッション、ギヤのケースに画像のようなアルミ製ケースには見当たらない鋳造時のナンバーがあります。

 日野コンテッサ1300は、ルノー4CVの国産化以来のアルミケースです。しかし、市場投入後、ケース疲労に伴うベアリングのうなりが指摘され、最終的 (最後の最後に) に鉄ケースを投入しました。

 その対処は功を奏し、鉄製搭載のセダン (1300S含む) は、実に静粛で、特に高速走行は絶大な効果でした。本家のルノーでは、後継車のR8以降は一体型をあらため二つ割になっており、おそらく4CVの設計には限界があったのでしょう。しかし、日野自動車は寡黙にも単にスケールアップしただけだったのです。

 それはさておき、このナンバーな何を意味するのでしょうか?単純に謎解きすることは困難であります!


考古学な日々 - 古の部品 (5):同じエンジンブロックなのに、斯も多くの番号!(2023.10.11)


 最近、日野コンテッサ1300のエンジンブロックに鋳造&刻印されている番号にさまざまな情報がつまっているのではないかと思うようになりました。

 画像の左上は比較的初期のコンテッサクーペ用のブロック (GR100-102874) 、右上はその最終に近いもの (GR100-107352) 、右下は試作&実験段階と思われるトヨタブリスカ 、おそらくクーペ用番号を消して打刻 (G-61) 、そして左下が市販されたトヨタブリスカ1300 (G-19581) 。

 画像の中で時計回りに進化しているようで、ブロックの品番:20051101にレビジョン番号:05->11->20->32と進化したようです。詳細についてはまだ調査が必要です。

 またそれぞれ先のミッション同様に鋳造時と思われる番号も入っています。面白いですね...まさにミステリーです。


考古学な日々 - 古の部品 (6):オイルポンプ、GR100の泣きどころ (2023.10.19)


 目下製作中の我がコンテツのGR100エンジン、クランクを加工いただいた内燃機屋がオイルについて、その性格上、なるべく多くのオイルを回せと言われております。

 これについては自分の納得しており、画像の真ん中の鋳鉄製を使う予定です。これは米国BREが日野のアルミ製ポンプの欠点を洗い出して、日野が特別製作したものです。

 これは過去、使用した結果では油圧が6kgと非常に高いものです。これについて内燃機もそれで良しとしています。

 60年近くも前に日野のGR100エンジンの改善がカリフォルニアのロサンジェルスで実に現実的な議論されていたのです。実はBREではこの鋳鉄製の前にシボレーの鋳鉄製を2個一にして使用してたのです (現物あり) 。


考古学な日々 - 古の部品 (7):日野5速トランスミッション (2023.10.21)


 日野自動車は、1966年当時のモータースポーツ参戦に日野プロトを鋭意、開発・展開しました。1966年全日本レーシング・ドライバー選手権第2戦 (FISCO) では緒戦を飾りました。その日野プロトには自社開発の日野製5速トランスミッションが搭載されていました。

 レーシング日野コンテッサ1300でも同様でFIAのホモロゲーションを取得していました。画像はストックのドライブシャフト (上) と5速 (下) 用の比較です。

 特徴は標準がトップギヤのみがニードルベアリング使用5速は2〜5速全てにニードルベアリングを使用しました。これは実に羨ましいことです。

 低速でも高回転時の負荷に信頼性があるもので、当時は一般市販車でも全てのギヤにニードルベアリングが使用されるようになった時期と分析しています。将来のコンテツもそうなるのかなと思わせるものです。


考古学な日々 - 古の部品 (8):日野ワークスのオイルポンプ? (2023.11.7)


 1980年代半ばにバラしたエンジンのオイルポンプです。サムライコンテッサの全オーナーから譲り受けた日野ワークス=BRE チームサムライの遺産です。

 今まで気がつかなかったのが、画像の右のカバー、二本のギヤのシャフトのトップにある穴あるいはカットで密封状態でなく、機能的には空洞です。

 このオイルポンプはアルミ製ですがストックのそれと違って丈が短いタイプです。先般の鋳鉄製と同じ型のようです。リリーフバルブも圧を上げるために大幅に改造されています。

 この空洞は何のためでしょうか?ギアからのオイルは構造上漏れない筈なので、何か回転するシャフトのエア抜き、あるいはオイルの抵抗対策なのでしょうか?米国の諸々の教則本をリサーチしてみましょう。


考古学な日々 - 古の部品 (9):ロサンジェルス BREのスペシャルオイルパン (2023.12.11)


 目下製作中の新たなエンジンに使用するオイルパン、発掘調査の結果、最終的に画像の左のものに決定しました。

 画像の二つのオイルパン (2個1) の深さは同じですが、偏り防止のバッフルの考えが異なります。それに伴い、ストレーナの位置も異なります。

 左の方がストレーナのパイプが短いこと、また以前、使っていたことが決め手です。右はパイプが長いので振動との関係、また装着のやりにくさで今回はボツとしました。

 しかし、こんなものが60年近くも前にロサンジェルスのBREのメカニックは土地柄、OHVの専門家が大勢おられる地で日野コンテッサ1300のをスープアップをしていたのだと、誇大妄想含めて想像するだけで楽しさが増します (目で見る世界一のスピード・ショップ地帯) 。


考古学な日々 - 古の部品 (10):コンテッサ1300用のメタルクラッチプレート (2024.3.30)


 画像のメタルクラッチプレート、1966年当時、米国のチームサムライのBREで日野コンテッサ1300用に制作されたものです。

 1977年、ロサンジェルス空港側のTilton Engineering社に伺った際に、オーナーのMac Tiltonさんからこんなものを作っていたんだと、当時のF1用の材質 (英国製) と説明、捨てないで残っていたようで、ボクに譲ってくれました。

 実はFBの中のHonda S600/800コミュニティに登録してるのですが、その中のメンバーの一人が、自身のS800用のメタルクラッチが破壊してしまい、それをTilton Engineering社で新しいものを作ってもらったと画像入りで載せていました。

 そんなことで半世紀近く前に手にし、ガレージに飾ってある画像のコンテッサのメタルクラッチクレートを思い出したわけです。米国ではこのようなものを作ることが非常に簡単で、コンテッサのそれも既製品の一つに過ぎないということです。

 折角ですから、綺麗に磨いてやろうと思います。


考古学な日々 - 古の部品 (11):コンテッサ1300用のメタルクラッチプレート (続) (2024.4.7)


 「2024.3.30 考古学な日々」で記述した1977年当時、ロサンジェルス空港側のTilton Engineering社のMac Tiltonさんからいただいたメタルクラッチ、先の画像にように40数年の空気に触れて大変醜くなっていました

 これでいけないと、今日の暖かい陽気につられてガレージ前の庭で一時間強、両面、磨き上げました (研磨ではなく、ケミカルで) 。結果は画像のようです。

 表面を見ると明らかに使用した状況があり、これは事実として貴重な物証になります。これで長年の汚れを取り去りメタルクラッチの輝くを少し取り戻しましたが、まだまだです。再度、磨き上げたいと思います。

 日野コンテッサ1300用の当時のF1のそれと同じ材質/構造/技術で制作されたこのメタルクラッチ、貴重な歴史の生き証人であります。散財しないようしっかりと保存しましょう


考古学な日々 - 古の部品 (12):エンジンのシリンダーヘッド (2024.8.3)


 1964年 (昭和39年) の9月15日発売開始、そして1967年 (昭和42年) 3月末には実質的に製造中止となった日野コンテッサ1300、2年数ヶ月の短い間ですが品質&性能向上の努力がありました。

 その一つがエンジンのシリンダーヘッドです。代表的なシリンダーヘッドを画像にしました。上段が所謂、標準型です。初期の時点にエキパイのスタッドボルトの変更がありましたが製造中止まで基本的には変わっていません。スポーツキットもバルブシート材質や圧縮比の変更だけです。

 中段は明らかな違いがみられます。おそらく厚さ方向強度をあげたものです。またインテークバルブのサイズが36mmから38mmへと進化しています。ただ一般車には搭載されずレース関係者向けだったと推測します。

 下段はさらに進化せたもので燃焼室の形状とプラグの位置が変更されています。またブロックへの固定ボルトが追加されました。オイル漏れの対策と思われます。このヘッドはコンテッサには適用されなかったものの、1967年4月以降に生産されたトヨタブリスカのG型エンジンに適用されました。


考古学な日々 - 古の部品 (13):コンテッサ1300用のクラッチプレート各種 (2023.8.23)


 「2024.4.7 考古学な日々 - 古の部品 (12):コンテッサ1300用のメタルクラッチプレート (続)」で日野コンテッサ1300クーペの米国BREのチームサムライ製のメタルクラッチを紹介しました。画像は手元にある4種類のコンテッサ用のクラッチプレートです。左下 (1) は日野標準品です。

 左上 (2) は、BRE製です。フェーシングのリファービッシュのために自分が国内の業者に出して同様なFERODOの材質に張り替えたものです。このプレートのつながりは構造上、やや鋭敏になります。

 右上 (3) & (4) もBRE製で共に基本的な構造は同じですが 、(4) はフェーシングがメタルです。(3) の材質は勉強中です。

 今、製作中のエンジンには、(2) のFERODO製を使います。楽しみにしています。


考古学な日々 - 古の部品 (14):水平割コンロッド!? (2023.9.28)


 今日、エンジンのピストン&コンロッドのクランクへの組付け、思わぬ壁にブチ当たりました。取り敢えず、ピストンリングを入れないで仮組チェックしたのが正解でした。

 その問題を探るため、20年近く楽しんだエンジンの下部を覗いてみました。腰下は自分では組んでないものの、クランク&コンロッドはノーマルでないことは80年代に目視確認してました。

 今日、コンロッド細部をチェックしたら、どうもGR100エンジン独特の「斜め割」でなく「水平割」のようです。クランクを画像のような位置にすると明らかです。コンロッドボルトもコンベンショナルなものになっています。

 日野自動車の水平割コンロッドは1966年7月、日野プロトのYE28エンジンのFISCO対策として、土壇場で対策部品 (高回転強化目的) として数日でゼロから20組製作と記録があります。そのワンオフコンロッドがこのエンジンにも組まれたでしょうか!?


考古学な日々 - 古の部品 (15):日野ワークス専用コンロッド&その発展型 (2023.10.3)


 だいぶ前に「2020.5.7:人車共OH中 - 軽量コンロッドのミステリー」で記述した超軽量コンロッドのルーツが判明しました。

 日野品番:71 12 1211 00、所謂、試作あるいはレースなどの特殊用途の「7」で始まるものです。画像の左の「無改造」が当時の日野自動車で製作された状態と推測します。標準品に比べて強度のためでしょうか、かなり大型になっています。

 それが右の研ぎ澄まされたようなコンロッドに生まれ変わったのです。驚愕の400グラム弱でオリジナルの700グラム程度から半分近く軽量化されてます。この形状で大丈夫なのかというと「How to HOTROD Small-block CHEVYS」などを見れば、十分以上なものと考えます。

 さすがOHVエンジンのチューンアップ先進国の地、南カリフォルニアです。セオリー通りなんですね!すごい経験値が盛り込まれたこのような日野コンテッサのコンロッドを見られることに感謝をしております。


考古学な日々 - 古の部品 (16):日野ワークス専用コンロッド&その発展型 (続) (2023.10.4)


 昨日に続き、BRE製、すなわち「Made in SoCal (メードイン南カリフォルニア) 」製の超軽量コンロッドです。

 画像の上側が市販車用の標準品です。これに比べるとワークス用が如何にも巨大に見えます。当時、レース現場の最前線を走っていたSoCalの専門家の結論が右下のペナペナものだったのです。

 当時の南カリフォルニア (SoCal) 、ロサンゼルスは、レーシングガー制作に必要なモノ (人、部品、プロセス) は50マイル以内にあると言われるほど、戦前から航空機産業なども背景に豊かな地であり、サムライコンテッサもそのBREで生まれたのです。

 いまではコンピュータシミュレーションで最適なものができる時代です。しかし、人の経験値を盛り込んだ研ぎ澄まされたモノは温かみのある美しさを感じます。ワインや絵画同様に本物を一度でも口にしたり、目にすることは自身の成長のために必須と思う瞬間です。


考古学な日々 - 古の部品 (17):水平割コンロッドのインストレーション? (2024.10.10)


 「2023.9.28 考古学な日々 - 古の部品 (14):水平割コンロッド!?」で記述の水平割コンロッド、気になることが、画像のように横幅が78mm程度あり、水平割を71〜74mmのシリンダーボアにどのように取り付けたかです。

 画像の文献はルノーR8のもので、4CVでは斜め割でしたがそれ以降は強度をとりたかったのでしょうか水平割になったようです。画像のように取り付けは上からではなく下からです。納得です。その分、工数が増えます。

 斜め割コンロッドはまさにロングストロークの課題に対する苦肉の策だったようです。同じロングストロークのクラシックミニなども斜め割ですが、そうでないもの多々見受けます。特に最近の高性能なものはすべて水平割です。コンロッドの幅がかなりシビアに作られてるように見受けます。

 今作業中のエンジンが終わったら水平割コンロッドが入ったGR100エンジンをバラすのが大変楽しみです。最大の疑問は日野のエンジン技術者がルノー4CV時代の技術でコンテッサ900そして1300へと何の改善もなくスケールアップしたことです!


考古学な日々 - 古の部品 (18):GBベアリング、超軽量コンロッドとの関係 (2024.12.15)


 日野コンテッサ1300の軽量コンロッド、1960年代半ばの米国BRE時代の産物です。現代にも通じる加工、60年も前に航空機産業などを背景且つ技術者の流通が活発な地では日常だったのです。

 今日、そのコンロッドにKING社のUSベアリングを入れて試しにクラッシュハイトをチェックしようとしました。画像の赤矢印のように日野のそれとは異なった場所に爪の加工されていました。

 そこで思い出したのがGBベアリング、日野とは異なったベアリングのセットがあり、爪の位置が異なることはかなり前に気がついていました。

 この軽量コンロッドとGBベアリングの関連性が明らかに、なるほど、こういうことだったのか!実はGlobe Bearing Co., Ltd. (Address: 1338 S. FLOWER ST.,, Los Angeles, CA 90015. Phone. (213) 749-8122 · Phone. Fax. (213) 749-1828. Additional ...) 製のクランクシャフトもあるのですが、その関係は如何に!まだ謎は解けてないようです...


考古学な日々 - 古の部品 (19):シボレー、鋳物製オイルポンプ (2024.12.24)


 今から48年前 (1976年) に現行コンテツ入手の際のエンジンスペア部品の一部だった米国BRE社が開発したオイルポンプの対策部品です。

 1966年当時、西海岸セダンレースに挑んだ日野コンテッサ1300クーペ、第一の問題が高回転での油圧低下、簡単にエンジンブローを発生させていました。

 その原因が日野のアルミ製オイルポンプ、高温で膨張、構造も問題ありで、その対策にシボレー製の鋳鉄部分とコンテッサ、ブロックに固定する部分は日野と2個1です。

 これで日野自動車はBRE向けに鋳鉄製を製作、またアルミは形状を変えた対策品を供給しました。シボレーのオイルポンプ (Chevrolet-GM22 8704180) 、スモールブロック用であり、今でも入手できるポピュラーなものであることがわかりました (Summit RacingGandrud Chevroletほか) 。


考古学な日々 - 古の部品 (20):GBベアリング、超軽量コンロッドとの関係 (続) (2024.12.27)


 「2024.12.15 考古学な日々 - 古の部品 (18):GBベアリング、超軽量コンロッドとの関係」、今日、GBベアリングをキャップに入れて、規定のトルクを掛けてみました!

 Globe Bearing社のベアリング、画像左上のように「2055 CP」と刻印があります。BRE向けのスペシャルなのでしょうか?それとも一般流通品なのでしょうか?ネットで検索しても何も手がかりが目下のところ何もありません

 このベアリングは厚さが「2.05mm」ととても大きな値です。日野の標準品と0.5mmほど厚いのです。それは何か意味があるのでしょうか

 次に規定のトルク (日野整備マニュアル上) を掛けてクラッシュハイトを計測してみました (画像右下) 。およそ0,21mm、これはかなり大きな値です。この値が正解なのでしょうか?謎がまたふえました!

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