Daily Life with My HINO!
2024.1.31 1963年 Corvair用アルミホイール - DEL CONTESSA
先日、「WEBは知の宝庫!」に「米国のホイールの歴史&文化がわかるカタログサイト」を紹介しました。そこには日野自動車&デルレーシングが当時、使用したアルミホイールが掲載されていたのです。これは新たな発見です。そのページのキャッチコピーにあるように正に「単なるデータも集まれば情報に、そして結びつけば知識となる」でした。
米国、American Racing Equipment社の「1963/1964年のTORQ-ETTE」であることが判明したのです。日野自動車の当時の写真を見るとスタッドボルトの穴が空いてないので、おそらく日野コンテッサ1300のPCD 120mmに合わすべく穴なしを注文したのでしょう。
型番も判明したので、Googleで検索するとさらに画像のような「TORQ-ETTE」のカタログらしきものをヒット、そこにはCorvair (1962年型と推測) がこのホイールを装着しており、これこそがもっとも見たかったものです。
なるほど格好いい、実に無骨なホイール、だからこそ女性的なCorvairに似合うのだと、つまりコンテッサ1300も同じであるということです。当時、コンテッサ1300にこのホイールを選んだ方、すごいセンスですね。
やっぱり、この時代のクルマには13インチのホイールにハイトのあるタイヤが一番似合ってると思うと共に、現代のネットのパワーに感動であります。GENIE-CORVAIR のリヤにだけ使用されていた背景も判明しました。
2024.1.30 お茶の水・駿河台界隈、久しぶりの散策
本日、生業の年中行事のフォーラム開催に向けて打ち合わせでお茶の水のホテルに伺いました。
その後、久しぶりに駿河台のかえで通り界隈を散策しました。5年ぶりぐらいでしょうか、実はこの辺は1960年代後半から徘徊していたのです。その当時、アテネ・フランセの近くにいつもオパールクリームのコンテッサクーペが駐車しており、毎度、しげしげと眺めさせていただきました。
駿河台の高台から一気に下る女坂/男坂の急階段も昔のままです。また、昔は主がおられた由緒ある文化学園の主張を感じる建物とその脇の緑地も健在でした。今は日本BS放送になっておりますがしっかりとこの歴史ある文化的建造物を維持されています。ありがたいことです。
この散策ついでに、せっかくですから足を伸ばして秋葉原駅方向に向かいました。神田川沿いの万世橋駅の煉瓦造りも健在で今ではレストランやギャラリーになっており、ここも好みの場所です。美味しい食事と現代アートを楽しみました。
2024.1.27 日野コンテッサ1300クーペのブレーキ - 本当に効かないのか? (2)
先のこのテーマで古のレポートの「コンテッサのブレーキは本当に効かないのか?」を紹介しました。
この記述でお分かりのように日野コンテッサ1300クーペの日本車初のディスクブレーキはまったく効かない訳ではないのです。ポイントは例えば、一般的なパニックブレーキングの0.6gを得るには37kg程度の踏力が必要なだけです。
この30kg越えの踏力は60年代当時のディスクブレーキ装着車では一般的なものでした。しかし、70年代にはすべての車種でサーボ付きとなり20kg前後と軽くなり、その後はさらに進歩し、80〜90年代には10kg以下となり、進歩は止まらず今日に至っています。
効かないというよりは乗り手の方が何故かを理解する必要があるだけです。実際、車検の際のテスターでは現代のクルマと同等程度の性能を示しています。
ただ、60年前に設計&製造された代物であることを忘れてはなりません。
2023.1.25 オートモーティブワールド クルマの軽量化 技術展 (第14回)
2024年、今年度も「オートモーティブワールド クルマの軽量化 技術展」を見学させていただきました。今年で第14回!、つい最近かと思ったらこんな回数になっていました。
クルマ全体ではなく、素材やアッシーがメインです。さまざま多くのサプライヤーが出展、新しいお名前、あるいは伝統的なお名前、各社、この分野に切磋琢磨されている状況を垣間見るのが楽しみです。
今年、おおいに興味をもったのが中国のBYD社 (BYD Company) です。1995年、深圳で創業の新興OEMではありますが、2023年度のEV販売台数でTESLA社を超え、メディアを賑わせました。また、高級車路線にもチャレンジを始めたようです。
最近では日本のテレビ放送のCMにも多く登場し、その内容は我々日本人にまったく違和感がないように感じられます。ここまで来ているのかと思わせるものです (参考:BYD JAPAN チャネル) 。生半可でないプロモーションです。
この技術展でも大きな存在感を示していました。中でも画像のカーボン&セラミックブレーキディスクは、100%自社技術&製造だそうで、3月からの販売車に適用するそうです。手で持つと超軽い、おそらく1.5kgかなと、重量は従来品の半分くらいだそうです。
ポイントは価格でTESLA (BREMBO) に比較して、1/5程度になるそうです。難しかった製造工程の革新で価格ダウンできたそうです。恐るべき技術であります、社はEVの熱マネージメント技術にも多くの革新をしており、それら含めて勉強させていただきました。
その他、コネクテッドカーや自動車関連の多くのテーマについての技術&展示がありました。特に重要なソフトウェア関連についてはまだまだこれからなのかという感じで大きなインパクトはありませんでした。
2024.1.21 日野コンテッサ1300クーペのブレーキ - 本当に効かないのか?
日野自動車:日野コンテッサ1300クーペ整備解説書より抜粋
めざとい皆さんはお分かりのようにこれは日野コンテッサに使ったブレーキの図ではない。本家のルノーR8のそれである。何とも軽率な整備解説書である!
一昨年の秋口からあることがきっかけで再び、日野コンテッサ1300クーペのディスクブレーキの課題&解決策 (新品が無いので) を考え始めています。
折しも2ヶ月前の11月末、北関東のコンテツ・エンスーの皆さんとお会いする機会がありました。外観も実に綺麗になり、エンジンもOHした素敵なコンテツをワインディングロードでドライブさせていただきました。
自分がコンテツの味を忘れてしまったのか、あるいは普段乗りの現代車に慣れてしまったのか、確かにブレーキを踏んでも一向にパッドがディスクをちゃんと噛んでる感覚がなく、少々リスキーな思いをしました。
皆さんとそこでの会話は、こんなもん、ちゃんとドライブしているとか、過酷なドライブはしないし、などなどコンテッサ乗りたちは問題視しているようには見えませんでした。
そこで思い出したのが「コンテッサのブレーキは本当に効かないのか?」、その昔、愛好家クラブに在籍中、多くあった話題にメスを入れたものです。当時もやはり、そんなもんという意見が多かったのです。(続く)
2024.1.20 我が家の図書館 (6) - オートスポーツ 1968.1、コンテッサ1300が最も輝いていた時代
先日の「危険なガソリンは締め出せ!」、オートスポーツ、1968年1月号には、日野コンテッサ1300のモータースポーツに関連する数多くの痕跡が見られます:
◉ 68年に賭ける国内ビッグ・チームの精鋭、日本オート・クラブ(NAC)
◉ 富士12時間自動車耐久レース
◉ 富士チャンピオン・後期第5戦
◉ ”危険なガソリン”を締め出せ!、ロバート・ダンハム
◉ ZFCCハイスピード・ジムカーナ DEL RS-B 菅原 義正 選手
◉ キング・オブ・ザ・マウンテン (ヒルクライム) コンテッサクーペ総合優勝
◉ その他、数多く...
その他の広告、FERODOにはコンテッサ1300の部品、またDEL CONTESSAベースのフォーミュラ、売りたし欄には、なんとレーシング・コンテッサやフォーミュラのデル・コンテッサ!、この時代のオートスポーツ、どの号にも日野コンテッサ1300の足跡を垣間見ることができます。
日野コンテッサ1300が最も輝いていた時代だったのです。そこでは何時間もの全開走行をしていたのだと思うと、自分は60秒前後のジムカーナでも全開走行を避けて80%走行、なんとも情けないと思うものです。これではいけないと反省しきりであります。
2024.1.18 公道復帰10年、経年劣化修復プロジェクト (30)
記事の全文参照はこちらに
記事のガスケットの画像をみるとそれは水穴にシールが付いたもの、先の「ヘッドガスケットの検討」の7 109 1042 00/50であることが判明。なるほど、このスペシャルなガスケットで全開でサーキットを何時間も走っていたのだと。。。
オートスポーツ、1968年1月号の記事に非常に興味深いことが書かれています。それは画像にある「危険なガソリンは締め出せ!」です。当時の日野自動車のワークス・ドライバーであり、米国チーム・サムライのドライバーであったロバート・ダンハム (Robort Dunham) さんの記事です。
記事の内容は、1966年10月のロサンゼルス・タイムズGPのセダンレースで優勝した日野コンテッサ1300クーペを年明けて、船橋サーキットに持ち込んだ際、練習でエンジンが壊れたことに始まっています。
本戦の「全日本自動車クラブ対抗レース大会」のツーリングクラスでは優勝したものの、そのエンジンを分解してみると、練習で壊したエンジンと同じトラブルを抱えていたそうです。
この結果、ロサンゼルスのレーストラックで使用したガソリンと日本のサーキットでのガソリンの成分を比較、高価なレーシングエンジンが台無しになることへの提言をしています。
コンテッサのアルミヘッドとそのガスケットが化学変化を起こしてしまう問題で、これは今のガソリンでも起こるのでしょうか?
2024.1.15 MacBook OSX アップグレード - WordPress & Divi Challenges!
MacBook、最新OS、Sonomaにアップグレードして約10日余り、問題なく日常使用しています。残すは「Music」のPlayListがおかしいのですが、目とつぶっております。
今回のアップグレードの目的、WordPress&Diviであります。甘く見ていたようで、目論見より習熟に時間を要しています。ここ数日、自分の悪いところ、足らない点が反省とともに明らかになってきました。
WordPress&Diviも住めば都のごとくなかなかいけると感じてきました。また並行して使用している「Mobirise」の優れた点にも感心しており、当分、手放せない感じにもなっています。
所詮、道具、溶接機などの技術習熟同様、自分の体の一部にすることが重要です。それには正しく使う、そして失敗もするの進歩の一歩です。若くない脳みそに鞭を打つ毎日です。
2024.1.14 公道復帰10年、経年劣化修復プロジェクト (29)
1週間以上、時間を空けてしまったエンジン始動、今朝はガレージの屋根に雪が残る寒い朝、絞りに絞ったソレックス、始動でまたかぶらせないかと不安がありました。
しかし、ホボ、一発でかかってしまい、寒いにも関わらずアイドルも安定、クシャミも出ません。おまけにテールパイプから燃焼が綺麗である証しの水も出てます。
ウーン、これは近々、下ろされる運命にあるエンジンの最後の雄叫びなのかと、まだまだいけるのだと、言ってるようで健気さを感じてきました。
さて、急がねばならないエンジン制作、コンロッドのバランス取りに向けて、クリーンアップ、クランク同様に鋳物上面のバリ取り開始、まずは作業時間&工具消費量の測定の作業をすすめました。
2024.1.11 我が家の図書館 (5) - モーター毎日 1987.8、久保 正明さん (編集長)
おそらくほとんどの皆さんが目にしてない書名「モーター毎日」、今、ネットで検索しても国会図書館に数冊の号が所蔵されてるだけです。雑誌として、あるいは社名:モーター毎日出版社も世の中から消え去っています。
1987年当時、編集長である久保 正明さんから連絡があり、長時間、お話をさせていただきました。チームサムライのピートさんからの紹介だそうで、当時の日野のレース車両などに花が咲きました。その内容が1987年8月号の誌面の一部となりました。
久保 正明さんは長い間、Auto Sport誌で60~70年代にその礎を築き、特に国外の競技情報をあらゆる角度で伝えてくれました。またBREのピートさんはじめその周辺の皆さんから多くの投稿を得ていました。
1967年日本GPの所謂「日野サムライ事件」を追求したピートさんとの「日本はまだ国際競技を開催できない」は氏のジャーナリストとしての真骨頂を感じております。実に多くの自動車関係の事象・課題を取り上げ、追求され、その渾身の作は我々読者に多くの真実を提供し、方向性を示唆してきました。
Auto Sport誌の編集長を何らかの理由で辞められ、その後の八重洲出版ではオーナーとの対立があり、追われたとか、モーター毎日誌はその後だったようです。孤高のモータージャーナリストだったのです。
その久保さん、上記の日野のお話の際に、氏とのお約束していました。しかし、その後、久保さんの訃報を耳にしました。約束も果たせず、線香もあげてないということに未だ未練と悔しさが残っております。そんなことを思う一冊です。
2024.1.4 初仕事 - 公道復帰10年、経年劣化修復プロジェクト (28)
正月の3が日も過ぎ、初の週末です。MacOS SONOMAへのアップグレードの懸案事項、MAMP & WordPressの動作不可も昨夕、解決し、今朝は気持ちよく目覚めました。
我が日野コンテツの久しぶりのエンジン始動、車検のために極端にアイドルジェット (#45) をしぼっていることもあり、この寒い朝はややむずかっております。
Shorai リチウムイオンバッテリーももうすぐ4年目に入ります。相変わらず、クランキングは強大なパワーを継続しております。
そして主題のエンジン制作、カムシャフトの最後の加工、この日は、残っていたカム部の最終ラッピングを施しました。これにて完了としました。しっとりしてイイ感じだと思います。
2024.1.5 我が家の図書館 (4) - CG 66-02、詳報:ホンダ F1 メキシコGP優勝
CAR GRAPHIC 1966年2月号、これまた史実価値がある内容で表題にある「詳報:ホンダ F1 メキシコGP優勝」、そして「特集:1.5Lフォーミュラ1回顧」と全誌面の2/3以上を割く130ページ近くの特集です。
前半は、1965年に終了した1.5Lフォーミュラ1の歴史と歴代のマシンを多くの写真とともに解説しています。大排気量でなき身近に感じる小ぶりの好みのマシン、クーパーをはじめ各社の特徴・違いを食い入る様にみてしまいます。後半は1966年から新たに始まる3リッターについて各社の特徴について細部まで報告しています。
そしてホンダ F1 メキシコGP優勝、これは当時の日本の誰にも本当に日本の未来について大きな希望をいただいたものです。ホンダの並々ならぬ執念と努力の結果での快挙であります。
ここまで一つの号にまとめられた当時のCG誌のご努力は敬服するものです。個人的は自動車誌史上に残る最高傑作であるとともに最も歴史的価値ある一冊と断言します。また、誌面の1/3のほとんどを割いているのがFord GTを分析するものでこれも大変貴重な内容となっています。
2024.1.4 MacBook OSX アップグレード - Sonama Challenge!
新しい環境はいつも新鮮だが、その変化には常にチャレンジが伴う!
自営業者になってからの盆暮・正月の年中行事、ITインフラのクリーンアップとアップグレードです。大手企業では休みの時期にIT業務インフラを手当て、それはワンマン企業でも同じなのです。違うところはオーナー自ら時間と労力を費やすことです。
今回は遅れていたMacBookのOSをMontorey (macOS 12) から大きく進歩&最適化された念願のSonoma (macOS 14)に切り替えることです。
そのためにWeb Design環境をSandvoxからWordPress & Diviに切り替えるなど下準備、積み残しがあるもののとにもかくにもアップグレードしました。
使用しているアプリはざっとみで問題なさそうです。ただ、本命のWordPressがその土台となる開発環境のMANPがうまく動作せず、難儀しております。
2024.1.3 我が家の図書館 (3) - CG 71-03、いすず・ツインカム・エンジン
CAR GRAPHIC 1971年3月号、人それぞれですが個人的に忘れえぬ、あるいは史実価値がある内容の一つが表題にある「いすず・ツインカム・エンジン」と思います。
「Gの主題によるバリエーション」、如何にもCG風のキャプションであるが、13頁と小ぶりではありますがその内容はいすゞのG系エンジンの発展を知るには圧巻です。
いすゞ自動車も日野自動車同様に欧州からの技術導入、また少ない車種でも市場存在感がありました。ただ、日野と大きく違って、長期間にわたってG系エンジンを正常進化させ、長期にわたって個性ある車種をデリバリーし、多くのファンを魅了しました。
OHVのG系エンジンの誕生から、OHCへの進化、そしてツインカム&レーシングへと頂上を極めるまでの過程をデータ/図/表/写真を駆使して分かり易く記述されています。技術資料に乏しいいすゞのエンジン、これ以上の内容はありません。整理されて、よく取り上げていただいたと感謝であります。
日野コンテッサ1300クーペファンとして、GR100エンジンも取り上げてくれていたらと、しかし、それは無理からぬことです。なぜならば、GR100には系譜というものが乏しい、たったの一代かぎりの作品なのです。
2024.1.1 あけましておめでとうございます
あけましておめでとうございます。
元旦の午後のウォーキングに恒例の江戸川へ、いつものように富士山を拝むことができました。
2024年、日野コンテッサ1300が発売されて60年目の年となります。自分も歳をとりましたが、コンテッサも立派な高齢車となりました。
今年もコンテッサクーペともども歳相応に駆け抜けたいと希望をもって前に向かっております。
今年も引き続きよろしくお願いします。
2024年 元旦 (SE)