皆さん(*.1)からおあづかりした大切なブレーキ&クラッチマスターシリンダー並びにブレーキホイールシリンダーの再生が完了し、10月末にお届け出来るに至った。(写真1&2)
今回は色々と紆余曲折し、長年頼りにしていた英国の会社(ワンマンカンパニー)の親父は天国に行ってしまい、奥さんから「もう出来なくなりました」と、丁重にお手紙をいただいた。その親父は生涯、毎日々シリンダーにステンレスを焼嵌圧入(スリービング)していたのだ。その技術と経験だけで世界を相手にビジネスしていた。まだ電子メールも無い時代には、手書での手紙のやり取りだった。
今回、新たに数ある業者から探し、行き当たったのが米国のフォード・マスタング(60年代)を得意とするステンレス専門の業者だった。工場を見せていただいたり、皆さんのシリンダーを持ち込んだりしたが結果的にそこでの作業は断念せざるを得なくなった。
その後、米国の英国車専門(ジャガーやMGなどダンロップ系のブレーキが得意技)の業者に話しをももちかけた。彼らは基本的にブロンズもステンレスも可能(ステンは少々金額が張る)、そして焼嵌加工後の再焼嵌も手がけている。ボクはどちらが良いかは解らないが、ステンレスを選択した。
ここ10年と短い期間ではあるが、何社かと話しをし、実際に仕事をお願いし色々と彼らからも勉強をさせていただいた。各社各様と言うか、そこのオーナー(英国の親父のように)の考え方で、目的は同じだが、再生の方法が違うということも判った。面白いものである。今回の業者は再度焼嵌(確か2回とか)出来ると言う、その理由は実物を見たら理解出来た。圧入の材料が非常に薄い、ここまで薄いかと言うか、つらいち、そんな感じで、これでは後、2回は確かに大丈夫だなと感じさせる。こんなところに彼らなりにそれぞれの長年の経験と技術があり、それを大切にして商売をしているのではないかと思う。
旧車先進国である、欧米ではこの焼嵌の方法はポピュラーであり、ある書き物に、先のマスタング系の業者は、「米国の全てのマスタングを救った」とまで書かれている。そうまだマスタングだけでもまだおそらく数万、数十万か、そんな巨大なマーケットであるのだ。
そんな旧車のブレーキ(クラッチも)のオーバーホールの定番となると、まずは痛んだマスター&ホイール/リレーズ・シリンダーの内部表面を奇麗にする、これはもちろんステンレスないしブロンズの焼嵌だ。そしてタンク、ライン、そしてホースを新品にする、これは必須だ。最後に長期のメンテナンスを考えて、彼らが進めているのが一般のグリコール系のフルード(すなわちオイル/液)に代えて、シリコン系を推奨している。ここまでやって「マスタングを救った」と言うくだりが活きるのだ。
このシリコン系フルードについては大分以前PD誌(*.2)に寄稿したが、グリコール系の問題は空気中の水分を吸収し徐々に性能が低下すること、またそれが錆びの原因に及ぶこと、更に漏れた液が塗装等を剥がすことだ。シリコン系にはそれの問題がない。弱点はややスポンジーであること、高温に弱いことである。その理由で米国ではシリコン系がDOT5以上でしか許可されてない。また、ブレーキを極限に酷使(温度が上がる、よくディスクが炎に見える)するレース・フィールドでの使用はまだ一般的に薦められてない。
シリコン系は米国では結構営業車用でも使用されており、それはトータルなメンテ・コストが安いからではないかと推測する。最近では昨年秋発表のロータス・エリーゼは全面的にシリコン系に変わった(*.3)。これはインパクトのあるニュースであり、やはり英国のロータスならではの大英断だ。また、米国のカートレースの現場でもシリコン系が登場し始めている。これもユーザー含めての進化と考える。
以上を、考えると我々の日野コンテッサも進化をさせるために部分修理だけではなくトータルに考え、ステンレスやブロンズ・シリンダーに加えて、シリコン系フルードを考えるのも一つだろう。
最後に、ステンレス(またはブロンズ)圧入と言えども完全ではないことである。確かにグリコール系フルードの問題である錆びには対策となる。しかし、脱着&組付け、またタンク内のゴミとかによるシリンダー面への傷の問題はまったく同じリスクをもっていることを知ってもらいたい。何事にも完全というものはない。