毎晩、眠りに前にベットの中で手にする書籍、今日はオートスポーツ誌の1966年5月号です。
ここには1966年3月21日、船橋サーキットでの “全日本レーシング・ドライバー選手権開幕!!” を大々的に取り上げています。その冒頭の写真が右のようなものです。
前座のスポーツマン・レース、出走10台 (30周、54km) とあり、どうもその内、7台が日野コンテッサだったようです。画像のようにどれもこれも日野コンテッサで、ブルーバードとスバルがサンドイッチされて、コンテッサのワンメークレースのようで圧巻です。こんな佳き時代もあったようです。
#68のクーペはアルミホイールを装着とコンテッサは時代を先行してたのです。とてもカッコよく見えます。左の#44のセダンはオートスポーツ誌の1966年8月号のテストシリーズによれば、船橋用改のミッション搭載で0->400m、17秒台を記録、ノーマルミッションならば16秒台を出せるだろうとあります。ほとんどのコンテッサがナンバー付きで自走で来たようです。
この日のメインレースの全日本ツーリングカー・レースのクラス優勝はコンテッサクーペの山西 喜三夫選手でした (JAFデータベース参照) 。