本サイトを開設して以来、約10年になろうか、実な今だ、どの程度のアクセスがあるかなどチェックしたことがありませんでした。ひょんなことで、2012年の一年、超私的なサイトにどのページがどの程度がアクセスあったのか確認してみました。日野コンテッサごときのマイナーなテーマなサイトなどで大したアクセス数は有りませんが (全体で20万程度か?) 、各ジャンルのアクセス・ランキングのトップ10 (英語ページを除く) を以下のように纏めてみました。
数百のコンテンツのトップにはどんなものがあるのか興味あるものです。皆さんはどうで思いますか?
【歴史関係】
やはり、このベスト10を見れば、日野自動車といえば、トヨタ傘下の大型商用車メーカーに変化しても、レジェンドな「ヒノといえばサムライ」という話題は永遠なものと感じます。本サイトでは、第三者的な立場で、長い時間の検証をもとにサムライ話題に限らず、コンテッサ全般について、今後も可能な限り、点となった情報を結びつけ、真実はなんであったかについて、事実に基づかない一般メディア (旧車系含む) では出来得ないものを「ノン・フィクション」として調べ上げて行く所存です。
新・日野の夢、コンテッサに託して - 検証&総括 - 日野サムライの車検失格について:サムライ・スピリットは何処に?
- 日野コンテッサ1300に至る日野自動車の系譜:エンスーの目から
- 新・日野の夢、コンテッサに託して - 7. サムライの切り取られた歴史
- 新・日野の夢、コンテッサに託して - 6. サムライになったヤンキー
- 新・日野の夢、コンテッサに託して - 1. 社運を賭けたコンテッサ1300
- 日野コンテッサ1300小史(関連イベント含め)
- 新・日野の夢、コンテッサに託して - 8. 終結:悲劇の伯爵婦人
- 新・日野の夢、コンテッサに託して - 5. 伯爵婦人(コンテッサ)の挑戦
- 新・日野の夢、コンテッサに託して - 4. コンテッサ1300の誕生
- 新・日野の夢、コンテッサに託して - 3. ミケロッティとの出会い
【クルマ関係】
ルノー日野のノックダウン生産やコンマース&コンテッサ900関係がトップ3にあったということは、この上ない喜びであります。これらの内容、あるいは目論みは単なるエンスー好みでない、当時の日本の工業化への進展などの背景を探り、啓蒙をしたいと考えているためです。現代の日本がグローバル経済の中で後手に回っているというのも、戦後の工業化への道がどうであったかを正しく理解することが重要であると考えております。今後も当サイトのテーマであり、継続する所存です。
- ルノー日野(1953年)ノックダウン生産 - (日本のモノづくりの再復興の原点:先人に学ぶ)
- 日野のクルマ:日野コンマース・スペシャル - (誕生50周年(2010年2月)記念)
- 日野のクルマ:日野コンテッサ900 スペシャル - (誕生50周年(2011年2月)記念)
- 日野のクルマ:コンテッサ1300クーペ - デラックスモデルとスタンダードモデル
- 日野のクルマ:カタログより - トヨタ・ブリスカ
- 日野のクルマ:主要諸元 - デル・ダンデイ・ツーリング (1968)
- 日野のクルマ:モーターショー・スペシャル - (東京モーターショー、50周年(2005年)記念)
- 日野のクルマ - 日野コンテッサ1300コマーシャル映像 - Premio d'onore(名誉賞)
- 日野のクルマ - 日野のクルマ:生産台数
- 参考:戦後の日野の乗用車のお手本 - フランス・ルノー公団:ルノ?4CV(初期の米国向けカタログ)
【寄稿関係】
特にありませんが、コンテッサ1300クーペL (ライト・ウェイト) を多くの方に興味をいただいたのはかなりの驚きです。何しろ、マイナー中なマイナーな話題です。しかも、この軽量ボデーがチャンと残っているのは、知る限り米国帰りの個体の僅か2台だけとなりました。トヨタのV8が搭載された「L」は軽量部分はドアの外板を残すのみで、車両としても、残念ながら何度も鈑金修理が繰り返され、形状も変わってしまい、その重量は、むしろ標準のクーぺ以上になっていると推測します。よって、今ではライト・ウェイトとは呼べないものです。正しい (好ましい) 個体に戻すにはかなりの努力と投資が必要になるでしょう (この辺が、当サイト・オーナーが20数年を経て所有する理由がなくなった主な要因でもあります) 。一つ、思い出すことは、昔、四谷の後藤自動車が健在だった時代、コンテッサ1300クーペL を一台、日野が販売したストックのままの好ましい状態で在庫をしてました。普通のクーぺとして販売されてましたが (おそらく認識不足だったか?) 、何時しか,売れてましたので、その個体はその後、どうなったか今でも頭の中から離れません。ご参考迄に。
- 「L」の検証(コンテッサ1300クーペ L)
- Contessa Sprint - コンテッサ・スプリント(その4)- 日野スプリント1300GTのその後
- 伯爵夫人の香り:日野コンテッサ900スプリント(極上の時間)
- コンテッサ900スプリントに念うこと
- ロダンとヒノサムライ
- Contessa Sprint - コンテッサ・スプリント
- 当時のコンテッサ乗り: それは「退屈へのレジスタンス 」 - 金太郎飴でないオーナーの個性をもったクルマたち
- PD300コンテッサクーペカークラブ(日野コンテッサクラブ)の思い出 - A Memory of the Hino Contessa Club
- Contessa Sprint - コンテッサ・スプリント(その3)- ノスヒロのコンテッサ1300スプリントについて
- Contessa Sprint - コンテッサ・スプリント(その5)- 日野スプリント1300GTの結末:1台説に帰結!
【モータースポーツ関係】
トヨタや日産とは比べようもない規模の日野のモータースポーツ活動ではありましたが、第一回日本GPの覇者であり、フォーミュラも手探りでいち早く手がけました。そんなチャレンジ精神をご理解いただければ幸いです。また、ホンダのF1開発や日産の米国レース活動にも大きく影響を与えました。さらに、先に出版がありました「悠久のサファリ」には、唯一、残念ながら日野のみ登場しませんでしたが、1963年のサファリにコンテッサ900がチャレンジをし、1964年のサファリにはワークス体制で5台のコンテッサを送りました。また、ドライパーに当時のエリック・カールソン氏など現地ドライバーを起用しておりました。これらについては、追々、記述する予定です。
- 短編:ピート・ブロック(Peter Brock)物語
- 内外のスポーツカーと競い優勝す - 第1回日本グランプリ自動車レース
- 日野プロト 緒戦を飾る
- またも”サムライ”の偉業 ?宿敵ミニ・クーパーを打倒
- 全日本自動車クラブ選手権レース大会 '65シリーズ-1 (CCC '65 ALL JAPAN CAR CLUB CHAMPIONSHIP RACE MEETING) 1965年7月17日(土)&18日(日)
- コンテッサ1300クーぺ - 驚異の逆転勝 ?リヴァサイド6時間の死
- 第ー回(67年)全日本スポーツカーレース、コンテッサクーぺ クラス優勝
- "65" 船橋サーキット スピード・フェシティバル - 1965年8月7日?8月15日
- 第2回日本GP(1963年)FJ クラス
- 全日本自動車クラブ選手権レース大会 - CCC '65シリーズ-I GT-I クラス
【参考情報(TIPs)関係】
ここに書きました内容の多くは、コンテッサの愛好者の方からの質問を取りあげております。50年近くなってしまったクルマを正しく、使っていただき、元気にカットんでいただけば、それ以上の喜びはありません。また、旧車のメンテナンスに関して、日本は歴史が浅いせいか、あるいは旧車メディアなどの課題もありましょうが、それなりの方法について、素人の経験ではありますが、現実的な (すなわち、リーズナブルなコスト且つ真っ当な方法) で楽しむ方法(経験論で)を今後も披露できればと考えております。
- テクニカル関係 - SUキャブレターについて
- テクニカル関係 - ホイールとタイヤについて
- テクニカル関係 - カラーコード(PD車塗色別使用塗料一覧表)
- テクニカル関係 - SUキャブレターのコールドスタートについて
- 温故知新 - ロイヤリティある且つ熱狂的なユーザーに支援されて
- テクニカル関係 - 車台番号 (シャシーナンバー) と装備品の関係 (クロスレファレンス)
- テクニカル関係 - ブーツ - 実践編
- 参照文献類
- テクニカル関係 - コンテッサ1300のホイール&タイヤ・コレクション
- テクニカル関係 - ホーン (クラクション) について
【プロジェクト関係】
上記のTipsにも関連しますが、実際に具体的に何をしたかを報告しております。自分のものだけではなく、世界のコンテッサ愛好者の努力を大切にして、皆さんが自分たちで何をどうしているかをお伝えする所存です。
- The Renovation(刷新!) - Think Differently - 生かすためではない、活かすためである!
- フォーム・フィット・ファンクションとは? - 「日本の常識は世界の非常識!」
- ブレーキ&クラッチ・シリンダー : ステンレス・スリーブ焼嵌圧入
- 日野小型車グローバル・センサス(調査)プロジェクト
- パソコン利用によりガスケットの簡単製作方法
- フロント・ドラムブレーキのホイールシリンダー(1)
- ブレーキホース(制作)について
- クラッチ・コントロール・シリンダーのホース製作
- 修復開始! - コロンビア
- ニュージーランドに於ける日野コンテッサ・プロジェクト(2011年9月)
【イベント関係】
これもエンスーぽい話題ではなく、ラムスさんなんかのデザインの話し、あるいはクルマ文化ポイ話題を参照いただいていることはありがたいことです。
- 見学(2009年5月22日)- 自動車技術会:電気式スーパーチャージャー
- 50 Years Ago :コンテッサ1300のデザイン - 半世紀前の1961年12月19日と記された巨匠、ミケロッティのデザイン画
- 参加(2012年1月29日)- JCCA New Year Meeting 2012 - “退屈へのレジタンス”
- 日本モーターレース、創造の軌跡(塩澤 進午著)- 創造の軌跡から学ぶ - 不景気を吹っ飛ばせ!
- 見学(2009年6月18日)- ディーター・ラムス(Dieter Rams)展 - 府中市美術館
- MISC.(2012年3月9日)- Reneult 4 Ever (ルノー4、永遠なれ) - 運命の分かれ道
- お別れ(2008年11月25日)- あるGPレーサーとのお別れ
- 参考情報(2009年11月7日) - 福井&石見美術館:日野コンテッサ900スプリント展示 - 先達に学び新たなる原点回帰を発見する機会 - 不景気を吹っ飛ばせ!
- 見学(2008年8月8日)- Audi Forum Tokyo - NSU TTS Grouppe 2
- リバイバル・モータリング・ジャパン in 茂原(2011年10月8日)- 展示&デモラン出走:2速 (セコンド) だけでも大いに楽しむ
【ダウンロード書類 (PDF) 関係】
カラーコードの詳細データがトップであることが大いに勇気付けられるものです(英語ページも同様)。すなわち、正しいデータを正しく入手いただいていることに感謝します。
- 参考情報(TIPs): テクニカル関係 - カラーコード(PD車塗色別使用塗料一覧表)
- 日野のクルマ:カタログより - ルノー日野 PA54
- 日野のクルマ:カタログより - トヨタ・ブリスカ
- 日野のクルマ:カタログより - 日野コンマース(PB-11)- 1961年(カタログ番号:R106)
- 日野のクルマ:カタログより - 日野コンテッサ900スプリント
- 日野のクルマ:カタログより - 日野ブリスカ1300
- 日野のクルマ:カタログより - 日野コンテッサ1300クーペ - 1965年(カタログ番号:R120)
- 日野のクルマ:カタログより - 日野コンテッサ1300クーペ(スイス日野による1967年カタログ)
- 日野のクルマ:カタログより - 日野コンテッサ1300クーペL(ライトウェート)
- 日野のクルマ:カタログより - 日野コンマース(PB-11)- 1962年(カタログ番号:R110)
(江澤:サイトオーナー、オリジナル:2012.12.31)
(改編、2013.11.22)
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