1965年9月、当時のシェルビーアメリカンのチーフデザイナーであったピート・プロック (BRE) により鈴鹿サーキットでの試走、その後の計画の詰めがなされ、年末に契約 (1966年1月1日〜1966年12月31日) がピート・プロックのBRE (カリフォルニア州エル・スグンド市、El Segundo, California) と合意、“チーム・サムライ” が誕生しました。それは、まさに “レースはクルマを売る” を年間15回の米国西海岸を中心にしたサーキットでコンテッサ1300クーペをオーディエンスの目に焼き付けることを形にしたものでした。
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上記の日章旗をかざしている映像の撮影はおそらく以下のポイント分析 (8400 Tuscany Ave, Los Angeles, CA 90293 USA)
https://www.google.co.jp/maps/@33.958948,-118.4393791,3a,75y,358.17h,81.02t/data=!3m6!1e1!3m4!1sEKVrN4R-3y-r5GptznwdDQ!2e0!7i13312!8i6656
1966年1月、チーム・サムライ誕生
- 計画の目的
- 高性能乗車の設計製造技術上のデータの収集解明並びに生産型への反映
- クーペ用GR100エンジンから可能な限りの出力を引き出し、性能向上のための有効な手段を得る。
- 米国カルフォルニア州の市場で販売する車両の仕様確認
- レース出場計画による対米輸出への積極的活動
- 高性能乗車の設計製造技術上のデータの収集解明並びに生産型への反映
- 計画概要
- 性能向上:支給品をベースにエンジンおよび車両の製造向上を進め、そのデータを得る。
- レース:コンテッサ2台により、ロードレース&セダンレースなど15回以上参戦する。
- 車両の展示説明など販売促進活動を同時に行う。
- 契約期間
- 1966年1月1日〜1966年12月31日
- 送付車両の仕様 (工場渡しの仕様)
- 基本的な考え方
- 本格的性能向上の作業はBREであるが、工場にてレース仕様車を制作する。
- エンジン
- クーペ用GR100、デルレーシング渡しの同じ仕様、ボアXストロークは現用のもの。
- トランスミッション
- BRE要求の2.93, 1.76, 1.23, 1.00、最終減速比は4.5を設計する。
(註:実際は、F型とD型が供給された)
- BRE要求の2.93, 1.76, 1.23, 1.00、最終減速比は4.5を設計する。
- ボデー
- 重量は800Kg以下を目標、可能な限り薄板にする。クーペの公認重量にとらわれない軽量化を行う。但し、内張りは市販車と同じであること。(註:実際は、ストックボデーの艤装を排した890kgの重量となった)
- スポット溶接は必要なところは二重スポット溶接を行う。
- 窓ガラスはフロントを除きプラスティック製とする。
- ヘッドランプは、4ドアセダンのスタンダード用のシングルライトの装着を可能にする。
- フロントシートはPC鈴鹿用と同等の軽量型、リアは市販品を装着する。
- 計器類は時計含めて市販品と同じ。
- カラー、ボデーはシェルホワイト、内装は暗色系。
- スプリング及びスプレリングレート (ショックアブソーバ含め) はレース仕様とする。
- ホイール、軽量&強化型。
- ブレーキパッド&シュー及びライニングは強化型。
- タイヤ、BSレーシング
- 不要部品
- アンダーコート
- モールディング、オーナメント
- 内張り関係で裏打ちやつめもの、但し、ドア、天井、その他内装の内張りは市販車と同じ外観とする。
- ラジオ
- ヒーター及びそのダクト
- グローボックス
- 助手席ににぎり
- 灰皿
- 助手席にサンバイザー
- シガーライター
- ライト類 ループランプ、マップラインプ、トランクルーム、バックライト
- エアクリーナ回り
- その他
- スタビライザー、強化型。
- スピードメーター、GT-P用の240km/hまでの目盛りのもの。
- スペア部品及び工具
- 開発用パーツ及び特殊工具、新規設計要。
- レース出場用、協議の上、決定。
- 生産計画:当初1966年2月であったがレース出場の関係で、1966年1月に繰り上げ生産する。
- 出荷日程
- クーペ、2台、1966年1月末
- 第1次エンジン、1基、、1965年12月、引渡済
- 第2次エンジン3基&関連スペアパーツ、1966年1月初
- 特殊工具、1966年1月末
- スペアパーツ、1966年1月末
- KM340改造車、、1966年1月末
- 基本的な考え方
以下の写真は、BREへの出荷直前の1966年1月末に日野工場内で撮影されたものと思われる。
そして一ヶ月後、米国ロサンゼル空港近くエル・スグンド市のBREでは、2台の日野コンテッサクーペはレギュレーションに沿って改造、カラーリングも入りお目見えとなった。左がピート・ブロック用、右がボブ・ダンハム用の車両。
【関連参考資料】
- 日野コンテッサの世界のモータースポーツ参戦記録 (PDF、ファイルサイズ:約11MB)
【参戦記録】
年月日 | レース名称 | 場所 | ピート・ブロック | ボブ・ダンハム |
---|---|---|---|---|
1966/3/20 | SCCA ウイロースプリングス | カリフォルニア州 | 3位 | 4位 |
1966/5/1 | USRRC リバーサイド | カリフォルニア州 | リタイア | リタイア |
1966/5/8 | USRRC ラグナセカ | カリフォルニア州 | 3位 | 4位 |
1966/5/29 | CSCC リージョナルポイントレース サンタバーバラ | カリフォルニア州 | リタイア | リタイア |
1966/6/19 | CSCC ナショナルポイントレース ラスベガス | ネバダ州 | 3位 | リタイア |
1966/7/3 | CSCC リージョナルポイントレース パモーナ | カリフォルニア州 | 不明 | 不明 |
1966/7/23 | CSCC ナショナルポイントレース リバーサイド | カリフォルニア州 | 3位 | 4位 |
1966/7/31 | トランザムシリーズ バージニア | バージニア州 | 不明 | 不明 |
1966/8/14 | 6時間耐久 リバーサイド | カリフォルニア州 | 1位、後に失格 | リタイア |
1966/8/24 | SCCA ソルトレークシティ | ユタ州 | 4位 | 3位 |
1966/9/4 | 26th Santa Barbara Road Races | カリフォルニア州 | 不明 | 不明 |
1966/9/5 | SCCA コンチネンタル・ディバイド | コロラド州 | リタイア | 4位 |
1966/9/18 | Riverside 4-Hour race for Trans-American Sedan Championship リバーサイド | カリフォルニア州 | 不参加 | リタイア |
1966/10/2 | トランザムセダンサーキット ラスベガス | ネバダ州 | 不明 | 不明 |
1966/10/30 | FIA/CASC/SCCA第9回タイムズGP リバーサイド | カリフォルニア州 | 1位 | 4位 |
(註) 上記データは本サイトオーナーの数十年にわたるリサーチの結果です。当時の資料 (日野自動車の計画、プログラム、雑誌など含む) および最近のネットでの情報を基にしたものです。“不明” とあるものは、計画にあったものの実際の参戦について明らかな検証できてないものを指します。略号については以下の通り:
- SCCA - Sports Car Club of America (http://www.scca.com)
- USRRC - United States Road Racing Championship (https://en.wikipedia.org/wiki/United_States_Road_Racing_Championship)
- CSCC - California Sports Car Club SCCA (http://www.calclub.com)
- FIA - Federation Internationale de l’Automobile (http://www.fia.com)
- CASA - Canadian Automobile Sport Clubs (https://en.wikipedia.org/wiki/Canadian_Automobile_Sport_Clubs)
(SE, 2016.6.5, Original)
【注】本シリーズの内容は、本サイトの各ページ同様に当サイトオーナーの40年余りの情報収集
(当時の現場におられた当事者の聞き取り、関係者&ユーザーの意見、各種資料の収集&購入) 、
諸々も取材、そして実車を通してのインサイト (insight:洞察、見識) を整理したものです。